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リハビリは順調らしいです

 ――ついに、ボスの登場だ。

 雑魚戦で磨いた技を見せつける時が来た。


「……あれ?」

 ヘンリーの手を取って踊り始めたのはいい。

 曲も回転するのに不都合のないテンポだ。

 だが、思ったように体が動かず、回転どころか普通に踊るのも難しい。


 これは、雑魚戦を頑張り過ぎたということか。

 ……既に体力が尽きかけている。

 衝撃の事実に気付いたイリスは、同時に激しく後悔した。


「ペース配分を間違うとは、何たる凡ミス……」


 これでは、回転不足の乾燥不足で、干物が傷んでしまうではないか。

 ヘンリーにビーズの鞭を振るうどころか、近付けないように回転することもままならない。

 どこまでも残念な事態に、何だか悲しくなってきた。


 体力的にも精神的にも疲れた上に、そもそもビーズが重い。

 ちょっと回転を試みただけで、遠心力でふらふらと足元がおぼつかない。

 転びそうになる体を、ヘンリーが抱きしめるようにして支えた。


「……今日はここまで」


 もう(すだれ)ドレスで干物を乾かすほどの回転をできる体力はないし、抵抗する気力もなかった。

 そのままダンスを終えたヘンリーと共に、夜会の会場を離れる。



 馬車に辿り着いたはいいが、度重なる回転攻撃の疲労が溜まったおかげで、上手くステップを登れない。

 足を踏み外しかける様子を見たヘンリーは、あっという間にイリスを抱え上げた。


「ちょっと、何するの」

「転ぶのを待つ気はない。怪我をするだろう」

 そう言うとイリスを抱えたまま馬車に乗り、椅子にそっとおろした。


 仕方がないので大人しくしていると、隣にヘンリーが座る。

 こちらは簾ドレスのビーズのせいで、お尻の下がぼこぼこで座り心地が悪い。

 雑魚戦のおかげで順調にビーズが絡まったらしく、行きの馬車よりも格段にお尻が痛いのだ。


「ヘンリー。ビーズのおかげで座りづらいの。だから、離れてくれる?」

「うん? 別に問題ないよ」

 ヘンリーはビーズの簾を手でどかすと、イリスに更に近付いた。


 なるほど、ビーズを避ければ良いのか。

 だが、真似してみようにも、簾の発生源はイリス自身だ。

 ビーズをどかしたところで、結局はイリスと共にビーズが移動するだけで何の解決にもならない。


 もぞもぞとイリスが動いていると、いつの間にかヘンリーが絡まったビーズのほとんどを解いている。

 謎の技術は更に進化している。

 やはり、モレノは怖い。


 だがお尻の下の簾を完全除去することなど無理なので、結局イリスはぼこぼこに苛まれる。

 これはきっと、数多の男性にビーズの鞭の回転攻撃をお見舞いした罰が当たったのだ。

 仕方ないので、お尻の痛みには耐えるしかない。



「大丈夫か?」

 どうやら、ヘンリーから見てもイリスのお尻はピンチらしい。

 とはいえ、お尻の具合を報告するのも何だか恥ずかしい。


「ウッドビーズのシートカバーだと思うことにするわ。世のおじさま達はあの状態の椅子で車を運転しているんだから、私だって大丈夫なはずよ」

「くるま……? よくわからないが、そうじゃなくて。ここだ」

 そう言って、ヘンリーはイリスの頬に手を添える。

 そっと頬を撫でられて、びっくりしたイリスは固まった。


「やっぱり、赤くなっている。ビーズが当たったんだろう」

 とばっちりのビーズ攻撃のことか。

 理由がわかって少し安心すると、小さく息をついた。


「大丈夫。私、顔は丈夫だから」

 令嬢ボディは切ないほどに貧弱だが、厚化粧には何故か強い。

 きっと、顔の傷もすぐに治るだろう。

 まったく気にしていないイリスとは対照的に、ヘンリーの表情は冴えない。


「さすがに、薬は持ってきていないんだ」

「それはそうよ。気にしなくていいわ」

「だから――」

 ヘンリーはもう一度そっと頬を撫でると、そのまま頬に口づけた。



「な、何するの!」

 柔らかい感触に驚いたイリスは、慌ててヘンリーから距離を取る。


 今日もか。

 今日もヘンリーは攻撃的なのか。

 警戒するイリスだが、ヘンリーに気にする様子はない。


「早く良くなるおまじない、かな」

 爽やかな笑顔で微笑まれ、イリスの限界を軽く超えた。


「ヘンリーの馬鹿! 馬鹿、もう、本当に馬鹿!」

 両手で必死にグイグイと押しのけようとするが、びくともしない。

「でも、リハビリしないといけないし。……もう一度、ね」

 笑顔で更なる恐怖を煽ってきた。


「――いや! 駄目、無理、馬鹿!」

 どうにかヘンリーを阻止しようとしてはみたが、軽くあしらわれ、再び頬に口づけを落とされる。

 混乱状態のイリスは頬を手で抑えながらヘンリーを睨みつけるが、まったく気にする様子もない。



「残念は……まあ、許すとしても。危険なことは駄目だぞ」

 リハビリを盾にして迫るなど、まさに外道。

 以前、ヘンリーは自分のことを優しくないと言っていたが、こういうことなのだろうか。


「……危険なのは、ヘンリーの方じゃない」

 どうにか渾身の文句を言うと、笑いを堪えられないという様子だ。

「何よ。そんなに面白いの?」

 文句を言ったのに、何故笑うのかがわからない。


「俺が危険だと気付いてくれたのなら――リハビリも順調だな」

 そう言って、満面の笑みをイリスに返した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 残念令嬢楽しいです、応援してます 頑張ってください
[良い点] ヤバい、ヘンリーに残念が効かなくなってきてる! 恋物語的には正しいしニヤニヤ出来るのに、イリスの残念無双を読んできた分、防御力が心許なく感じるのは残念思考故でしょうか。 面白いから仕方…
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