表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/276

ジュースは、肉汁入りでお返しします

 秋の夜会が終われば、シナリオではリリアナへの嫌がらせが本格化し、イリスがレイナルドに執着するころだ。

 だが、妙なことになっていた。



 レイナルドは婚約が白紙になった後も、何かにつけてイリスに絡んでくる。

 今のところ、残念力の高い肉作戦でどうにかなっているが、何を考えているのかさっぱりわからない。


『碧眼の乙女』の強制力なのだとしたら、イリスと婚約するまでレイナルドは絡み続けてくる可能性がある。

 正直、うっとうしい。



 リリアナはヘンリーにアプローチしているようなのだが、これも強制力の一環だろうか。

 イリスとレイナルドが婚約すれば、シナリオ通りにレイナルドと恋に落ちるのかもしれない。

 つくづく、強制力が恐ろしい。



 ここまでは、納得はできなくてもそれなりに察することができるのだが、それだけでは終わらなかった。


 何故か、リリアナがイリスに嫌がらせのようなことをし始めたのだ。

 シナリオとは、まったくの逆である。




 最初は気のせいかと思っていた。

 だが、肉の乗ったお皿とイリスの服に盛大にジュースをこぼして「あら、柱にぶつかったかと思ったわ」と笑ったのを見て、これはわざとやっているようだと確信した。


 柱にぶつかったようだなんて、ボリューム調整を褒めてくれたのはありがたいが、肉の皿を駄目にしたのは許し難い。

 肉は残念作戦の主力武器だ。

 リリアナの行為は、武士の鞘当てに等しかった。




「あら、飲み物を駄目にしてしまったわね」

 イリスはリリアナの持っていたコップを取り上げると、皿を傾けて肉汁の混じったジュースを注いで手渡した。

 多少の肉も入ってしまったが、それはサービスということで。


「どうぞ」

 ジュースでベトベトになった手袋で、しっかりとリリアナの手を握るのも忘れてはいけない。

 笑顔で肉入り肉汁ジュースのコップを渡されたリリアナは、しばし呆気に取られていたが、すぐにコップを床に叩きつけた。

「ふざけないでよ!」



「……何してるんだ」


 リリアナが叫んだ背後から、ちょうどヘンリーがやってきた。

 ヘンリーはジュースまみれの肉の皿とイリスを見て、一気に眉間に皺を寄せた。

 リリアナの顔色があっという間に青くなっていく。


「ヘンリー様、これは」

「行くぞ、イリス」

 ヘンリーはリリアナを一瞥することもなく、イリスの手を掴んで立たせるとテーブルから離れようとする。



「でも、まだ肉が」

 難を逃れた肉もいるのだ。

 見捨てるわけにはいかない。

 彼らはこの残念な戦いの戦友(とも)なのだ。


「事情を言って片付けてもらえばいい。そんな恰好でいたら、風邪をひくぞ」

「着替えなんて持ってないし、これくらい平気よ。ちょっとベトベトして、爽やかな柑橘の香りに包まれるだけだわ」


 何せ、この上なく残念な状態なのだから、もう少し残念アピールをしていたい。

 次、いつジュースをかけられるかわからないのだ。

 使えるものは使いたい。


 どうせなら、濃い色のジュースにしてもらうと、更に残念度が上がって好ましい。



「駄目だ。だったら、家まで送る」

 そう言うなり、自分の上着を脱いでイリスに羽織らせる。

「いいわよ、寒くないし。ヘンリーの服が汚れちゃうじゃない」

「いいから着ていろ」


 ヘンリーは有無を言わせない迫力で、イリスの手を引く。

 食堂から出る間際に振り返れば、リリアナが険しい表情でこちらを見ていた。

 これは、次回も期待できるかもしれない。


 今度は葡萄か木苺のジュースでお願いします、と心の中でリクエストしておく。




「あれは、ジュースをかけられたんだよな?」

 ヘンリーが用意した馬車に乗ると、おもむろに問われる。

「本人は柱にぶつかったと思ったらしいわよ」


 スナップの効いた良いぶっかけ方だったので、故意であることはわかっているが、残念ボディを褒めてくれたのはちょっと嬉しい。

 努力が少し報われた気がする。


 さすがはヒロイン。

 相手の喜ぶポイントを心得ている。


「誰が信じるんだそんな嘘。……まさか、いつもあんな目に遭っていないよな?」

「こんなにわかりやすく嫌がらせしてきたのは、今日が初めてよ。明日が楽しみね」



 たとえ『碧眼の乙女』の強制力だとしても、リリアナは今はヘンリーにアピールしている。

 となれば、わかりやすく嫉妬ということだろう。


 残念令嬢としての活動に協力してもらっているので、イリスとヘンリーは一緒にいることが多い。

 そこを何か勘違いしたのだろう。


