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おのれ、毒クッキー

「甘さ控えめでほろ苦いかな」

「なるほど。もう少し苦めがいいのね」


「中に入っているのは茶葉?」

「うん」


「もう少し小さくした方が、食べやすいと思うぞ」

「うん、わかった。もう少し大きくするわ」


「……ちゃんと聞いていたか?」

「聞いていたわ。ありがとう。概ね、まずいということね。精進するわ」

 笑顔でうなずくと、ヘンリーは露骨に眉を顰めている。


「……どういう意味だ?」

 ヘンリーの問いに答えられず困っていると、紅茶を飲んでいたカロリーナがカップを置いた。


「よくわからないけれど、せっかくイリスがヘンリーのために作ったんでしょう? もうちょっと褒めてあげなさいよ」

 その言葉に、イリスの動きが止まった。

 何だか恐ろしい台詞を耳にしたような気がする。



「……カロリーナ。今、何て言ったの?」

「え? さっき、イリスが言ったじゃない。ヘンリーのために紅茶のクッキーを作ったんでしょう?」

「そんなこと言っていないわ」

「言ったわよ?」


「私はただ、ヘンリーよ、……ために、にが……紅茶で、もさ……クッキーを作っただけで」

 危ない。

 言ってはいけない言葉が出そうになる。

 だが結果的に、またもや片言で話している状態だ。


「……だから、ヘンリーのために作ったんでしょう?」

「違わないけど、違うの」

 どうにも話が合わないが、詳しく説明することもできず、イリスは困り果てる。


「つまり、俺のために作ったこと自体は間違いなくて。理由は別にあるんだな?」

「そう! いえ、そうじゃなくて」

 的確な答えに思わず真実を口にしそうになる。


 危ない。

 相手はモレノ侯爵家次期当主。

 油断してはいけない。



「じゃあ、何だ? やたらとまずいことにこだわっていたのも、そのせいか?」

 困った。

 モレノの跡継ぎが、余計な考察力を持ち出して来た。

 ここは、別の話題に持って行かなければ、こちらがやられる。


「だ、だって。せっかくなら、ちゃんとしたクッキーを食べてほしかったの」

 きちんとヘンリーを除けられるのか試したかったのだが、言うわけにもいかない。

 視線が怖くて俯いていると、イリスの肩にそっと手が置かれる。

 見上げてみると、ヘンリーが優しい笑顔を向けていた。


「ちょっと薄味で、ほろ苦いけれど、茶葉の舌触り以外はいけるよ。俺のために作ってくれてありがとう」

 思わぬ言葉に、イリスの目が丸くなる。

「え? まずくないの?」

「正直、独特だが。別にまずくはない。イリスが俺のために作ってくれたと思えば、寧ろ美味い」


 何故だ。

 何故いけるのだ。

 イリスからすればちょっとした拷問レベルの渋さなのだが。

 ヘンリーは剣術だけではなく、舌もいかれているのだろうか。


 そこで、ふと気付く。

 モレノの毒の祭りの毒クッキー。

 あのクッキーを食べ慣れているヘンリーなら、多少の苦さなど、本当にほろ苦い程度なのかもしれない。



「――おのれ、毒クッキー」

「……何の話だ?」


「何でもないわ。じゃあ、普通に食べられるの?」

 問題なく食べられるというのなら、もはやそれはヘンリー除けではなくて、ただのお菓子だ。

 イリスの苦労は、すべて水の泡である。


「まあ、もう少し味があると嬉しいけど……」

 そう言うと、クッキーを一枚手に取り、そのままイリスの唇に押し当てた。

 報復として口の中にクッキーを突っ込まれると思ったイリスは、思わず目を閉じる。

 だが、待てど暮らせど何もない。

 恐る恐る目を開けると、イリスの唇から離したクッキーを、ヘンリーがぱくりと食べた。


「……これで、美味しくなった」

 ペロリと指を舐めるヘンリーを見て、イリスの羞恥心は一気に限界を超えた。


「――ヘンリーの馬鹿ぁ! 口の中が、もさもさになっちゃえ!」

 イリスは手にしていたクッキーの包みをヘンリーに押し付けると、羞恥と混乱と悲しさから部屋を飛び出した。



 ……駄目だ。

 全然ヘンリー除けになっていない。


 相手は毒クッキーすらたしなむ猛者だ。

 食べ物で挑んだイリスが愚かだったのだ。

 こうなると、きっと飲み物も駄目だ。


「……どうしたらいいの」

 廊下で立ち止まって呟くと、深いため息をついた。


「イリス、待って」

 後ろから、カロリーナが追って来た。

 きっと、イリスのことを心配したのだろう。

 カロリーナの優しさが身に染みる。


「婚儀の前の忙しい時期なのに、邪魔をしてしまったわ。ごめんなさい」

「いいのよ」

 カロリーナは笑うと、イリスの頭を撫でた。


「……せっかく作ったのに」

「そうね。偉いわ。ヘンリーも、もう少し察してくれたらいいのに」

「頑張ったのに」


「自分で作ったの?」

「お手伝い程度だけど、一から関わったわ」

「そう、頑張ったのね」

 慰めているだけだとしても、傷心のイリスにはカロリーナの言葉は包み込むように優しく感じる。


「うん。紅茶のポットからあふれる茶葉を押し込むの、大変だったのに」

「……うん?」


「粉っぽくなるように、何度も配合を変えたのに」

「イリス?」


「結局、毒クッキーにはかなわないんだわ」

 相手が悪かったとはいえ、まったく効かないなんて切なすぎる。

 大体、毒クッキーって何なのだ。

 今さらながら、モレノの名物に疑問が生まれる。



「ちょっと待って、イリス」

「何?」

「ヘンリーのために、クッキーを作ったのよね?」


「うん。ヘンリー除けになるクッキーを作ったつもりだったの。でも、全然効いていなかったわ。完敗よ。作戦は練り直さないと」

「……ヘンリー除けって、何?」


「厄除けってあるでしょう? あんな感じで。リハビリを盾にしたヘンリーの暴挙を食い止めるために、ヘンリーの苦手なものを活用しようかと思って」

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― 新着の感想 ―
[良い点] もさもさクッキーもイリス大好きな猛者のヘンリーには敵わなかったか……。 ヘンリーもビクトルも、的確な答えや感想を述べる割にはその着地点が微妙にズレてるのが彼ららしくて好きです。イリス的には…
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