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手伝ってください

 

『碧眼の乙女』四部作に、ファンディスクがあった。


 それは、四作目の最後からの後日談。

 ヒロインは悪役令嬢イリスと婚約破棄したレイナルドと、学園卒業後に婚約している。

 婚約してからの、ラブラブな生活がストーリーの主軸だ。

 街で買い物をしたり、プレゼントを選んだり、親に挨拶したりと、ただただ甘々なストーリーが続く。


 そこに、四作目で死んだはずのイリスが会いに来る。

 イリスは投獄の後に謎の死となっていたが、あれはイリスを慕う者が手引きして逃がしたことを、隠すための方便。

 勘当されて伯爵令嬢ではなくなったけれど、一貴族の男性と婚約。

 学園でのいじめを詫び、ヒロインとレイナルドを祝福するイリス。


 だが通り魔に襲われかけたヒロインをレイナルドが撃退し、次いで狙われたイリスをその婚約者がかばって死に、絶望したイリスは自ら命を絶つ。

 悲しいこともあったけれどヒロインとレイナルドは愛で乗り越えて、いちゃいちゃと幸せに暮らしました。


 ――という内容らしい。




「……どうあっても、『碧眼の乙女』は私に死んでほしいのね」

 ファンディスクの内容を聞くと、イリスは深いため息と共に骨付き肉を左手に持ち替える。


「しかも、ヒロインを祝福してるのに、通り魔に婚約者を殺されて自殺って。より酷いことになってるじゃない」

 こうなると、投獄の末に謎の死の方がまだ良い、と錯覚さえ起こしてしまう。



「それじゃ、俺は失礼するよ」

 そう言うと、エミリオはソファーから立ち上がる。

「どこに行くんですか、エミリオ様」

「俺の知っている情報は伝えたよ。もう用はないだろう?」


「用はあります」

「は?」

「転生者で、事情を分かっていて、私を殺すつもりはないんでしょう? なら、手伝ってください」


「……イリス、俺は君が欲しいんだよ?」

「あげませんよ? ……大体、エミリオ様が欲しいのは、投獄されて助けられたファンディスクの『イリス』でしょう? 私は本編を生き延びた『イリス』なので、違う人間です」


「そうかな」

「そうです」

 骨付き肉と共にうなずくと、香ばしい肉の香りがイリスを包み込んだ。


「……なら、俺が手伝う理由はないんじゃないか?」

「旧知の仲と言ったのは、エミリオ様です。手伝ってください」

 今はイリスが欲しいなどとわけのわからないことを言い出しているが、そもそもは気の良い兄のような存在だ。

 人手も欲しいし、知恵も貸してほしい。

 イリスはエミリオの灰色の瞳を、まっすぐに見つめる。


 しばしの沈黙の後、エミリオは首を振ってため息をついた。

「……イリスが殺されるのは困るからね。――良いだろう。手伝うよ」




「まずは、ファンディスクの内容と実際の相違点を考えてみようと思うの」


 そもそも、ヒロインのリリアナとレイナルドが婚約どころか、恋人ですらない。

 イリスは投獄されていないし、生きていて、伯爵令嬢のままだ。

「……ファンディスクのシナリオを進めようがない気がしますね」

 紙を広げて情報を書き込むと、ベアトリスが呟いた。


「そうね、ヒロイン達のラブラブエピソードは、どうしようもないわね。でも、前半はともかく後半は実現可能だわ」

「どういうことです?」

「私には婚約者がいる。ということは、通り魔に襲われる件は起こってもおかしくないわ」


「この場合の婚約者は、ヘンリー君のことなのかしら?」

「さあ、どうだろうね。ファンディスクでは、一貴族の男性としか触れられていないし、イラストも後ろ姿だけで顔は出ていない。だが、髪の色からして違うね」


 ファンディスクを見たエミリオがそう言うのなら、『婚約者』はヘンリーではないのだろう。

 いっそヘンリーなら、通り魔くらい返り討ちにできる気がするので、話が早い。

 それとも、強制力によってヘンリーが命を落とすような通り魔がやってくるのだろうか。


「仮にヘンリー君だとするとおかしいわ。侯爵令息で、二作目の悪役令嬢の弟なんておいしい設定なら、もう少し表に出すでしょう?」

 確かにそうだ。

 その上、顔の造作も整っている。

 乙女ゲームでイケメンをあえて出さないなんて、意味がわからない。


「……ということは、『イリス』の婚約者は別の、普通の貴族の男性なのかしら」

「そうなると、ますますシナリオからかけ離れていますね。本当にシナリオ通りになるのでしょうか」

「まあ、ならなくて良いんだけど。……『碧眼の乙女』はそう甘くはないわよね」


 かつて、友人三人をシナリオ通りに断罪したのだ。

 クララというシナリオを進める存在はいたようだが、それでもすべてが彼女のせいだったとは思えない。

 やはり、強制力はあると思った方が良いだろう。



「こうなったら、いつ来るかわからないシナリオに怯えて待っているわけにはいかないわ」

「どうするつもりですか?」


「『碧眼の乙女』は、回避しても逃避しても応援しても駄目。私は、あくまで応戦していかないと」

「……何をするつもりだ?」

 それまで大人しく話を聞いていたヘンリーが、問いかけてくる。

 きっとわからない単語もあったのだろうが、様子を見る限りは話を理解しているようだった。


 四作目の時とは違う。

 今回は、こうして一緒に戦ってくれる仲間がいる。

 そう思うだけで、イリスの顔は綻んだ。


「――迎え撃つわよ」


 イリスは骨付き肉を片手に、悪役令嬢らしくにやりと微笑んだ。

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