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食べ物につけてはいけない名前があります

「……ともかく、レイナルドは問題ないということね?」

 何せメイン攻略対象だ。

 顔面から学業まで、ヒロインに劣らぬ優秀さである。

 唯一の弱点としては、運がなさそうなところか。


「問題ありです! 大体、何なんですか、あの人。いくら何でも手紙ばかり出し過ぎです」

「でも、読んでいるんだろう?」

 ニコラスの指摘に、オリビアは一瞬、言葉に詰まる。

 どうやら、ちゃんと手紙に目を通しているらしい。


「本当に、悪い人間じゃないから。せめて手紙だけでもやりとりしてあげて?」

「……イリスさんがそう言うのなら。手紙くらいは」


 もごもごと小さな声で呟くオリビアは、まさに乙女という恥じらいぶりだ。

 あれだけの美少年に好意を向けられれば、悪い気はしないだろう。

 この様子だと、レイナルドの頑張り次第ではチャンスがありそうだ。

 イリスはニコラスと顔を見合わせて笑うと、心の中でレイナルドに応援の旗を振った。



「ところで、お祭りってどんなものなの?」

「そうか。イリスは毒祭り、初めてだもんな」

 何だか不穏な名前だが、気のせいだろうか。


「毒のある食べ物を解毒して食べられるようにした、祖先の偉大な知恵と苦労を称え、薬にもなる毒に畏敬の念を捧げる祭りです」

「へえ。なるほど」

『地面に短剣』などとわけのわからないことをする割には、真っ当な理由で開催されているようだ。


「……ということに、なっています」

「え?」

「まあ、そのあたりは、向こうに着いてからだね。結構大規模だし、名物もあるよ」

 何だか気になるはぐらかされ方だが、無理に食らいついても仕方がない。

 どちらにしても、地面に短剣を刺す係の説明はあるのだろう。



「名物?」

「毒クッキーです」

 あんまりな名前に、思わずイリスも眉を顰める。


「食べ物につけちゃいけない名前の上位よね、それ」

「本当に毒が入っているわけじゃないよ。ただ、色も酷いし、十個に一個は味も酷い」

 どんな名物だとは思ったが、要はロシアンルーレット的な楽しみ方なのかもしれない。

 それよりも、ニコラスの説明はイリスの残念な好奇心を刺激した。


「酷いって、どんな感じなの?」

「どんな、って。……駄目だよ? イリスに食べさせたなんて知られたら、俺がヘンリーに睨まれる」

「大袈裟ね。変な味ってことでしょう?」

「変というか……ちょっとした吐き気をもよおしたり、一日食欲がなくなる感じです」

「……それ、食べても良い物なの?」

 ちょっとした吐き気が出る時点で、食べ物というよりも危険物のような気がするのだが。


「薬草なので。寧ろ、体には良いです」

「体に良い吐き気って、何なの」

「以前は舌が痺れる位だったらしいんだけど、ファティマ様が嫁いでからは酷い味のクオリティが上がったらしいよ」

「……そう」

 残念ドレス鑑賞愛好家にして毒と薬に精通するという未来の姑に、イリスは初めて不安を感じた。


「……でも、面白いわよね。やっぱり、一度試してみたいわ」

「駄目だよ、駄目。どうしてもと言うのなら、ヘンリーと一緒に食べてくれ」

「ヘンリーは毒クッキーが好きなの?」

「そうじゃなくて。周囲の被害を最小限に食い止めるためだよ」


 どうやら毒クッキーとやらは、相当な被害が出るものらしい。

 しかしヘンリーなら良い、というのは何だろう。

 やはり祭りで食べていると、胃袋が鍛えられて平気になるのだろうか。

 残念にも慣れがあるのだから、酷い味にも慣れがあるのだろう。

 ヘンリーが来たら、一緒に食べてほしいとお願いしてみよう。




 モレノの宿に到着すると、使用人がずらりと並んでお出迎えしてくれた。

 以前に対応してくれた年嵩の男性もいるが、皆一様にイリスを見る目が険しい。

 やはり、武器(にく)に慣れていないせいだろうか。

 事情を伝えるまでは隠した方が良いのかもしれない。


 いや、でもこの険しめの残念な視線も捨てがたい。

 残念ポイントは、初見の人間からより多く稼げる気がする。

 イリスが武器(にく)を持ちつつ葛藤していると、年嵩の男性使用人がイリスに話しかけてきた。



「イリス様。本日は……大丈夫ですか?」

 これは、『肉を持ち歩くなんて、頭は大丈夫ですか』と聞かれているのだろうか。

 思った以上に武器(にく)が効いてしまったようだ。

 残念ポイントは稼ぎたいが、さすがにやりすぎたかもしれない。


「いえ。前回おいでの際に、かなりお疲れの御様子だったので……」

「前回?」

 前回といえば、領地に行ってすぐにとんぼ返りで、途中に襲撃された時か。

 あの時は、帰りは眠った状態で運び込まれただろうし、翌日も疲労でヨロヨロだった。

 ……どうやら、体調を心配されただけらしい。


「何だ。お肉が気になったわけじゃないのね」

「いえ、気にはなりますが……」

 ちょっと寄っただけのイリスの心配をしてくれるなんて、なんて優しいのだろう。

 たとえ次期当主の婚約者だから形式的に言っているのだとしても、嬉しいことには変わりない。


「大丈夫、元気よ。――ありがとう」

 感謝を込めて微笑むと、何やら使用人達が目を瞠って固まった。

 何かおかしなことをしてしまったのだろうかと気にはなったが、そのまま部屋に案内される。


「……イリスさんの言っていた武器というのは、こういうことだったんですか」

「いや、結構な威力だね。若い連中には、特に」

 ニコラスとオリビアがうなずき合っているが、何のことだろう。

 武器といえば手に持っている肉だが、いつの間にそんなに効果が出たのだろうか。


「やっぱり、肉は良い武器ね」

 イリスが肉をじっと見つめて呟くと、ニコラスがため息をついた。


「……ヘンリーも苦労するなあ」


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