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何でそうなる

 指定された裏庭にいたのは、金髪の美少女。

 だが、イリスが想定していた人物とは異なっていた。


「リリアナさん?」

 てっきりクララか、セシリア本人だと思っていたイリスは拍子抜けした。




「……どうして、ヘンリー様が一緒にいるの」

 麗しのヒロインらしからぬ低い声が、ちょっと怖い。

「ええと、そこで会って。一人で来いとは書いてなかったし」

「そうやって、ヘンリー様を唆しているのね」

 何やら、リリアナのご機嫌は悪そうだ。

 だが、こんなチャンスはなかなかないので、リリアナに疑問をぶつけてみる。



「リリアナさんは、レイナルドと良い仲だったと思ったんだけど」

 すると、金髪碧眼の美少女は肩をすくめた。

「そうやって、私を浮気者にでも仕立てあげたいの? ヘンリー様がつれない態度なのは、あなたの入れ知恵なんでしょう? 私の方が可愛くて、人気があって、侯爵夫人に相応しいからって、酷いわ」

「……はあ」


 どうしよう。

 思っていたヒロインと違って、だいぶ自分に自信を持っているようだ。

 自信を持った結果、ヘンリーがなびかないのはイリスのせい、ということになっているらしい。

 どうやら、レイナルドは既に眼中にないようだ。

 侯爵夫人が云々言っているところを見ると、玉の輿狙いの線もある。


『結局、侯爵家がいいのか。イリスも俺を捨てるのか』


 レイナルドのセリフからすると、伯爵令息のレイナルドよりも侯爵令息のヘンリーの方が良いと言ったのだろう。

 ちょっとレイナルドに同情してしまう。

 実際、可愛くて人気のあるリリアナなら、お相手は選びたい放題だろうが。

 何と返答したらいいのか考えていると、リリアナの視線がイリスの左手に留まった。



「ちょっと待って。あなた、その指輪は何なの」

 リリアナは射殺せそうな勢いで、イリスの左手を睨む。

「……頂き物です」

「紫の石って、まさか」

 リリアナは懐疑心の塊のような眼差しで、指輪とヘンリーを見比べる。


 そう言えば、ヘンリーの瞳の色は紫色だ。

 ただの偶然だろうが、それがどうしたのだろう。

「俺がイリスに贈った指輪だ」

 静かなヘンリーの言葉に、リリアナの様子は一変した。



「何で? こんな顔に傷のあるブスに! おまけに太っているし、ドレスなんて最悪だし、肉を持って夜会をうろつくような頭がおかしい女に!」

 リリアナが激昂する。


 どうやら、残念令嬢作戦は上手くいっていたみたいだ。

 そんなに満遍なく褒められると、照れてしまう。

 イリスの顔が綻んだ。


「おい、そこは喜ぶところじゃないぞ」

 イリスの様子に気付いたヘンリーにたしなめられた。

 でも、嬉しいのだから仕方ない。



「……他人をそんな風に貶める人間よりも、ずっと魅力的だろ」

 突き放すようなヘンリーの言葉に、リリアナは激しく首を振る。

「そんなの認めないわ。私の方が可愛いし、ずっと魅力的よ!」


 リリアナのもっともな意見に、イリスはうなずく。

 そんなもの、間違いなくリリアナが可愛いに決まっている。

 リリアナが天下無敵のヒロインだからこそ、イリスは残念令嬢になることを選んだのだ。


「――おまえ、どっちの味方なんだよ」

「味方も何も、リリアナさんが可愛いのは自然の摂理よ。惚れない男はいないわ」

「何でそうなるんだ」

 何故なら、それがヒロインだからだ。



「ふざけないでよ。侯爵夫人には、私が相応しいの。いつだって、可愛い私が世界の中心なの。セシリアはあなたとレイナルド様を婚約させれば、全部上手くいくって言ってたけど、関係ないわ。……邪魔者がいなくなれば、ヘンリー様も気付くはずよ」

