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化粧師  作者:
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第五話 笑うしゃれこうべ 十

  九


 テーブルに突っ伏して惰眠を貪っていた国定は、ゆっくりと顔を上げた。目の前に広がるのは、自宅の風景ではない。しかし見慣れた光景ではある。

 ここはどこだっただろうかと考えながら、胸ポケットに入れたままにしてあった携帯を取り出す。昼前を示す時刻表示の横に、着信ありの文字。

 一気に目が覚めた。

「す、杉里さん!」

 夜の内に会社に連絡しておいて良かったと、国定は心底思う。しかし同じく呼び出していた杉里の事はすっかり忘れて、来訪を待たずにここで眠ってしまったのだ。

「なんですか?」

 声がした方を見ると、杉里が呑気にコーヒーを啜っていた。国定は一瞬驚いたが、すぐに安堵する。いるならそれでいい。

 改めてテーブルを見ると、正面に座っていた美佐子がいなくなっていた。国定が睡魔に負けて、眠りに落ちる直前までは居た筈だ。代わりに杉里の前に、エッグトーストが乗った皿が置いてある。

「おはようございます国定さん」

 声がした台所の方を見ると、紗代子がカウンターに皿を出した。ずっと起きていたのだろうかと国定は考えたが、紗代子は呑気に寝ている場合でもなかっただろう。国定は早々に眠り込んでしまった自分を恥じた。

「たいしたものもお出しできませんが、召し上がって下さい。丁度起こそうと思っていたんですよ」

「ああ……すいません。美佐子さんは?」

「始発で帰りましたよ。家で寝るって、聞かなくて」

 皿を受け取りながらふと床を見下ろすと、楡が大の字になって眠りこけている。腹が立つ程間抜けな寝顔だ。国定が最後に見た時は、ソファに突っ伏していた筈なのだが。

 そしてその腹に乗せられた浅黒い素足を見て、国定は狼狽した。慌てて顔を上げ、足の主を確認する。

「え、こ……九重!」

 ソファでトーストを齧っていた九重は、国定の大声に迷惑そうな視線を向けた。

「うるせえな朝っぱらから。てめえ、うちでタダで飯が食えると思うなよ」

「金取るのかよ。……いや、そうじゃなくて」

 反射的に突っ込んでから、国定はテーブルに手をついてリビング側へ身を乗り出した。反対に、隣でコーヒーを啜っていた杉里が身を引く。

「無償ですよ国定さん」

 紗代子は皿を二つ持ってダイニングへ入って来た。片方はキツネ色に焼けているが、もう片方は見事に焦げている。

「だからまともに返すなっつってんだろ」

 九重の呆れた声が紗代子に答えた。

 国定は体から力が抜けて行くのを感じる。あってはならぬ事だが、九重の悪態を聞いたら安心してしまった。同時に体中の痛みに気付く。変な体勢で寝てしまっていたのだから、当然だ。机に突っ伏して寝ておいて何ら変調を来さない程、国定は若くない。学生時代は机に突っ伏して眠るなどとだらしない事はしなかったのだが、この歳になってから頻繁にそんなことをしている。

 杉里はトーストに手を伸ばしながら、紗代子を見て首を捻った。彼女がテーブルに着くまで、朝食には手を付けず待っていたのだろう。

「なんです? それ」

「私のです」

 流石に焦げていない方が楡の分だったようで、紗代子はそう答えた。テーブルの端にまともな方を置き、カウンターからカップを取る。

 国定は、殆ど真っ黒になったトーストを眺めながら考える。焦げてしまったのか、わざわざ焦がしたのか。口振りから察するに、焦がしたのだろう。炭と化したパンの上に乗せられた目玉焼きも、外側が炭化している。あれはもう食べ物ではないと、国定は思う。ただの美人だと思っていたがそうではなく、紗代子はただの変わり者のようだ。

