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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第三部 リバーハイド・フルブレイカーズ
64/65

61,ハロー・アナザーワールド


「ハローハロー応答せヨー♪ 聞こえてマスかー?」


 何処かで、何時か、聞いた声だった。


「聞こえてるデスよネぇ~? 言わなくても【知ってる】デスよ」

「このカタコト口調の元気な少女声に【知っている】と言うワード……まさか……!!」


 くわっぱ!! と皿助は開眼ッ。


 そして開眼の勢いのまま更に目をおっ開いた!!

 何故か、吃驚したからである!!


「こ、ここは……!?」

「先回りして答えまSHOW(ショー)! 此処は(ジスプレイシィズ)天界星雲てんかいせいうん】」

「!?」


 天界星雲。

 皿助はその場所の名を知っている!!

 その場所の名は、確かかつて堕撫尤タブー達を送り込んで来た【高次元世界】の名だ!!

 皿助が暮らす人間界、晴華達が暮らす妖界郷、クマリエス達が暮らす魔界穴、その三つの低次元世界を作った【天界王】なる者が君臨する世界!!


 ――しかし……


「イエス。まぁ、ベースケではこの世界にある物は何ひとつドンッアンダスティング……認識できはしないデス」


 皿助の「何も無い……まるで新居の様じゃあないか!!」と叫ぼうとしたのを予め知っていた(・・・・・・・)かの様に、陽気少女声が答えた。


 そう、何も無い。

 皿助は、ただ白い真っ白な世界に、ポツンと浮いていた。黒い学ランが嫌に目立つ。

 そして、なんだろうか、異様に温かい……まるで漂白剤に何年間も浸された純白のタオルケットに包み込まれている様な気分だ。


「ここは高次元世界、ここに在る生命体は勿論、砂利の一粒、それらの構築物質は素粒子の一点にいたるまで高次元物質デス。ミーが今つまみ上げているこのちんまい天界ミミズですら、ベースケとは次元を画している訳デス」

「全く見えないが……君は今、俺の近くでちんまいミミズをつまみ上げている訳か……バレネッタ」

「イエース! よく覚えててくれましたデス!! まぁ、覚えてくれてるって知ってましたデスが」


 皿助だけが浮かぶ白い空間に、景気良く響く声……間違い無い、本人も肯定したし。

 かつて、堕撫尤タブーとして皿助と戦った【天使】……バレネッタ・リクリアだ。


 天使として「未来のネタバレを知る」「全ての者の運命を白紙に戻す」と言った強烈な権能――【超越権】で皿助を苦しめた者達の一柱。


「今は受肉体が無いのでボイスだけで失礼してるデス。いやーそれにしても残念デス。本来のミーのナイスバディーをベースケにお見せできないのが……♪」

「ッ、あの時の姿よりも凄まじいとでも言うのか……!? くッ……見たい……! ではなくて! ちょっと待ってくれバレネッタ! 色々と意味がわからない! 俺は……」

「その辺の質問クエッチョンは、ミーよりも適任の回答者様がいらっしゃるデスので」


 相変わらずの予知能力で皿助の疑問を全て読み切ったのだろう。


「ではでは……ベースケなら問題無いとは思うデスが……【あの方】が関わる事はミーの権能ではネタバレを知る事ができないので、一応の忠告をしておくデス。『くれぐれも粗相の無い様に』、デスよ」


