惹かれたところはどこでしょう
「はい?」
「ですから。イリス様はどんなところに惹かれて、婚約を決断なさったのですか?」
「は、はいい?」
金髪の令嬢の問いに、思わず声が上擦る。
「うわあ、聞きたいです」
黒髪の令嬢の無責任な歓声と共に、一斉に視線がイリスに集まる。
無言で終わらせるわけにもいかないが、何を答えれば良いのだろう。
「惹かれたところ……」
イリスが眉間に大きな皺を寄せて考えていると、栗色の髪の令嬢がまたため息をついた。
「そんなに大袈裟に考えなくても。良いところ、頼もしいところ。何でも、結構です」
「なるほど」
頼もしいとなると、やはり剣の腕だろうか。
侍従のビクトルも、いかれた腕前と言っていたし。
「……強くて」
良いところとなると、何だろう。
残念なイリスを受け入れてくれるところだろうか。
「……残念」
いや、残念ドレス自体は好みじゃないというのだから、ちょっと違うか。
なかなか考えがまとまらずにいると、金髪の令嬢が頬を染めてうなずいている。
「強くて、残念。……良い言葉ですね。つまり、頼りがいがある反面、イリス様には弱いところを見せてくれる、ということですね!」
黒髪の令嬢が悲鳴に近い歓声をあげ、隣の栗色の髪の令嬢に縋りついている。
「え、いや。そういう意味じゃ」
大体、ヘンリーの弱い部分って何だろう。
さっぱり見当もつかない。
「男らしい部分だけではなく、弱い部分も含めて惹かれる、だなんて。素敵です」
「いやいや、全然そういう意味じゃないんだけど」
慌てて首を振るが、全員に何だか生温かい眼差しを向けられている。
これは一体、どういう残念なのだ。
「はあ。羨ましいです。最近モレノ侯爵令息につきまとっている令嬢がいるという噂がありましたが、まったく心配いりませんね」
「つきまとっている?」
「何でも、夜会でやたらとそばに寄って話しかけているらしいです。でも、全然気にすることはありません。その令嬢も、今の話を聞いたら自分の行動が恥ずかしくなりますよ」
黒髪の令嬢の言葉に他の令嬢も賛同し、何やら謎の盛り上がりをみせる。
そして、そのまま残念なファンクラブのお茶会は終了した。
「……これ、やっぱりお仕事じゃない気がするわ」
イリスは呟きながら、馬車で帰路についた。
『碧眼の乙女』のファンディスクとの戦いのため、残念を復活させたイリス。
それは、今でも続けていた。
さすがに四六時中残念ドレスを着るわけではないが、可能な限りは残念な装いと行動を心掛けている。
残念ポイントは、稼いでおいて損はない。
残念は一日にしてならず。
いつか必要になった時のためにも、保険として残念を貯蓄しておく必要がある。
「理屈は全然わからないけど。たまに残念、ってことで良いのね?」
「もう少し……ほぼ残念、くらいの頻度を目指しているわ」
「大丈夫よ。どちらにしても、残念だから」
そう言うと、ダニエラはイリスに微笑む。
ダニエラを誘って夜会に来たのは、残念ポイント稼ぎと夜会慣れのためだ。
婚約披露パーティーで痛感したが、イリスはあまりにも夜会慣れしていない。
体力的にもそうだが、見知らぬ大勢に囲まれ、それをあしらうというのが難しい。
侯爵夫人となれば否が応でもそういったものに参加するのだから、今から鍛錬しておく必要がある。
見事に男性をあしらっていたヘンリーに方法を聞いた時には、自分がいるからイリスは知らなくても問題ないと言われたが、そういうわけにもいかないだろう。
ちなみに、今日のドレスも残念だ。
たまには初心に帰ろうと、レースとフリルを山盛りに盛ってみた。
一枚一枚色を変えたフリルは、七色の原色を延々と繰り返している。
これが絵の具ならいずれは混ざって灰色なり茶色なりに落ち着くのだろうが、布の色は混じらない。
いつまでも新鮮な気持ちで、終わりのない原色の虹に苛まれる。
目も痛いのだが、それ以上にきつい色合いに心が落ち着かない。
何より、布地の重量と密集具合の蒸し暑さでイリスの体力を奪い取る。
イリスは懐かしい疲労感に浸りつつ、並ぶ料理を眺めていた。
「……戦友がいないわ。せっかくの残念ポイント稼ぎ時なのに」
見る限り、骨付き肉や大ぶりの揚げ物は見当たらない。
唯一肉らしい肉と言えば、ローストビーフがあるのだが、すべて薄く切られてしまっている。
「塊のままだったら、結構な攻撃力だったのに」
未練がましくローストビーフを見ていると、ダニエラに飲み物を渡される。
「塊で攻撃って。……何? 鈍器を探しているの?」
「違うわ。持ち歩きに便利なお肉がないかと思って」
「……肉を持ち歩こうと思う人間はなかなかいないから、難しいと思うわよ」
「そうなのね」
骨付き肉は見た目のインパクトからして優秀な武器なのだが、ないものは仕方がない。
どうにか、骨付き肉に代わる武器を調達しなければ。
飲み物を口にしつつ思案していると、テーブルの上の取り皿が目に入る。
さすがにローストビーフをビラビラと靡かせて持って歩くのは邪魔だ。
だが、あれを使えば何とかいけるかもしれない。
いそいそとテーブルに近付くと、取り皿の上にローストビーフを乗せてみる。
「これじゃ、ただの食事よね」
ただの肉では、武器としては弱い。
イリスはフォークを駆使してローストビーフに立ち向かった。
「……これで良いかしら」
皿の上には緑の葉が広げられ、その上には肉の薔薇が咲き誇っている。
一輪では寂しいので三輪の薔薇と蕾もつけてみた。
薔薇の花弁には水滴を模したゼリーの欠片もあしらい、朝露に濡れた花の美しさを表現できていると思う。
意気揚々と皿の上の薔薇園を見せると、ダニエラは困ったように微笑んだ。
「どうかしら。これなら結構な攻撃力だと思うんだけど」
「……攻撃の意図は不明だけど、大作ね。無駄にクオリティが高いわ」
ダニエラに褒められて満足したイリスの顔には笑顔が広がる。
「ありがとうダニエラ。おかげで新しい武器を手に入れられたわ」
「イリスが楽しいなら、それで良いの。……皆、イリスの笑顔のために、頑張っているのよ」
ダニエラはそう言って目を細めて微笑む。
「うん? 大袈裟ね。それじゃちょっと試し肉してくる」
「何それ。試し切りみたいなもの?」
「新しい武器だもの。実際の威力を知りたいじゃない」
「……いってらっしゃい」
ダニエラに見送られて、イリスは会場の中央へと向かって行った。