「そういう事聞いてんじゃねえだろ。お前ソレもう、トーストじゃなくて炭じゃねえか」

「好みは人それぞれよ」

 そう返した紗代子は、炭になったトーストを一口齧った。

「……それより君、平気なのか」

 朝食を平らげた九重は、早々に煙草に火を点けた。手癖が悪いのか、忙しない男だ。

「知らねえ」

 まるで他人事のような口振りである。聞いても無駄だろうと判断し、国定は頂きますと手を合わせた。

「あなた、宗ちゃん起こして」

 九重は一瞬厭な顔をしたが言い返す事もせず、足を置いていた楡の腹を蹴る。起こしているようには到底見えなかったが、紗代子は突っ込まない。

 杉里は膨れた腹を撫でて、満足そうな息を吐いた。

「オイ宗、起きろこの変態。ショバ代取んぞ」

「なんでもかんでもお金取ろうとしないで」

 紗代子の声に被さるように、奇妙な悲鳴が響き渡る。声の主が勢い良く飛び起きた。

「いわし!」

「は?」

 フローリングの床に寝ていた為か、楡の頬にはアミダ籤のような跡がついている。間抜けな顔とは裏腹、彼は真剣な表情で、怪訝な声を漏らした九重を見上げた。夢でも見ていたのだろうかと、国定は喧しい声を聞きながら考える。

「いわしにつつかれた! いわし!」

「そのまま食われちまえ」

 怯えた表情の楡に、九重は冷たく言い放った。

「鰯だって宗ちゃんなんか食べないわ。顔洗って来て、跡ついてるわよ」

 母親のような口振りである。楡は半ばまでしか開かぬ寝ぼけ眼を紗代子に向け、首を捻った。呆けたような表情で、楡は頬を撫でる。杉里がさも楽しそうに笑った。

 平和だ。国定はのろのろとトーストを頬張りながら考える。つい半日ほど前までは、あれほど緊迫していたというのに。今だって、九重が無事だと分かっただけなのに。

 無事であるだけなのだ。まだ何も解決していない。笛吹をなんとかしない限り、九重はまた同じような目に遭う筈だ。回避する術も分からない。

 それなのに何故、こんなにも呑気にしているのだろう。国定は一人、不安を抱く。

「……椿さん、は」

 紗代子が顔を上げて、誰にともなく聞いた国定を見る。彼女は曖昧な微苦笑を浮かべた。

「部屋にいます。まだ何かなさってるようですが」

「ああ、……そうですか」

 国定には状況が掴めない。杉里には状況を説明してあるのか。今は椿を待っているだけなのか。一人、置いて行かれてしまったような気分になる。

「義近!」

 顔を洗って戻って来た楡が、突然大声を上げた。九重が億劫そうに顔を上げる。

「もう平気なの?」

「何言ってんだ今更」

 杉里の正面へ腰を下ろした楡に、九重は露骨に嫌そうな顔を向けた。

「だってなんか危なかったじゃん」

「お前、さっき喋ってたの誰だか分かってんのか?」

 間抜けなやり取りに、国定は体中の力が抜けて行くのを感じる。気を抜いてはいけない筈の状況ではないのだろうか。少なくともここに来るまで、何も聞かされていなかった杉里までもが呑気に順応している事に、疑念を抱く。もう解決してしまったのかとさえ思った。