 その言葉の直後、皿助は突然の息苦しさを覚えた。


「がッ……!?」


 感じない、感じられないはずだ。

 だのに、わかった。

 とてつもない【何か】が、今、皿助の元に現れた。


「ご、ぁ……な、に、が……!?」

「ちょッ、王様!? 何してるデスか!? 受肉体ふく! 受肉体ふく!」

「ん? ああ、済まない。ありのままでいたかったんじゃ」

「この露出狂ッ!! ベースケが潰れる!! 潰れちゃうデスから急いで(ハーリア)ッ!!」

「えー」

「えー、じゃないデスよ!! その立派な逸物いちもつ様を蹴り上げますデスよ!? ボール&スティック、ブレイキンオーケー!?」

「おー恐ッ」


 皿助にはさっぱり何が起きているのかはわからないが、とりあえず口論の内容的に天真爛漫な変態野郎のせいで自分が死にかけている事だけは理解した。


「やれやれ……っと。ほら、これでもう大丈夫かのう?」

「……!」


 皿助を襲っていた息苦しさが消失したのと同時、皿助の目の前に、一つの人影が顕現した。


 それは……まるでギリシャ系の彫刻像が象る偉人らの如く、真っ白な髭と髪の毛量がえげつない事になっている――全裸のおじいさんだった。

 おじいさん、と言っても、その肉体もまさしくギリシャ彫刻。ロードローラーくらいなら片手で持ち上げてしまいそうなムキム筋量である。

 股座から垂れ下がる一物もまさしく逸物……触れてもいないのに脈動を感じる……おそらくバリバリの現役ッ……!


「御老体……と呼ぶには不相応……一体、貴方は……?」

「形容が難しい。【神】と言う呼称は好かん。全知全能、と言うのはワシの肩にゃあちと荷が重い広告よな。所詮ワシは、自身が作った世界の三つ程度も満足に統べる事が叶っとらんのだから……まぁ、そうだな。君の始祖の生みの親、と言う分には過不足無い」

「……! と言う事は……貴方が……!」

「うむ、【天界王】である。ひれ伏しても構わんぞ」

「では、粗相が無い様にと言われたので……」


 と言う訳で、皿助はひとまず片膝を着いて跪く。


 この毛量のすごい全裸の老人が……天界王。

 人間界、妖界郷、魔界穴を作ったと言う壮大な御仁……


「……………………」

「何故、自分は天界王と謁見などと言う光栄無上な体験をしているのだろう、と言いた気な顔よな」

「はい、まぁ……」


 皿助はついさっきまで、人間界でブラックホールと必死に綱引き合戦的な様相を呈していたはずなのだが……


「ブラックホールを抜けたらばそこは天界であった、あるあるよな」

「……!? つ、つまり俺は……!?」

「うむ、君は抵抗むなしくブラックホールに飲み込まれた。こう、スポッ、とな」

「そんなにあっさりとした擬音で……!!」


 あんなに頑張ったのに……! とも思った皿助だが、冷静に考えてみるとあの亜熊ですらちゅるちゅると吸い上げられるうどんの如くだったのだ。皿助ではスポッといってしまっても仕方ないだろう。


「しかし、大義であった。パン・ドーラー達の件からそう間を開けずに、【破壊達者アポリオン】をも退けるとは。少々才覚あるだけの人間としては破格の働きである。ワシが褒めよう」

「……あぽ、りおん?」

「ん? ああ、君達は【亜熊】と呼んでいるんだったか」


 どうやら、亜熊の本来の名称の様だ。


「あれは高次元世界でも目の上のたんこぶめいた存在でのう。まぁ、君達のスケールでわかりやすく言うとゴキブリの様なもんじゃ。何時の間にかそこにいて、いくら排除しても根絶される事は無い。そして何よりしぶとい。君達から見てまさしく【熊の様な戦闘能力を持ったゴキブリ】と考えてもらえれば、その厄介さがわかるかのう?」

「……!」

「あれを駆除するにはこちらも相応の戦力が必要になる。低次元世界にそれを派遣したらそれこそ本末転倒。水槽の中に入り込んだ害虫を潰すために水槽をまるごとプレス機にかける様な間抜けを晒す事になる。故に、我々は遥か昔、あれを封印できる様に、陰ながら君達を補助した。それが限界だった」

「……そうだったんですか……」

「そう言う意味で、誠に君は素晴らしい。あれを自力で、一時的とは言え(・・・・・・・)退けたのだから」

「……え? ……一時的……!?」

「ん? ああ、君がブラックホールに巻き込んだ個体、まだ生きておるぞ」

「なッ……」


 何と言うしぶとさッ!! まさしく黒いG……!


