個人情報が駄々洩れです
「残念の宝庫 〜残念令嬢短編集」の「ダリアの結婚観(ダリアの盲点・ダリアの着眼)」を読んでおくと、よりわかりやすいと思います。
「明日、ヘンリーが来ると言っていたわ。用意しておいてくれる?」
「かしこまりました。……明日は、お嬢様のお誕生日ですね」
「そう言えばそうだったわね」
リハビリやヘンリー除けのことばかり考えていて忙しく、すっかり忘れていた。
「今年も、お父様はネックレスのプレゼントかしら」
プラシドは、毎年小さな一粒石のネックレスを贈ってくれる。
透明な石のついたそれを毎年貰い、前年の物を回収されるのだ。
別に古くても構わないのだが、新しい物をつけてほしいのだとプラシドは譲らない。
こういうところが、イリスに甘いのだと思う。
その割には同じデザインだが、これはきっと最初に貰った時に喜んだのをずっと覚えているのだろう。
実際シンプルで可愛いので、特別な何かがない限りは、身に着けていることが多い。
だからこそ、プラシドは翌年も同じ物を贈るのだとも言える。
「そろそろ違うデザインがいいと言うべきかしら。でも、可愛いのよね」
「では、ヘンリー様におねだりしてはいかがですか?」
「ええ? でも、ヘンリーに誕生日なんて教えたことないわ。だから、知らないんじゃないかしら」
「あのヘンリー様ですよ? きっとご存知でしょう?」
確かに、相手は王家直属の諜報機関の次期当主。
イリスごときの情報は駄々洩れと考えた方がいいかもしれない。
「……個人情報がまったく保護されていないわ」
「保護も何も……そう言えば、ヘンリー様の誕生日はご存知ですよね?」
突然の話題に、イリスは首を振る。
「知らないわ」
答えた瞬間に、ダリアからそれはそれは残念な眼差しを送られた。
久しぶりだが、嬉しくもあり、切なくもある。
残念とは複雑なものだ。
「……お嬢様は、本当に」
どうやら呆れているらしいダリアは、大袈裟にため息までついた。
「だって、私の誕生日だって話していないんだから、向こうのことも知らないのは普通でしょう?」
「婚約者の誕生日を知らないのが、普通とは思えません」
きっぱりと言われてしまえば、そういうものなのかと納得するしかない。
そうか、おかしいのか。
だが、誕生日を改まって聞くのは、なかなか恥ずかしい。
それに、聞けば必ずイリスの話になる。
イリスの誕生日を知らないとしたら、まるで何かを催促しているみたいでそれも嫌だ。
でも、確かに婚約者の誕生日を知らずに放置し続けるのも、良くない気がする。
腕を組んで本格的に悩み始めたイリスを見ると、ダリアはもう一度ため息をついた。
「……そんなことだろうと思って、私がお尋ねしておきました」
「ええ、いつの間に? ヘンリーに聞いたの?」
「ヘンリー様の侍従に、です」
ビクトルか。
そう言えばダリアはビクトルを連れ出してくれたし、何らかの交流があるのだろう。
ビクトルの情報ならば、間違いない。
「ヘンリー様の誕生日は、お嬢様の次の日です」
「へえ、偶然ね。……つまり、明後日がヘンリーの誕生日ということ?」
「そうなりますね」
ダリアがビクトルに聞いた以上は、イリスがヘンリーの誕生日を知っていると思うだろう。
となれば、お祝いをしないのはおかしい。
「そんな。プレゼントどうしよう」
「まさか、本当にご存知ないとは思っておりませんでした。ヘンリー様は、お嬢様の贈り物でしたら何でも喜んでくださると思いますよ?」
「そういう問題? 大体、今からじゃ何か注文しようにも、間に合わないわ」
プレゼント、プレゼント。
イリスは必死に考える。
ふと、日本での母の日のプレゼントがよみがえる。
あれはあれで、何を贈ればいいのか悩んだものだ。
それでも母の日はカーネーションという王道があるだけまだマシで、父の日こそ本当に頭が痛いものだった。
「――そうだ! こんな時こそ、あれよ!」
閃いた名案に、イリスは瞳を輝かせた。
「おはよう、イリス」
翌日、ヘンリーは大きな黄色の花束と共にやって来た。
「おはよう。早くからどうしたの?」
花束を受け取りながら尋ねると、ヘンリーが苦笑している。
「イリスの誕生日だろう? おめでとう」
やっぱり知っていたのか。
「個人情報の漏洩が酷いわ」
「何だ?」
「何でもない」
慌てて手元の花束を見ると、色々な種類の黄色い花で作られていて、華やかで可愛らしい。
顔をうずめて思い切り深呼吸すると甘い香りが鼻に広がり、思わず顔が綻んだ。
十分に花の香りを堪能して顔を上げると、笑顔のヘンリーと目が合う。
花束に顔を突っ込むなんて、普通の御令嬢はしない気がするから、きっと呆れているのだろう。
少しばかり恥ずかしくなり、ダリアに花を飾るようにお願いして手渡す。
去り際に意味深な視線を送られたのだが、あれはきっと激励の眼差しだ。
例のプレゼントのことなのだろうが、かえって心配になってくる。
とりあえずソファーに座ると、いつの間にか紅茶を淹れていたヘンリーがティーカップをイリスの前に置いた。
毎度のことながら、気持ち悪いほど手際がいい。
ある日侯爵令息でなくなったとしても、ヘンリーなら何にも困らずに生きていける気がする。
「……よく誕生日を知っていたわね。教えたことないのに」
「特に隠されてもいない情報だぞ? わからないわけないだろう」
まあ、確かに。
そう言われてしまえば、そんな気もしてきた。
「イリスは俺の誕生日、知らないだろう?」
「う」
知らないと言えば良かったのに、うっかり言葉に詰まってしまう。
「あれ、知っているのか?」
駄目だ、ここからはごまかせない。
早々に諦めたイリスは、大人しくうなずいた。
「ダリアが、ビクトルから聞いたって。昨日教えてくれたの」
「昨日か」
ヘンリーは笑っているが、これは婚約者の誕生日も知らないイリスが面白いということだろうか。
あるいは、残念なイリスに呆れているのかもしれない。
今さらとはいえ、何だか切ない。









