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ヘンリー除けを作ります

「イリスがそういうことに興味を持ってくれただけでも、今日はお祝いしたい気分よ。……でも、思い浮かばないのよね。困った弟だわ。もう、ヘンリーに直接聞いたら? きっと、喜ぶでしょうし」

「苦手なものを聞いても?」

「喜ぶわよ」


 やっぱり、面倒見の鬼は自虐の方向に進んでいるのだろうか。

 神妙な顔で悩み始めるイリスを見て、カロリーナは苦笑する。

「好きな子が自分のことを気にしてくれたら、嬉しいでしょう?」

 何を言われたのか理解しきれず、イリスは瞬いた。


 好きな子が、気にする。

 ……何だか、違う。

 どうもカロリーナとイリスに間に大きな認識の違いがあるようだ。


「ええと。そういうことじゃないんだけど」

「いいのよ、いいのよ」

 何故か上機嫌なカロリーナと侍女達は、にこにことイリスを見つめている。


 ヘンリー除けを作るために苦手なものを調査しているのであって、そんな甘い理由ではないのだが、言えない。

 困ったイリスがちらりと視線を向けると、カロリーナが笑顔を返してくれた。

 これは、イリスの負けだろうか。

 騙しているようで、何だかいたたまれない。


 無言で紅茶を注ぐ侍女の手つきを見守る。

 こうして見てみると、ヘンリーの手際の良さと所作の美しさに改めて気付かされる。

 本当に、どこに向かっているのだろうか、あの侯爵令息は。



「……そう言えば、以前紅茶を淹れていた時に色々あって時間が経って、苦い紅茶になった時は嫌そうにしてたわね。さすがに捨てていたし」

「それよ!」

 ようやく出て来た苦手情報に、イリスの金の瞳が輝いた。


「カロリーナ、ありがとう。シーロ様によろしくね」

「あら、もう帰るの?」

「うん。善は急げって言うでしょう? 残念も急げなのよ」

「……何するつもりなの」

 不審そうなカロリーナを気にすることなく、イリスは扉に向かう。


「ヘンリーも大変ね。……でも、少しは成長してきたかしら」

 御機嫌のイリスにカロリーナの呟きは届かなかった。




「苦い紅茶。つまり、苦いものは得意ではないのね」

 それをヘンリー除けに使えば、適切な距離を取れるかもしれない。

 アラーナ邸に戻ったイリスは、早速自室で考えを巡らせていた。


「……でも、苦いものって何かしら?」

 紅茶を限界まで苦くしたとして、ティーポットを持ち歩き、更に飲ませるのは難しい。

 どうにかもっと気軽に携帯したい。


 イリスの脳裏に水風船に入れた紅茶を投げつける様子が浮かんだが、それでは本格的にただの攻撃だし、苦さがまったく関係ない。

 それに、イリスが投げつける水風船がヘンリーに当たるか……いや、届くかすら怪しい。

 たぶん、届かない。


 このままでは、紅茶を地面にまき散らすだけの迷惑行為だ。

 イリスは残念なのであって、迷惑になってはいけない。

 そもそも、紅茶は口の中に入らなければ苦みを感じることができないので意味がない。


「飴にすれば、いいのかしら」

 いや、でも飴は口の中に味が広がるのに時間がかかる。

 苦いのに地道にペロペロ舐めてくれるとも思えない。

 有無を言わさずに、一気に口の中に広がってほしいのだ。

「……こうなったら、携帯性を重視して苦い紅茶を練りこんだクッキーでも焼いてみよう」



 キッチンに行くと、料理人を捕まえて早速作業を開始する。

 何度か残念なお菓子の試作などで一緒に作業もしているので、特に問題もなく受け入れてくれた。


「まずは一番大切な苦い紅茶よね」


 温めていないどころか冷やしておいたティーポットに、どんどん茶葉を詰め込んでいく。

 スプーンで潰すようにして、ぎゅうぎゅうに押し込んだら、お湯を注ぐ。

 蓋を閉めず、無駄にツンツンとつついて雑味を引き出すと、あとはひたすら放置する。

 これで、濃くて苦い紅茶ができるはずだ。

 しっかりとえぐみも出ればなお良いので、期待したい。


 散々放置して常温になった頃には、紅茶というよりも醤油に近い濃い色の液体ができた。

 紅茶の香りはするが、良い香りというよりも、濃い香りという感じだ。

 試しに少しだけ飲んでみると、口の中が渋みに支配され、のどが渇いた。


「……これは、何て残念な紅茶なのかしら」

 品もなく、香りも妙で、色もおかしく、あるのは渋みだけだ。

 あとはこの苦い紅茶を活かすために、砂糖は使わないようにしよう。


 それから、粉っぽくて口中の水分を吸い取る感じが好ましい。

 苦くてもさもさのクッキーを口に突っ込むと脅せば、きっとヘンリーも距離を取るはずだ。

 これはいい作戦な気がしてきた。



 嬉しくなって料理人に尋ねてみたが、曖昧な返事を返された。

 やはり、料理人としてあえて微妙な食べ物を作るというのは、気分が乗らないのだろう。

 申し訳ないとは思うが、こちらも平穏なリハビリ生活がかかっているので仕方がない。

 イリスはうきうきしながら、クッキーを作り続けた。

 

 何も入っていないのは寂しかったので、出汁を取りきった昆布状態の茶葉も刻んで練りこんでみた。

 そうして焼きあがったクッキーは、ほろ苦いを超えた渋苦いクッキー。

 一口食べてみれば渋くて苦い上に甘みの欠片もなく、もさもさとした食感で茶葉が口に残って実に不愉快だ。


 これは酷い。

 実に酷い。

 イリスは嬉しくなって、瞳を輝かせた。


 このヘンリー除けクッキーがあれば、平穏な暮らしをきっと取り戻せるはずだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 苦くても、残念でも、 イリスがヘンリーのために作った手作りクッキーですよね。 どこに避ける理由があるのか。
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