「あんな半端なブラックホールでは、奴は殺せんよ。じゃが、そこにワシが干渉し、あのブラックホールを起点に【亜次元空間】への落とし穴を作った。亜次元にまで引き込めれば、高次元こちらから大きく干渉できると言うもの。全力で天界へと引き込んでおいた。既に駆除作戦が実行されておる。じき、始末が着くじゃろう」

「よ、良かった……」

「これも君の功績よな。君が高密度の空間湾曲点……ブラックホールを作ってくれたからこそじゃ。何のきっかけも無い状態からワシが亜次元へのゲートを作るなんて大掛かりな干渉を行えば、人間界はタダでは済まんかった。それも止む無しかと諦めかけたものだが……実に、君の功績は大きい。頭を撫でてやろう」

「はぁ……」


 まるで父に頭を撫ぜられる様な……実家の様な安心感。流石は天界王。


 しかし、不意に、天界王の顔が曇る。

 その表情は、申し訳無さ気なサムシングを纏っていた。


「……じゃが……功労者である君を、人間のまま救う事はできなかったがのう」

「…………やはり、俺は死んでいるんですね」


 天界王の話を聞いている内に、皿助は突然の天界来訪による驚愕熱も覚め、冷静になっていた。

 聞く者に平静をもたらす不思議な声……それも、天界王が天界王たる所以だろう。


 そして、平静になった皿助は、なんとなく今自分の体を包んでいる不思議な違和感に気付いた。そして、その違和感に覚えがある事も、すぐに気付いた。


 ――これは、霊体の感覚だ。

 かつてパン・ドーラーの手によってショック死を体験した際に味わった感触だ。


「君はまだ真っ当な人間。亜次元領域に侵入して、無事で済む訳がない。通常人類の生存を想定されていない超負荷領域、深海か宇宙にでも生身で飛び込んだ様なものじゃ。自分がどんな死に方を興味があれば、モニターを用意するが……中々グロいぞ。全身いたる所がパーンッてなっとるからな」

「結構です」

「そうか。当然じゃな。で、だ。君への処置については、特例を作ろうと思っている」

「特例……?」

「生き返らせてあげよう」

「!」

「当然じゃ。君はそれだけの働きをした。救世の英雄に奇跡を施さぬとなっては、より【神】と呼ばれる重責に耐えられん立場になってしまう。人間が創作した神よりもケチくさいなどと、思われたくはない」

「う、嬉しい限りなんですが……大丈夫なんでしょうか……」

「ああ、うん、因果律やら何やら色々と調整が面倒臭いけどな。うん。もう仕方無し。アンリミテッドなブラックワークなぞ慣れたものよ」

「はぁ……」


 まぁ、三つの世界を見守り、干渉できる範囲では干渉しているのだから、そりゃあ大変だろう。


「じゃが……その前に、少し問答をさせてもらうとしよう」

「問答……ですか?」

「ああ、【他愛のない事】じゃ。少しばかり、付き合え」

「不肖この身でよろしければ」

「うむ。では、問おう」


 天界王からの問答……一体、如何様な……


「本当に、生き返りたいか?」

「ッ……!?」


 一瞬、いや、冷静に質問の意図を読み取ろうとしても、意味がわからなかった。


「それは、勿論」

「本当か? これから先も、君の運命は多難を極めるぞ」

「!」


 そもそも、バレネッタの権能は天界王が授けた権利。

 即ち、天界王も……【知っている】。


「君はこれから先も、無数の艱難辛苦かんなんしんくに立ち向かう事になる。その全てが避けて通れぬものだ。中には、『もう死にたい』と君が泣き言を漏らす出来事さえ幾度とある。……ここで死んでおいた方が、良いのではないか?」


 成程、と皿助は納得した。


 自分の人生はこれから先、神に等しい存在に「……本当にこんな目に遭いたいの?」と言われる程に、熾烈を極めるのか。

 だから天界王は、慈悲のひとつとして、敢えて生き返らぬ選択肢を提示した、と。


 おかしな話もあったものだ、と皿助はつい、笑ってしまう。


「神はサイコロの機嫌を伺わない、と聞いていたが。これならバレネッタの方が神らしい。今更、言うべくも無い事だ。そんな事は」

「……ほう」


 皿助は強い意思を以て、当然の如く答える。


「確かに、この数ヶ月は多忙多難を極めた。これから先もこのペースで何かが起こると言うのなら、それもこれまで以上の事が起こると言うのなら、いっそ死んだ方が【楽】なのかも知れない」


