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番外編 クレトの察知

 その日、クレトはイリスと共に馬車でミランダの仕立て屋に向かった。

 普段は静かな店の前に、何やら人だかりがある。

 このまま馬車を近付けては邪魔になるし危ない。


「人が多いので、手前に馬車を停めましょう。今日は俺も一緒に行きますよ、イリスさん」

「そうね。迷惑になるといけないし。……また、ラウルと議論?」

「なかなか話がまとまらないんですよ」

「……議題は聞かないでおくわ」


 今の議題は『イリスに似合う髪型』だが、これもかなり難航している。

 クレトとしては普通に髪を下ろしているのが、自然な魅力が溢れて良いと思う。

 ラウルは残念な髪飾りを乗せている時が、一番映えると譲らない。

 何だかんだで今日も決着はつかない気がするが、それでも別に構わなかった。



 ラウルはイリスと同級生なので、クレトよりも年上だ。

 だが、今では気の合う友人として、すっかり親しくなっていた。

 やはり共通の趣味嗜好があると、親睦を深めやすい。

 この場合は、イリスその人のことである。


 ラウルはわかりやすくイリスに好意があるが、別に自分のものにしたいというわけではないらしい。

 そのあたりもクレトと通じるものがあり、一層親近感が湧いていた。


 だが、店の前に集まった女性達からイリスをかばった様子を見て、何となくわかってしまった。

 ラウルはイリスが好きだが、ヘンリーとの仲をどうこうするつもりはない。

 それは、イリスがヘンリーを選んだからであり、ヘンリーがイリスを守れるからであり。

 つまるところ、イリスが幸せだからだ。

 それを脅かすものには、相応の対応をする。


「……何だか、父親とか兄みたいですね」

 普段のラウルからはわかりづらかったが、彼は彼なりにイリスを守ろうとしているのだろう。

 そして、それはクレトも似たようなものだ。


 ヘンリーには憧れているし、好きだし、イリスが幸せならそれで良い。

 だが、ヘンリーがイリスを守れないなら、彼女を泣かせるのなら。

 その時には、クレトがもらい受けるつもりだ。


 ……とはいえ、現実にはそんなことが起きるとも思えない。

 ヘンリーはイリスを大事にしているし、イリスだって何だかんだでヘンリーを頼っている。

 見た目から家格、気質に至るまで、お似合いの二人だと思う。

 もう、さっさと結婚してほしいくらいだ。




「ようやく仕事らしいことができるわ」

 帰りの馬車で、喜んでいるイリスを眺める。

「別に、働かなくても良いんじゃありませんか? ヘンリーさんの稼ぎが悪いとも思えませんが」


 モレノは侯爵家だし、ヘンリーの立ち居振る舞いからしても仕事ができないとは思えない。

 未来の侯爵夫人を働きに出すような、逼迫した状態ではないだろう。


「万が一に備えて、ちゃんと自立したいの。残念も稼げて、一石二鳥よ」


 イリスは真剣だが、こちらとしては疑問しか浮かばない。

 大体、万が一って何だ。

 自立と言うからには、ヘンリーとの婚約を解消するとでも言いたいのか。


 もしもイリスが婚約を解消したのなら、遠慮なくクレトがもらい受けるので、稼ぐ必要などない。

 クレトと結婚しないとしても、アラーナ家は彼女の実家なのだからそのまま残るだろうし、プラシドが離さないだろう。

 そもそも、ヘンリーがイリスを手放すとは思えないので、考えるだけ無駄だ。


「……絶対に必要のない備えですよね、それ」


 ちゃんとわかっていそうで、やっぱりわかっていない気がする。

 何だかヘンリーが不憫になってきた。

 どうしてこの人は、こうも残念なのだろう。

 力強く訴えるイリスに、クレトは残念な眼差しを注いだ。



 ********



「イリスさん、ちょっと良いですか?」

「――クレト!」


 ノックして扉を開けようとすると、イリスの声が響く。

 何だか必死な叫びに聞こえるが、またあらぬものを凍らせたのだろうか。

 ゆっくりと扉を開くと、イリスの姿が見えたと思う間もなく、倒れこむように縋りついてきた。