 しかしそう上手くは行かない。

「呑気に茶しばいてんじゃないわよ」

 囀るような少女の声に、見合わぬ悪口。紗代子は弾かれたように振り返った。廊下から顔を出した椿は、呆れた顔をしていた。

「大体分かった。見込んだ通り、あのババァは死体を集めた場所に居る。とりあえず、乗り込まなきゃ始まんないわね」

 始まってもいなかったのかと、国定は驚きというより呆れた。それなのにこの面々は、呑気に飯を食っていたのか。飯を食うのが悪い訳ではないが。

「あ、ごめん」

 間延びした楡の声に、椿は視線を落とす。

「見つかんなかった」

「……役に立たない子ね」

 冷めた声に、楡は首を竦める。彼の昨夜の苦悩ぶりはどこへ消えてしまったのかと、国定は頭を抱えたくなった。状況に頭が追いつかない。

「何がです?」

 短い首を傾げて、杉里が問う。つられたように頭を傾けた椿は、発言した杉里に歩み寄った。足音がしない。

「死体が集まってる場所」

「お墓ですか?」

「お骨じゃなくて、死体。記者なら耳に入ってないの? 夜な夜なゾンビが出るとか……」

 杉里と楡は同時に声を上げたが、お互い怪訝な表情で顔を見合わせた。

「杉さん、うちの後輩脅かしただろ。ダメだよあいつ、気小さいんだから」

「はい?」

 国定はコーヒーを啜りながら、ぼんやりとやりとりを聞いていた。まるで話が見えない。そもそも杉里を呼ばせた、椿の意図すら知れない。

「ゾンビ殺したんだろ沢山」

「もう死んでいますから、殺したとは言いませんです」

「それ、どこ?」

 何を言っているのか国定には理解出来なかったが、椿は目の色を変えて杉里に詰め寄る。彼は目に見えて狼狽した。あの顔が突然近付いて来てうろたえない男も、そういないだろう。

「え? ええと……」

 杉里は慌てて、足元に置かれた鞄の中を漁る。目当てのものがなかなか見付からずまごつく彼を、椿は僅かに目を細めて注視していた。

「……分かった。行きましょう」

「へ?」

 漸くノートを掴んだ杉里は、間の抜けた声で問い返した。

「今夜午前二時、その墓地に来て頂戴」

「え、わ、私がですか?」

 驚いた声を上げる杉里に、椿は見事な笑顔を浮かべて見せた。

「あなたは壊すだけでいいの。手伝ってくれる?」

 有無を言わさぬ微笑。杉里は深く、一度だけ頷いた。

 詐欺だ、と国定は思う。具体的に何をすべきなのかさえ明言しないまま、単純に頷かせるだけの威力を、彼女の花の顔は充分に備えている。断れる筈がないではないか。

 椿が杉里に何をさせるつもりなのか、おおよその見当は国定にもついていた。ゾンビが出るというのなら、先に楡が言っていた『死体がたくさんある場所』の事なのだろう。彼女には恐らく、協力者がいない。たった一人で不特定多数の屍相手に立ち回るなど、いかに彼女であろうと不可能なはずだ。

「俺も行く」

 トーストを頬張りながら気の抜けた視線を二人に向けていた楡が、手を挙げて発言した。椿が振り返ると同時に、国定も驚いて楡を見る。

「ゾンビだって元々は普通の人間だろ」

 何を言い出すのかと、国定は我が耳を疑った。

 確かに楡は体力仕事ならばお誂え向きの人間だ。しかし、楡が手伝う必要はない。壊せばいいと言うのだから、つまりは屍を壊すのだろう。楡には些か荷が重いように、国定には感じられる。何より味方である杉里の手にかかってしまう恐れすらある。

 椿は暫く楡を見つめた後、つれなく視線を外した。

「足手まといだから来ないで」

「ええ、でも……」

 何故に楡が食い下がるのか、国定には到底読めなかった。楡は一度関係したから力になりたい、と言うような殊勝な性格ではない。椿と杉里の事など心配する必要さえない事は、今までの暴虐ぶりを考えれば火を見るより明らかだ。

「見届けたいなら勝手にすればいいわ。――国定君もね」

 漆黒の眼差しが、真っ直ぐに国定を捉える。読まれていたのか、と国定は思う。

 ここに至るまでの事、その一端を担う事件を、国定は追っていた。前回もそうだったが、今回もまた、追いかけていたからには己の目で結末を見届けたいと、確かに考えている。そうでもしなければ気が治まらない。