 だが、


「しかし、生きているよりも死んだ方が【幸せ】になれるとは、到底思わない」


 楽と幸せは=ではない。少なくとも、皿助の幸福は、怠慢や虚無の先には無い。

 皿助の幸福は、家族や友と在る事だ。共に笑い、共に嘆き、共に歩む事だ。それは、生あっての喜びである。


 もしかしたら、その喜びを味わう暇も無い程の激動が待っているのかも知れない。


 しかし、先程、天界王は言った。


「貴方は言った。【泣き言を漏らす程の事が、幾度とある】と。幾度、即ち何度も。何度、何度死にたいと思っても、未来の俺は生を手放さず、足掻き続けたと言う事だ。未来の俺は、どれだけ辛い目に遭おうと、生き続ける事を正しいと信じ、選び続けると言う事だ。その選択をするに足る人生が、これからの俺を待っていると言う事だ。――俺は、貴方の言葉と、その中に生きる未来の俺自身を信じる」

「……………………」

「答えます、天界の王。俺は、本当に、心底から、願います。俺を、生き返らせてください。俺は、生きていたい」

「……ああ、ああ。知っていたとも」


 ――自分の愛すべき子らが何をどう答えるかなど、とうの昔に知っている。

 それでも、その言葉を聞きたかった。

 誰しもが伴侶に甘く囁かれる愛の言葉を無限に欲するが如く、天界の王はその言葉を求めていた。


 自分が愛した者は、当然愛すに値していた。

 その証明を手に取って眺めたかった。

 ただそれだけの【他愛のない事】だ。


「生きるがいい、美川皿助。波乱万丈のその生、この高みで楽しく見物させてもらうとしよう」



   ◆



「さて、手続きは無事完了だ」


 皿助を見送り、天界王は一仕事終えたと安堵の溜息。


「本当グレイトフル、デスね。ベースケは」

「うむ。美川の因子と言うのは……他の連中が自分の世界にも株分けせよと言ってくるのも道理」


 低次元世界を創作し、観測しているのは天界王だけではない。

 むしろ、低次元世界の運営は、天界貴族の中ではポピュラーな娯楽である。

 アクアリウムや観賞魚の育成に近い感覚があり、他所の世界で優れた生命体が発生したと聞けば、是非少量で良いので種を分けてくれ的な話が出てくる。

 美川と言う品種は、天界の中でも中々の人気物だ。


「自力で高次元生命体に片足を突っ込める品種なんぞそうはいないからな……やれやれ。にしても、未熟な個体ですらブラックホールを作成してみせるとは……本当、飽きぬよ、この趣味は……………………あ?」

