15
「で、俺の記憶はあちこち抜け落ちてる。レオと旅をしているうちに思い出せればいいさ」
「剣さんの力で記憶は」
「できなかったな」
実はこっそりできるかやってみたけど、記憶は全く取り戻せなかった。万能な伝説の剣でも使えない能力があるらしい、多分。
なんか俺といい、伝説の剣といい、自分自身の力の全容を把握しきれてない気がする。
「それなら僕が命じればどうなりますか?」
「どうだろうなぁ、できるかもしれないけど、今はいい。俺の記憶よりも先に、レオが独り立ちするほうを優先する。それは最優先事項じゃないぞ?」
「でも」
「だから、でもじゃない。そんなの安定すればいつだって試せる。まず俺が伝えないといけないのはこの世界のことだ」
全く、俺にこだわらなくていいんだぞ。優しい奴なんだ、ただなぁこの世界ではその感情が致命傷になる。
ようやく涙が止まったレオは、袖で乱暴に濡れた頬を拭う。
「他人よりも自分のことですね」
「そうだ……本音を言うとな」
真面目に俺はレオに告げる。
「最初に言ったけど、本当はゆっくり考える時間を与えたいとは思う。ただレオが安心して過ごせる場所と1人である程度こなせるまでは立ち止まらないようにしたい」
「わかってます、わかってるんですけど……」
俯くレオに、俺はなるべく優しい声をかけた。
「今夜はゆっくり寝ろ。明日は町を歩くからな。歩きながら最低限のことを教える。横になって子守唄代わりに、明日の注意事項だけ話しておくからな」
「はい。あ」
立ち上がろうとして、レオは俺を掴んでにこっと笑った。泣いたり笑ったり忙しいな。俺がそうさせたんだけどさ。
「剣さんの名前決めました!」
「お」
散々悩んで、寝て食べて少しはすっきりしたのかもな。完全じゃないにしても、元気が少しでもあるのは悪くない。
「アンジュさんですっ」
「アンジュってなんだ」
響きは悪くないけど由来とかあるのか?
「アンジュという名前は僕のお見舞いに来てくれたおじさんです。血の繋がりとかじゃなくて、別の病室に入院していた患者さんの家族で、僕が退屈してるのに気づいてくれて、お話して仲良くなったんです。外国の人なんですけどね」
アンジュという名前の男を興奮しながら説明をするレオ。その男大好きなんだな。
「色んな話を僕に聞かせてくれて、お父さんがいたらこんな感じなのかなって思ってて。……剣さんからも同じ感じがしたから、その」
「レオの知るアンジュじゃないけど、俺の本当の名前がわかるまでそれでいい。改めてよろしくな、レオ」
「はいっ、アンジュさん!」
こうして俺は、人として生きた名前を思い出すまで「アンジュ」と名乗ることになった。