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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第一部 パラダイム・フラッド
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06,地縛霊は逃がさない。《後編》

 陰陽師連盟奥武守町支部に地縛されている霊、冷体井つめたい幽子ゆうこは、生前の記憶がほとんど無い。

 覚えているのは、自分が元々は祓魔師エクソシストとして働いていた陰陽師であり、淋しがり屋な性格であると言う事だけ。

 何故自分が死んだのか、そして地縛霊になったのか、欠片も思い出せない。


 まぁ、それがわかった所で生き返れる訳でもなし。

 正味、どうでも良かった。


 地縛霊として、幽子は日々を過ごす。


 支部の所属者は、幽子の存在に気付かない。幽子はそれもどうでも良かった。

 何故なら、同僚達が頑張る姿を傍から眺めているだけでも、淋しさは和らいだからだ。


 私はここに独りではない。

 それだけで良かった。


 良かったのに。


 悲劇は半世紀程前。

 陰陽師連盟奥武守町支部は、陰陽師連盟の組織規模縮小に伴い、無期限で業務を停止する事になってしまったのだ。


 誰も、もうこの場所には来ない。

 しかし、幽子は地縛霊。動けない。


 幽子は、独りになってしまった。


 不自由と孤独は淋しさは募らせ、やがて、募った淋しさは狂気に変わる。


 長い年月の間に積もった狂気が、『ただの地縛霊』を『悪霊的地縛霊』へと変貌させてしまったのだ……!



   ◆



「あらあらあら。そんなに恐い顔をしないで。さっきみたいに当たり所さえ間違えなければ、痛いのは一瞬よ。まぁ、私、死んだ時の事は覚えてないからぁ、多分だけど」


 クスクスと、下衆めいた笑顔で語る地縛霊シスター陰陽師、幽子。

 肩を矢で穿たれ痛みに喘ぐ皿助と、彼を抱いてひたすら動揺困惑する晴華の姿を、心底愉快そうに見下ろす。

 彼女の心境に合わせてか、弓矢を構えて皿助達を包囲する幽子の分身達もクスクスと掠れ気味の静かな笑い声を上げ始めた。


「ぐぅッ……」

「う、ぅぅ……ど、どうしましょう、べーちゃん……何か私未だによくわからないんですけど、ピンチですよねこれ……!?」

「ああ、すごく…ピンチだ……!」


 だが、打開する算段は付けている。

 しかし、『その準備』を幽子が大人しく見守っていてくれるものか……


「こうなったら……」


 背に腹の代打は務まらない。


 皿助は意を決する。


「ッ……晴華ちゃん、すまない。後で必ず償いはするッ!」

「え?」


 それだけ伝えて、皿助は健常に動かせる左手を、ある場所へと伸ばした。


 そこは……晴華の胸元。

 晴華の豊満素敵ボディが織り成すロマンに塗れた谷間に、その手を突っ込んだのだ。


「…………ッ、ほえああぁあッ!?」


 晴華の顔が、一瞬にして茹で上がったロブスターの如く真っ赤に染まる。


 許してくれ、と皿助は罪の意識に歯噛みする。

 しかし、状況が状況故に何だ柔らかく暖かい至福ッ。


 ドプンッと簡単に沈み込んでしまったその先には、程良い暖かさ……人肌より少し高めに保たれた温もり。

 そして、その温もり故にやや汗ばんでいたのだろう。ねっとりとした感触に四方八方包まれる。

 まるで、湯煎したチョコレートに満たされたバケツに手を突っ込んだ様な気分だ。


 実に心地良い感触。この感覚は、感謝しかない。

 至福。これが官能的至福。

 皆が夢中になる訳だ。


 そんな感想を抱きつつ、皿助は晴華の谷間空間の中で『目的の物品』を探り当てた。

 晴華がいつもそこに収納している、皿助にももう馴染みが深いと言える代物。


 それは、


「あらあらあら? 生命の危機の余り性欲爆発って所かしら? 若いわね。良いわよ、三〇分だけ楽しむ時間を……」

「―――機装纏鎧きそうてんがいッ!!」



   ◆



 ドッゴォォォォォオオオオオンッッッ!!!!!