 負けず嫌いなのだ。国定は身に降りかかる全ての事象に、負けたくないと思っている。負けたくないというよりは、何も分からないまま終わるのが嫌なだけかも知れない。

「――その前に、説明してくれないか。僕には何がなんだか分からない」

 椿はあからさまに嫌そうな顔をした。

「……教えてあげてもいいけど、誓って」

 暫く黙り込んでから、椿は真っ直ぐに国定を見た。底の見えない漆黒に見つめられるとなんとなく居心地が悪いような気がして、国定は椅子に座り直す。

「二度と義近に、死化粧させないで頂戴」

 国定は怪訝に片眉を顰める。

「なんでだよ」

 椿はちらりと窺うように紗代子を見てから、国定へ視線を戻した。そして小さく首を左右に振る。

「理由は言えない。おサヨちゃんを一人にしたいなら、続ければいいわ」

 紗代子は何も言わずに目を伏せていた。理由を知っているのだろうと、国定は考える。かといって、紗代子に聞く気にもならなかった。

「言えばいいだろ」

 我関せずとばかり口を挟まなかった九重が、ようやく口を開いた。薄い唇が笑みの形に歪んでいる。

「国はそれじゃ納得しねえぞ」

 椿はソファに凭れる九重へ睨むような視線を向けて、一つ浅い溜息を吐いた。細い眉が困った風に顰められている。

「義近の死化粧ね、あれは魔術なの。内臓がなくても脳がなくても喋るでしょう。体が記憶している事を、口を通じて読み取ってるの。だから、死体に腹筋と声帯さえ残っていれば喋る。その代わり、完全な形じゃなきゃいけないけど」

「それがどうして駄目なんだ」

「あなた魔術に関しては突っ込まないのね」

 椿の表情は些か呆れたようなものだったが、国定も今更聞く気にはなれない。国定は現代科学で説明のつかない事を、不思議な事であるとしか認識していないし、そうして片付けてしまっている。世の中はあまりにも謎だらけで、そうでもしなければ、考えているだけで禿げそうだ。

「……まあいいわ。何のリスクもなく、術の行使は出来ないの。魔術師なら先に代価を支払っているから、行使する度に代価を払わなきゃならない事はないけど、義近はただの人なの。当然代価は必要でしょ」

「誰に支払ってるんだよ」

「悪魔。義近は寿命を代価として払わなきゃならない。だから死化粧する度に、寿命が縮んで行くの。ただでさえ寿命が短いのに、あなたはそれを更に縮めてたのよ」

 理解が及ばない。国定は眉を顰めて俯いた。

 言葉を受け入れるのは簡単だ。言われた事をその通りだと受け止めるのは、難しい事ではない。しかし理解は出来ない。逐一何故だと聞かなければ理解出来ないし、それでも納得しないだろう。

 しかし今は、そんな事は論点としていない。問題なのは、国定が九重の寿命を間接的に縮めていたという事実。

「……どうして言わなかった」

 厳しい声が出たと、国定は自分でもそう思う。九重は何故かにやついている。

「先に言ってくれていれば、僕は君に依頼なんてしなかった」

「下らねえ事気にすんな。お前、俺に借りが出来たろ」

 返答に、国定は目を円くした。僅かな苛立ちと共に、罪悪感が消えてしまった。

 こういう男なのだ。暗い場面を嫌うから、誰かが自分の為に悩む事も厭う。それなら自分が悩む方が、九重にとってはましなのだ。自己犠牲ではないが、似たようなものがある。手を貸していた理由も正義感から来るものだったのだろうと、国定はそう納得した。

 九重は国定から視線を外して、正面に向き直る。椿が小さく笑った。

「馬鹿な子ね。……分かった? 国定君」

「……分かった。癪だから二度と依頼しない」

 椿は一つ頷いた。九重が低く笑う。

 国定は肩を竦め、カップを持ち上げてコーヒーを一口飲んでから、改めて口を開いた。

「笛吹の目的は何だ?」

「目的なんか知らないわ。人の心も考えも、あたしには読めない。そういうの苦手なの。読めた所で、あなたに伝えてもあなたが理解出来るとは思えないし」

 椿はソファに近付き、肘掛けに腰を下ろす。一人真ん中を陣取っていた九重が僅かに眉を顰めたが、何も言わなかった。

「強いて言うなら、世界を操りたいって所かしら」

「世界?」

 国定が鸚鵡返しに問うと、椿は鼻で笑った。

「馬鹿げているでしょう。でも、あれにはそれが出来る。それだけの力がある。世界とは行かないまでも、日本国民全員ゾンビにするぐらいやるわよ、あれは。邪魔さえ入らなければの話だけど」