「――わ! イリスさん?」

「――クレト、助けて」

 そのままクレトを盾のようにして、後ろに回りこむ。


「ど、どうしたんですか?」

 事態を理解できないクレトは、混乱しながら背後に回ったイリスを覗く。

「ヘンリーが攻撃的なのよ。避難指示が出たのよ」


 また、わけのわからないことを言っている。

 避難指示って何だ。

 誰から出た指示なのだ。


「何だかよくわかりませんが。ヘンリーさんが来ているんですか……?」



 背後のイリスから視線を部屋の中に移すと、そこにはソファーに座る茶色の髪の美少年の姿。

 その紫色の瞳を見た瞬間、クレトの背筋に悪寒が走った。

 思わず、びくりと体が震える。


「このままじゃ、私、死んじゃうわ」

 クレトの服を握りしめ、背中に張り付いたイリスが訴えてくる。

 ぴったりとくっついているせいで、背中には柔らかな感触を感じた。

 これは何だろうと考えれば、顔が赤くなりそうになる。


 一方、正面を見れば紫色の瞳がすっと細められ、ただそれだけで恐怖を感じる。

 脅されてなどいないし、何もされていないし、表情だって穏やかだ。

 だが、本能で危険を察したクレトの顔は青ざめていく。


「……俺も、色んな意味で天に召されそうです」

「クレト……?」


 イリスが背後からクレトの様子を伺っている気配がする。

 きっと、酷い顔色だ。

 赤と青を足して紫色になっているか、あるいはまとめて白くなっているだろう。


 ヘンリーがソファーから立ち上がる。

 それを見て、クレトはイリスの背後に回るとどんどんと彼女を前に押し出した。


「ちょっと、何するの。酷いわ、クレト」

「俺、イリスさんのこと好きですけど、ヘンリーさんも好きです。……それに、まだ死にたくないです」

「何の話?」

 そんなことをしている間に、目の前にヘンリーの笑顔がある。

 笑っているのに、笑っていない。


「それじゃ、三日後までに用意をしておいて」

「う、うん」

 妙な迫力の笑顔に、イリスは言われるがままにうなずいているし、思わずクレトまでうなずいてしまった。

 すると、ヘンリーはすれ違いざまにイリスの頬に顔を寄せた。


「――あんまり、俺以外にくっついたら、駄目だよ」


 耳元に唇が触れそうなほど近付いて囁かれ、イリスが身震いしている。

「……わかった?」

 絵に描いたような笑顔に、イリスはただうなずく。

 ヘンリーは満足そうにそれを見ると、「じゃあね」と扉の向こうに消えて行った。



「……何なの。何なの、あれは」


 混乱した様子のイリスだが、それはクレトの方が言いたい言葉だ。

 クレトは今まで何度もヘンリーに会っているし、初対面の時などは露骨にイリスが好きなのだとアピールしていた。

 だが、ヘンリーにあの目で見られたのは、初めてのことだ。


「俺、()()()()()()をされたの、初めてですけど。……イリスさんは、ヘンリーさんといちゃいちゃしていてください」

「――何それ?」


 たぶん、イリスがクレトに縋りついたのが原因だろう。

 少なくともあの瞬間、イリスはヘンリーよりもクレトを選んだ。

 理由は知らないし、きっとイリスにとっては大した意味はないのだろう。

 たまたまそこにクレトがいたから、隠れ蓑として使っただけだと思う。


 だが、それでもヘンリーに「男」として認識された。

 今までは文字通り歯牙にもかけていなかったのだと思うと少し寂しかったが、それでも()()認識されてみれば今までの状態に感謝したくなる。


 ――ヘンリーは、強い。

 ラウルをあしらっているところくらいしかまともに見たことはないが、それはたぶん間違いない。

 でも、そういうレベルではなくて、もっと根本的なところで、敵に回してはいけないと本能が告げる。

 彼が暴走すれば、きっとクレトの命どころでは済まない。

 根拠はないが、確信はあった。


「……世界の平和のためです」

 クレトはそう言って、額の汗を拭った。

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