 とてつもない破壊音を伴って、旧陰陽師連盟奥武守町支部が内側から弾け跳んだ。

 繭をブチ破る様に、廃墟の壁や天井を内から破壊したのは、ぬらぬらとした輝きに包まれた緑色のマッチョ巨人。

 ダイカッパーである。


 突如、施設内に二〇メートル級の鋼の巨人が現れれば、そりゃあ大概の建物はぶっ壊れる。


『ぐぅ……よ、よし、算段通りだ』


 建物の瓦礫が、幽子と幽子の分身達を完璧に飲み込んでくれた。

 それを確認し、皿助はホッと安堵の息を……


「べぇぇぇぇぇぇちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ…………!!!」


 ……吐けそうにもない。

 ダイカッパーの左掌。そこに乗った晴華が、両手で胸元を庇ってプルプルと震えている。顔は真っ赤で、涙目。

 正味可愛いな。と言う感想を抱いた皿助だが、それよりも先に口にすべき言葉がある事はきっちり存じている。


『……すまない、晴華ちゃん。急事だったとは言え、非常に無礼な真似をしてしまった』


 晴華の了承を得ている間に幽子に射られてしまう危険性があったとは言え……無許可で女性の谷間に手を突っ込むなど大罪。

 どんな事情があろうと、許されるべき行為ではない。

 最早皿助は平に謝るしかない。


「……うぅぅ……一応、わかりますよ? 私だって、わかってます。状況的に今の判断は間違ってなかったと、最善だったと納得もできます。でも……でもやっぱり、うぅ……うきゅぅぅう……」


 乙女的恥じらいは理屈ではない。


『ほ、本当に申し訳ない……ッ! この件の責任は必ず…ぐぅっ……!』

「ッ! べーちゃん!? 大丈夫ですか!?」

『ぬ、ぅ……少し、右肩の傷が疼いただけだ……問題、無い』


 ダイカッパーに変身している状態では特に目立った外傷は見当たらないが、皿助の実際の肉体は右肩を矢で穿たれたままの状態である。

 そりゃあ痛い。虫歯よりも遥かに痛い。不意に喘いでしまうのも仕方無い。


 加えて……


『それに……この感じは……それだけでは、ないな』


 少し体が……ダイカッパーが重いと言うか、とにかく動かし辛い。

 全身にじんわりと纏わり付く倦怠感にも似たこの違和感……着衣のまま海に飛び込んだ様な感覚に近い。


 それもそうか。と皿助は納得。


 ダイカッパーはつい二・三時間前に半壊状態にまで追い詰められたばかりなのだ。

 それでいて何の問題も無く本調子で動作できる方がおかしいだろう。

 不調は当然。必定の理。

 むしろ目に見える損壊が修復されているだけ僥倖か。


『……とにかく……今は一旦この場を離れよう』


 相手が相手だ。

 皿助は幽霊についての造詣は深くないが、なんとなく瓦礫で潰した程度で倒せるとは思えない。


 そして実際、その『なんとなく』は的中していた。


「……ぁぁぁぁあらあらあらあらあらあらあらあらぁぁああぁあ?」

『ッ!!』


 地鳴りの様な声と共に、瓦礫の膜を裂いて吹き出したのは、腕。

 黒い袖……修道服の袖だろう。それを纏った滑らかな指をした女性的美しい手。


 ただ、サイズがおかしい。デカい。ダイカッパーと問題無く腕相撲に興じれるサイズだ。


 巨大な腕に続き、その全容が、瓦礫の下から現れる。


「ぁぁあなたぁぁ……機装纏鎧って言ったわねぇぇ……? まさかまさかまぁぁさぁぁかぁぁ……妖怪だった訳ぇぇぇ……!?」


 奇ッ怪。それは、紛れもなく幽子そのものだった。

 幽子が、巨大化していたのである。ダイカッパーと同等程度のサイズだ。細かく言えば、ビッグ幽子の方が若干ダイカッパーより小さいだろうか。


「べ、べべべべーちゃんん!? ゆ、幽子さんが追い詰められた怪人ばりに巨大化してますよ!? 日曜日の朝感ッ!」

『……ッ! 成程。先程説明してくれた、あの人の…いや、奴の示祈歪己シキガミの能力かッ』


 幽子の示祈歪己は、彼女自身の分身を八体作り出すと言うモノ。

 そしてその分身を合体させて巨大化する事で、機装纏鎧ともタメを張る事が出来ると豪語していた。

 どうやら、その分身の集合体に本体自身も取り込んで、現在の禍々しいビッグ幽子を形成している様だ。


「あぁぁらぁぁああもぉぉぉおおお……すっかり騙されたじゃぁああないのぉぉ……でも、まぁ良いわぁぁあああ。妖怪でも、何でもぉぉぉおおおお……私の仲間になりなさぁぁぁい……」

