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水も滴る何とやら、です

「大は小を兼ねるって言うけれど。大きすぎると、兼ねきれないわ……」

 ワンピースを着てみたのはいいが、やはり大きい。


 恐らく半袖であろうものが七分袖になっていたり、膝丈であろうものがくるぶし丈なのは、まあいい。

 だが、首周りの隙間はいかんともしがたい。

 胸元までざっくり開いているというか、ほぼ肩が出ているというか。

 ともかく、お父さんのワイシャツを着た子供のような状態で、だぼだぼなのだ。


「これ、駄目よね。色々、駄目よね」

 令嬢としてはもちろんだが、曲がりなりにも年頃の女性として、この格好は人目に晒してはいけない気がする。

 いくら何でも、品がない。

 イリスは残念ではあるが、下品ではない。

 ……と思いたい。


 応急処置としてタオルを肩にかけ、手で首周りの布を持ちつつ部屋に戻ると、テーブルの上には紅茶とお菓子が用意されていた。

 馬車の破損と雨から逃れたとは思えぬ優雅な状態に首を傾げてしまうが、その原因であろう人物の姿がない。

 ヘンリーも濡れたのだから、着替えているのかもしれない。


 とりあえず椅子に座って紅茶を飲んでいると、冷えた体が温まる。

 ほっと人心地ついた途端、外に続く扉が開いた。

 急に扉が開いたことにも驚いたが、家の外が大嵐になっていることにも驚き、何よりもびしょ濡れのヘンリーに驚く。



「――ヘンリー、大丈夫?」

 慌てて駆け寄ると、全身ずぶ濡れで髪からはとめどなく水が滴り、床に水たまりを作っている。

 滝行でもしてきたのかという濡れ具合だ。


「イリス、着替えたのか。寒くないか?」

 ほぼ侍女である面倒見の鬼は、こんな時までイリスの面倒を優先するのだから恐ろしい。

「私よりも自分のことを見なさいよ。ずぶ濡れじゃない」

 ヘンリーこそ、このままでは冷えて風邪を引いてしまう。


 イリスは肩にかけていたタオルを取ると、ヘンリーの顔を拭く。

 本当は頭にタオルをかけて髪の毛を拭きたいが、まったくもって身長が足りない。

 その場にひざまずけと言えば手は届くが、それも何か違う気がするし、急いでいるので仕方がない。


「ヘンリーこそ、着替えないと」

「――イリス」


「頭は届かないの。自分で拭いてちょうだい」

「いや、俺よりもイリスが」

 何故か焦ったような声のヘンリーが、顔を背けている。


「私はもう拭いたし着替えたわ。ヘンリーの方が大変じゃない」

「そうじゃなくて、服が」

「服?」


 何を言われたのかわからず、自身の体に視線を落とす。

 ゆとりがありすぎる首周りは、イリスの手から解放されて自由に広がっている。

 肩が出ているばかりか、シュミーズもちらりと覗いていた。


「わ!」

 慌てて首周りの布を手繰り寄せると同時に、ヘンリーから離れる。

 イリスにさえ、あれだけ見えていたのだ。

 身長の分だけ視点が高いヘンリーからはどれだけ見えていたのか、考えたくもない。

 冷えていたはずの体が一気に熱を持ち始めた。



「……お、大きかったみたいだな。それ」

「う、うん」

 ぎこちなくうなずくイリスの横を通って、ヘンリーはどこからか小箱を持って来た。


「ちょっと、座って」

 促されるままに椅子に座ると、小箱から針と糸を取り出した。

「じっとしていて」


「まさか縫うの? そんなことよりも、体を拭かないと」

 未だにヘンリーの髪からはひっきりなしに水滴が落ちてる。

 普通に裁縫しようとしていることよりも、濡れっぱなしというのが気になった。


「こっちの方が優先。この服じゃ、何もできないだろう。俺は大丈夫だから、動くな」

 言い終わるよりも早く、首周りの布に針を通し始める。

 優先順位がおかしいとは思うのだが、目の前に塗れた髪とヘンリーの真剣な顔があって、どうしたらいいのかわからない。


 大体この妙な色気は何だ。

 これが世に言う『水も滴るいい男』というやつだろうか。

 ふと思いついた言葉に、イリスは愕然とする。


 それはつまり、ヘンリーがいい男ということで……イリスがそう思う、ということで。



「わあああ」

「……妙な声を出すな。もうすぐ終わるから、じっとしていろ」

 どうしたらいいのかわからなくなり、仕方なく大人しくしていると、本当にあっという間に縫い終わった。


「とりあえず、これでいいか」

 針をしまうヘンリーを眺めつつワンピースを見下ろして、イリスの顔が引きつった。


 だぼだぼだった首周りはいくつものタックを入れて縫い上げられて、スッキリとまとまっている。

 裁縫をしている時点でどうかと思うが、この短時間に、しかもイリスが着たままの状態で美しいタックを入れて縫うことなど、きっとダリアだって難しい。


「……怖い。モレノ、怖い」

 何が怖いって、これがきっと『大抵のことは一通りできる』の範囲だろうと推測できるからだ。

 いっそ裁縫特化で仕立て屋になりたかったとでも言ってもらえれば、安心していられるのだが。


「さて。じゃあ、着替えるか」

 小箱をしまったヘンリーはそう言うと、何の迷いもなくシャツを脱ぎ始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] そのうちに、ヘンリーデザイン&作成のドレスがイリスに送られてきそうですね
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