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ほぼ、侍女です

「――わあ、凄い!」


 ヘンリーの手を借りて馬車から降りると、そこは広い草原だった。

 風に揺れる緑の葉が、波打っては煌めいて見える。

 一部は黄色く染まっているが、あれはきっと花が咲いているのだろう。


 まるで上質な絨毯のように緻密で美しい光景だ。

 その奥には何やら家のようなものが見えるが、民家だろうか。



「この辺りはモレノが所有する土地だから、好きにしていいぞ」

「好きに、って言われても」

「花を花の形に並べたりしても、かまわない」

 何故か優しく微笑まれたが、どういう意味で言っているのかわからない。


「何それ。私のこと何だと思っているの? ……ちょっと転がってみるくらいよ」

「転がるのか」

「波打つ草と共に波打ちたいと思うのは、人として当然の欲求じゃない?」

「そっちか。……花畑の方かと思ったんだが」

「お花は綺麗だけど。私が転がったら、潰れちゃうわ」


 それよりも、波打ち際の海藻のようにゴロゴロと風にもてあそばれてみたい。

 草も気持ちよさそうだし、楽しそうだ。

 ダリアがいたら絶対に許してくれないだろうから、いい機会である。

 そうだ、海藻モチーフのドレスというのもいいかもしれない。

 目を輝かせて草原を見つめるイリスに、ヘンリーの眉が下がる。


「うん。好きにしていいよ」

「う、うん?」

 優しく微笑まれれば、何だか調子が狂ってしまう。


 ……もしかして、こういう攻撃の方向性に変えたのだろうか。

 多彩な攻撃を操るとは、さすがはモレノの次期当主、侮りがたし。

 ここはひとまず、話を変えて攻撃力を削ぎたい。


「あ、あの家は?」

 イリスの指す先には、一軒の家が見える。

「あれは、うちの別荘のようなものだ。じいさんなんかは、よくここにきてのんびりしているらしい。今日は花畑と泉を見たら帰るつもりだから、寄らないけど」

「そうなの。それじゃ、今のうちに存分に草原を転がって……」


 再び視線を草原に向けると、先程までの煌めきはない。

 それどころか、周囲が急に薄暗くなってきた。

 見上げると真っ青だったはずの空に、いつの間にか低く垂れこめた黒い雲が広がっている。



「雨の匂い」


 これは、降るかもしれない。

 そう思った瞬間、耳元で何かが破裂したような大きな音が響き、眩い閃光と共に地面が揺れた。


「――イリス!」

 ヘンリーに抱きしめられ、頭を抱えられる。

 音と光が落ち着くと、馬の嘶きが聞こえたが、ヘンリーで視界が遮られているので状況がわからない。


「……ヘンリー?」

 恐る恐る顔を上げると、ヘンリーの表情は険しい。

 腕をすり抜けて振り返ると、馬車が傾き、煙を上げている。

 どうやら雷が落ちたらしく、車輪の一つが真っ黒に焦げて外れかけている。


「ヘンリー、御者は?」

 馬車に雷が落ちたというのなら、御者が乗っていたら大変だ。

 心配になって辺りを見回すと、少し離れた木陰から男性が走ってくる。


「ヘンリー様、申し訳ありません。馬が一頭逃げました」

 どうやら馬を追いかけていたらしく、怪我もなさそうな様子に、ほっとする。

「全員無事ならそれでいい。それよりも、あの馬車は直せると思うか?」

「……いえ。車輪が完全に破損していますし、今すぐには無理でしょう」


 二人が話している間にも雲はどんどんと厚くなり、ついにぽつりぽつりと雨粒を落とし始めた。

 ヘンリーは上着を脱ぐと、イリスの頭に被せる。


「あの雲だ、小雨では済まないだろう。おまえは馬に乗って戻り、状況を伝えてくれ」

「いえ、ヘンリー様とイリス様がお戻りください。私は何とか修理を試みます」

「二人で馬に乗っても、このままではイリスが濡れる。俺達は泉の家で雨宿りする。誰も戻らなければ心配するだろうから、おまえが戻って伝えてくれ」


「……かしこまりました」

 御者は一礼すると、そのまま馬の準備を始める。

 辺りは真っ暗になり、雨はどんどん強さを増して雷鳴が響き出した。


「ここは濡れるし危ない。とりあえずあの家に行くぞ。走れるか?」

「うん」

 イリスは差し伸べられた手を取ると、雨の中を走り出した。




 遠目には小さな家だったが、近付いてみるとそれなりの大きさの建物だ。

 山小屋のような感じで木の風合いが美しい部屋に入ると、ヘンリーはどこからかタオルを持ってくる。

 イリスが被っていた上着を取り上げると、代わりにタオルを頭に乗せた。


「今、暖炉に火をいれるから。とりあえず髪を拭いて」

 イリスが返事をする間もなく、暖炉に木材や小枝をくみ上げると、あっという間に火をつけてしまう。

 早業に驚いているといつの間にか姿が消え、隣の部屋から戻ってきた。


「隣の部屋も火を入れた。濡れたままだと風邪を引くから、あっちで着替えて」

「着替え、って」

「サイズは合わないかもしれないが、ワンピースがあったから置いてある」

 何故そんなものがあるのだろうと考えていると、ヘンリーが眉を顰める。


「早くしないと、中まで濡れるぞ。さすがに下着はないからな」

「し、下着って」

 思わぬ言葉に、顔に熱が集まるのがわかる。


「それとも、手伝って欲しい?」

「――ひとりでできる!」

 隣の部屋に駆け込むと扉を閉めて、大きなため息をついた。



 油断した。

 やはり、攻撃的だ。

 緩急を自在に操りだしただけのようだ。


 何はともあれ、今は濡れた服を脱がなくては。

 馬車で花畑に行くと聞いていたので今日はコルセットもしていないし、着脱が容易なワンピースだ。

 こんなことになるとは思わなかったが、不幸中の幸いとはこのことだろう。


 もぞもぞとワンピースを脱ぐと、中に着ているシュミーズは無事だ。

 安心しつつ濡れたワンピースをどうしようかと周囲を見回すと、部屋の天井には一本のロープが張ってある。


「……これに干せ、ということかしら」

 あまりもの都合のいいロープにワンピースをかけると、ベッドの上に乗ったタオルとワンピースが目に入る。


「……これで体を拭いて着替えろということかしら」

 生成りのワンピースは装飾のないシンプルな作りだ。

 若干大きい気もするが、何とかなるだろう。


「それにしても。ヘンリーというよりも、ダリアと一緒にいるみたいな錯覚に陥るわ」

 面倒見の鬼が本気で面倒を見始めると、ほぼ侍女だ。

 何とも言えない発見を噛みしめつつ、イリスはワンピースに袖を通した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダリア降臨(笑) それはともかく、一面の花畑や草原でのデート&ローリングは外出自粛してる今だからこそ憧れますね。 通り雨に遭遇して一軒家での雨宿り、王道にして素敵。
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