『話は通じなそうな様子……そして当然、そう簡単には逃がしてくれないだろうな……ッ!』

「当然でしょぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 仕方無い、と皿助はダイカッパー背面の覇皿バサラを起動し、浮遊させる。その皿の上に、晴華を優しく乗せ替えた。


『晴華ちゃん、先に逃げていてくれッ! 俺も必ずどうにかする! 朝の河川敷で落ち合おう!』

「た、戦う気ですか!? でも、べーちゃん、今朝から連戦で、しかも右肩が……」

『止むを得ないッ!!』


 皿助がこのまま晴華と共に逃げて、ビッグ幽子の方が足が速かった場合。晴華もろとも後ろから襲われる事になる。

 晴華を確実かつ安全に避難させるには、皿助がダイカッパーでビッグ幽子を足止めするのが最善。


「うっしゃぁああああるぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!」


 問答無用。さっさと死ね。こっちに来い。

 そう言わんばかりの勢いで、ビッグ幽子が道中の木々を踏み倒しながら、ダイカッパー目掛けて突進を開始。


『くっ……!』


 正確な射程はわからないが、背覇皿は結構遠くまで飛ばせる。晴華を充分安全圏まで運べるはずだ。

 皿助は晴華を振り落とさない程度の速度を意識しつつ、可能な限り速めに背覇皿を遠ざけ、ビッグ幽子を迎撃する態勢に入る。


「あぁぁるぁあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

『一応言っておくッ!! 害意ある敵に、俺は容赦しないッ!!』

「はいどぉぉぉぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぉぉぉおおおお」

『承知したッ! 容赦や遠慮の類は排除させてもらうぞッ! 覇皿、コネクトッ!!』


 皿助は両肩の覇皿を起動。両掌に装着し、構えた。


 皿助は既に手負い。ダイカッパーも本調子には程遠い。

 足止めとは言ったが、可能なら即行で終わらせたい所。初手から決めるつもりで行く。


『喰らえッ、力士百人力鋼掌破ドスコイ・デストロイヤァァァ!!』


 覇皿で強化されたダイカッパーの左張り手。

 狙うは、狂った様に笑うビッグ幽子の顔面ド真ん中、鼻柱ッ。


「あらあらあらぁぁはいはぁぁいッ!! 『喰ら』っちゃうぅぅぅ!!」


 ビッグ幽子はダイカッパーの一撃に対し、防御も回避もしなかった。

 ただただ、『口』を広げた。人外染みた鋭過ぎる『牙』が並ぶその『口』を、口角がブチブチブチィッと裂け千切れる程に、広げたのだ。


『ッ!!』


 その不思議行動の意図、皿助はすぐに気付く。も、間に合わなかった。


 刹那。ダイカッパーの左手首から先が、消える。


 ビッグ幽子に、喰い千切られたのだ。


『―――ッ』


 まるでスナック菓子を貪る様に、あっさりと、さっくりと、あまりにも簡単に喰い千切られてしまった。


『ぐ、ぐあああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!!!!!?!?』

「んんんんんんぼりぼりぼりぼりぃぃぃぃッッッ!! 妖怪の腕ぇぇッ!! 美味ゥンまァァァァーいッ!! 説明不要ッ!!」

『ぐくぉ、ぁッ……く、「喰われた」ッ……「左手」を……ッ!! 「手首から先」を……ッ!! 「喰われてしまった」ッ!! 痛いッ!! ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ……!!』


 視界がブレる。聞こえる音が歪む。平衡感覚が狂う。

 痛みとは感覚。痛覚だ。視覚や聴覚と同様、脳で処理される。

 今、皿助の脳に叩き込まれた『痛み』の情報はあまりに膨大。激痛。皿助の脳はショート寸前に陥り、正常な稼働状態を維持できなくなったのだ。

 結果、脳で管理されている様々な器官に異常が発現した。


「あららららららぁぁぁああああ…すごくビックリした様な悲鳴ぃぃぃぃ……そりゃあそうよねぇぇぇあなたすごく堅そうだものぉぉぉ。相当自信あったでしょうねぇ『防御力』ッ。でも、残念ッ!!」


