表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
140/276

思った被害と違います

「……起きたのか」

 その声に、はっきりと目が覚める。

 どうやら眠っていたらしい。

 気が付くと枕元にはヘンリーとカロリーナの姿があった。


「……おはよう?」

 何と言って良いのかわからず、とりあえず挨拶をする

「おはよう、イリス。気分はどうだ?」

「大丈夫」


 体を起こすが、あの気持ち悪さはもうない。

 それにしても、たったひと欠片であの効果なのだから、何とも恐ろしいクッキーだ。

 差し出された水を飲んでいると、カロリーナが心配そうに覗きこんできた。



「本当に大丈夫? 毒クッキーを食べるなんて、無謀よ。幼少期から少量ずつ慣らして、ようやく耐えられるものなのよ?」

「……食べ物なのよね?」


「成分はね。体には良いけれど、初見なら本当に毒レベルよ」

 返答内容といい、実際の効果といい、とても食べ物だとは思えなくなってきた。

 だが、これが名物だというのだから、世の中はわからないものだ。


「でも、せっかくだから食べてみたかったの」

「イリスなら、そうなるわよね。教えたニコラスが悪いわ。……まあ、ヘンリーと一緒に食べるという指示は良いけれど」

「ヘンリーは食べ慣れているから、酷い味のものを見分けられるの? ニコラスは『被害を最小限に食い止める』って言ってたけれど、そういう意味なの?」


「まあ、それもあるけど。……イリス一人なら、買ってすぐにその場で食べようとするでしょう?」

「うん」

 確かに、うきうきで食べると思う。


「そうすると、街中で吐き気によって倒れるわけよ」

「う、うん」

 ひと欠片でこれだけの効果だったのだから、普通に食べたら倒れる可能性は高い。


「結果、イリスが攫われかねないでしょう?」

「う、うん……?」

 何だか急に話が飛躍した気がする。


「ヘンリーが暴走すると被害が甚大になりかねないじゃない。だから、最初からヘンリーと一緒にいなさいってことよ」

「……思っていたのと、何か違うわ」


 大体、何故攫われることが前提なのだろう。

『毒の鞘』は狙われるという話だとしても、いちいちイリスの行動を観察しているとも思えない。

 どう考えても杞憂だと思うのだが。



「そう言えば、カロリーナはどうしてここにいるの?」

 確か、ヘンリーは水を取りに行ったと思うのだが、途中で会ったのだろうか。

 すると、カロリーナは大きなため息をついた。


「ヘンリーに呼ばれたからよ。一応未婚の男女が、寝室に二人きりは良くないでしょう?」

「……そうか。それもそうね」

 指摘されて初めて、状況を理解できた。

 アラーナ邸ならばもちろんありえないが、この屋敷の部屋は自分の寝室だという意識が薄かったので、あまり気にしていなかった。


「わざわざありがとう、カロリーナ」

「いいのよ。明日もあるし、今日はもう休む? 食事を部屋に運ばせましょうか?」

「大丈夫、もう起きるわ」


 既に十分に迷惑をかけているのだ。

 これ以上、手間をかけさせるわけにはいかない。

 ゆっくりとベッドから出ると、ワンピースには皺が入り、腰のリボンも歪んでいた。



「イリス、リボンを直すから後ろを向いて」

 ヘンリーはリボンだけでなく、皺までも綺麗に整えていく。

 これも『一通り』の範囲なのだろうか。

 本当に、何を目指しているのだろう。

 逆にできないことはないのか、気になってきた。


「髪も直すよ。座って」

 こうなると抵抗する理由もないので、大人しく椅子に腰かける。

 三つ編みを解いて櫛で梳かすと、再び同じように結っていく。

 手際の良さに気持ち悪さを感じている間に、朝と同様に結い終わった。


「同じ髪型にしたのね。これが得意なの?」

「違うけど。変えない方が良いだろうから」

「そうなの?」

 では、ヘンリーはこの髪型が好みなのだろうか。

 確かに、女の子らしいから好感度は高そうである。


「……変な憶測が生まれかねないものね」

「憶測?」

「いいのいいの。さあ、お茶でも飲みに行きましょうか」

 カロリーナが扉に向かうので、イリスも靴を履いて追いかけようとすると、ヘンリーが心配そうに見ていることに気付く。


「どうしたの、ヘンリー」

「まだ正式な『鞘』じゃないし……本当は、『解放者』にしたくない」

 小さな声で、ぽつりとそうこぼす。

「大丈夫よ、きっと」


 どれだけ面倒見の鬼の血が騒いでいるのだろう。

 それとも、残念なイリスが重要な役割を果たすことを心配しているのだろうか。

 それに関しては、安心してほしいと言い切ることもできないので複雑だ。

 仕方ないので残念は残念なりに頑張ろう。

 イリスはそう結論を出すと、カロリーナを追って部屋を出た。




 その日の夜、イリスは短剣を枕元に置いて横になっていた。

 こうして眠るようにと指示があったからだ。

 よくはわからないが、必要らしいので従っている。


「明日は、いよいよ肩こり解消の儀式なのね」


 継承者の体が楽になるというのなら、それは良いことだ。

 肩こりと言わず、もっと楽になると良いと思う。

 ベッドに入れば、すぐに瞼が重くなる。

 明日のためにも、ぐっすりと眠ろう。

 薄れゆく意識の中、剣の石が淡く光ったような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


「残念令嬢」

「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」

コミカライズ配信サイト・アプリ
ゼロサムオンライン「残念令嬢」
西根羽南のHP「残念令嬢」紹介ページ

-

「残念令嬢」書籍①巻公式ページ

「残念令嬢」書籍①巻

-

「残念令嬢」書籍②巻公式ページ

「残念令嬢」書籍②巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス①巻

「残念令嬢」コミックス①巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス②巻

「残念令嬢」コミックス②巻

一迅社 西根羽南 深山キリ 青井よる

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[気になる点] ヘンリーさん女装したら侍女が務まりませんか? [一言] 瀉血して肩こりを治す民間療法。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