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番外編 カロリーナの疑問

「……いつまで見ているんだ」

 じっと至近距離で見ていると、椅子に座っていたヘンリーが何やら不満そうだ。


「何? 羨ましい?」

「ああ」

 からかってやろうと思ったのに、まさかの即答で肯定だ。


「さすがに、あんたは駄目よ」

「わかってるよ。だから、ここにいるだろう」

 本当にわかっているのなら、イリスが目覚めてから入室したらどうかと思うが、そういう選択肢はないらしい。


 ダニエラの言う通り、ヘンリーはイリスに夢中と言って良い。

 なのに、残念のおかげか鈍感のおかげか、イリスに十分伝わってはいない気がする。

 それでも彼女に合わせて大事にしている感じだったのに、ここ最近はどうも様子が違ってきた。



「イリスが好きなのはわかるけれど、あんまり急な攻め方しちゃ駄目よ。この子、黄金の箱入り娘なんだから」

「それは、わかっている」

「私達もだいぶ過保護だったかもしれないけれど、イリスのお父様なんて凄いんだからね。あんたも挨拶に行ったなら、わかるでしょう?」


 カロリーナ達には優しいおじさまだったが、イリスに迫りくる男性に対して容赦がなかった。

 男性からイリス宛ての手紙は基本的に届かないし、夜会の際には同行する友人にそれはそれは念入りにイリスのことを頼んでいた。


 イリスが夜会にろくに出なかったのは友人達の勧めと、本人が出会いを求めていなかったのが主な理由だ。

 だが、それに加えてアラーナ伯爵が夜会に出そうとしていなかったせいだと、友人達は知っている。

 そのイリスと婚約となれば、挨拶時にも相当なやりとりがあったに違いない。

 まあ、ヘンリーならばそれくらいどうにでもなるのだろうが。


「いや? 普通の親馬鹿という感じで、特に何も」

「ええ? てっきり、壮絶な舌戦の末にイリスを勝ち取ったものだと思っていたんだけど」

「どちらかというと歓迎されていたぞ」

「あのおじさまが……? ちょっと毒を盛られていたのに、気付いていないだけとかじゃないの?」


「いや、どんな人だと思っているんだよ」

「イリスを真綿にくるんで、黄金の箱に入れて、祭壇に飾っているような人よ」

 ヘンリーの顔が引きつっているところを見ると、本当に普通に接していたらしい。

『イリスは嫁にやらない』が口癖だったのに、どうしてしまったのだろう。


「……まあ、さすがにイリスも大人になってきたし、ようやく子離れしたのかしらね」

 カロリーナが呟くと、それに応えるようにイリスがもぞもぞと動き出した。




 目覚めたイリス曰く、せっかくだから毒クッキーを食べてみたかったのだという。


「イリスなら、そうなるわよね。教えたニコラスが悪いわ。……まあ、ヘンリーと一緒に食べるという指示は良いけれど」

「ヘンリーは食べ慣れているから、酷い味のものを見分けられるの? ニコラスは『被害を最小限に食い止める』って言ってたけれど、そういう意味なの?」


「まあ、それもあるけど。……イリス一人なら、買ってすぐにその場で食べようとするでしょう?」

「うん」

 きっと、うきうきで食べるのだろう。


「そうすると、街中で吐き気によって倒れるわけよ」

「う、うん」

 今回はひと欠片だけで、この状態だ。

 普通に食べていたら、確実に倒れただろう。


「結果、イリスが攫われかねないでしょう?」

「う、うん……?」

 イリスは首を傾げているが、路上に美少女が転がっていて素通りなどするはずがない。

 心ある人に介抱されればまだ良いが、最悪、よからぬ輩に攫われかねない。


「ヘンリーが暴走すると被害が甚大になりかねないじゃない。だから、最初からヘンリーと一緒にいなさいってことよ」

「……思っていたのと、何か違うわ」


 イリスはいまいち理解していないようだが、ことは深刻だ。

 これまでのヘンリーはいつでも冷静に最適な方法を選択できていた。

 だが、今の彼からイリスを取り上げようものなら、何が起こるのか考えるのも恐ろしい。

 出来れば今後も知りたくない。


 イリスは普段の様子しか知らないだろうが、ヘンリーは本来、物騒な生き物なのだ。



 起き上がったイリスのリボンを直し、髪を梳かす。

 いちいち手際が良くて、見ていて気持ち悪い。


「同じ髪型にしたのね。これが得意なの?」

「違うけど。変えない方が良いだろうから」

「そうなの?」

「……変な憶測が生まれかねないものね」


 ヘンリーがイリスを抱えて運んだところを屋敷の誰かは見ているだろう。

 その上で服が皺になり、髪型も変わっていたら、あらぬ誤解をされかねない。


 既に婚約しているし、屋敷の人間はイリスが『毒の鞘』候補だと知っているから、問題視はしないだろう。

 どちらかというと応援すらしかねない。

 だが、世間体というものもあるし、イリスのペースでもう少しゆっくりと距離を縮めてほしいところだ。


 ……カロリーナも、アラーナ伯爵のことをとやかく言えない程度には、過保護だという自覚はある。



「憶測?」

「いいのいいの。さあ、お茶でも飲みに行きましょうか」

 カロリーナが扉に向かうと、イリスも靴を手に取って履き始めた。


「どうしたの、ヘンリー」

「まだ正式な『鞘』じゃないし……本当は、『解放者』にしたくない」

 ヘンリーの呟きは、カロリーナにも届いた。


「……結局、ヘンリーも過保護なのよね」

 面倒見の鬼と呼ばれる彼が、イリスに無理強いをすることはないだろう。

 ならば、二人のペースで進んでくれれば、それで良い。

 ため息をつくと、カロリーナは階段を駆け下りた。

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