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夜会は、戦です


「残念の宝庫 ~残念令嬢短編集~」を読んでおくと、お話をより楽しめるのでおすすめです。



 ――夜会は、戦。


 かつて侍女のダリアがそう言っていたが、あれは間違っていないのだろう。

 ヘンリーと共に夜会に来たイリスは、まさに戦に挑む心境だった。




 イリスは婚約解消に備えて、自立のために仕事を始めた。

 内容としては残念なお茶会だったり、残念な装いを話し合うことが多く、仕事という感覚は薄いが楽しく過ごしていた。

 だが仕事を探す原因となったヘンリーの本気の浮気疑惑は、イリスの勘違いであるとわかった。


 それだけならば安心しつつ、楽しいので仕事を続けるだけだったのだが、ここで問題が起きた。

 ヘンリーが何故仕事を始めたのかに、興味を持ってしまったのだ。


 一言で言えば、婚約解消後の自立した生活のためだ。

 だが、イリスのなけなしの本能がそれを言うのは危険だと警鐘を鳴らした。

 もう、ガンガン鳴らしまくった。

 近場で火事があった時の半鐘連打状態だ。


 鳴らし過ぎた結果、めまいに襲われたイリスはそのまま半分意識のない状態で帰宅した。

 体を犠牲にはしたが、どうにか生き延びたわけだ。

 要はトカゲの尻尾切りみたいなものだな、と翌朝起きたイリスはしみじみと感慨にふけった。

 何とか隠せたところまでは良かったのだが、その後が良くない。


 ヘンリーがリハビリという名目でイリスに接近することが増えたのだ。

 リハビリは大切だし、イリス自身も『ヘンリーに慣れる』という目標は立てた。

 だが、ペースは自分で決めたい。

 寝たきりから急に最速のルームランナーに乗せられても、勢いよく転倒するだけだ。

 まずは杖をついて立ち上がりたいし、何ならベッドサイドで足をバタバタするくらいから始めたい。


「……つまり、近くに座ってお話して、せいぜい手を繋ぐくらいでお願いしたいの」

 そう伝えると、ヘンリーはそれはそれは爽やかな笑顔で答えた。


「――嫌だ」


 即答で却下された。

 結局、その後も押し問答が続き、一歩……というか、ひと触りたりとも譲れぬ攻防の末、決着のつかないまま今日を迎えた。




 話しても埒のあかないヘンリーとの夜会だ。

 普通のドレスを着てしまえば、容易に接近を許してしまう。

 そこで、イリスは考えた。

 接近したくても、できないドレスにすれば良いのだと。


「……随分とジャラジャラしたドレスだな」

 イリスを迎えに来たヘンリーの第一声が、すべてを物語っている。

「ビーズの(すだれ)ドレスよ」

 胸を張って答えると、そのままヘンリーの手を取って馬車に乗った。



 ビーズの簾ドレスは、その名の通りビーズを連ねて簾のようにしたドレスである。

 簾とは何ぞやというミランダに説明するのはそれなりに骨が折れたが、さすがに残念の付き合いも長くなってきたのでどうにか伝わった。


「要は、ビーズの滝のドレスですね、イリスお嬢様」

 そう言って楽し気にビーズをつけていたが、微妙に間違っている気がする。

 確かに、いくつものビーズを連ねてドレス全体に取り付けた様は、滝の様だと言えなくもない。


 一つ一つのビーズの房も、体に近い部分は透明に近く、段々と青みを増し、端は濃い青の大粒ビーズだ。

 それが何本も、幾重にも取り付けられたドレスは、控えめに言っても重量級。

 ドレスにビーズをつけたというよりは、ビーズの中に埋もれてみたと言った方がしっくりくるほどだ。

 色合いのおかげで見た目には涼やかで、ダリアにもそれなりに好評だった。


 だが、まだ誰もこのドレスの真価を理解していない。

 これはただジャラジャラして重いだけのドレスではない。

 対ヘンリーの武器でもあるのだ。

 思わず悪役令嬢らしい含み笑いをしてしまうのも仕方がない。


 ――今日こそは、ヘンリーをぎゃふんと言わせてみせる。


 ドレスの細部までこだわった結果、当初の目的を忘れてはき違えたまま、イリスを乗せた馬車は走り出した。




「じゃ、とりあえず踊ろうか?」

 会場に着いて、主催者に挨拶を終えると、ヘンリーがそう言って手を差し出して来た。

「……飛んで火に入る夏の虫とは、このことね」


「何だ?」

「何でもない」

 イリスはヘンリーから顔を背けると、ほくそ笑んだ。


 このドレスは滝の様と称された簾パーツにより、イリスが回ると干物づくりの回転乾燥機のような状態になる。

 一気に広がって回転するビーズは、周囲に人を寄せ付けない。


 当然、ダンスを踊ろうものならパートナーに容赦ないビーズの鞭が降り注ぐはずだ。

 ビーズの輝きが凄いので、ついでに眩しい。

 高速のミラーボールを搭載した回転乾燥機だと思って欲しい。


 あと、イリスに足りないのは、回転乾燥機に相応しい干物だけだ。

 そう思ったので、頭には干物を模した飾りと簾のパーツもつけた。

 攻守どちらにも秀でていて、まさに対ヘンリーにうってつけのドレスだ。

 万全の状態で迎え撃とうとしたのだが、運悪くしっとりと落ち着いた曲が流れる。


 おかげで、大した回転もできず、ただジャラジャラとビーズがうるさいだけ。

 攻撃は完全に不発に終わってしまった。

 不本意ではあったが、夜会は長く、戦いはこれからだ。


 イリスは若干絡まったビーズを解きながら、決意を新たにした。

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― 新着の感想 ―
[一言] Σ 回 転 乾 燥 機 !(笑) コレ、もしも攻撃が成功していたら、回転を止めた時、イリス自身にビーズがビシバシ当たりまくって、結構なダメージを食らうのでは……。 諸刃の剣ですね。
[一言] |ダンスを踊ろうものならパートナーに容赦ないビーズの鞭が降り注ぐはずだ。 それは、イリスが回転の中心だった場合ですよね? ヘンリーが中心にいて、イリスを振り回したら、ヘンリーNO DAMA…
[気になる点] 残念の理由というか目的が迷走してる気がします
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