 失われた左手首を庇い、背を丸めてしまったダイカッパー。

 ビッグ幽子は容赦なく、そのダイカッパーの右肩に拳を叩き込む。


 そう、『右肩』ッ。

 皿助が生身の状態で酷く負傷しているその場所を、殴ったのである。実に外道。


『づッ、ア、ぐあああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!??!?』


 左手首から先を喰い千切られ、矢で穿たれている右肩を殴打された。

 最早、皿助の脳に襲いかかる激しい痛みは、一介の高校生に耐えられるキャパシティを遥かに越えている。

 その思考は痛みに蹂躙・支配され、全身の動作指揮系統も狂乱。ダイカッパーの姿勢を保つ事に意識を割くなど到底不可能。


 肩を殴られた衝撃のまま、ダイカッパーは周辺の木々を巻き込みながらドテーンと間抜けに尻餅を突いてしまう。

 尻から全身へ伝う衝撃が、右肩と左手首の傷にも伝播。更に痛い。


「私の示祈歪己、コンゴウリンダラニのパワーは一級品んんッ。言ったでしょうッ? 当然、顎力もすごく激しい(ハーダーハーダー)ッ!! そこにこの超健全ホワイトニングな歯が加わればッッッ!! 噛み砕けないモノなんてないって寸法よぉぉぉぉぉ!!」


 ビッグ幽子が狂った様に叫びながら、ダイカッパーに馬乗りになる。いわゆるマウントポジションを確保。


『ぐっ、ァ、ま、不味ッ……』

「あらあらあら。この態勢からまともに抵抗できるとでもぉぉぉお? そしてモチロンッ、態勢を覆す暇も与えなぁぁあぁぁああららららららららららららららららぁぁッッッ!!!!」


 マウントポジションを取られた挙句、両腕に負傷を抱え、痛みのせいで思考も散漫。

 そんな皿助では、ビッグ幽子言う通りまともな抵抗など当然不可能。


 ビッグ幽子が振り下ろす拳のラッシュを、全てモロに喰らってしまう。


「あらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらァァァァッッッ!!!」

『ぐあっ、げだっ、がはっ、ぐあっぐあぐあぐあがぁぁぁぁぁぁあぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!!?』


 一方的。ビッグ幽子は楽し気に拳を乱打し、皿助はただただ痛みに絶叫する。


 最早、この光景を見て「戦っている」と思う者はいないだろう。

 蹂躙だ。巨大なシスターによる、鋼の巨大河童蹂躙劇。


『づッッッ…………!!!!!』


 皿助の意識は千切れかけ。いや、もう半ば千切れている。ただ、ここで意識を失えば、死あるのみ。こんな所で死ぬ訳には行かない。


 意地。気合。根性。執念。

 それだけで、皿助は今、どうにか耐えている。


 だが、それも風前の灯火。


『……お、俺は……がっ、ま、また……ぐあッ!!』


 今朝の如く、また、ボロカスにされている。

 情けない。全く、情けない。


 同時に、思考の隅で「晴華ちゃんを避難させておいて良かった」と思う。

 晴華の安全確保はもちろんの事。こんなボロボロにやられている姿を見られたら、きっと彼女は皿助の身を案じて泣き叫んだだろう。


 ……全く、笑えない話だ。

 晴華に心配させないために、力を得ようとここに来たはずだのに。

 どう言う訳か、皿助は今、晴華にはとても見せられない様な惨状の渦中。


 何と言う本末転倒。実に笑えない笑い話。


『……ぉ、れ、は……』


 せめてもの抵抗。皿助はダイカッパーの右手を、ビッグ幽子へと伸ばした。

 その右手もあっさりと払い除けられる。


「あらららあらぁ!! まぁだ抵抗する気力があるゥゥッ!! でも確実に弱ってきてるわねぇ~ッ!! そしてこれだけのラッシュゥ!! 意識が続くかァ~続くかァ~続・くゥ・かァ~ッ!?」


