残念なファンクラブでした
数日後、ミランダの店に初出勤となった。
初日は、残念ドレスのアドバイスが欲しいという御令嬢数名と、話をすると聞いていた。
なので、一人一人相談に乗るのかと思っていたのだが。
「残念の先駆者、アラーナ伯爵令嬢にお目にかかれて光栄です」
「わたくし、今日を楽しみにしていましたの」
「イリス様とお呼びしてもよろしいですか?」
「ずるいです。私も、そうお呼びしたいわ」
四人の御令嬢が口々にイリスに話しかけてくる。
そのあまりの迫力に気圧されるが、そもそも何故こうなっているのかわからない。
「……は、はあ。どうぞご自由にお呼びください」
イリスの返答に、四人は色めき立つ。
一人、謎の盛り上がりに参加していない令嬢も含めて全部で五人の令嬢がいるのだが、全体的に何かおかしい。
「……あの。残念なドレスのアドバイスが欲しい、と聞いたのですが」
恐る恐る聞いてみると、金髪の令嬢が目を輝かせる。
「そうです。お話を聞いた時には、天にも昇る気持ちでした。まさか、あのアラーナ伯爵令嬢とお茶をいただけるなんて!」
「お茶?」
「希望者殺到で凄い倍率だと伺いました。本当に、幸運です。これも神様の思し召しですね」
「確かに幸運です。ドレスのデザインの権利については、一度お話を伺いたかったので」
くすんだ黒髪の令嬢と栗色の髪の令嬢がうなずき合っている。
他の三人も概ね同意しているのは表情でわかる。
わからないのは、イリスの方だ。
残念ドレスのアドバイスのはずだったのだが。
お茶って何だ。
神様って何だ。
残念の神のことなのか。
これでは仕事というよりも、ただの残念を囲むお茶会ではないか。
疑問になったイリスは、トイレに立ったふりをしてその場を離れると、ミランダに訴えた。
すると、それはそれは良い笑顔が返ってきた。
「ドレスの生地を選んでデザインを考えるだけが、アドバイスではありませんよ。ああしてお話を聞くことで、御令嬢の中の残念が育ち、新たな残念への意欲が芽生えるのです。これも大切なお仕事です」
それは育ててはいけない毒草の芽のような気がするとは思ったが、イリスは現在雇用されている身だ。
雇い主の意向を無下にもできない。
曖昧にうなずいていると、ラウルがノートを抱えてやってきた。
「肉の女神に一目会いたい、という人間はごまんといますからね」
そう言って見せられたノートには、名前がびっしりと書き込まれている。
「残念の先駆者のファンクラブ状態ですね。既に予約でびっしりです。これで、侯爵家の足しになりますね」
ラウルの言葉に、思わず眩暈を感じてしまう。
「ファンクラブって、何……。それに、私は侯爵家の足しにしようとしているわけじゃなくて」
「大丈夫です。それは極秘ですから、伯母と僕しか知りません」
「それは良かったけど。そもそも、財政難じゃないのよ」
「わかっています」
笑顔のラウルを見る限り、絶対わかっていない気がする。
「安心してください。女性限定にしてあります。僕もまだ死にたくはないので」
「死に?」
どういうことだろう。
ファンクラブとやらは、女性限定でないと死人が出るのか。
「大丈夫です。……僕は僕のやり方で、肉の女神を守りますから」
「……はあ。ありがとう」
何だか力が抜けてしまう。
守るって何だろう。
モレノ侯爵家の財政を守ってくれるのだろうか。
そもそも、まったく難がないのだが。
仕事をさせてもらっているのはありがたいが、もう少し仕事らしい仕事はないものだろうか。
「イリス様は、モレノ侯爵の御令息と婚約なさっているんですよね?」
悩みつつお茶会状態の商談スペースに戻ると、金髪の令嬢がそう切り出した。
「ええ、まあ」
イリスが肯定した途端、一気に歓声が上がる。
「モレノ侯爵令息と言えば、つれないことで有名だったのに。やっぱり、残念ドレスの魅力に陥落したのですね」
さすがに、それはないはずだ。
だとしたら、ヘンリーは相当残念な男ということになる。
残念なドレスより普通が良いと言っていたので、これは彼女の残念贔屓ゆえの勘違いなのだろう。
「婚約披露パーティーの噂は聞きましたが、未だに信じていない人も多いですし」
「信じていない?」
婚約が嘘だと思っているということだろうか。
イリスが首を傾げると、栗色の髪の令嬢がため息をついた。
「信じたくないから現実を受け入れようとしない人もいる、ということです。イリス様が気にすることはありません。ヘン……モレノ侯爵令息は、幅広い層から人気でしたから」
「そうなのね」
どうやら、思った以上にヘンリーは人気者だったらしい。
夜会で囲まれる様子などから朧気には理解していたが、こうなると興味が湧いてくる。
「あの。幅広い層から人気って。……どのあたりが?」
「はい? ……ああ、はいはい! そういうことですね」
どういうことだかわからないが、金髪の令嬢が大きくうなずく。
「恋は盲目と言いますから。改めてご自分の婚約者の素晴らしさを確認したいのですね」
「――ええ? いや、そういう意味じゃ」
「そうですね。まずは侯爵令息という肩書は、外せませんね」
イリスの否定をまったく取り合わずに答えた金髪の令嬢は、視線で他の令嬢にも回答を促す。
「それから、あの整ったお顔立ち。清潔感のある容姿は好ましいですわ」
「身持ちがかたくてつれないところも、女遊びをしないという意味で好印象ですわね」
「既にモレノ侯爵を手伝って家業に従事していて、優秀だと伺っています」
「とにかく、格好良いです」
いくら何でも、褒めすぎではないだろうか。
栗色の髪の令嬢が『家業』と言った時にはどきりとしたが、あれは普通の貴族としての話だろう。
最後の黒髪の令嬢に至っては、言う事がなかったのではないかとちょっと疑ってしまう。
何にしても、本当にヘンリーは人気者だったらしい。
となると、何故イリスのような残念の塊と婚約したのだろう。
何だかんだありはしたが、こうして客観的な話を聞いていると、よくわからなくなってきた。
「それで、イリス様はどうなのですか?」