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秋の夜会は揚げ物を握りしめ

 シナリオでは、秋の夜会の前にレイナルドとイリスは仮の婚約をする。

 両親に話を通してあるので、今のところ最悪の事態は避けられている。

 だが、何だか妙なことになっていた。




「イリス。一緒に昼食をとらないか」

 レイナルドが世にも恐ろしい誘いをしてくれば。


「ヘンリー様、私と一緒に昼食をいただきましょう」

 リリアナが天使の笑顔をヘンリーに向ける。


 夏の夜会が終わってから、何故か二人が絡んでくるようになった。

 やめてほしい。

 放っておいてほしい。


 というかこの二人、良い感じの仲だったはず。

 シナリオの強制力が働いて、どうにかイリスとレイナルドを婚約させようとしているのだろうか。

 人の好意まで操れるなんて、恐ろしすぎる。



「私は肉で忙しいの。テーブルがいっぱいで一緒に食事は無理よ。さようなら」

 これは逃避ではない、戦略的撤退だと自分に言い聞かせる。

 肉による残念ポイント稼ぎだって、必要なのだ。

 大体、レイナルドと仲良く食事をする理由がない。

 イリスがそう言って立ち去ると、ヘンリーがついてきた。


「リリアナさんと食事じゃないの?」

「俺はおまえと食べるから無理だ。テーブルがいっぱいだからな」

「人を断る理由に使わないでよ。というか、別に私と食べる必要ないでしょ」

「テーブルいっぱいの肉を、一人で食べられるのか?」

「うっ」

 痛いところをついてきた。


「大体、何で断るの? あんなに可愛い子と食事なんて、最高じゃないの」

 イリスだって、何の枷もない男だったなら、一度くらい一緒に食事をしてみたい。

「俺にも、好みがある」

「えー……」

 ヒロインを張れる美少女が好みじゃないというのか。

 なんとも贅沢なことを言うものだ。


「ヘンリーって、変な趣味なのね」

「……否定はしない」




 謎の行動を始めたレイナルドとリリアナをあしらっているうちに、秋の夜会が来てしまった。

 シナリオでは、イリスはレイナルドとの婚約を発表して勝ち誇るところ。

 勿論そんなことはしないので、ただ残念に過ごそうと思っていたのだが。



「レイナルド・ベネガスとイリス・アラーナは、この度婚約しました」


 夜会会場のど真ん中で、赤髪緑目の美少年が高らかに宣言する。

 あまりのことに、イリスは怒りのまま肉を掴んだ。



 今日は骨付き肉がなく、一番残念な絵面になるのは大きな揚げ物だった。

 少し熱かったが、今はそれどころではない。

「嘘です! 婚約していないし、今後もしません!」

 そのまま、ずかずかとレイナルドに近付くと、令嬢らしからぬ大声を張り上げた。


「イリス、俺と婚約するからな!」

「絶対しないって言ってるでしょ!」


 両手に肉を握りしめたままレイナルドと睨み合っているところを、ヘンリーに引き離される。

「――帰るぞ、イリス」

 レイナルドの顔面に肉を投げつけてやりたかったが、それでは肉がかわいそうだ。


 罪なき肉に感謝しろ、レイナルド。

 次に会ったら、こんな肉では済まないぞ。




「何なのよ、一体。意味がわからないわ」

 怒りが冷めやらないイリスとは対照的に、ヘンリーは黙ってイリスの手を引いて歩く。

 イリスは両手に肉を持っているので、正確には手首を、だが。


 夜会会場から出ると、ヘンリーはモレノ侯爵家の馬車を呼んだ。

「イリスも乗って。アラーナ家に行くぞ」

「送ってもらわなくても大丈夫よ」

 この怒りを落ち着けるには、歩いて帰った方が良さそうだ。

 せっかく、この夜会のために仕立てたドレスも台無しだ。

 黄色と黒の警戒色で、危険な残念さを見せつけようと思っていたのに。


 だが、ヘンリーは厳しい表情で首を振る。

「駄目だ。いいから乗って。中で説明する」

 有無を言わせない迫力に、イリスは仕方なく従った。




 肉をハンカチに包み、油にまみれた手袋を外すと、少し冷静になってきた。

 肉食は攻撃的になると聞いたことがあるが、掴んでいるだけでも効果があるのかもしれない。

 ドレスが黄色と黒の警戒色だったので、更に興奮した可能性もある。


「……レイナルドは何で、突然あんなことを言い出したのかしら」

 動き出した馬車に揺られながら、疑問を口にする。

