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『解放者』の依頼

 案内された部屋に入ると、ソファーに腰かけて伸びをする。

 さすがに、ずっと馬車に乗っているのは疲れた。

 同乗した二人に疲れた様子が見られないので、イリスも疲労の色を見せないように努力をした。

 だが、疲労自体をなくすことはできない。

 本当に、いつになっても令嬢ボディの貧弱さには困ってしまう。


 ため息をつくと、何となく気になってソファーの肘掛を外そうとしてみる。

 だが、意外と重くて上手く持ち上がらない。

 カロリーナは軽々と外していたというのに。


「……きっと、ここにも隠し武器があるのよね」

 だが、イリスでは取り出すことすらできない。

 もっとも、取り出したところで碌に扱えないのだから意味がないとも言える。


「やっぱり、私は魔法を使うしかないのよね」

 隙間の凍結にはかなり慣れてきたが、どうしても足止め以上のことは難しい。

「空中に氷の塊を出せるようになれば、少しは違うかしら」


 今のところ、手のひらと空気の隙間を狙って凍らせることで、手に氷塊を出すことはできる。

 だが、これではただの手乗り氷だ。

 冷たいし、濡れるし、飲み物を冷やすくらいにしか使いようがない。

 せめて、もっと大きな氷を出さないと。


「手のひらと空気の隙間がいけるなら、空気と空気の隙間もいける気がするんだけど」

 試してはみるが、やはり上手くいかない。

 魔力自体のコントロールは大丈夫だと思うので、あとはイメージなのだろう。

 空中に氷を出せるのが当然だと、絶対に出すのだという強い意思。

 それさえあれば、きっと。


 疲労の混じったため息をつくと、荷物からビーズの髪飾りを取り出す。

 ヘンリーに貰ったこの髪飾りのおかげで、仕事が一つ生まれた。

 これは、経済的自立への大切な一歩だ。

 そう考えると、大変なありがたみを感じる。


「さて。残念なお仕事をしましょうか」

 イリスは髪飾りを眺めつつ、残念な髪飾りのデザインを考え始めた。




「イリス、長旅お疲れ様!」

 モレノ侯爵領の屋敷に着くと、黒髪に金の瞳の友人が熱烈な抱擁で出迎えてくれた。

「カロリーナ! 会えて嬉しいわ。でも、婚儀の準備は大丈夫なの?」

「ええ。それに、この祭りはモレノにとって大事なものだから」

「そうなのね」


 よくはわからないが、カロリーナに会えたのは嬉しい。

 前回会ったのは、ヘンリーと連絡が取れなくて相談をした時だ。

 そう言えば、あの時はダニエラが思い切り笑っていたが、あれは何だったのだろう。


「やあ、イリス。久しぶりだね」

 カロリーナの腕の中から出ると、そこには赤い髪に緑の瞳の美しい青年が微笑んでいる。

「シーロ様、お久しぶりです。シーロ様もお祭りを見に来たんですか?」

「うん。俺も初めてだから、楽しみだよ。イリスが『解放者』なんだって?」

「はい。短剣を地面に刺す係、ですよね?」


「うん? ……まあ、そうなのかな」

 シーロは首を傾げると、カロリーナに視線を移す。

「本当は、お祖母様が『解放者』だったけれど。お祖母様がイリスを推したらしいの。大抵はモレノの血筋から選ぶから、珍しいことよ」

 カロリーナの口振りでは、結構重要な役割のような雰囲気だ。


「……ねえ。それ、私で大丈夫なの?」

 ヘンリーが妙に気乗りしない様子だったのもあり、心配になったイリスは友人に問いかける。

 すると、イリスの不安を和らげるような優しい笑みが返ってきた。

「大丈夫よ。何故イリスなのかは、直接聞いてみなさい」




 その機会は、すぐに訪れた。

 モレノ侯爵家先代当主にして『モレノの毒』継承者のロベルト、その妻であり『毒の鞘』のドロレス。

 二人に呼び出されたイリスは、緊張しながらソファーに腰かけた。


「遠いところを、わざわざ来てくれてありがとう」

「い、いえ。こちらこそ、お招きありがとうございます」


 ドロレスに労われ、イリスは恐縮した。

 こちらとしては、近所のお祭りに遊びに行くという感覚だったのだ。

 だが、ヘンリーの様子といい、カロリーナの言葉といい、この謎の面接状態といい、どうやら予想とは違うらしい。


「まだ正式な『鞘』ではないイリスには言えないこともある。だが、毒の祭りはモレノの……特に継承者にとって大切なものでね」

「特に、『解放者』の儀式が重要なんだ。それを、イリスにお願いしたい」

 二人に真剣に言われると、却って心配になってきた。


「あの。私で良いのでしょうか?」

 そんなに重要な役割ならば、もっと別の人が相応しい気がする。

 ヘンリーが何やら乗り気ではなかったのも、イリスでは良くない理由があるのではないか。


「まだはっきりしないが、ドロレスの見立てではイリスが適任だ。俺も、そう思う」

「は、はい」

 よくわからないが、何やら期待されているらしい。

 だが、イリスは自他ともに認める残念な存在だ。

 期待に応えられるとは限らないのだが、どうしたものだろう。



「ヘンリーには、何て説明されたんだい?」

「地面に短剣を刺す係だ、と言われました」


 すると、ロベルトが笑った。

 何となく、その笑みにヘンリーを思い出してしまう。

 やはり、祖父と孫なだけあって、どこか似ていた。


「確かに、間違ってはいないな。だが、祭りの前にやることがある。それは明日、ヘンリーが来てから説明しよう」

「はい」

 ということは、少なくとも明日にはヘンリーもこちらに到着するのか。

 何となく安心して、ほっと息をついた。


「それで、イリス。――君は、何者なんだい?」

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