 イリスはヘンリーに夢中という設定なのだから、勘違いされるのは正解だ。

 では、どうすればより残念になるだろう。



 回避は駄目だから、ジュースを避けてはいけない。

 逃避は駄目だから、リリアナから逃げてはいけない。

 応援は駄目だから、リリアナとヘンリーの仲を取り持ってはいけない。

 となると。



「……リリアナさんに、ヘンリーと一緒にジュースを手渡せばいいのかしら?」


「何でそうなるのかわからんが、やめておけ」

 イリスの辿り着いた答えに、ヘンリーはため息をついた。




「イリス・アラーナさん、ちょっといいかしら」


 一瞬リリアナかと身構えたが、瞳の色が琥珀色ということは、この美少女はセシリアなのだろう。

 今まで話をしたこともないが、何の用だろう。

 もしかして、リリアナの応援でイリスに釘を刺したりするのだろうか。


 これは、なかなか残念な予感がする。

 イリスはうなずくとセシリアについて行った。




「あなた、ちゃんとレイナルド様の気持ちを汲んであげてちょうだい」


 人気のない裏庭まで移動すると、セシリアはそう言った。

「レイナルドの、気持ち?」


 リリアナと想い合っているから邪魔するなということだろうか。

 でも、今リリアナはヘンリーにアピールしている。

 となると。



「……リリアナさんがヘンリーと上手くいかないように邪魔してほしいということ?」

「何でそうなるのよ」


 セシリアが顔をしかめる。

 リリアナと同じヒロインフェイスなのだから、そんなもったいない表情をしてはいけないと思う。



「レイナルド様はあなたと婚約するつもりなのよ。もともとその予定だったんでしょう?」

 何で知っているんだ。

 いや、それよりも、セシリアはおかしなことを言っている。


「それじゃ、リリアナさんとレイナルドが破局しちゃいますよ」

「これもリリアナのためよ。今は自分のことが見えていないけれど、いずれわかってくれるわ」



 セシリアはリリアナの味方だろうに。

 何故そんなことを言い出すのか。


 リリアナのためを思うなら、イリスが関わらずにレイナルドと上手くいくのがベストだろう。

 それとも、リリアナとヘンリーが上手くいってほしいから、レイナルドを抑えておけということだろうか。 


 よくわからない。

 イリスとレイナルドが婚約しないと困るなんて、まるで『碧眼の乙女』のシナリオのようだ。



「みんなで幸せになるために、まずは婚約しないと話が進まないんだから、困るのよ」


 セシリアが小さな声で、ぽつりと呟いた。

 その瞬間、イリスの全身に鳥肌が立った。



「それじゃ、頼んだわよ」

 セシリアが立ち去った後も、イリスはその場を動けない。



 リリアナの幸せを考えるなら、レイナルドと結ばれれば良いだけだ。

 ヘンリーと結ばれるとしても、イリスとレイナルドが婚約する必要性は微塵もない。


 だが、『碧眼の乙女』のシナリオとしては、イリスの婚約が必要だ。

 イリスとレイナルドが婚約し、イリスがレイナルドに執着して嫌がらせをして、それをリリアナが乗り越えてこそのハッピーエンドなのだ。


 そして、話が進まないというセシリアの言葉。


「……まさか、転生者?」



 今まで考えたこともなかったが、イリスと友人達が悪役令嬢に転生しているのだから、他に転生者がいてもおかしくない。

 転生者がヒロインの味方だとすれば、こんなに手強い敵はいない。

 まだ断定できないけれど、可能性は否定できない。


 今まで『碧眼の乙女』の強制力だと思っていたものも、彼女の力だったのかもしれないのだ。



「この方向の残念は、想定外だったわ」


 イリスは庭に座り込むと、途方に暮れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


「残念令嬢」

「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」

コミカライズ配信サイト・アプリ
ゼロサムオンライン「残念令嬢」
西根羽南のHP「残念令嬢」紹介ページ

-

「残念令嬢」書籍①巻公式ページ

「残念令嬢」書籍①巻

-

「残念令嬢」書籍②巻公式ページ

「残念令嬢」書籍②巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス①巻

「残念令嬢」コミックス①巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス②巻

「残念令嬢」コミックス②巻

一迅社 西根羽南 深山キリ 青井よる

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