「イリスが言っていた阻止したい婚約というのは、レイナルド・ベネガスのことなんだな?」

「そうよ」


「あれだけの人の前で婚約したと言い切っているんだから、本当に婚約した可能性がある。アラーナ家でご両親に確認した方がいい」

 ヘンリーの言葉に、イリスは血の気が引くのを感じた。


「本当に婚約って……まさか。だって、お父様にもレイナルドは好みじゃないし、好きな人がいるって言っておいたのに」

 だが、確かにあの場所で宣言するのだから、何か根拠があるのかもしれない。

「本当に、婚約してるかもしれないの……?」



 これが、『碧眼の乙女』の強制力なのか。

 ベアトリスも、カロリーナも、ダニエラも、勝つことはできなかった。

 イリスが何をしても、やはり逃れられないのだろうか。

 這い上がってくるような恐怖に震えそうになり、自分の腕を掴む。


「わかったわ。お父様に確認する。送ってくれてありがとう、ヘンリー」

「何言ってるんだ。俺も一緒に行く」

「ええ?」

「婚約阻止のために手伝っているんだ。婚約の危機の今、他の男との仲を伝えて止めるのが早い」

 ヘンリーはさも当然と言わんばかりだが、そこまでしてもらうのは申し訳ない。


「それはありがたいけど。でも、それって親に紹介するってことでしょう? ヘンリーにますます迷惑がかかるじゃないの」

「今はそんなことを言ってる場合じゃないだろう」

 真剣な顔で怒られ、イリスは言葉を返すことができなかった。




「お父様、レイナルドが私と婚約したと言っているんです。嘘ですよね?」

 屋敷に着くなり父の書斎に飛び込んだイリスは、胸倉を掴みかねない勢いで尋ねた。


「イリス、何だいその蜜蜂みたいなドレスは」

 父が警戒色のドレスに警戒しているが、それどころではない。

「それじゃ、ちょっと可愛いじゃないですか。どうせなら、脚長蜂か雀蜂にしてください! ――そうじゃなくて、婚約の話です。いいから答えてください!」


「ああ、それが……」

「婚約したんですか? 私の承諾もなしに? レイナルドは嫌だと言いましたよね?」

「いや、まだしていない」

「まだって何ですか!」


 父は大きなため息をつくと、額に手を当てて首を振った。

「アコスタ侯爵家がイリスとレイナルドの婚約に圧力をかけてきてるんだ。このままだと、正式に婚約することになる」

「な、何で縁もゆかりもない侯爵家が、口をはさんでくるんですか」



「……では、まだ正式に婚約したわけではないのですね?」

 声をかけられて初めて、父はヘンリーの存在に気が付いたらしい。

 ドレスから溢れかえるフリルに隠れて、見えなかったのかもしれない。


「君は?」

「ご挨拶が遅れました。ヘンリー・モレノと申します。イリスさんと親しくさせていただいています」

 礼儀正しく美しい礼に、そう言えばヘンリーは侯爵家の人間だったと改めて思い知らされる。


「では、君がイリスの……」

「ご両親も、ベネガス伯爵令息との婚約は望んでいないのですね?」

「それは、勿論。イリスの望まぬ結婚を、わざわざさせる気はない」

 きっぱりと言い放つ父に、イリスはちょっと感動する。

 だったら婚約を止めてくれと思ったが、上流貴族からの圧力ではなかなか難しいのかもしれない。



「では、モレノ侯爵家が必ず食い止めます。お任せください」

「あ、ああ。頼む」

 ヘンリーはうなずくと、去り際にイリスに囁く。

「イリス、大丈夫だから安心して。俺に任せて」

「え? ええ、わかったわ」

 イリスの返事を聞いたヘンリーは微笑むと、すぐに部屋から出て行った。


「何なの……?」

「イリス、彼がおまえの想い人だろう? 頼りになる人を見つけたね。蜜蜂ドレスの娘でも構わないなんて、心も広いようだし」

 何かをかみしめるようにしみじみと言う父に、曖昧な返事を返しておく。

 雀蜂にしろと言ったのに、話を聞かない父である。




 翌日、何とか婚約話は白紙になったと父に教えられた。

 何をどうしてそうなったのかわからない。

 でも、約束一つのためにここまでしてくれるなんて、面倒見が良いにもほどがある。


 日本なら、幸運の壺とか買わされるタイプなのかもしれない。

 イリスはヘンリーの将来がちょっと心配になった。


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