 リリアナは隠し持っていたらしいナイフを取り出すと、イリスに向かって突進する。


 イリスも慌てて短剣を取り出そうとする。

 だが、あまりに軽すぎて、手からすっぽりと抜けて飛んで行った。

 その勢いのままリリアナの頬をかすめ、髪を幾筋か切り落とすと、花を両断して地面に刺さった。


 ――これは、おかしい。

 花は実演販売の包丁で切ったトマトのように、切り口なめらか。

 そして土など存在しないかのように、何の障害もなく根元まで突き刺さっている。


 あの剣、どんな加工をしてあるのだ。

 お値段は幾らかかったのか、考えるだけでも恐ろしい。

 突然の事態に動きが止まったリリアナの腕を、ヘンリーが捻り上げる。

 ナイフを取り上げられたリリアナは、憎悪の眼差しをイリスに向けた。



「あなたなんか、死ねばいいのに!」



 リリアナの声が、耳から離れない。

 妙に納得して聞いている自分がいた。


 多分、それは――この世界の真理だ。




 リリアナは学園の警備兵に引き渡され、どこかに連れていかれた。

 発狂したと言っていい騒ぎぶりの美少女に、警備兵も困惑していたのが印象的だった。


 この『碧眼の乙女』の世界で、一心に愛情を向けられる存在だったはずのリリアナ。

 何かが彼女を狂わせたというのなら、シナリオに抗ったイリスのせいなのかもしれない。

 ヒロインのために死んでやる気はなかったが、ヒロインを不幸にしたいわけではなかった。



「……私がいなければ、良かったのかしら」


 後味の悪さに、イリスがぽつりと呟く。

「何でそうなるんだ。……おまえがいないと、つまらないだろうが」

 その言葉に虚をつかれたイリスは、目を瞬いた。


「な、何だよ」

「ヘンリーは、私がいた方が良い?」


『碧眼の乙女』のシナリオでは、死ぬべき存在のイリス。

 同じ境遇の友人と家族以外で、その存在を必要としてくれる人がいるのだろうか。



「……ああ。イリスがいないと、嫌だ」


「そっか」

 何かに許された気がして、イリスの心が軽くなった。

 生きるために戦っていいよ、と背中を押された気がする。


「じゃあ、頑張って残念な令嬢になるわ!」

「……何で、そうなるんだよ」

 ヘンリーはがっくりと肩を落とした。




「久しぶりですね、イリス」


 帰宅したイリスを待っていたのは、ベアトリスだった。

 公爵令嬢であるベアトリスは容易に外出できない。

 それがここにいるという事は、何かがあったということ。


「セシリアが過去の『碧眼の乙女』に関わった理由がわかりました」




「結論から言うと、やはり隠しキャラを狙っているのだと思います」


 ダリアを下がらせると、紅茶を飲む手を止めて説明し始める。

「隠しキャラは、断罪イベントの後に出てくる選択肢で出現する、とダニエラに聞きました。つまり、レイナルドとイリスが婚約をして、その上でリリアナと恋に落ちて婚約破棄する必要があるのです」


「それは、わかるけど。だったら、四作目だけ関わって、レイナルドとリリアナの好感度を上げれば良いんじゃないの?」

「ところが、四作目のメインであるレイナルドは、過去の二作品に微妙に関わっているのです」

 首を傾げるイリスに、ベアトリスは紙に図を描いて説明し始める。



「二作目ヒロインのメラニアが、断罪イベントの後に伯爵家の隠し子だと判明します。これがベネガス家です」

「レイナルドの家ね?」

 ベアトリスはうなずく。

「そこで姉弟として暮らすことで、レイナルドの女嫌いが和らげられます」


「女嫌いだったの?」

「というより、女性不信だったようです。母親に問題があったせいで、ベネガス伯爵も他所に子供ができる事態になったのでしょう」

 レイナルドに意外な過去があったものだ。


「そして、三作目ヒロインのセレナと婚約するのですが、セレナはメインと恋に落ちてレイナルドとの婚約を破棄します」

「ああ……」

「その上で、四作目でイリスと婚約。リリアナと恋に落ちて、断罪イベントでイリスとの婚約を破棄するのです」


「女性不信になるのも、ちょっとわかるわ」

 レイナルドがイリスとの婚約に固執していたのは、過去のトラウマのせいではないのか。

 リリアナにも捨てられていたようなので、なおさらだ。

 イリス個人がどうというよりも『捨てられる』という事が、彼には重大な問題だったのだろう。



「つまりですね。二作目と三作目がシナリオ通りに進まなければ、レイナルドは四作目のメインになれないのです」

 メラニアと暮らさなければ、女性不信のまま。

 セレナに捨てられなければ、セレナと結婚してしまう。

 四作目開始の時点で、レイナルドが表舞台にいないことになる。


「レイナルドがいなければ、隠しキャラ出現のための断罪イベントが起こせません。四作目だけ関わっても、手遅れになるのです」

「でも、当のリリアナはヘンリーを狙っていたみたいなんだけど」

「それは、イリスの応戦でシナリオが上手く進まなかったのかもしれませんね」



 レイナルドとイリスの婚約と、リリアナとレイナルドが恋に落ちなければ、断罪イベントの前提条件が揃わない。

「じゃあ、これで大丈夫かしら」

 イリスは少しほっとして、紅茶に口をつける。

 だが、ベアトリスの表情は硬い。


「いえ、油断はできませんよ。これだけの労力と時間をかけて、隠しキャラに執着しているのですから。……明日が例の舞踏会でしょう? 行かないというのは、駄目なのですか?」

 縋るような眼差しのベアトリスに、イリスは笑いかける。


「心配してくれてありがとう。でも、私は応戦すると決めたから」

「……そう。でも、無理はしないでくださいね。カロリーナの弟――モレノの跡継ぎが一緒なら、大丈夫だとは思いますが。危なくなったら、逃げてもいいんですよ」

 以前のイリスだったら、「逃げない」と頑なだっただろう。

 でも、ヘンリーと話をして、肩に入った力が抜けたようだった。



 周囲に頼っても良いというのは、イリスという存在の肯定だ。

 それだけでも、力になる。


「いざとなったら、公爵家の力を借りるわ」

 以前なら言えなかった言葉が、すっと出てくる。

 ベアトリスは一瞬驚いたように瞬くと、優しく微笑んだ。

「勿論よ」



 大丈夫。

 一人じゃないし、頼っても良いんだ。


 事態は変わらなくても、心が軽いだけで力が湧いてくる気がした。

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