「どうしてそんな事するんだ」

 緩やかに下がっていた椿の眉尻が、俄かに吊り上がった。苛立ったような表情に、国定は心持ち身を引く。

「知らないって言ってるじゃない、しつこい子ね。ヒマだからじゃないの?」

 国定の対面に座った紗代子が呆れた顔をした。その表情は国定の問いに対して浮かべられたものなのか、椿の答えに対してなのか、判断がつかない。

「なんで?」

 楡の問いに、椿は更に渋い顔をする。

「なんでヒマだと、そんな事すんの?」

 楡の大きな目からその感情は窺えない。元より彼が何を考えているのか、国定には全く読めない。分かったとしても、得な事など何一つないが。

 椿は目を細めて、思案するような表情を浮かべた。

「暇だからよ」

 答えになっていない。椿は少し間を置いて、再び口を開く。

「暇なの、あたし達。死なないんだもの。幾らしても報われない善行に励むより、悪行三昧で荒稼ぎしていた方が楽しいの。力をつけたらつけただけ、その力を試したくなるの。それだけよ」

「あんたも?」

 楡の問いに、椿は笑った。

「さあね。あたしもヒマなのは確かよ。……杉里君が見つけた墓地にはね、笛吹が集めた遺体が隠してあるの。木の葉を隠すなら森に隠せって事かしら。墓地なんて元々死体だらけだから、見付からないと思ったのね」

「死体を集めて、何をしようとしているんです?」

 椿は楡の向こうの紗代子に視線を移した。

「目的は知らない。あのね、笛吹は、死体しか操れないの。一度でも心停止、つまり、死んだ状態になった人間なら、その後蘇生してようが関係ないの。集めた死体を放置しておけば、勝手に人を襲うでしょう。そうして、死体を増やす。それの繰り返し。死体を集めるために死体を集めてるの」

「死体の盗難は、全国規模で起きていました。それなのに、義近に術を掛けるのに時間がかかったのは何故です?」

 九重は無表情に煙草を吹かしている。すぐ隣でされている会話を聞く気など、更々ないようだ。

「生き返らせるのと操るのとは違うの。義近に関しては元々蘇生されてるから、最初から操ろうとしたのよ。全国から集めた死体は、ただ蘇生されただけ。笛吹がいちいち回収してたの。……ああ、回収手段は聞かないで頂戴。少なくとも物理的な方法じゃないから」

物理的な方法でないなら何だと言うのかと国定は思ったが、口は挟まず、紗代子が続けて質問するに任せた。

「死体が遺棄されていたのは?」

「放置されていたのは、頭が割れた死体だけでしょう。実際に殺されてる人数は、もっと多い筈よ。最近また失踪者が増えてた事、気付かなかった?」

 椿は国定に視線を寄越したが、失踪事件は彼の担当ではない。何よりここ一ヶ月間ずっと現場へ出ずっぱりだった為、そんな話は耳に入って来ていない。

 首を横に振ると、椿は肩を竦める。

「頭が割れたらダメなの?」

 発言した楡は、椅子の上でだらしなく胡座をかいていた。

「ゾンビは頭が弱点なの。というか、脳を無理矢理働かせて体を動かしているから、殺された段階で頭割られちゃったら、蘇生も出来ないわ」

「何そのバイオハザード」

 椿は目を細めて楡を睨んだ。国定は片眉を顰めて、懐から手帳を取り出しながら問う。

「目撃者がいなかった事に、理由はあるのか? ただ単に、皆殺されただけか?」

「殺されたし、元々、彼らが行く場所を通る人が少なかったのよ。自己防衛本能というか……たまにない? 今日はいつもと違う道を通ってみようとか、理由もないのに早く帰りたい気分になる時とか」

 煙草に火を点けて一息吐いた後、楡が首を傾げる。

「みんな、無意識に回避してたって事?」

「そうね。皆が皆避けられる訳じゃないけど……ともかく術者をやらなきゃ、こんな事がいつまでも続く。術は術者を殺せば解けるわ。そっちはあたしがやる。まあ杉里君にやって欲しいのは、露払い」

 杉里は不安を目一杯湛えた顔を上げて、椿を見た。

「リアルバイオハザードってとこかしら」

 再び体の力が抜けて行くのを、国定は明確に感じた。

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