60,ブラックホール・ビヨンド《後編》
こうして、背覇皿に乗るのは何時ぶりだろうな。
ダイカッパー姿で堂々たる仁王立ちをしながら皿助は感慨に浸る。
背覇皿を全速力で飛ばし、追いかけるのは亜熊の巨大な背中。
(君はつくづく、阿呆染みた発想をするな)
『……! マカか』
皿助の中の住人、皿助が持つ超能力・示祈歪己を司る者――マカの声だ。
(発想自体は妙案に近い。目から鱗であると褒め称えてもいい。……だが、それが上手くいったとしても、結局その後、君は逃げきれずに死ぬ可能性の方が高い)
『リスクについてはハイド博士から聞き飽きた。重々承知だ』
(ああ、今更思い直すとは思っていない。だから、兜の緒を更に締めろと言っている)
『それも、当然承知だ』
楽観はしない、悲観もしない。
絶望の深淵を横目に見ながら、希望の道を真っ直ぐに捉える。
やってやれない事はないのだ。
だったら、やるだけだ。
『さぁ……付き合ってもらうぞ、マカ!! 無論、月匈音から勝利の栄光を授かる所までな!!』
(ふん……こちらこそ、当然、承知だ!!)
いよいよだ。
ダイカッパーが亜熊を抜き去り、そして華麗にターンッ!!
『きゅま?』
あれ、さっきキラキラしてた緑色の奴だー……と亜熊が反応する。
亜熊は金色のGダイカッパーは敵と見なしていたが、通常色のダイカッパーとは結びついていない様だ。
それに「あいつらは殺したし」と思い込んでいるのも大きいだろう。
攻撃してくる気配は無い……好都合!!
『また会ったな、亜熊!! 今度こそ、言わせてもらうぞ!!』
皿助はダイカッパーに両手を合わさせて、合掌。
その合掌には、二つの意味がある。
『いただきます!! そして――示祈歪己発動!! 真化巫至極!!』
合掌――即ち神に祈る動作を以て発動する奇跡の超能力、示祈歪己。
己の祈りに即して覚醒したその能力、皿助の真化巫至極は皿助の「強くなりたい」と言う祈りに応えて顕現したその能力はズバリ――「己をすごく強く作り変える事」!!
本来ならば、発動後、自身の体を超圧縮し、高密度戦闘形態へ移行、ダイカッパーならばシン・ダイカッパーに、皿助が生身だったならばシン・皿助へと変貌を遂げる。
……のだが……皆さんはまだ覚えておられるだろうか。
そう、それは今朝、マカが言った事。
堕撫尤ズレェタ・ヅラズラとの戦いに置いてやってしまった示祈歪己の重ねがけによって発生してしまった後遺症。
もし、次に示祈歪己を発動すれば、制御はきかない。無限に示祈歪己が発動し続ける。そのとめどなく行われる超エネルギーの超圧縮に、皿助の体は絶対に耐えられない。
だから――
『【身代わり】に、全てを押し付ける!!』
示祈歪己による超圧縮が始まり、ダイカッパーが激しく緑色の発光を始めた。
その直後、皿助はダイカッパーを背覇皿から跳ばせた。
眩く輝くダイカッパーが、亜熊の眼前にまで舞い上がる。
『いくぞォォ……!! 【虚構質量の波動疾走】!!』
それは以前、皿助の姉、皿楼も使用していた波動疾走。
簡素端的に言えば、波動を用いて【質量を持った残像】――即ち、精巧な分身体を作り出す波動疾走である!!
分身を、切り離す。それと同時、分身に全ての示祈歪己エネルギーを、押し付ける!!
『ぐぉおおおおおおッ……!!』
引き剥がすエネルギー量は膨大。寸分狂えば、分身もろともダイカッパー本体まで崩壊しかねない繊細な作業。
『やれるさ……俺ならァァァ!!』
未熟だ。自分は未熟だと、皿助は至極理解している。
しかし、未熟だからと言って、何もしてこなかった訳ではない。
努力は、してきた。すべきだと思ったから。
スポーツ選手は、絶対に練習をないがしろにしない。
それはただ体を鍛えるためではない。
精神的な後ろ盾を作るためだ。
自分はこれだけ努力してきたのだ。弛まず、励んできたのだ。
ならば、これくらいはできなきゃあ嘘だろう!!
そう自分に言い聞かせて、最後の一滴まで汗を絞り出すために、スポーツ選手は怠けない!!
そして皿助も、決して怠けはしなかった。
だから、自信を持つ。
自信を持って、そして自信を以て、断言する。
『俺ならば……できるゥゥゥーー!!』
眩く輝く光の中から、ダイカッパーがポロリン、と飛び出した。
しかし、光は止まない。そう、未だに、ダイカッパーがいた場所に存在する質量を持った残像的分身が、示祈歪己を発動中なのだ。
身代わりへの押し付けは、成功ッ!!
