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遠距離でよろしく

「な、何でそうなった」

「情報を整理して、検討したわ。それじゃ、遠距離でよろしく」

 カップを置いてソファーから立ち上がろうとすると、ヘンリーが慌ててイリスの手を掴んだ。


「――ま、待て。それじゃ根本は解決していないだろう」

「この事態の原因は、ヘンリーの接触だと判明したわ。遠距離でよろしく」

「それは――大体、遠距離って何だ。どのくらいだ」

 何故か必死なヘンリーの手を振りほどこうと頑張っていたが、最後の問いに動きが止まる。


「……それぞれの自宅くらい?」

「建物すら別かよ!」

 ヘンリーはイリスの手を握ったまま、頭を抱える。


「だって、最近のヘンリーは酷いもの。近付いたら危険だわ」

「それじゃあ、ほとんど会えないじゃないか」

「じゃあ、手紙でも書く?」

「文通か! リハビリどころか、退化しているじゃないか!」

 がっくりと肩を落としているが、退化って何のことだろう。


「何でも良いけれど、手を離して」

「駄目だ。ここでちゃんと話しておかないと、婚約者と清く正しい遠距離文通交際が始まってしまう」

「……都合が良いこともあるかもしれないわよ」

 ヘンリーが仕事で色んな女性に会うにしても、浮気でも本気でも、イリスと離れていた方が楽だろう。

「――不都合しかない!」

 ヘンリーが声を荒げているが、これ幸いと他の女性と会うのだとしたら、それはそれでモヤモヤするのだろう。


「……あ。でも、ちょっと寂しいかもしれない」

 ぽろりと零れた本音に、大きなため息が返ってきた。

「おまえ、俺をどうしたいの?」

 ヘンリーは弱々しい声でそういうと、イリスの手を引いてぎゅっと抱きしめた。



「な、何するの! 今の話を聞いていた?」

「聞いた。聞いた上でこうしている。……イリスは、俺がそばにいて、触れるのが嫌なのか?」

「だから、そうじゃなくて。近すぎるし、多すぎるの」

「俺は、イリスに近付きたいし、触れたい」

「私の心の平安は?」

 腕の中から見上げて要求すると、ヘンリーが困ったと言わんばかりにため息をついた。


「……あのな、イリス。俺達、婚約者だろう?」

「うん」

「それが、建物すら別の遠距離で文通状態は、おかしいだろう?」

「確かに。うちとモレノのお屋敷は、遠距離というほど離れてはいないわね」


「そこじゃない。会わないのはおかしいってこと」

「でも、会ったら攻撃してくるんでしょう?」

「攻撃って……」

 ヘンリーは再び深いため息をつくと、腕を緩めてイリスの目を見つめる。


「イリスの反応が良いから、ちょっとやり過ぎたこともあるかもしれない。それは謝る。……でも、俺はイリスが好きだし、会いたいし、触れたい。遠距離は困る」

 真剣な様子なのでじっと聞いていたが、これはこれで攻撃的な気がする。


「……じゃあ、どうしたら良いの?」

「俺としては、もっとスキンシップを取りたいくらいだが」

「却下」


「……だろうな。だから、ほどほどにする。その代わり、イリスも俺が触れるのに慣れてくれ」

「慣れるって言っても。どうしたら良いかわからないわ」

「地道に触れる回数を重ねていくしかないだろうな」

「それって結局、ヘンリーが攻撃してくるってことじゃないの?」


「善処はする。……どちらにしても、結婚したら同じ屋敷だ。逃げ場はないぞ」

「実家があるわ」

「笑えないからやめてくれ」



 確かに、結婚すればイリスはモレノ侯爵家の一員になるわけだから、安易に個人的な遠距離を選択することは難しいだろう。

 頻繁に実家に帰れば、両親だって心配する。

 こちらだって羞恥心を克服できるのなら、それに越したことはない。

 となれば、少しずつ慣らすというのは理にかなっている気もする。

『碧眼の乙女』との戦いの時に地道な努力を重ね、それが報われた身としては、「地道に」という言葉にはどうしても惹かれてしまう。


「……じゃあ、ヘンリーに慣れるように、頑張る」

 不満はあるが、とりあえずはそうするしかない。

 口にしてみると何とも変な文言だが、ヘンリーは満足したらしく表情が和らいだ。


「良かった。退化だけは免れた。……これ以上、待てるかっての」

 俯きながら何やら呟いているが、いまいちよく聞こえない。

 ともかく、当面のリハビリ目標は『ヘンリーに慣れる』に決まった。

 あとは、地道な努力を重ねるだけだ。

 ……何だか上手く言いくるめられた気もするが、まあ何とかなるだろう。




「そういえば、カロリーナ達は?」

 朝食を終えてお茶を飲んでも姿が見えないのは、おかしい。

 シーロはともかく、カロリーナは生粋のモレノっ子らしく早起きのはずだが。


「あいつらは、とっくに出発したよ」

「ええ? ……もしかして、私のせいで遅れたの?」

 早い時間に起こされた気はするが、そこから入浴したりヘンリーと話をしたりで結構な時間が経っている。

 それを待ちきれないから、先に行ったのだろうか。

 何だか申し訳ないことをしてしまった。


「カロリーナ達が急いだのは、婚儀の準備があるからだ。別に俺達は急ぐ理由がないし、イリスの体調を優先する」

「そうなのね。私はもう元気よ?」

「まあ、熱もないし。ゆっくり移動すれば問題ないだろう。準備して出発しようか」


「うん。……ねえ、ヘンリー。昨日は一体、何で襲われたのかしら」

 イリスを狙ったようで、ヘンリーを脅すようで、結局のところ何がしたかったのかよくわからない。

「調査中」

 ヘンリーは微笑んでそう言うと、イリスの頭を撫でる。


 調査中と言ってはいるが、表情からして何か知っていそうだ。

 確かに、教えてもらったところで何ができるわけでもない。

 それでも、何となくつまらない。

 少しの不満を頬にのせて膨らませるイリスを見て、ヘンリーが苦笑した。


「……じきに、わかるよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 密を避けるためにソーシャルディスタンスに配慮した交際というやつであるな 感染拡大防止のために別の部屋でデートである
[一言] 婚約したら遠距離文通恋愛で、 結婚したら遠距離で別居 離れる次元が想像からかけ離れていました。
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