あれもこれも被りました
「似合っているよ、イリス」
迎えに来たヘンリーは、開口一番そう言って微笑んだ。
それもこれも、普通のドレスだからだ。
ダリアが用意したドレスは、アプリコットピンクのグラデーションが美しい。
ふんわりと幾重にも透ける素材が重ねられて、まるで花のようだ。
胸元から腰にかけてはタイトな作りで、若干大人っぽい。
だが、腰のリボンを境にふわふわとしたスカート部分が可愛らしい。
大人の女性の雰囲気もありつつ可愛らしさも出ていて、なかなかのデザインだ。
ふわふわのスカートがビーズの花で留められているので、可愛らしいし邪魔にならないのが良い。
透明のビーズで作られた花はいくつも散りばめられていて、光を反射して輝いていた。
スカートと同じ生地で作られた髪飾りは本当に花のような仕上がりで、花芯の紫色のビーズが瑞々しさを感じさせる。
大きな花の髪飾りに合わせて、髪は高く結い上げ、垂らした髪にはドレスと同じ透明のビーズの花をいくつもあしらってある。
まるで、イリス自身が花であり花畑のような華やかさだ。
残念なドレスならいくつか着ていないものがあったが、普通のドレスを新しく仕立てた覚えはない。
ということは、これは父のプラシドが用意していたものだろう。
イリスに甘いプラシドは、よくこうしてドレスやらアクセサリーやらをプレゼントしてくる。
全体的に女性らしく可愛らしい方向性なので、間違いない。
残念な方向に傾くイリスを普通に引き戻すためのドレスなのだと思うと、申し訳ないような気もする。
何にしても、急な夜会にはありがたかった。
にこにこと御機嫌のヘンリーと共に、馬車で会場に向かう。
馬車の中でもじっとイリスを見ては、何やら満足気にうなずいたり微笑んだりしている。
これは、このドレスが気に入ったということなのだろうか。
どうやら、ヘンリーとプラシドのドレスの好みは似ているらしい。
義理の親子になるのだから、好みが似るのは悪い事ではない。
だが、二人で残念に異を唱えるようなら、面倒なことになる。
万が一に備えて、警戒は怠らないようにしなければ。
イリスは残念防衛のため、気を引き締めた。
「……そう言えば、そもそもこれって何の夜会なの? 私、招待されていないと思うんだけど」
会場である屋敷に入りながら、ふと気になって聞いてみる。
内容や主催者によっては問題ないとはいえ、招待もなしに参加するのはさすがに気が引ける。
「俺は招待されているし、同伴者がいるのは普通だから問題ないさ」
「俺は招待って。だったら、もう少し早く教えてくれたって良いじゃない」
今回はダリアの侍女パワーで事なきを得たが、毎回ドレスが準備できるわけではない。
前もって教えてもらわないと、困るのだ。
「ああ。でも、直前まで参加不明にしたかったんだ」
不満をぶつけてみるが、当のヘンリーはまったく気にする様子はない。
これが男女の差というものだろうか。
それに、参加不明にしたいって何だ。
サプライズのつもりだろうか。
そんなものは、主催者も同伴者も迷惑だと思う。
頬を膨らませつつ、飲み物を取るためにヘンリーのそばから離れようとすると、手を掴まれる。
「……何?」
「どこへ行くんだ?」
「ちょっと、飲み物を取ろうと思っただけよ」
「なら、一緒に行く」
「一人で平気よ?」
「今日は駄目」
別に、飲み物くらい一人で取れるのだが、何なのだろう。
今日は普通のドレスなので、両手に肉を持つのも何となく憚られるし、程よい肉も見当たらない。
そんなにおかしなこともしていないと思うのだが。
どうやらイリスは、よほど信頼がないらしい。
更に頬を膨らませるイリスを見て、ヘンリーは苦笑しながら飲み物を手渡してきた。
「……そんなに膨れるなよ。せっかくのドレスが台無しだぞ」
「どうせ着ているのは私なんだから、何をしても残念になるわよ」
朱に交われば赤くなると言うし、残念に交われば残念になるだろう。
つまり、どんなに取り繕っても、イリスは芯から残念な人間なのだ。
「大体、そんなに信用できないのなら、私を誘わなければ良いじゃない」
「何の話だ? イリス以外を誘うわけないだろう」
それもそうか。
イリスとヘンリーは正式に婚約しているわけだから、大っぴらに他の女性をエスコートするのはよろしくない。
その割には夜会で他の女性と一緒だったが。
あれはヘンリーが誘ったわけではなくて、向こうから来ただけだと言いたいのだろうか。
それはそれで、随分な言い分だ。
モヤモヤとした気持ちを流すように、飲み物を一気に飲み干すと、ちょうど人影がイリスの視界に入る。
ベビーピンクのグラデーションが効いたドレスは、花の装飾とリボンが実に女性らしい。
……気のせいか、イリスのドレスと色や装飾が似ている。
まさかそんな偶然があってたまるかともう一度見てみるが、やはり似ている。
違うのは、イリスの方はスカートがふわふわの花弁のようでビーズが煌めいているのに対して、こちらは光沢のある生地を重ねており、ビーズはついていない。
ピンクのグラデーションも若干の色味の違いはあれど、ほぼ同じ方向性だ。
イリスは背を汗がつたうのを感じた。
主催者が女性の場合、同じ色のドレスを避けるのがマナーとされている。
だからこそ、招待されたら主催者側の女性のドレスの色をそれとなく調べて、外すのが一般的だ。
残念なイリスと言えど、一応は伯爵令嬢。
残念なドレスの数々も、ちゃんと色を変えて用意している。
……まあ、残念な時点でマナー違反と言われると、どうしようもないが。
今回はヘンリーがギリギリに参加を伝えて来たので、用意をするのに精一杯で基本の確認を忘れていた。
いつもはそのあたりに厳しいダリアすら、忘れていたのだろう。
このドレスの主がもしも主催者側であれば、イリスはかなり失礼な客ということになる。
恐る恐る視線を上げていくと、そこには亜麻色の髪を高く結い上げて花を模した飾りをつけた女性が立っていた。









