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継承者は嫁げないようです

「こんにちは、イリス。久しぶり……」

 ニコラスの言葉が、尻すぼみに小さくなっていく。

 その隣のオリビアは、怪訝な顔でこちらを見ている。

 再会早々、残念ポイントをくれるとは、良い人達だ。


「久しぶりね。同行してくれてありがとう」

 馬車の旅自体なら、別にイリス一人でも構わない。

 それをこの二人が一緒だというのだから、これはきっと護衛なのだろう。

「いや、そのことは良いんだけどさ。……それ、何?」

 ニコラスとオリビアの視線は、イリスの手元に集中していた。


「肉よ」

 馬車移動を考えて小ぶりにした骨付き肉を掲げて見せると、二人はぎこちなくうなずいた。


「……肉、だね」

「……肉、ですね」

 そう言ったきり黙った二人は、顔を見合わせて首を傾げる。


「……とりあえず、馬車に乗ろうか」




 走り出した馬車で正面に座るニコラスとオリビアは、渋面のままイリスの肉と顔を交互に見比べている。

 そう言えば、ニコラスはイリスの残念装備を見たことがないはずだ。

 オリビアは婚約披露パーティーで残念ドレスを見ただろうが、あの時は手に武器(にく)は持っていなかった。

 つまり、馴染みのない肉に困惑しているのだろう。


「ええと、この肉はね。残念の武器なの。さすがにあっちで残念なドレスを着るわけにもいかないから、少しでも残念ポイントを稼ごうと思って」


 丁寧に説明したつもりなのだが、二人の眉間の皺は更に深くなる。

 残念愛好家や慣れ切った人に囲まれて忘れていたが、そう言えば残念とはこういう反応をされるものだった。

 イリスは初心に返って、新鮮な気持ちを噛みしめた。


「イリスさんが『残念の先駆者(パイオニア)』と呼ばれているのは知っていましたし、パーティーでおかしなドレスを着たのも見ていますが。……あれは、大勢が集う場所で披露するものではないんですか?」

 どうやらオリビアにとって、残念装備はパーティー用らしい。


「大勢いた方が効率は良いけれど、日々の積み重ねも大事だから」

「……はあ」

 納得するどころか、より困惑した様子のオリビアは視線でニコラスに助けを求めている。

 だが、そのニコラスもどうしたら良いかわからないようだ。


 残念は理解するものではない。

 感じるものだ。


 無理な残念考察は疲れるばかりだろうから、別の話題を振ってみることにした。



「オリビアさんとニコラスが一緒ということは、弟子として頑張っているのかしら」

 ようやく理解できる話になったせいか、オリビアの顔に精気が戻ってくる。

「はい。ニコラス兄様に色々教わっています。……あの、イリスさん。私の事はオリビアと呼んでください」

「そう?」

 確かに、年上のニコラスは呼び捨てで年下のオリビアはさんづけではおかしいか。


「じゃあ、オリビア。……そう言えば、レイナルドは元気?」

「な、何で私に聞くんですか?」

 動揺を隠せない様子のオリビアに、ニコラスがにやりと笑う。


「確か、イリスとヘンリーの同級生だって? ほぼ毎日、オリビアに手紙が届くのは、誰からかな?」

「ニ、ニコラス兄様!」

「毎日手紙? レイナルドが、オリビアに?」

 ファンディスクの件で何となく仲が良さげだったから聞いてみただけだったのだが、意外な事実が判明した。


『碧眼の乙女』三作目のヒロインのセレナに捨てられ、良い仲だったと思われるリリアナにも捨てられ、婚約前だったとはいえイリスにも捨てられたような形だ。

 ある意味で、『碧眼の乙女』の最大の被害者と言っても過言ではないと思う。

 レイナルドに好きな人ができたというのなら、応援してあげたい。



「レイナルドは悪い人間じゃないわよ。多少思い込みは激しい傾向があるけれど、美少年だし、優秀よ?」

 一応の援護射撃のつもりだが、オリビアが嫌だというのなら無理強いはできない。

 だが、頬が朱に染まる様子を見る限りは、嫌ってはいないようだ。


「美少年って! ……確かに顔は良いですけれど、だからって何でも良いわけじゃ」

「――イリス。そのレイナルドって、貴族の嫡男?」

「え? 伯爵令息だけど、跡継ぎじゃないわよ」

 だからこそ、婿養子を探すイリスとの婚約の話が出ていたのだ。


「そうか。……良かったな、オリビア」

「よ、良くないです! 関係ありません!」

 必死に否定してるところを見ると、どうやら跡継ぎではない方が評価が高いらしい。

 不思議に思っていると、ニコラスが笑う。


「『モレノの毒』の継承者は、他家に嫁すことができない。相手が跡継ぎなら面倒だったが、これで恋路の障害は減ったな」

 ……そうか。

 確かに『モレノの毒』が血によって継がれているのなら、その中でもより強い血を継いだと思われる継承者を、外に出すわけにはいかないだろう。



「じゃあ、お父様が嫁ぐことを許さなかったら、私はヘンリーと婚約していなかったのね」

 貴族の婚姻などというものは結局、その程度のことなのかもしれない。


「……その場合は、ヘンリーがどんな手段を使ってでも、アラーナ伯爵を陥落させただろうよ」

「ちょっと物騒な言い方ね」

「まあ、実行されなくて良かったね」

 どんな手段を使っても、だなんて大袈裟な表現だが、ニコラスの表情は真剣なので少し困惑する。


 そう言えば、そもそも父のプラシドはイリスに婿を取るつもりだった。

 クレトもムヒカ伯爵家の末息子で跡継ぎではないし、レイナルドも然り。

 イリスも当然婿を取るものだと思っていたから、出会いを求めていなかったくらいだ。


 それが、ヘンリーとの婚約はあっさりと認めている。

 それどころか、大歓迎という様子だった。

 あれは、どういう心境の変化なのだろう。

 単純にヘンリーがお眼鏡にかなったという事か、クレトがいるから問題ないと思われたのか。


 あれだけ「イリスは嫁にやらない」と言っていたのに。

 変われば変わるものである。


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