表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
160/276

番外編 ヘンリーの悟り

 イリスの詰まった毛布巻きを立てて床におろすと、ぐるぐると毛布を剥ぎ取る。

 もはやヘンリーにされるがままのイリスは、ヘンリーの上着を羽織った状態でソファーに座らされた。


「具合はどうだ?」

「おかげさまで寒気は引いたわ。上着ももういらないんだけど」

 イリスの額に手を当ててみると、あれほど冷えていた肌が、熱を持ち始めている。

 渋面のヘンリーは、首を振った。


「良いから着ていろ。……熱が出て来たな」

「寝れば治るわ」

「その前に、腕の手当てだ」


 このモレノの宿の支配人である男性が薬を持ってくると、テーブルの上に並べる。

 モレノ製の薬は良く効くし、ファティマが関わるようになってその効果は更に増している。

 とはいえ、瞬時に治すような真似は当然不可能だ。

 見る限り前回と同じく腕を捻っていると思うが、しばらくは痛みが残るだろう。


 ヘンリーの脳裏にイリスを捉えた男の姿がよみがえる。

 少し、痛めつけておけば良かった。

 だが、それよりもイリスが優先なので仕方がない。

 後のことはニコラスが上手くやっているだろう。


「誰か女手をよこしてくれ。腕は俺が手当てするから、肩の手当と着替えを頼む」

「かしこまりました」

 支配人が下がると、早速イリスの腕を取って軟膏を塗り始めた。

 細い腕の滑らかな白い肌に軟膏を塗っていると、少しばかり余計に触れたくなってしまう。



「ねえ、ヘンリー」

「何だ?」

「女の人がくるなら、その人にやってもらうから良いわよ?」


 まるでヘンリーの邪な考えを見抜かれたようで、一瞬どきりとする。

 だが、すぐにそれはないと思い至る。

 相手は鈍感で残念なイリスだ。

 これで恥じらってくれるならむしろ本望だが、きっと何も考えていないのだろう。

 おかげでこうして触れることができている。

 それはそれでありがたいような、寂しいような、複雑な気持ちだ。


「俺がやりたいから、良いんだよ」

「その割には、腕だけなのね?」

 まさかの言葉に、軟膏を塗る手が止まる。

 誘うかのような発言に、ヘンリーは大袈裟にため息をついた。


「何?」

「おまえ、肩を手当てするにはどんな格好になると思っているんだ?」

「どうって……」


 腕は袖が短いから、そのままで問題ない。

 だが肩を出すとなると、ワンピースの上半身をはだけさせる必要がある。

 あわや、背中や胸元も見えかねない。

 というか、その状態ならヘンリーは当然しっかりと目に焼き付ける。

 それに気付いたらしいイリスの顔が、赤くなっていくのがわかった。


「……な? 女手が必要だろう?」

 無言でうなずくのを見て、ヘンリーは苦笑しながら包帯を巻いていく。

 やっぱり、わかっていなかったようだ。


「……まあ、俺としては全部手当てしても良いんだけど」

 包帯を巻き終えると、イリスの手をすくい取り、手のひらに口を寄せる。

 既に白い手は熱のせいでほんのりと赤かった。


「――だ、駄目!」

 イリスが慌てて手を引くので、可愛らしくて笑ってしまう。

 頬を膨らませるイリスの頭を撫でると、ヘンリーもソファーに腰かけた。



「……今のイリスは、婚約者だ。これが正式に『毒の鞘』になれば、更に狙われるようになる。モレノの……俺のせいで、イリスに迷惑をかけてしまう」

 イリスの手に、自身の手をそっと重ねる。

「でも、俺にはイリスが必要だ。これからも、そばにいてほしい。必ず、俺が守るから」


「……迷惑かどうかは、私が決めるわ。それに、魔法の鍛錬も頑張るから。きっと、隙間の凍結マスターになるから、待っていてね」

「隙間の凍結、マスター?」

 また、何だかよくわからない単語が出て来た。


「そうよ。あらゆる隙間を凍らせてやるわ。そうしたら、ヘンリーのことも守れるもの」

 意気込んで拳を握って見せるイリスに、呆気にとられる。


 守るって、ヘンリーを?

 イリスが?

 ……それは、こちらのセリフだろう。

 イリスの言葉の意味を理解すると、笑いがこみあげる。

 ヘンリーは思わずお腹を抱えて笑った。


「何? そんなにおかしい? 隙間を甘く見ちゃ駄目よ。世の中は隙間だらけなのよ?」

 もう、何を言っているかよくわからないが、そんなことはどうでも良い。


 ヘンリーはイリスを守るつもりだ。

 それは今までもこれからも変わらない。

 イリスが大切だからというのはもちろん、『毒の鞘』という負担を押し付けてしまうヘンリーの責任でもあると思っていた。

 だが、そのイリスがヘンリーを守るという。


 普通に考えれば、戯言と言っても良い。

 イリスは剣は持てず、非力で、体力もない。

 人質や足手まといになることはあっても、戦力としては考えられない。

 大人しく守らせてくれればそれで十分だ。

 だが、イリスはそれに甘んじる女性ではなかった。


 そうだ。

 彼女は命がかかった場面で『応戦』を選ぶ人だった。



『……ロベルト様いわく、『毒の鞘』は精神的支柱なんだとか。いない方が狙われないので仕事上は都合が良いくらいだが、継承者が『毒』と共に生きていくには必要不可欠なのだそうですよ』



 イリスが『毒』を受けて寝込んだ時にビクトルが言っていた。

 あれは、本当にその通りなのだと痛感する。

 イリスがいなければ、護衛にも虫退治にも手を取られないし、心配することもない。

 ヘンリーは自由だ。


 でも、もうイリスのいない生活には戻れない。

 たとえ時間と手間を取られても、心配や不安なことがあろうとも、彼女がいないのなら自由などに意味はない。

 ヘンリーが生きていくには、イリスが必要なのだ。

 今までどうやって生きていたのか、もう思い出せない。


 ひとしきり笑ったヘンリーは、水を一口飲んで、息をつく。


「……やっぱり、肩の手当てもすれば良かったかな」

「ええ? 嫌よ。駄目よ」

「そうだな。……目の毒だ」


 イリスのことは大切だ。

 だが、生きていくのに必要な存在なのだと、改めて気付いてしまった。

 ここで彼女の肌を見て、何もしないでいられる自信はない。


「着替えたら、ゆっくり休んで。何かあれば、呼んでくれ」



 愛しいひと。

 大切な『毒の鞘』。


 おまえが呼んだら、――必ず行くから。



これで「残念令嬢」第六章は完結です。

いずれ続編を書くつもりです。


明日からは「残念の宝庫 〜残念令嬢短編集〜」の方で、受賞&書籍化感謝リクエストを連載します。

詳しくは活動報告をご覧ください。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


「残念令嬢」

「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」

コミカライズ配信サイト・アプリ
ゼロサムオンライン「残念令嬢」
西根羽南のHP「残念令嬢」紹介ページ

-

「残念令嬢」書籍①巻公式ページ

「残念令嬢」書籍①巻

-

「残念令嬢」書籍②巻公式ページ

「残念令嬢」書籍②巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス①巻

「残念令嬢」コミックス①巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス②巻

「残念令嬢」コミックス②巻

一迅社 西根羽南 深山キリ 青井よる

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