『よし……そのまま……いけぇぇぇ!!』
飛び出したダイカッパーはそのまま背覇皿を呼び寄せ、滞空。
輝く分身に寄り添い、その手をかざし続ける。
虚構質量の波動疾走はある程度、操作のきく波動だ。
まだ皿助の技量は試され続けているのだ!!
『できると、言ったッ!!』
留める、死ぬ気で。生きるために、死なないために、月匈音にムフフしてもらうために、死ぬ気で頑張る。
ブラックホールの作成は、何も必ずしも膨大なエネルギーが必要と言う訳ではない。
物体の超超超過剰超超超圧縮により、発生させる事ができる。
当然、含有するエネルギーが多い方が早めに発生するは事実だが……例えエネルギー量が少なめでも、ブラックホールが発生する領域までひたすら圧縮を繰り返せば良い。
理論上、ただのビー玉でさえ、新聞紙一枚でさえ、圧縮し続ければブラックホールにする事ができるのだ。
示祈歪己エネルギーを帯びたダイカッパーの分身、不足するものか。
あとは、ダイカッパーの分身がブラックホール発生領域に圧縮されるまで保持するだけ……そう、実はそれが滅茶苦茶難しい。
だがしかし、
『俺はできる!! できる!! できる!! いや、最早先に言っておこう、俺は……できたァァァ!!』
絶叫!! 皿助は叫ぶ!!
気合で事を為し、そして成すために!!
――そして、ダイカッパーの分身を包んでいた光が、消え――否。目視など不可能な程に、小さく、小さく小さく小さく小さく極めて小さく、圧縮された。
『!!』
今だ。
ダイカッパーが極小に圧縮された分身を掴み取り、そして、振りかぶる。
それは野球でいう、トルネードスローの構え。
『黒洞呑陽のッ……波動疾走ゥゥゥッ!!』
投げつける。キョトンとしている亜熊に向かって、手に掴んだ目視不能な程に圧縮され、もう間のなくブラックホールへと変貌する寸前の分身を。
『申し訳ないが……呑まれて、消えろ!!』
刹那。
亜熊の額の辺りに、それは顕現した。
黒い。夜闇よりも数段黒い……いや、次元を隔てて黒い、球体。
ほんの小さなものだ。蟻の頭部ほどの大きさも無いだろう。
――それを視認した瞬間、皿助の背筋が凍った。
直感した。自分で作っといてアレだが、アレはマジでやべぇアレだと。
『格好付けて決め台詞している場合ではない!! 退避ッ!!』
背覇皿を、全速力で奔らせる。
亜熊も何らかを察したのだろう、今までののんびりした動作からは想像を絶する程の機敏な動きで踵を返した。
ダイカッパーと亜熊、お互い、離脱する。少しでも疾く、少しでも遠く――
しかし、
『ぐゥッ!?』
『ぎゅまァ!?』
亜熊もダイカッパーも、同時に足が止まった。
(不味いぞ君!! 捕まった!!)
『わかっている!! 振り切、るゥゥゥーーッ!!』
ブラックホールの引力だ。
陸からは土が、足元の川からは水が、逆巻きながら、大蛇の如くうねってブラックホールへと吸い込まれていく。
あんな蟻の卵ほどの大きさも無い様な規模のブラックホールでも、引力は膨大。
むしろあの程度のサイズだからこそ、ダイカッパーと亜熊、その周辺の土や水だけが吸い込まれる程度で済んでいるのだ。
『ご、あ、ぁぁぁ……こ、これが、ブラックホール……!! わかってはいたつもりだったが……!!』
強烈だ。正真正銘の全身全霊を以て抵抗しているのに、振り切れるどころかぐんぐんと引きずり込まれていく。抵抗をやめたら、一瞬で呑まれる。
『ぎゅッ、ま、ぁぁ、ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?』
響く亜熊の悲鳴。
亜熊が、耐え切れなくなった。ブラックホールの引力に負け、吸い込まれたのだ。
『ッ』
信じられない。あの巨体が、まるで排水口に水を流す様に、するするとブラックホールの中へと呑み込まれていく……!!
一秒にも満たない時間で、亜熊の巨体は消えてしまった。全て、呑み込まれてしまった。
やった、やってやったぞ! ……などと、喜んでいる暇は無い。
『あとは……俺が……離脱、する、だけ……!!』
(離脱できなくとも良い!! あんな急造のブラックホール、あと一〇秒と維持されない!! あと一〇秒、引き込まれさえしなければ良い!! 粘れ!!)
『くッ……一〇秒以内に決めろの次は、一〇秒以上粘れか……!! ああ、粘るとも……!!』
あと、ほんの数秒、耐えるだけ。
たったそれだけ。
『俺は、必ず、生きて帰る……!!』
――それだけが、遠く、難しい。
『俺は……』
ずるずると、引き寄せられる。
どんどんと、引き込まれていく。
無慈悲に、当然の摂理として。
『俺はァァァ!!』




