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毒クッキーが侮れません

「買うのは良い。少しだけなら食べても良い。でも、屋敷に帰ってからだ」

 ヘンリーにそう言われたので、屋敷に到着すると早速応接室で包みを開いた。


「わあ! ……酷い色ね」

 茶色とも橙色ともつかないマーブル模様に、灰色の粒が混じっている。

 緑色の砂糖のようなものもまぶされているのだが、青カビまみれのクッキーにしか見えない。


「このカビ加工は数年前にはなかった。……どうでも良い進化をしているな」

「これは、想像以上の残念ぶりよ。参考になるわ」

 クオリティの高さに、イリスの残念な魂が揺さぶられる。


「やめろ。しなくて良い。記憶から抹消してくれ」

 ヘンリーはため息をついているが、気にせずクッキーをつまんでみる。

 どれも酷い色ではあるが、味の違いは判らない。


「確か、十個に一個酷い味、なのよね?」

「ああ。だから、やめておけ」

「せっかくだから、酷い味を食べたいわ」


 やるならとことんという性質からして、酷い味を食べずにはいられない。

 ヘンリーは再びため息をつきながら、水を用意している。

 確かに、いざという時のために飲み物は必要だ。

 だが一枚が意外と大きくて、十枚クッキーを食べるのはそこそこつらい。

 少しだけ食べるという約束なので、全部小さく割ってみれば良いのだろうか。

 それでは食べないクッキーに何だか申し訳ない。


「……仕方ないな」

 クッキーを眺めながら思案していると、ヘンリーがじっとクッキーを見つめ、一枚を取り出した。

「え? それが酷い味のクッキー? 何でわかるの?」

「経験値の差だな」

「……どれだけ食べたのよ」


 なるほど。

 ニコラスが言っていた『被害を最小限にする』というのは、余計なクッキーを食べずに済むということなのだろう。

 ヘンリーはクッキーを割ると、ごくごく小さな欠片を差し出す。


「ほら。味わわずに、すぐに飲み込むんだぞ」

「それ、もう、食べ物じゃないわよね?」

「ほぼ、そうだ」

 断言されて少しばかり怖気づくが、ここで食べなければ残念がすたるというもの。

 イリスはヘンリーの手から欠片をつまむと、口の中に放り込んだ。



「……う」

 それは、すぐにやって来た。


 口の中でクッキーが崩れた瞬間に、舌に痺れを感じる。

 それと同時に、何とも言えない気持ち悪さがこみあげてきた。

 顔色を変えて口を手で覆うイリスを見て、ヘンリーが慌ててコップを手渡してくる。


「ほら、言っただろう。すぐに流し込め。絶対に、味わうな」

 およそ食品に対する言葉とは思えないが、確かにそうするしか術はない。

 どうにか水でクッキーを流し込むが、一度広がった痺れはすぐには消えない。

 何より、吐き気が引く気配がない。


「……気持ち悪い」

 実際に吐くという感じではないが、気持ちが悪い事には変わりがない。

 ついでに眩暈まで出てきた気がして、ソファーにずるずると横になった。


「大丈夫か?」

「うん。少し、横になってる。ヘンリーは気にしないで行って良いわよ」

 休めば落ち着くだろうし、ずっとそばにいる必要はない。

 きっと祭りのことでも忙しいのだろうから、放ってくれて構わない。


「……何を、馬鹿なことを」

 少し怒りをはらんだ声にイリスが顔を向けるのと、ヘンリーがイリスを抱え上げるのはほぼ同時だった。


 ――いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。


 そう気付いた途端、羞恥心が一気に沸き立つ。

「――な、何するの。おろして」


 気持ちが悪いので声は弱々しいが、それでもヘンリーには届いたはずだ。

 なのに何故か不機嫌そうに眉を顰めたまま、どこかに向かって歩き出してしまった。

 恥ずかしいには恥ずかしいのだが、それ以上に気持ちが悪い。

 抱っこされたまま運ばれることで揺れが加わり、更に気分が悪くなりそうだった。


「ヘンリー、おろして」

 何とか絞り出すように告げるが、返答はない。

 イリスの使っている部屋に着くと、そのままベッドにそっと座らされた。



「今、水を持ってくるから。とりあえず靴を脱いで、横になっていろ」

「自分で取りに行くから、大丈夫よ」

「……俺に脱がされたいなら、それでも良いが」

 ――何だ、その羞恥心しか発動しない提案は。


「じ、自分で脱ぐ! 待ってる!」

「良い子だ」

 慌てて答えると、ヘンリーは苦笑しながら扉に向かう。


「大人しくしてるんだぞ」

 駄目押しとばかりにそう言われれば、もううなずくことしかできない。

 扉が閉まると、気持ち悪さに加えて疲労感がイリスを苛む。


「……本当に、何なの……」


 最近のヘンリーはおかしい。

 もしかすると、これも残念の弊害なのだろうか。

 気持ち悪さを堪えて靴を脱ぐと、ベッドに潜り込む。

 ヘンリーに文句を言わなくては、と思っていたのに、段々と瞼が重くなってくる。


 結局、イリスはあっさりと意識を手放した。


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