 ビッグ幽子による慈悲の欠片も無い追撃の嵐。拳の合間に見える邪悪な笑み。


「ほぉらッ!! あぁぁらららァッ!!」

『ぐぁ、あ……ぁ……』


 皿助の意識は、ここで一度暗転した。



   ◆



「う……こ、ここは……?」


 不思議。いつの間にか皿助は慣れ親しんだ景色の中にいた。


「俺の、部屋?」


 殺風景なタダ広い一〇畳間の和室。

 間違い無い、皿助の私室だ。


「俺は……確か……」


 ダイカッパーとして、ビッグ幽子と戦っていたはずだのに。

 何故、ただの学生服姿で自室の真ん中につっ立っているのだろうか。


 意味がわからない。不思議極まる。


「不思議そうな顔をしているな」

「ぬっ!?」


 不意に押入れの麩が開き、中から登場したのは……


「君は……俺か!? それも小学生の頃の……ッ!?」


 なんと、押入れから出て来たのは、どう見ても幼き日の皿助だった。

 当時お気に入りだった緑色のTシャツに短パン、黒いランドセルを背負いこなし、虫取り網を装備したあの完全なる小学生……間違い無い。

 そう言えば、あの頃は青い猫型ロボットを取り上げたアニメの影響で、押入れ就寝が皿助のマイブームだった。


「まぁ、姿形はその通りだ。肯定しよう。便宜上、君の過去の姿を使わせてもらっている」

「その口ぶり……よ、よくわからないが……俺の幼少の姿を模しているだけで、俺ではないのか?」

「当然だろう。君は君一人だ。俺が君であるはずがない。……どうやら混乱しているらしいな。諸々の説明が必要と見た」

「あ、ああ……頼む」


 幼き日の皿助……の姿を模した『何か』はやたら物知り顔だ。

 この突拍子の無さ過ぎる現状、混乱動揺に満ちた自分の脳であれこれ推理するより、素直に教えを乞うのが最高効率的だろうと皿助は判断する。


「まず、ここはいわゆる君の『精神世界』だ。夜、床に就く時に見る『夢』に近い世界だと思え。君は今意識を失い、意識が『眠っている時の状態』に非常に近いため、ここに来れた」

「ッ! つまり俺は……」

「ああ、あの修道女の幽霊にしたたか打ちのめされ、情けなく失神し、今まさに敗北しようとしている所だ」

「…………!」

「おそらく、もうすぐあの幽霊も君が意識を失っている事に気付くだろう。そしたら、トドメを刺されるだろうな。君は死に、完全敗北。この世界も崩壊して完全終了、消滅あるのみだ。美川ちゅらかわ皿助の来世にご期待ください……と言った所かな? いや、あの幽霊女の口ぶりからして、地縛霊の仲間入り……来世への転生は望み薄か?」

「笑えない冗談だッ!! くそ……! ここが『夢』の中だと言うのなら、早く『現実』に戻らねばッ!」


 皿助は出入り口の麩を開けようとするも、微動だにしない。蹴りを入れても揺れすらしない。窓も同様。


「ぬっ……!?」

「愚か者め。ここは君の部屋を模しているだけの空間であって、実際のそれとは勝手が違う。この空間がこの精神世界の全てだ。その壁の先には何もありはしないぞ」

「くそっ……!」

「それに考えても見ろ。現実の君はボロカスだ。頼りのダイカッパーも、見た目こそは取り繕えちゃいたが、実際は今朝からの連戦ですっかりガタガタの廃品スクラップスレスレ状態。廃車にどれだけ上質なガソリンを注いだって満足には走れない。君がどれだけ気張っても、『今の』ダイカッパーではそれに応える事は出来ないんだ。つまり、よしんば現実に戻れたとしても先程の二の舞以下。一矢報いるどころか、ロクに戦う事すら出来ずに、すぐここへ戻ってくるぞ」

「だとしても!! ただ死を待つ道理は無いッ!!」

「おいおい……おいおいおいおい。誰もただ死を待てとは言っていないぞ。気持ちはわからんでもないが、早合点とは愚かしい。落ち着いて話を聞け」

「話だと……? あ、そう言えば、まだ君の事とか聞いていないぞ!?」

「ああ、俺がそれを説明する前に君は、まるで狭い檻に入れられたゴリラの如く暴れだしたからな。生憎手持ちのバナナは無いのだが……どうか落ち着いて俺の話を聞いてくれるかな?」

