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宿屋の主人だった女に案内されて、二階の奥部屋に案内される。室内はこれまた真っ白で、ベッドと棚に椅子といった最低限の家具しか置かれていない。窓は木枠で囲まれていて、しっかりと閉じている。
昼食は断って、清潔なシーツにレオは深く腰掛けると、天井にはめ込まれた六つの拳大の透明な石が淡い光を放つ。ランプじゃなくて魔法石を使った明かりは珍しい。石自体が高いからなぁ。
「疲れたか?」
「……はい」
一度立ち上がってから、ローブを脱いでベッドの上に投げ捨てる。ローブがないと視界が広く感じるな、レオの目線からだとまた違うし。
そっと俺をベッドに置いた瞬間、レオの意識が途切れてベッドが大きく揺れる。
体力ってより、気を張りすぎてんだろうな。
精神面は俺の力でも改善することはできないし、とりあえず寝かせておくか。空腹よりも睡眠を優先したレオの体に毛布を被せてから、俺は力を部屋の四方へと飛ばす。
上乗せしても、自衛はどうしても必要になってくる。
音を遮断し、勝手に人が入ってこれないように結界を張る。まだこの世界にレオの知り合いはいない。
誰かが尋ねてきた時点で、全てが警戒対象になるのだ。
それもあるけど、今はゆっくり寝かせてやろう。
レオがようやく目覚めたのは、陽が完全に沈みきった時刻だった。ドアの向こうから気配がしたのは、夕食を呼びに来た女主人で、ノックをしても反応がないので立ち去ってくれたらしい。
「おはようございます、ええと、ええと」
「もう剣でいいんじゃないか?」
「名前考えます、考えますからぁ……」
眠い目を擦りながら、レオはブツブツとなにか呟いている。
名前が思い出せない俺のために、必死に名前を考えてくれてるらしい。別になんでもいいんだけどな。
「考えなくていいから、とりあえず飯食べとけ。食べながら話をしてやるから」
「ごはん……」
「外から匂いするだろ?」
ドアの向こう側から、肉の焼けた臭いが漂っていた。目覚めたレオに気づいて、部屋の前に置いてくれたらしい。食堂に行くとなると、知らない奴らも多いのでこの配慮は正直助かる。
「お肉の匂い……」
「温かいうちに食べとけ」
はい、と弱々しい声で返事をしてから、レオはベッドから起き上がって置かれた食事を運んできた。部屋の隅にある机に置区と同時に、レオの腹の音が盛大に鳴り響く。
「ううう」
「腹の音が恥ずかしいことは無いぞ。丸一日近く食べてないんだ、正常な反応だ」
「そうですけど、うう」
「いいから食べとけ」
恥ずかしそうに椅子に座り、木製の丸いプレートに盛り付けられた料理を凝視している。レオのいた世界と異世界でだいぶ料理が違うと思う、多分。同じだったらあんな目で見ない。
「このスプーンとフォークで食べるんですよね?」
「手づかみは熱いぞ?」
「はい。ええと」
首を傾げながら、レオはフォークで焼けたばかりの鳥もも焼きを口に運ぶ。一口サイズに切ってあるのもポイント高いな。
「んっ、んー! 香ばしくて美味しいです、肉汁もじゅわって! 少し甘くて、照り焼きに似てるなぁ。このパンも硬いけど、噛めば噛むほど味が出るし、するめみたいでおいしい」
幸せそうに飯を食べ続けるレオの姿に、俺はほっとしていた。
食欲もあるし、何よりこの世界の味には馴染めるようだ。住んでる場所によっても味付け違って、文句言うやつも少なくないからさ。
とりあえずレオは、東の領土の味覚には抵抗がないのがわかったのだった。