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デートに誘われました

 四人のお茶会から帰宅したイリスは、疲労が重なったせいか倒れるように寝込んだ。


 翌朝も眠くて起きられず、あまりに動かないイリスを心配したダリアが、危うく医者を呼ぶところだった。

 羞恥心とそれにまつわる記憶を取り戻した結果、婚約者が自分を女性として見ていると知り、そのせいで疲れて寝込んだなどと言えるはずもない。

 どうにかダリアを宥めたが、おかげで更に疲れてしまった。



 結局あれから数日、ほぼ部屋の中に引きこもり状態のイリスだが、さすがにこのままでは良くない。

 引きこもりのおかげで体力は回復したが、安心安全な空間に慣れてしまったせいで、部屋から出るのが怖くなってきた。


 このままでは、立派に残念な引きこもり令嬢の出来上がりだ。

 それはよろしくない。

 とはいえ、すぐには会いたくない。


「……ここで遠くに逃げようとしても、前回と同じように残念な感じになりかねないのよね」

 羞恥心を取り戻した最初の段階で、イリスはカロリーナの力を借りてモレノ侯爵領に逃げ込んだ。

 だが、何だかんだで結局はそのままでいるよりも早く、ヘンリーに会う羽目になった。

 やはり、この『碧眼の乙女』の世界では、イリスは応戦しなければ生きていけないのだろう。


「でも、応戦だから。先制攻撃する必要はないのよね。あくまでも攻撃されるまでは、隠れてもいいのよね」

 自分を慰めるようにそう呟きながら、ここ数日は部屋で残念なアクセサリーのスケッチに勤しんでいた。

 そのツケが回って来たのだろう。



「ヘンリー様がいらっしゃいました」

 ダリアの報告に、イリスの脳内では試合終了のゴングが鳴り響いた。


 何故だ。

 せめて、試合開始にしてほしい。

 戦う前から敗北のイメージが濃厚で、イリスは深いため息をついた。




「イリス、寝込んでいたんだって? 大丈夫か?」

 ソファーから立ち上がったヘンリーは、イリスのそばまで来ると額に手を当てる。

 いつも通りの、面倒見の鬼だ。

 少しだけ安心したイリスは、ぎこちないながらもどうにか笑顔を返す。


「大丈夫よ、何ともないの」

 ただただ、自分の中で折り合いがつかないだけなのだ。

 そのままソファーに座るが、ヘンリーは正面に腰を下ろした。


 最近は隣に来ることが多かったので珍しいと思いつつ、今はありがたいので何も言わないでおく。

 きっと、体調不良をうつされたくないのだろう。

 それでも見舞いには来るのだから、面倒見の鬼というのは厄介なものである。


「本当はもっと早く見舞いに来たかったんだけど、カロリーナに止められたんだ。疲れているだろうから、休ませてあげなさいって」

 何と、そんな根回しがあったとは。

 早々にヘンリーが来ては混乱しただけなので、カロリーナに感謝だ。


「本当に、もう平気なのか?」

「うん。寝込んでいたのは最初だけよ。最近は残念なアクセサリーを考えていたの」

「そ、そうか。……なら、明後日一緒に出掛けよう? 綺麗な花畑と泉があるんだ」


 それは、もしかしてもしかしなくても、いわゆるデートというやつだろうか。

 これは、断りたい。

 徒歩でなければ馬車移動だろうが、この状況で二人きりの馬車は難易度が高い。

 だが、ここで回避や逃避を選べば前回の二の舞だ。

 イリスに許されているのは、応戦なのだ。



「……じゃあ、行く」

 苦渋の決断を口にすると、ヘンリーの表情が和らいだ。

 喜んでいるのだとその顔でわかってしまい、何だか心が落ち着かない。


 羞恥心もそれにまつわる記憶も取り戻したが、結局はそんなに変わらないことがショックでもあった。

 羞恥心を取り戻して馴染めば、ヘンリーの攻撃など片手であしらえるくらいには平気になると思っていたのに。


 ……だが、考えてみれば当然だ。

 代償にした記憶と知識は数年前のものだし、イリスはそもそも残念で鈍感。

 つまり、これがイリスのできる精一杯の状態。

 ここから先は地道な努力は実を結ぶと信じて、自力で心を鍛えていくしかないのだ。


「私、頑張る」

「ん? 何の話だ?」

「応戦するからには、立派に撃退できるようになるわ」

「……何の話だ」


 そう、やるならとことん。

 こうなったら、見事ヘンリーを返り討ちにできるようになろう。

 眉を顰めるヘンリーに構わず、イリスは拳を握りしめた。




 約束の日、イリスは迎えに来た馬車にヘンリーと一緒に乗っていた。

 馬二頭で引く馬車には御者が一人、他にはイリスとヘンリーだけ。

 今までならばイリスの隣に滑り込んでいたヘンリーが、今日は大人しく向かいに座っている。


 もちろん、問題ない。

 問題はないのだが、何故だろうという疑問が湧いてくる。

 あんなにリハビリを盾にして非道の限りを尽くしてきたというのに、どういう心境の変化だろう。

 ようやくイリスの訴えが届いたのだろうか。


 余計な刺激をして元の状態に戻っては困るとは思うが、これでは大したリハビリにも特訓にもならない。

 喜んだらいいのかわからず、イリスの表情はどんどん渋くなっていく。


「体調が悪いのか?」

「別に、平気よ」

「もう少しで着くから。何かあれば言ってくれ」

 面倒見の鬼はそう言うと、車窓に視線を移す。


 やっぱりおかしい。

 今のは絶好の攻撃チャンスだったはずだ。


 別に攻撃されたいわけではないが、常に攻撃されていたものがなくなれば不安になる。

 攻撃できない理由があるのか、攻撃する理由がないのか。

 モヤモヤとした気持ちを消すべく頭を振ると、イリスも車窓に目を移す。

 王都から離れた馬車は野原を走ると、ほどなくして停まった。

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