「ッ……」


 混乱の境地に立つ中、皿助はどうにか思考を働かせる。


 自分が気絶し、夢の中に来てしまった。そしてここがその夢の中……と言うのはまぁ納得はできる。

 現実に戻った所で、何もできはしないだろうと言う事も……悔しながら、想像に容易い。


「……この状況で、その不遜な態度から話を切り出すと言う事は……君は、この現状をどうにかできると言うのか?」

「おおう、結論を急ぐなぁ……まぁ、ぶっちゃけ……『その通り』、だ」

「おお! それは……ッ、……………………」

「今『そんな都合の良い話があるものか』と考えたな。愚かしい」

「ぬ……」


 フンッ、と幼少姿の皿助が鼻で笑う。


「君は、『地球』についてどう思うね?」

「地球、だと?」

「そう、地球だ。他の太陽系惑星と比べて、随分と君達人間に取って『都合の良い』惑星だと思わないか?」

「唐突に壮大過ぎる……話が見えないぞ……一体何が言いたい?」

「やれやれ……簡単に言うと、だ。君はもう既に『地球』と言う人類に取って『都合の良い出来事』が『都合良く億万と積み重なり』、『非常に都合の良い環境に至った惑星』で生きているんだぞ? そして君はその実に『都合の良い惑星』の上で『都合良く』餓える事なく健やかに育てる家庭に生まれ、『都合良く』今まで命を落とす様な事件事故に巻き込まれる事は無く、『都合良く』死病を患った事も無い。だから『都合良く』生きている」

「…………!」

「ふっ。理解したか? 君の人生は『都合の良い出来事』の連続だ。君に限らない。大抵の人間の人生はそうであると言える。そこに今更、一つや二つの『都合の良い出来事』が起きた所で、何の不思議がある?」

「な、何の不思議も無い……!」

「だろう? だったらば……」

「聞かせてくれ! 君の……いや、貴方の話をッ!! この現状を打破できる『都合の良い方法』をッ!!」

「イエス無論。そのために俺は『都合良く発現した』のだからな。さて、ではまずは自己紹介だが……」


 幼皿助の表情はまさしく不敵。「ふふっ、俺を頼るが良いぞ」と言う不遜な自信に満ちている。


「俺は、そうだな……ひとまず『マカ』と名乗らしてもらおう。そんな俺が何かと言うと、端的に言えば……」


 マカが静かに指差したのは……皿助。


「君の示祈歪己シキガミだ」

「ッ!? 示祈歪己だと……!?」

「そう、示祈歪己だ。もう少し正確に言えば、君の内に眠っていた超能力シキガミ…そのわかりやすい擬人化アイコン的存在と言った所かな、俺は差し詰め」

「し、しかしッ……何故俺が示祈歪己を持っている!? 示祈歪己とは一部の資質ある人間が持つ超能力なんだろう!?」


 幽子は確かにそう言っていた。

 矢で射抜かれたら示祈歪己が発現すると言うのが虚偽だった以上、皿助が示祈歪己を発現する道理など……


「……ッ、ま、まさか……!!」

「ふふっ、飲み込みが早い……長々と前フリをした甲斐があった」

「つ、つまり……そう言う事なのか!?」

「そう、そう言う事だッ!! 君は既にッ! 『都合良く』ッ! 『示祈歪己の資質を持っていた』ッ! それがあの幽霊女から『示祈歪己の話を聞いた事』で『示祈歪己の存在を認識』し、『俺』が、『君の中の示祈歪己』が目覚めたんだッ!!」

「!!!!!」


 認識する事。それは些細な事の様で、とても重要な『儀式』だ。


 例えば、『殴られると当然痛い』。

 それを『認識』する事で、人は『殴られそうになったらガードなり回避なりした方がお得』と言う『知恵』を得る。

 認識する事で、人は『変化』するのだ。

 知らぬと知っているでは大違いなのである。


 皿助は示祈歪己を知らなかった。だが知った。認識した。人間の中には、そう言う事ができる者がいると。現実的に有り得る事なのだと。

 そして訪れた変化が、示祈歪己の発現。この現状。


「今からッ! 俺の……君の示祈歪己の『能力』を説明するッ!! そのために俺はここにいる!! 君と対面しているのだッ!! そして、その『能力』は示祈歪己であるが故に当然ッ! 君の願望……『祈り』を叶える能力ちからであると言う朗報をまず伝えようッ!!」