「ん? どうしたんデス? 急に固まって」

「……なぁ、バレネッタよ。そう言えば……人間界に生じた【揺らぎ】、もう修正済みであったか?」


 亜熊が復活し、皿助がブラックホールを作り、そして天界王が亜次元トンネルを作ると言う干渉を行った。

 人間界には今、当然ながらとても空間的に不安定な状態……大きな【揺らぎ】が発生している。


「? いいえ。まだまだだと思うデスよ」


 例えるなら、水槽の中に生きる魚たちに影響を与えずに、割れた水槽を保全する作業だ。

 とても繊細で、とても時間がかかる。


「…………………………………………」

「???」


 何故、天界王は顎に手をやって黙り込んでいるんだろう。


「……まさかデスよね……」


 そんな事ある訳ないよね、とは思いつつ、バレネッタは意識を集中。

 とある人物の運命のネタバレを覗き見る。


 すると……


「……おい、天界王」


 バレネッタも思わず真顔。


「………………いや、だからワシね、決して全知全能ではないからね。なんなら今は受肉体に入ってるから、もうこれは是非も無いって言うか……」

「言い訳並べてる場合デスか!?」


 人間界は今、大きな揺らぎを抱えている。

 つまり、あらゆる数値が異常を示している。


 だが、天界王はいたって普通に計算し、いたって普通に、皿助を送り出した。送り出してしまった。


 ――まともな状態でやるべき計算を、ズレた状態で行っていた。


 ならば必然、その計算結果は――



   ◆



「――む?」


 皿助が最初に覚えた感覚は、嗅覚。

 濃厚な土と草の香り――深い森の匂いだ。


 次に、耳。小鳥の囀りがやかましい程に聞こえる。小動物が駆け巡る足音も雑多。


 そして、ようやく、瞼を開く事ができた。


「……………………」


 森だ。

 まぁ、嗅覚と聴覚の前情報で大体察してはいたが、森でしかない。


「…………………………」


 ……遠近感が狂いそうな森だ。

 木々の一本一本が、異様に大きい。全てが御神木扱いされてもおかしくないクラスの巨木。

 皿助が一般的に知る木とは、規格が違いぎる。

 巨人の世界に迷い込んだ旅人の童話が脳裏をぎる。


「…………うん…………うん?」


 遅ればせながら復活した波動知覚で、周囲の気配を探ってみる。


「……どう言う、事だ」


 感じない。

 知っている人物の波動を、ひとつも感じない。

 月匈音も、晴華も、クマリエスも、ガミジンもダビデもスーパー☆テイルも家族も学友も、誰ひとりの波動すら、検知できない。


 有り得ない、皿助は例え地球の裏側へと帰って行った小学生時代の同級生にして留学生の芦百合あしゆりアシュリーちゃんの波動ですら検知できる。

 同じ星の上、同じ世界に生きているのならば、波動を感じ取れるはずなのだ。

 

「ここは……一体……」


 不意に、皿助は気付く。

 何かが、すごい勢いで接近してくる。


 森の奥から、一直線に駆け抜けてきたそれは――


「ッ!!」


 不味い、と皿助はその両腕に波動を纏わせる。


 直後、それは、並の人間では目視不能な超速で、皿助に衝突した。


「ご、ぅおおおお!?」


 波動でコーティングしたはずの腕が、ミシミシとヤバい音を立てて軋む。

 皿助がかろうじて防御姿勢を組み、受け止めたそれは……


「……ッ……美女ッ!?」


 肩を使い、皿助に鋭く重いタックルを浴びせて来たそれは、まさしく美女。

 外見的特徴から察する事のできる年齢は一〇代中盤、皿助と同年代。

 頭髪は柔らかそうなウェーブのかかった金髪、瞳は燃える炎を凝縮した様な紅瞳。服装はマントから靴の先にいたるまで全て獣皮をなめして作ったと思われる代物……質的に、高級志向の革製品と言う訳ではない、「化学繊維なんて存在しないから仕方無いじゃん」と言う前時代的パラダイムを感じさせる、庶民的な皮の衣類だ。


