羞恥心の利点が見当たりません
「残念の宝庫 〜残念令嬢短編集〜」の「イリス&ヘンリーのデート」を読んでおくと、わかりやすいのでおすすめです。
祭りの翌日。
カロリーナとシーロが帰るというので、イリス達も帰ることにした。
とはいえ、全員で同じ馬車には乗り切れない。
そこで一台目にイリス、ヘンリー、ビクトルが乗り、二台目にカロリーナ、シーロ、ニコラスが乗ることになった。
「カロリーナと一緒が良かったけど、残念だわ」
「カロリーナ様にはシーロ様が。イリス様にはヘンリー様が、自動的についてきます。残りは私とニコラス様ですが、男二人は切ないからやめてくれと懇願されまして」
馬車の中でビクトルが馬車の割り振りの説明をしてくれるが、どうも納得がいかない。
「じゃあ、私とカロリーナとニコラスにすれば?」
これなら、イリスはカロリーナと話ができるし、ニコラスは女性と一緒だ。
良い案だと思ったのだが、ビクトルは露骨に嫌そうな顔になる。
「……自動的についてくる、と申し上げましたよね? もう一方の馬車の中が地獄と化すので、おやめください」
「別に、ヘンリーとシーロ様は仲が悪くないでしょう?」
「問題はそこではありません」
断固譲らないビクトルに、イリスは頬を膨らませる。
それまで黙って様子を見ていたヘンリーが、肩を竦めた。
「……イリスは、俺と一緒じゃ駄目なの?」
「駄目じゃないけど。カロリーナとお話したかったのよ」
「何の話だ?」
「色々……髪飾りの案とか」
「何だ、それ?」
残念なお仕事でビーズの髪飾りのデザインを考えるのだと説明すると、ビクトルがあからさまに胡散臭そうな顔になる。
「恐れながら。イリス様はいずれ侯爵夫人になる身です。そのような仕事をなさる必要はありません」
「わかっているわよ。だから、ちゃんとヘンリーの許可はとったわ」
「……本当ですか」
じろりと視線を移されて、ヘンリーは無言でうなずく。
「それでも、おすすめはしませんが……仕方ありませんね」
さすがに主人であるヘンリーが許可している以上、ビクトルも異を唱えづらいらしい。
許可を取っておいて良かった、と自分の行動を褒めてあげたい。
「それで、案は出たのか?」
「それなんだけど。ビーズの髪飾りって、こんな風に糸で繋がれているから……」
ヘンリーに貰った髪飾りを取り出すと、裏側の仕組みを説明しようとする。
だが、興味なさそうに聞いていたはずのヘンリーの顔がおかしい。
「……どうしたの?」
「いや。……それ、以前に街で買ったやつ?」
「うん」
「安物なのに、まだ持っていたのか」
何だか否定されたような気がして、イリスはむっとする。
「可愛いから、いいのよ」
そう言って髪飾りを握りこむ。
イリスはお出かけして買ってもらったのが嬉しかったのだが、ヘンリーにとってはただの安い髪飾りなのだろう。
そう思うと、何だか少しモヤモヤとした。
羞恥心を取り戻してからというもの、このモヤモヤに出会うことが多くなった気がする。
正直、楽しくない。
羞恥心なんて、消え去ったままで良かったのではないだろうか。
おかげで残念ポイント稼ぎだって、以前よりは大変だし。
最低限はあったのだから生活に困ることもなさそうだし、今のところ利点が見つからない。
小さく息を吐くイリスを見て、ヘンリーが髪飾りを取り上げる。
「何するの、返して」
「つけてやるから、動くな」
そう言ってイリスの髪に触れる。
後頭部なので、こちらからは触れられていることしかわからない。
過去の様子からして、ヘンリーならすぐにつけることができるはず。
なのに、なかなかイリスの髪を放さないし、動かない。
「……つけたんじゃないの?」
「つけたよ」
「じゃあ、放して」
「どうして?」
また、わけのわからないことを言い出した。
「髪を持っていても仕方ないでしょう? それに、動きが制限されて疲れるわ」
「疲れたなら、これで良い」
そう言うなり、イリスの肩に手を回してヘンリーの体にもたせかけた。
「よ、良くない!」
傾いだ体を戻そうと頑張ってはみるが、ヘンリーの力にはかなわず、動けない。
「……まだ持っていてくれたのが、嬉しい」
必死でイリスを抱える腕を外そうとしているところに、そっと耳打ちされる。
イリスがびくりと肩を震わせるのと、ヘンリーが手を放すのは同時だった。
「……ヘンリー?」
解放されたのは嬉しいが、何やらヘンリーとビクトルの表情が険しい。
「情報はそれなりに絞っておいたのですが。……来ましたね」
「ああ。その程度の伝手はある、ということだな」
ヘンリーはいつの間にか剣を手にしている。
ビクトルもまた、手元には短剣がある。
これは、もしかして以前のような襲撃なのだろうか。
イリスが口を開くよりも先に、馬車の速度がガクンと落ちる。
反動で飛ばされそうになる体を、ヘンリーの腕がすくいとって抱きしめた。
馬車が完全に停止するなりイリスを放すと、剣を片手に扉を開ける。
「――イリスは絶対に外に出るな」
返事をする間もなく、ヘンリーは飛び出して行く。
その扉を素早く閉じたビクトルは、そのまま鍵をかけた。
「外は心配ありませんので、イリス様はここからお出にならないでください」
「……うん」
前回のことがあるので、扉を開けてはいけないのだとわかるが、不安な気持ちはどうしようもない。
スカートを握りしめながらヘンリーが出て行った扉を見ていると、背後から何かが軋む音が聞こえた。