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文学的なあることないこと  作者: 権兵衛
気付き
2/3

ブレている


コンクリートに、今年初めてのアリの行列を見つけた。

それを小さく跨ぐ。

こういった季節の変化を匂わせる景色は、俺の心を豊かにした。


「ねぇ、今何考えてるの?」


彼女は俺の世界へ無粋に踏み入ろうとしてきた。

あまり身長の高くない俺と女子の中では大股な彼女は歩くペースはほぼ同じだった。


「…季節の変化に感動してたよ」


俺は答えた。

俺の世界にはどうでもいい人間ばかりが登場するため、反応を窺って答えることはない。

そのぶん、他の普通の人間よりも素直なのかもしれない。


「あ、私もそういうことあるよ。日が伸びるのを感じたり〜最近だと、近所の公園の紫陽花が枯れきったのを見て思ったな」


彼女の挙げた例は、俺の同意を誘わなかった。

俺は、端的に言うと、もっとしょうもない小さなことでこそ感動する。


「そうなんだ」


素っ気ない返事は、相手への無関心の表明だ。


俺はこれまでの人生で、自分のことを嫌いな人間と関わろうとする人間を見たことがなかった。

それどころか、会話のテンポが悪かったり、自分の意見を1番に尊重してくれなかったりしただけで嫌がる人間もいる。


「ひどーいもっと関心持ってよ」


しかし、彼女はそのどれでもなかった。


今まで俺の出会ったことのないタイプの人間だったらしい。


「…普通、今の返事で俺のことを嫌いになると思うんだけど」


「普通?それがキョウくんの普通なら私は変わり者ってことになるね」


「少なくとも俺よりは変わり者だよ」


「いやいや、キョウくんには負けるよ」


朝木芽衣は首と右手を大袈裟に横に振った。


「今のも、ムカつく人はムカつきそうだ」


ジョークを言ったつもりはなかったが、朝木芽衣は上機嫌にあははっと笑った。


「キョウくん意外と怒らないね」


その言葉には心外な点と気になる点が1つずつあった。


「意外とって、俺のこと何も知らないでしょ。あと、教室の時から俺を怒らせるために話しかけてたの?」


「知らないから気になるんじゃん。怒らせるために話しかけて、帰りに誘ったわけじゃないよ」


1つ目のは答えになっていなかったが、追求するのも面倒だったしその後の言葉の方が気になったので、少しの違和感は呑み込むことにした。


「じゃあなんで誘ったの?俺たちって仲良くなれそうな要素あったっけ」


俺は1人の帰り道と同様、前方斜め下を見つめながら歩いた。歩幅もいつもと変わらない。

ただ少しだけ早歩きになっていた。


「だから言ってるじゃん。知らないから、全然わかんないから気になるんだよ」


答えを先に言われていたとは気付かなかった。

まさか予知能力が、とかアホなことを思ったが、勿論思っただけだ。


「…アサキさんみたいなタイプは普通、俺みたいな地味な奴を風景の一部とするから、話しかけられた時はかなりビビったけど」


俺は一呼吸置いた。


「今の発言でちょっと納得したよ。アサキさんは人より好奇心が旺盛なんだね」


俺は別に朝木芽衣を貶したつもりはなかった。

むしろ、貶そうと思えばいくらでも言葉を連ねることくらい出来た。

しかし俺は素直に朝木芽衣という人物の印象を伝えることに留まった。


だと言うのに、朝木芽衣の足が止まった。

つられて俺も足を止めて振り返る。


駅まではあと5分もしないで着く。

アクシデントがない限り、俺の家の最寄り駅を通る電車はあと8分で来るだろう。


「どうしたの」


「キョウくんのことがちょっと分かったよ」


彼女は得意げな表情を浮かべていた、と思う。

逆光のせいで顔が暗くてあまりはっきりと見えないが、たぶんニヤリと笑っている。


「ちょっとって?」


俺はそれが何故かそれまでの彼女のどんな言葉よりもムカついて、足のつま先を二回、コンクリートにトントンと打ちつけた。


「キョウくんは、世界を全部自分の基準のものさしで測ってるんだね」


「そうじゃない人間がいるとでも?」


「ううん。でも」


彼女はまた此方に歩き始めた。


「私は自分のものさしが【ブレている】ことを知ってる」


そのまま彼女は立ち止まる俺を過ぎて、駅の方へと歩いていく。


さっきまでの稚拙な言葉が嘘のように、彼女の言葉が俺と同じラインまで達したように思えた。


【ブレている】


そりゃあそうだ。

完全に正しくて完璧な人間なんて世界中の何処にもいない。

俺だってそのくらい知っている。

自分の考えが間違っている時もあることくらい分かっている。


しかし、俺の中から正解を見つけ出したい時、間違いしか持っていなかったら、間違いすらも正解にしなければいけなくなる。

そういう時もあることを、彼女はきっと知らないのだろう。


俺は再び心が平熱に戻ったことを実感し、彼女の後を歩き始めた。


追いつこうとはしていなかったが、電車の来る時刻が迫っていた俺は彼女に並んだ。


「意外と頭いいんだね、アサキさん」


「あははっそうかな?」


彼女はやっぱり大口を開けて笑った。

しかしそれ以降、早歩きで駅へ向かう俺を朝木芽衣は無言で見送った。

最初の時よりも随分と小さな歩幅だった。

俺は電車に間に合い、特に何もなく家に着いて夜を越え、また次の朝を迎えた。


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