 そんな不思議な装いの美女が持つ特徴の中で、最も皿助が注目したのが――


「耳が、すごく尖っている……!?」


 すごい、まるで家の生えていないウサギの耳が、まんま人間の耳のあるべき場所から生えている。

 例えるならやじりか。本気で突けば人を殺せそうな鋭さの耳だ。


「……シッ!!」

「ぬゥ!?」


 鏃耳の美女が息を吐き、体を捻る。

 一体、どれだけ体が柔らかいのか。全く予想だにできない方向から、革のブーツに包まれた爪先蹴り(トーキック)が皿助へと襲いかかる。


 疾い、余りにも疾い。

 皿助は回避を諦め、歯を食いしばり、首から頭にかけて全体的に高密度の波動を纏わせる。


 鏃耳美女の蹴りは、正確に皿助のこめかみを抉った。

 その威力たるや、ハイド博士の蹴りなど比ではない。


 皿助は襲い来る衝撃に逆らわず、吹き飛ばされた。


「が、はァッ……!?」


 ぐるんぐるんと回りながら、ノーバウンドで二〇メートル以上を滑空。背中から、巨木にめり込まされる。


「ッ……君は……いや、お前は……一体……!?」


 口の端から伝う血を拭う間も惜しんで、皿助はすぐさま立ち上がる。

 どちらかと言えば華奢な鏃耳美女、あの体格で今の打撃の威力はどう考えても帳尻が合わない。

 何かしら、向こうも波動的なもので肉体を強化していると思われる。


「アタシが、何者かって? 何も聞いていないの? あんたが、【森の神(バルトーディオ)】がお告げなさった【異界より来る優秀な種主】なのでしょう?」

「……何……?」

「……嘘を吐いている、様子ではないわね……どう言う事かしら」


 それは皿助の台詞である。

 皿助は直感で相手の言葉の真偽を見抜く。

 今、鏃耳美女は何ひとつ、嘘を言っている風では……適当を言っている風ではなかった。


 しかし、皿助には現状が何ひとつ理解できない。


「イイわ、まぁ、名乗るくらい。アタシは詠朧エイル森の神(バルトーディオ)を信仰し、そしてその寵愛を授かる【かんなぎ】の者、【恵麗巫エルフ】よ」

「える……ふ……だと……?」


 知っている。皿助は、【エルフ】と言う生き物を、知っている。


 大抵は森に住んでいて、大体が美男美女。

 そういう風に描かれる事が多い(・・・・・・・・)者達だ。


 そう、フィクションの世界に置いて。


「そんな、馬鹿な話が……いや、妖怪や悪魔や幽霊や天使がいるんだから、今更な感はあるが…………ッ、そうだ、忘れていた……俺は美川皿助……【美】しい【川】に【皿】の様な目をした【助】平と書く……種族は……強いて言うなら、東洋人だ」

「トーヨージンのベイスケね、了解。では、【儀式】を続けましょう」

「儀式……だと……?」

「? 決まっているでしょう」


 そう言って、鏃耳の美女、恵麗巫エルフ詠朧エイルは腰を深く落とした。誰がどう見ても明白な臨戦態勢だ。


森の神(バルトーディオ)の御名において、異界の勇猛なる強者・トーヨージンのベイスケ。あんたを屈服させ、恵麗巫エルフの村へ【婿】として迎え入れる」

「婿……!?」

「婿」


 色々と、意味がわからない。

 叫びたい事は多々ある。


 だが、皿助の中で、繋がり、一つの答えが出た。


 それは、此処が何処であるか、と言う事。


「【異界】の勇猛なる強者……俺をそう呼んだな。そして、妖怪だ悪魔だは散々見てきた中で一度も見た事はない、【異世界ファンタジー作品】の代名詞とも言える【エルフの少女】……」


 答えは、単純。


「ここは……【異世界】かッ!!」


 そう、皿助はどう言う訳か……異世界に流されてしまった!!


「何を今更。さぁ、行くよベイスケ……あんたが婿になるんだよォ!!」

「まだ色々と混乱はしている!! そしてお誘いは嬉しい限りだ!! だが、その要求には応えられない!! 俺にはもう既に、心に決めた幼馴染がいるのだからな!!」


 状況は不透明極まりない。

 だが、今、すべき事はハッキリした。


 恵麗巫エルフ詠朧エイル――この少女に、負ける訳にはいかない。


 戦意を込めて、手刀を構える。


「ハッハァ!! いいねぇ!! いいねいいねいいねいいね!! 立派な戦士の面構え、滾るじゃんか!! 男ってのはそうじゃあないと組み伏せ甲斐がないってもんさ!!」

「儀式とやらの詳細はわからんが……受けて立つぞ、この勝負! そして俺は、勝つ!!」

「ハッ、やってみなァ!!」

「言われずとも、だッ!!」


 どう言う訳か流され着いた異世界。

 そこで早々に訪れた物騒なサムシングの荒事。


 だが、皿助は揺らがない。

 自分はあらゆる艱難辛苦を乗り越え生き続ける男であると、神に等しい存在から太鼓判を押されたのだから。


 ならば、ならばならばならばッ!!

 何処のどんな理不尽に対しても、抵抗する事をやめはしないッ!!


 さぁ、皿助の明日はどっちだ!?






 第三部 リバーハイド・フルブレイカーズ編、完ッ!!


 第四部 ダイカッパーは流された編へッ!!


   TO BE CONTINUED →





※ここで一旦完結とさせていただきます。

ご愛読、ありがとうございました。

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