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干物の気持ちになってみます

「……このドレス、面倒臭いな」

 文句を言いつつ、ヘンリーも一緒にビーズを解いている。

 さすが面倒見の鬼と言ったところか。


「自分でやるから、いいわよ?」

「後ろは無理だろう? それに、このままだと気になる」

 なるほど、面倒見と几帳面の合わせ技か。

 だが、そのビーズはいずれヘンリーに牙をむくのだ。


「絡まっていたらそれはそれで攻撃力が高そうだから、いいんだけど」

「よくわからんが、このままだと解くのに手を貸す奴が出てくる可能性がある」

「……親切な人ね?」

「この場合はただ親切なわけじゃないから、駄目なんだ。……ほら、できた」


 結構な数のビーズが絡んでいたはずだが、あっという間に綺麗に直される。

 やはり、ヘンリーは手先が器用だ。

 刺繍もミシン並みだったし、ビーズの扱いにも慣れているのかもしれない。


「ありがとう。でも、ビーズを解いても楽しいことはないと思うんだけど。……そういう趣味の人がいるの?」

 絡まった紐を解くのに幸せを感じるような人ならば、このビーズの絡まりは魅力的だろう。

「人の趣味は色々だものね。なかなか絡まったビーズなんてお目にかかれないだろうし、踊ればどうせまた絡むし。希望があるなら手伝ってもらおうかしら」



「――駄目だ」

 ヘンリーが間髪入れずに否定する。

 その眉間には深い皺が寄っていた。


「別に、ビーズを解いてくださいって迫ったりしないわよ? 解きたいって人がいれば一肌脱ごうと思っただけで」

「絶対、駄目だ」

 ヘンリーの眉間の渓谷がどんどん険しくなっていく。

 これは、何かが相当お気に召さないらしい。


「どうして?」

 イリスが尋ねてみると、ヘンリーは大きなため息をついた。


「ビーズを解くってことは、この距離に近付くってことだ」

 そう言うと、ヘンリーはイリスの目の前に立った。

 拳三つほどしか離れておらず、吐息が聞こえるほどに近い。


「そして、ビーズを手に取るために、ドレスに触れる」

「ひゃあ!」

 ヘンリーが腰を撫でるようにしてビーズに触れたので、くすぐったくて思わず変な声が出た。


「知らない奴に、こんな事されてもいいのか?」

 ビーズを持ちながら紫色の目を少し細めて、首を傾げる。

 それだけのはずなのに、何だか妙に色っぽい気がするのは目の錯覚だろうか。


「……ヘンリーも、駄目じゃないの?」

「俺は、いいの」

 恐る恐る告げてみるが、あっさりと却下された。


「そうなの?」

「婚約者だから。俺だけは、いいの」

 いまいち納得できなかったが、この話が長引くと面倒臭い予感がする。


「……お肉、取ってくる」

 これは敵前逃亡ではない、戦略的撤退だ。

 そう自分に言い聞かせると、イリスはそろそろとヘンリーのそばを離れた。




 インパクトと重量のバランスの良い肉というのは、なかなか難しい。

 ウロウロと手頃な肉を探していると、一人の男性にダンスに誘われた。

 普段ならお断りするところだが、今日は事情が違う。


 飛んで火に入る夏の虫、再び。

 この簾ドレスの真の力を試すべく、イリスは男性の手を取った。


 おあつらえ向きに、音楽は軽快なテンポになっている。

 イリスは心ゆくまでくるくると回ってみた。

 男性はダンスが特に上手でも下手でもなく、イリスが最初からずっとひとりで回転しているのに驚いているようだった。

 


 できれば回転についてきてもらいたかったが、人には人のペースというものがあるのだから仕方がない。

 結果的には、イリスがひたすら男性にビーズの鞭を振るい続ける形になった。

 回転乾燥機状態でビーズの鞭が実現できると確認したので、早々にダンスを切り上げようとすると、すべてのビーズがイリス自身に降り注ぎ、体力を奪う。


 これは、思わぬ誤算だ。

 回転終了時はゆっくりと止まらないと危険である。

 やりたいことはやったので立ち去ろうとするが、何故か男性はダンスをやめようとしない。

 しっかりと手を握られてしまえば、振りほどくのも難しい。


 どうせならしっかり練習しようと気持ちを切り替えてダンスを続ける。

 くるくると無駄に回り、びしばしと男性にビーズの鞭が降り注ぐ。

 すると、回転と同時にイリスの頬にも容赦なくビーズの鞭が浴びせられる。

 髪飾りの簾ビーズだ。


 これが、人を呪わば穴二つというやつか。

 頬の痛みは有効な攻撃の証だから、ここは我慢だ、忍耐だ。

 干物だって、乾燥するまではじっと耐えて回っているのだ。

 干物、干物の気持ちになるのだ。



 その後も間髪入れずに何人かにダンスを申し込まれたが、ビーズの鞭の回転攻撃でことごとく返り討ちにしてやった。

 もう、簾ドレスのコツは掴んだ。

 心を干物にし、ビーズの揺れに身を任せるのだ。


 これでヘンリーをぎゃふんと言わせることができる。

 意気揚々と戻ると、ヘンリーは笑顔のまま腕を組んで出迎えてくれた。




「おかえり、イリス」

「ただいま。……どうかしたの?」

 笑顔のはずなのに妙な迫力のヘンリーが、少し怖い。


「肉を取りに行ったにしては、遅かったな」

 そうだ。

 そう言えば、そもそもは肉を取りに行ったのだ。

 途中から完全にビーズの鞭の攻撃力の確認と特訓になっていた。

 だが打倒ヘンリーの秘密兵器なのだから、詳しく説明するわけにはいかない。


「随分大勢と楽しそうに踊っていたな」

「え? ええ、まあ。いい練習になったわ」

 ヘンリーは変わらず笑顔だが、やっぱり怖い。


 これはもしかして、回転攻撃のことがばれているのだろうか。

 となれば、警戒したヘンリーはもうイリスと踊ることはないだろう。

 せっかくの準備と特訓が、水の泡となる。

 何だか寂しくなり俯くと、ヘンリーがイリスの手を取った。


「では、そろそろ俺と踊ってくれるかな。愛しの婚約者さん?」

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