「それは嬉しいッ!!」

「だろうッ!! さぁ、知るが良い。『過去の自分を超越する』、君の新たな力……その名も『真化巫至極マカフシギ』をッ!!」



   ◆



「あぁぁらぁぁぁ……? あらあらあらぁぁ? 動かないわねぇ動かなくなったわねぇ?」


 ダイカッパーがピクリとも動かなくなったのに気付き、ビッグ幽子はその邪悪な笑みを濃くした。


「気絶した。失神した。意識を失ったぁぁぁ……きゃひッ、きゃひはははははははははははッ!! つまりつまりつまりつまりッッッ!!!!!!1」


 ビッグ幽子がガバッと盛大にその両手を広げる。すると、その右掌からは金色の矢が、左掌からは金色の弓が飛び出した。

 先程、幽子が皿助に対して射った弓矢とデザインは同一だが、サイズは段違い。ビッグ幽子の体躯に合わせて拡大化されているのだ。これも示祈歪己と言う不思議な力の成せる技か。実に不思議。


「好きにしてOKのサインッ!! 例えるならば、まな板の上で鯉が昼寝をし始めた様な状況!! ドゥーユーアンダスタンンンッッッ!?」


 死人とは思えない元気ハツラツぶり。

 元気なビッグ幽子は真下…自身が尻に敷いているダイカッパーの額に鏃の照準を合わせ、弓を引く。


「晴華ちゃんはもう逃げられちゃったからしょうがないけど……あんたは絶対に逃がさないぃぃッッ!! そして私達は二人で、陰陽師連盟奥武守町支部を盛り立てて……盛り立て……」


 ふと、ビッグ幽子は気付いてしまった。


「……陰陽師連盟奥武守町支部がぁぁぁあぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?????!?? なんで!? 支部なんで!? ごぼあぁ!? 支部がッ!? ぅ私のシブがぁ!?」


 そう、陰陽師連盟奥武守町支部は……先程、倒壊した。

 ダイカッパーが出現した事によって。


「ぅ、ぅううおぁえええあああぉぉおおおおおぼぉぉぉおおおおおッッッ……ッ! ッゥ!! ゆる、許せなぁぁいッ!! 元々殺す気だったけど更に殺すゥ!! 慈悲は無いッ! そして決めたッ! あんたが幽霊になってまず最初にやる仕事は、支部の『建て』直しよッ!!」

『……そ、れは……無理な、相談……だッ!!』

「ッ!?」


 ビッグ幽子が支部だった瓦礫の山からダイカッパーへと視線を戻した瞬間。

 彼女の鼻っ柱に、ダイカッパーの右張り手が突き刺さった。


 いつの間にか、皿助が意識を取り戻していたのである。


「はごぁッ!?」


 現状、ダイカッパーは大したパワーを出せない。覇皿の強化を受けても、その一撃の威力はたかが知れている。

 だが、振り向き様に顔面不意打ちを受ければ、誰だってびっくりするのが必定。かなり怯む。

 ダメージは大した事なくとも、隙を作らせる効果は大きい。


 その隙を突いて、皿助はビッグ幽子を振り落とした。


「あでぁぁぁ……!?」

『ぐぅっ……痛いが我慢ッ、一旦離脱……ッ!!』


 ビッグ幽子の殴打により、ダイカッパーの上半身の装甲は亀裂まみれ。生身で言えば打撲や裂傷まみれだ。そして右肩と左手の傷。軽く動いただけでもまた意識が飛びそうになるが、そこは持ち前の気合でふんばり、皿助はダイカッパーを跳ね起こす。そして立ち上がると同時、即座に後退してビッグ幽子から距離を取る。


