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悪役令嬢ですから

「……まさか、昨日の今日で会いに来てくれるとはね。嬉しいよ、イリス」


 バルレート公爵家に着いて部屋に通されると、すぐにエミリオがやって来た。

 イリスの顔を見たエミリオは、その残念な姿に言葉を失う。

 更に、ソファーに座るベアトリスを見て眉を顰め、イリスの隣に目を向けて露骨に表情が曇った。


「――君は」

「はじめまして。イリスの婚約者の、ヘンリー・モレノです」


 とびきりの笑顔で、ヘンリーが自己紹介をする。

 エミリオの顔が一気に引きつった。




「……まず、その傷はどうしたの。それにその恰好は何なんだい?」

 訝し気な表情のままソファーに座ったエミリオは、イリスをじっと見ている。


「――残念な恰好です」



 今日のドレスは、馬車移動を考えて控えめだ。

 装飾が多いと邪魔なので、すべて生地に刺繍されているものを選んだ。

 淡い水色に毒々しい草花が描かれている様は、厳かにして、残念。

 何かに似ているな、とは思っていたのだが、鏡の前でくるくる回ってみて気が付いた。


 お盆の飾りの盆提灯だ。

 提灯の中に電球が仕込まれていて、くるくる光って回る、アレだ。

 イリスは歩く盆提灯のような状態になったが、目も痛くないし軽いので、体への負担は少ない。


 盆提灯ドレスだと気付いてしまった以上、できるだけ盆飾りに近付けたくなるのが残念というもの。

 イリスは髪に精霊牛と精霊馬を飾りたくなった。

 だが、茄子と胡瓜をそのまま載せると、意外と重くて邪魔だ。

 仕方がないので半分に切って木串を刺してみたのだが、こうなるとバーベキューの野菜にしか見えない。


 体は厳かに盆提灯、頭には浮かれたバーベキューというアンバランスな取り合わせになったが、残念には違いないので良しとする。


 ただ、どことなく寂しいのは否めない。

 また着る機会があれば、どうにか明かりを取り入れて完璧な盆提灯として生まれ変わらせたい。

 その時には、精霊牛と精霊馬も完全な形で載せるよう努力しよう。


 恥ずかしいには恥ずかしいのだが、やるならとことん残念にしたい。

 イリスの性質は、どうやら残念とすこぶる相性が良いようだった。



「……いや、まあ、確かに残念だが」

「気にしないでください。傷も化粧です。ただの正装です」


「それで、手に持っているそれは何だい?」

「肉です」



 イリスの右手に握られているのは、懐かしき戦友(とも)であり武器である、骨付き肉だ。

 本当は両手に装備したかったが、久しぶりの残念で握力がついてこれない。

 それに、公爵家に赴くのに両手が肉で塞がっているというのも、失礼な気がした。


 なので、両手で一つの骨付き肉を優しく握るようにした。

 ヘンリーは「そういう事じゃない」と渋面だったので、今度は両手に一つずつ持てるよう握力も鍛えなければならないだろう。



「……肉だね」

 しばらく考え込んでいたが、やがてエミリオは考えることを放棄したようだ。




「……それで。どういうことかな、イリス」

 気を取り直したらしいエミリオが、真剣な表情で問いかけてくる。


「ファンディスクの情報をもらうには、私が婚約解消しないと駄目なんですよね?」

「ああ」


「でも、ヘンリーに断られました。嫌だそうです」

「絶対に嫌です」

 にこにこと笑顔のままで、間髪入れずにヘンリーが答える。


「いや。嫌だとかそういう事じゃなくて。……情報はいらないということかい?」

「いえ。情報は欲しいです。いただきます」

イリスの返答が理解できないらしく、エミリオは首を傾げている。


「それじゃ、ここで彼を説得するのか?」

「いいえ? ヘンリーを説得する気はありません。時間の無駄なので」

「無駄です」

 にこにこと笑顔のままで、またしても間髪入れずに答えが来る。


「……それじゃあ、一体何をしに来たんだ?」

「ファンディスクの情報をいただきに」

 イリスが不敵な笑みを浮かべると、エミリオは眉を顰めた。




「私、基本的なことに気付いたんです」

「基本?」

「『伯爵令嬢イリス・アラーナ』は、悪役令嬢なんです。だから、たまには悪役令嬢らしくしようと思いまして」

「どういうことだ?」


「エミリオ様は公爵家の嫡男ですから、モレノ侯爵家のことはご存知ですよね?」

「あ、ああ」

「『モレノの毒』のことは?」

「……噂程度には」


「――ああ、良かった。一から説明なんて面倒ですから」

 知っているだろうとは思っていたが、万が一ということもある。

 説明を省けるのは、ありがたい限りだ。


「イリス、何が言いたいんだ?」

「ですから、ファンディスクの情報をいただきます。話してくれないのなら、『モレノの毒』を使って、話していただきます」


「――はあ? 何を言っているんだ? そんなこと」

「できるらしいですよ」

「できます」

 やはりにこにこと笑顔のまま、ヘンリーが相槌を打つ。



「そういう意味じゃない。公爵家の人間にそんなことをして、どうなると思って」

「――エミリオ様? 私は悪役令嬢ですよ? 身の破滅を招こうとも、自分の欲望に従う存在です。絶対に、話していただきます」


 イリスは骨付き肉を口元に立てて、にこりと微笑む。

 イメージは妖艶な大人の女性だ。

 かすりもしていないのが残念だが、普段と違う様子でイリスの覚悟が伝わるだろう。


 肉の香ばしさが鼻をくすぐるが、これもある意味肉食女子な感じで良いかもしれない。

 驚愕の表情で言葉を失ったエミリオは、しばらくして、盛大なため息をついた。



「……わかった。『モレノの毒』を浴びる気にはなれないしな。イリスのために情報自体は伝えるつもりだった。……だが、情報料の一つも欲しいところだ」

 両手を上げて降参という動作をすると、エミリオが苦笑する。


 それを見て、イリスもほっと溜息をつく。

「……ああ、良かった。私も、床をのたうちまわるエミリオ様を見たくはなかったので」

「私は少し見たいですけれど」

 ベアトリスがぽつりと恐ろしいことを呟いている。


「え? 情報を聞き出すんじゃないのか? なんだ、のたうち回るって」

「情報料は内容次第です。嘘をつかれても困りますので」

「……信用ないな。旧知の仲じゃないか」

「はい。だから、すぐに『毒』を盛るのではなく、まずは話をしに来ました」


「……随分と、物騒なことを言うようになったね」

「悪役令嬢ですから」

 肩をすくめるエミリオを見て、にこりと微笑む。

 我ながら、意地の悪い微笑みだと思う。



 すると、エミリオはにやりと笑った。

「――いいね、その顔。ファンディスクの『イリス』そっくりだ。……やっぱり君が欲しいな」

「あげませんよ」

「俺のです」

 にこにこと笑顔のままのヘンリーが、一言付け加えてきた。


「ちょっと、そんなこと言わなくて良いんだってば」

「俺のです」

 やはり、にこにこと笑顔のままだ。


 ヘンリーは昨日から、ご機嫌だ。

 イリスがヘンリーのために残念装備を着用しているのが、よほど嬉しいらしい。

 以前も残念が好きなのだろうと思って着ていると伝えると、顔が赤くなっていた。


 やはりヘンリーは、残念な恰好が好きなのではないか、とイリスは密かに疑っている。



「いちゃつく二人は置いておいて。――ファンディスクの内容を教えてください、お兄様」

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