表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/276

番外編 カロリーナの安堵

「カロリーナ様、オリビア様。……では、あちらのお嬢様が」

「イリスだよ。ヘンリーの『毒の鞘』になる子だ」

 ドロレスがそう言った途端、カロリーナは使用人全員の息を呑む音が聞こえた気がした。


 それもそうだ。

 縁談という縁談を断り続けたヘンリーが見つけた、婚約者。

 破格の力を持つ『モレノの毒』継承者の、『毒の鞘』。

 モレノ侯爵家次期当主の、伴侶。


 モレノの関係者にとって、イリスという存在は注目の的なのだ。




「ねえ、カロリーナ。モレノの宿って、何なの?」

 まだ何も理解していないイリスに、モレノの宿について説明をする。

 本当なら、部屋はあるのだから別室で良い。

 それをあえて同室にしているのは、友人として話がしたいのもあるが、イリスの安全のためでもある。


 今回は自分一人ではない。

『毒の鞘』であるドロレス、継承者のオリビア、そしていずれ『毒の鞘』となるイリスが一緒なのだ。

 モレノを狙うのなら、これほどおいしい面子もない。


 特にイリスはまだモレノのことを十分に理解しているわけではなく、何かあっても物理的な攻撃力は皆無だ。

 ヘンリーが一緒ならばどうにでもなるが、今回はそのヘンリーから離れるのが目的なので、あてにはできない。


 モレノの宿である以上、滅多なことは起こらない。

 だが、用心はしておいて無駄ということはないだろう。

 念の為隠し武器を確認していると、イリスが驚いた様子でそれを見つめる。


「ヘンリーは『軽い襲撃くらいなら、日常茶飯事』って言ってたわ」


 イリスからすれば聞いたことをそのまま言っただけなのだろうが、あれと比較されては困る。

 ヘンリーは次期当主なのだから、本来は統率する側だ。

 だが、最前線で働くことも多く、顔も知られているから、狙われやすい。


「……大丈夫なの?」

「ヘンリー自身は大丈夫よ。剣の腕前はおかしいし、あれこれと仕込まれているしね」

 ヘンリーが一人でいるのなら、負ける要素など一つもないと言っても良い。



「……だから、ヘンリーの代わりにイリスが狙われるかもしれない」

「私が?」

「次期当主の弱点だからね。ヘンリーを相手にするよりもずっと簡単で、効率が良いわ。……実際、ルシオ殿下もイリスに接触してきたでしょう?」


 ヘンリー自身を狙っても無駄だとわかれば、それ以外の道を探すだろう。

 イリスならば簡単に手中に収められるだろうと狙われるのは、容易に想像できた。

「……じゃあ、私が足手まといになっているのね」


 過去にそれで命を落とした『鞘』もいると聞いたことがあるし、危険と隣り合わせの生活になるだろう。

 他人に頼るのが下手くそなイリスでは、自身が狙われてヘンリーが駆り出されれば気に病むかもしれない。

 ヘンリーはイリスを守るのは苦ではないと伝えるだろうが、それだって続けば気にしない方がおかしい。

 カロリーナでさえ、幼少期に狙われ続けた際には萎縮して、外出できない時期があったくらいだ。


「そこは仕方ないからあんまり気にしないで……」

「――なら、やっぱり、魔法の鍛錬に力を入れるべきね!」


 イリスはそう言って、拳を掲げている。

 カロリーナはぽかんと口を開け、次いで笑い出した。



 ――そうだ。

 イリスは、『応戦』を選ぶ子だった。


『碧眼の乙女』で回避、逃避、応援のどれも否定されて、彼女が選んだのが応戦だ。

 唯一、失敗すれば死ぬという厳しい条件の中で、それでもイリスは戦ったのだ。


 イリスの身は、ヘンリーが必ず守る。

 その時ただ守られて萎縮するのではなくて、自身にできる戦いを選ぶ。

 イリスならきっと、そうするのだろう。


「やっぱり、あなたがヘンリーの『鞘』で良かったわ」


 カロリーナは、イリスをぎゅっと抱きしめた。



 ********



「やあ、カロリーナ。久しぶりだね」

 笑顔で手をあげるニコラスの姿を見て、カロリーナは思わずため息をついた。


「もう気付いたのね。ニコラスが来たってことは、護衛でしょう? ヘンリーは来ないの?」

「話が早いな。何でも、ヘンリーの『鞘』が狙われているという情報が入ったらしいよ。仕事を抜けられないからと、俺が先行して護衛をすることになった。それから、本邸に戻れってさ。今から移動すればモレノの宿で迎え撃つ形になるだろうから、手配するって」


 どうやら、イリスがいないから心配して護衛を出したわけではないらしい。

 だが、狙われているという理由で『モレノの毒』の継承者を派遣するのだから、ヘンリーは十分イリスに甘い。

 これは、本人もきっとこちらに向かうのだろう。


 ヘンリーから距離を取るためにここまで来たというのに、早々に会うことになるのだろうから、皮肉なものだ。



「……それで。噂の『鞘』候補のイリスは、どんな子なんだい。オリビアはカロリーナが紹介したって言ってたけど」

「オリビアは?」

「自宅に戻るって。それから、俺について仕事を学ぶんだと。ヘンリーの手足になるって意気込んでたけど、まずは俺のこの仕事が終わるまで保留だね。……それで、どんな子?」


「私の友達なのよ。ヘンリーとは学園の同級生だったの」

「それにしたって、紹介なんて今までしなかっただろう? よほど良い子なのかな?」


「可愛いわよ。あとは、鈍感で……残念ね」

「残念?」


「会えばわかるわよ。イリスに声をかけてくるから、待っていて」

「カロリーナ」

「何?」


「イリスは普通の家の子だろう? モレノの家業を知ったとしても、実際に自分が危険だという自覚はまだないはずだ。……潰されないように、見てあげなよ」


 ニコラスの言葉に、カロリーナが思わず笑う。

 イリスはヘンリーのことを面倒見の鬼と呼ぶが、ニコラスも負けていないのだ。


「何だい?」

「大丈夫よ。あの子は応戦できる子だから」

「応戦?」


 カロリーナは笑顔でうなずくと、寝坊助の友人がいる部屋に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


「残念令嬢」

「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」

コミカライズ配信サイト・アプリ
ゼロサムオンライン「残念令嬢」
西根羽南のHP「残念令嬢」紹介ページ

-

「残念令嬢」書籍①巻公式ページ

「残念令嬢」書籍①巻

-

「残念令嬢」書籍②巻公式ページ

「残念令嬢」書籍②巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス①巻

「残念令嬢」コミックス①巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス②巻

「残念令嬢」コミックス②巻

一迅社 西根羽南 深山キリ 青井よる

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