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お返ししたら、死にそうです

 ファンディスクと戦うためのイリスの作戦は、至極単純。

 ゲームと同じメンバーを同じ場所に集めて、イベントが起こるのを待って、迎撃するというものだ。


 だが、ここで早速問題が発覚した。

 ヒロインである金髪碧眼の美少女、リリアナ・サラスが心を病んで自宅療養中だという。




 彼女を最後に見かけたのは、春の舞踏会の前日だ。

 ナイフを持って襲いかかってきたが、イリスの短剣が吹っ飛んだせいで、そのまま捕まっている。

 警備兵に連れていかれたところまでは知っていたが、まさか療養していたとは。

 アラーナ邸で紅茶を飲みながらヘンリーの話を聞いていたイリスは、思わぬ事態に驚いていた。



「クララと共謀して悪事を働いていたのは、セシリアだけだったらしくてな。リリアナには寝耳に水というか、まだ信じていないらしい。だから、セシリアが遠方の修道院に送られたのも、納得していない。リリアナからすれば、攫われたも同然だったんだろう」


 つまり、リリアナは個人の思いでイリスに嫌がらせをしていただけの、ある意味馬鹿正直なヒロインだったわけだ。

 美貌に自信があるからこそ、自分に相応しい地位を求めて邁進したのだから、その向上心は素晴らしい。

 そのリリアナをもってしても、双子の妹との離別は堪えたということか。


「……それじゃあ、リリアナさんを呼ぶのはかわいそうよね。メインのレイナルドと悪役令嬢の私がいれば、あとは何とかなるかしら」

 それっぽい容姿の人を配役すれば、いけるような気もする。


「『碧眼の乙女』のヒロインと言えば、金髪碧眼なわけだけど。リリアナさんは駄目だし、セシリアさんは遠方だし。……こうなったら、オリビアさんはどうかしら? 可愛いし、金髪に薄紫の瞳で色合いも似ているわ」


 ぶっちゃけ、ヒロインなんてものはプレーヤーの数だけいるわけだから、レイナルドと女の子がいちゃついていれば、それで良いのかもしれない。

「まあ、試してみればいいんじゃないか」

 さすがのヘンリーも、乙女ゲームの対策を考えるのは難しいらしい。



「じゃあ、ヘンリー。オリビアさんに協力をお願いしてみてくれる?」

「大丈夫。呼べば、来る」

「……犬みたいな言い方しないでよ」


 オリビアはヘンリーの手足になると言っていたが、この扱いはなかなか酷い気がする。

 もしかすると、オリビアを呼ぶのは彼女にとって良くないことだったのだろうか。

 少しばかり心配になったが、代替案も思い浮かばない。


「オリビアは『モレノの毒』を扱う自覚が足りない。色々経験させた方が学ぶだろう。『毒』を正当な理由と覚悟もなく私利私欲で使うのは、継承者として最も愚かなことだ」

 

これは、『毒の鞘』の試験でイリスに暗示をかけた時のことを言っているのだろう。

あの時、オリビアは嫉妬からヘンリーを忘れる暗示をかけている。

確かに、嫉妬したという理由で『モレノの毒』を使っていては、キリがない。

以前ヘンリーも使用すれば少なからず疲弊すると言っていたし、本人にとっても良くないだろう。


「……それで、『俺の手足になれ』?」

「ああ」

 うなずくヘンリーを見て、イリスは思わず口元が綻ぶ。

 その愚かなことをしたオリビアをただ罰するのではなく、監視しながら成長させようということか。


「何だ?」

「やっぱり、コンラド様の言った通り、身内に甘いのね」

「そういうわけじゃない」

 否定してはいるが、その表情は優しい。

 イリスは何だか嬉しくなって、微笑んだ。



「……それより、婚約者役は本当にあいつで良いのか」

「もう。その話は終わったじゃない」


『イリス』を牢獄から救い出した婚約者は、名前も顔も出ていない。

 だが、イラストから黒髪ということだけはわかっている。

 実際に黒髪の人物だというよりは、モブキャラだから色の設定がないということなのだろう。


 ヒロインが参加できない以上、他はできるだけ設定に近付けておきたい。

 そこで、本人の立候補もあって、黒髪のエミリオが婚約者役になったのだ。

 ヘンリーが明らかに不満そうにイリスを見ているが、こればかりはどうしようもない。


「……万が一に備えて、俺は近くにいるからな」

「うん。お願い。……あ、そうだ。これを渡そうと思っていたの」

 包みを二つ差し出すと、ヘンリーは不思議そうな顔をしながら受け取った。


「これは。……ハンカチ?」

 ヘンリーは片方の包みを開け、中に入っていた白いハンカチを取り出して見ている。

「この間、貰ったから。だから、ヘンリーにもお返しと思って」

 じっとハンカチを見ていたヘンリーの視線が、一点に留まる。



「……これ、イリスのイニシャルだよな?」

「うん。せっかくクレトに教えてもらったから。……邪魔だった?」

 目立たないように小さめにしたつもりだが、男性からしたら装飾自体が嫌かもしれない。


「いや、嬉しい。イリスだと思って、持ってる」

「え?」

「『私の代わりにそばに置いてください』だろう。忘れたのか?」


 呆れたと言わんばかりに、ヘンリーが笑う。

 そうか。

 確かにクレトはそんなことを言っていた。

 お返しをすることばかり考えて、うっかりしていた。


 つまり、イリスはヘンリーに『このハンカチを私だと思って、そばに置いて』と言ったも同然ということか。


 ――思わぬ乙女の所業が、イリスの羞恥心に火をつけた。



「わ、私はそんな」

「嬉しいよ、イリス」


 喜ばないでほしい、微笑まないでほしい。

 このままでは、イリスの死因は羞恥死だ。

 どんな残念な死に様なのだ。


 そうならないためにも、もう一つの包みを奪還しなければならない。

 慌てて手を伸ばすが、それよりも早く、ヘンリーが包みを取り上げてしまう。


「で? こっちは何なんだ?」

「やだ、返して。まだ死にたくないのよ、返して」

「死ぬ? 何の話だ?」


 訝し気に問い返し、イリスの手を軽く避けながら、ヘンリーは包みを開ける。

 中の小箱を出された時点で敗北を悟り、作戦を奪還から撤退に切り替える。

 ソファーから立ち上がろうとしたが、手首を掴まれて引き戻される。

 抵抗するイリスを押さえるように腕の中に入れたヘンリーが、小箱を開けた。



「……指輪?」

 見られてしまえば、どうしようもない。

 大体、背後から包み込むように抱えられているので、逃げようもない。

 羞恥心よりも諦めの気持ちが勝ったイリスは、暴れるのをやめて死刑宣告を待った。


 小箱の中には、黄色の石がはめ込まれた指輪が入っている。

 それを取り出してじっと見ていたヘンリーが、イリスを抱える腕を緩めた。

 チャンスを逃さず腕の中から逃げるが、またも手首を掴まれ引き戻される。

 今度は普通にソファーに座れたので、とりあえずは大人しく出方を見ることにした。

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