剣か、『毒』か
ファンディスクによると、問題の襲撃場所は公園らしい。
エミリオの記憶に合致しつつ、できるだけ人気のない公園を探した。
ここでレイナルドとオリビアにいちゃついてもらい、イリスとエミリオが合流する流れだ。
シナリオ通りに行けば、そこに通り魔が現れるだろう。
ヘンリーとビクトルは、念のために木陰に潜んでいる。
だが潜むのが上手すぎて、イリスにはどこにいるか皆目見当がつかない。
隠密行動が得意な侯爵令息って何だろう。
つくづく、モレノ侯爵家が恐ろしい。
そこに嫁に行こうとしているのだから、慣れるべきなのだろうか。
イリスも、ダリアに気付かれずにクッキーをつまみ食いできるくらいの技量が、必要なのかもしれない。
敵はイリスの残念ドレスに合わせて残念なクッキーを用意する強者だ。
かなり手強いので、油断してはいけない。
ちなみに、残念なクッキーというのは、以前に作ってもらった『バターの海で溺れるクッキー』の姉妹品の『チョコの沼を埋め立てたクッキー』だ。
チョコをふんだんに練りこみ過ぎた結果生地がまとまらず、焼いたら溶けだして泥沼のようになったらしい。
それをどうにか復活させようと砂糖で沼地を埋め立てて、転がして丸めたものである。
見た目は砂糖の塊で、味も砂糖の塊で、チョコはただの接着剤だ。
あれを果たしてクッキーと呼んで良いのかは疑問だが、限度を知らない甘さとチョコの香ばしさがくせになると使用人の間で評判らしい。
色々考えながら視線を動かすが、やはり二人を見つけられない。
「……落ち着いたらどうだい」
きょろきょろするイリスに、エミリオが呆れている。
「いえ、潜んでいるにしても、潜みすぎているので。探し出してやろうと思ったんですけど。もしかしていないんじゃないかと思いまして」
「あれもモレノ侯爵家の跡継ぎなんだから、それくらいはできるだろう。何かあればフォローできる位置にはいるさ。……まあ、つまりは離れているわけだ。信頼してくれているのはありがたいが……油断しないといいけどね」
「はい?」
「いや、こっちの話。……ところで、それは何なんだい?」
「肉です」
イリスの両手には、骨付き肉が握られている。
両手に持ちたいけれど握力が追い付かない問題を、小ぶりの肉にすることで克服したのだ。
一応は満足だが、やはり大きな肉に比べると絵面が弱い。
どうにか握力の鍛錬を取り入れなければいけないだろう。
エミリオに自慢の肉を掲げて見せると、口元を引きつらせながら苦笑している。
「いや、それはわかるよ。何で、肉なの?」
「残念の武器だからです」
「……ごめん、わからないや。……さて、あっちの二人は上手くやっているかな?」
噴水の方を見れば、レイナルドがオリビアにせまる感じで、なかなかの演技を見せている。
「なんだかんだで、やるじゃないレイナルド。三作目のセレナに捨てられたのに、人気が出て四作目でメインになっただけあるわ。こうして見ていれば、やっぱり美少年よね」
「おや、それはちょっと嫉妬するな。イリスは彼が好み?」
「いいえ。全然」
「……そ、そう。――やっぱり婚約者のヘンリーが良い?」
「わ、わかりません」
突然言われても考えられないし、何だか恥ずかしくなる。
目を伏せるイリスを見て、エミリオが苦笑した。
「その指輪、彼の瞳の色だろう? 彼の指輪はイリスの瞳の色だったし」
「何で、知っているんですか」
「好きな子のことは、よく見ているものだよ」
「からかうのはやめてください」
「これでも本気なんだけどな」
エミリオは肩を竦めると、周囲に視線を移した。
「それにしても、妙に人気がないね」
エミリオの言葉に辺りを見回してみるが、確かに人っ子一人見当たらない。
確かに、人気がない公園を探したが、それにしたってまったく人がいないのはおかしい。
これは、シナリオに沿っているからこその現象だろうか。
だとしたら、今が勝負時だ。
「エミリオ様、行きましょう」
「――だから、本気なんだ」
「いくら何でも、そこは演技しなくても良いって言っていますよね?」
「聞いてくれ」
「聞いていますよ。聞いた上で言っています。――今はそれどころじゃないんです!」
オリビアにせまる形でいちゃいちゃしているのかと思ったら、オリビアにすがる形で口論していた。
いちゃいちゃしろとは言ったが、何故こうなったのだろう。
別に恋人同士の痴話喧嘩を再現する必要はないのだが。
イリスは首を傾げつつ、二人のそばに近寄った。
「……何してるの?」
「ああ、イリスさん。聞いてください。何なんですか、この人!」
「ちょうどよかった。イリス、君からも言ってくれ」
「……何が原因で揉めてるの?」
「この人、本当に口説こうとするんです、演技にしても、しつこいんです!」
そう言うと、噛みつくような勢いでレイナルドを睨んでいる。
「こっちは初仕事なんです。空気を読んで、流れを守ってください! この上失敗したら、私、ヘンリー兄様の手足どころか、雑巾になっちゃいます!」
手足の時点でどうかと思っていたのに、まさかの雑巾宣言にイリスも少しばかり引いてしまう。
「――君は、よりによってヘンリー・モレノの妹なのか!」
レイナルドは呻きながら頭を抱えると、すぐに顔を上げた。
「だから、演技じゃなくて本当に」
「――いい加減にしてください!」
オリビアが叫んだ瞬間、――その目の前を、炎の塊がかすめて飛んで行った。
四人が一斉に振り向くと、そこには金髪碧眼の美少女と、それを取り囲むガラの悪そうな五人の男の姿。
「――リ、リリアナさん?」
『碧眼の乙女』四作目のヒロインである美少女は、イリスを睨むと男達に視線で合図を送る。
すぐに、剣を抜いた男達が一斉にこちらに向かってきた。
「イリス、下がって」
エミリオに腕を掴まれ、後ろに数歩下がる。
オリビアが鞘から剣を抜いて構えると、レイナルドもそれに続いた。
「話は、後です。今はヘンリー兄様の指示に従い、剣を使います」
構えは堂に入っていて、オリビアもまたカロリーナ同様に剣が使えるのだろうと察することができた。
「女性を危険な目には遭わせられない。君は下がっていて」
「甘く見ないでください。これでもモレノの女。普通の男性には負けません」
モレノ侯爵家の家業を知らないレイナルドでも何かを感じ取ったらしく、それ以上は何も言わずに男達を向いて剣を構えた。
男達は手前に立つ二人に襲い掛かる。
レイナルドはさすがのメイン攻略対象スペックで、なかなかの剣さばきだ。
オリビアも女性ながら男一人相手なら問題ない腕前。
どうにか二人で抑えているが、このままでは人数的に厳しいだろう。
何故リリアナが通り魔のようなことをしているのかはわからないが、まずは魔法で加勢するのが先だ。
イリスは魔法を使うために、集中しようと深く息を吸った。
「イリス」
「――はい?」
右手に持っていた肉を奪われ、何事かと振り返った瞬間、あっという間に唇を重ねられる。
何が起こったのか理解できず、イリスは呆然とエミリオを見た。
「……情報料。安いものだろう?」
笑うエミリオに咄嗟に平手打ちしようとするが、あっさりと手を押さえられる。
イリスが口を開くより先に、エミリオの首に剣が突き付けられた。
「剣か、『毒』か。――選べ」
ヘンリーの低い声があたりに響いた。