「あ、ぎ…て、ててテンメェェェッッッ!! 乙女の顔に何してくれてんのよぉぉぉぉおおおおおおおおッッッ!!!!」

『最初に…言った……害意ある、敵に、俺は……容赦、しない…と……!』


 立っているのもやっと。ダイカッパーの足をフラつかせながら、皿助はあるポーズを取った。


「……あん?」


 傍から見れば、その姿は『右掌で喰い千切られた左手を庇った』……もしくは……


「はんッ! あらあらあらなになになにッ!? もしかしてぇ、今更神頼みなの!?」


 そう、その姿は『手を合わせている』、即ち『合掌』している様に見えるだろう。さながら、神に祈る敬虔な信徒の様に。

 まぁ、左の掌は無いので、合『掌』であるとは言い難いが。実に合掌的なポーズ、と言っておこう。


「残念だけどぉぉ、今の私の怒りはぁぁは神様でも止められはしないのよぉぉぉぉおおおおッ!!」

修道女シスターの、発言とは…思え、ないな……』

づぁぁまれぇぇぇぇッ!! 今すぐ! 今すぐ私の仲間になれぇぇッ!! そして支部を建て直せぇぇぇ!!」

『無理な、相談だと……言った……ッ!!』


 ビッグ幽子が再びダイカッパーに飛びかかろうと腰を落とした時、異変が起こった。

 ダイカッパーの合掌状態にある両手が、目にやかましく輝き始めたのだッ。


「ッ!? ま、まさかこの光はッ」


 その輝き。当然、ビッグ幽子はご存知だろう。

 何せ、数分前に自身も放った光だ。


『示祈歪己…発動ッ!!』


 ダイカッパーの手を起点とする輝きが、全身へと伝播していく。

 合わせて、皿助の全身に力が滾る。全身に張り付いた不思議な輝きが少しずつ装甲に染み込んで、直接エネルギーに変わっていく様な感触。


『!』


 幻聴か。どこからか、心地良く腹に響く様な和太鼓の音色が聞こえてきた。


 いや、幻聴でも何でもない。

 鼓動だ。皿助の心臓の鼓動が、全身の血脈がッ……和太鼓の奏でる音と聞き違える程に激しく、そして力強く高鳴っているのだ。


『ぅぅううぉおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!』


 体が、奮えているッ。

 雄叫び、上げずにはいられなかった。


『おぉぉおおッ!! 示祈歪己ィッ!! 発ッッッ!!! 動ッッッ!!!』


 あまりにもテンションが上がり過ぎて、さっきも言ったのにまた言ってる。まぁ大事な事だから二度言ってしまうのも無理は無い。


真化巫至極マカフシギッッッッッ!!!!!!』


 シャウトの直後。異変が起きた。

 なんと、ダイカッパーを包んでいた輝きが、緑色に変化したのである。

 最早それは輝きと言うより、緑色のオーラ。バトル漫画などでよくあるだろう。アレに非常によく似た謎のオーラだ。

 その謎オーラが、ダイカッパーの左手首に集中。変質。瞬きをする間に、失われた左手首から先を再構築して見せた。それだけではない。ダイカッパーの全身、細かな亀裂一本に至るまで、補修していく。


「なっ……再生ッ!?」

『否ッ!! これはただの再生に非ずッッッ!!』

「!?」

『説明しようッ!! 俺の示祈歪己・真化巫至極マカフシギは、簡単に言えば「俺を一時的に、今の俺よりもすごく強い俺へと作り変える」と言うモノだッッッ!!!!』


 その示祈歪己は「晴華に安心してもらえるくらい、強くなりたい」と言う皿助の願望……『祈り』に応えて、発現した。

 制限時間はあるものの、己をただひたすら強くする示祈歪己。そしてその『強くする手法』は『自身を作り変える事』。


「じ、自分を作り変える……!?」

『そうだッ!! そして俺は今、ダイカッパーになっているッ!! つまり俺はダイカッパーだッ!! その状態で真化巫至極を使えば、どうなると思うッ!?』

「ッ! そ、そのダイカッパーとか言う奴が……『一時的に、今のダイカッパーよりもすごく強いダイカッパー』へと作り変えられる!?」

『そぉぉぉのぉぉぉぉ通ぉぉぉぉぉりぃぃぃぃぃぃぃぃッッッ!!!!』


 そう。ダイカッパーは今、再生・復元しているのではない。

 皿助の示祈歪己『真化巫至極』によって『作り変えられている』のだ。


『ぅぅうううぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッっ!!!』


 ダイカッパーの装甲が、更に変化していく。その変化は、言わば『凝縮』。ゴリラ筋肉の様に分厚かったダイカッパーの装甲が、徐々に凝縮されていく。


 小さくなっている、と端的に言ってしまうと、弱体化している様に聞こえるが……実際は違う。

 ダイカッパーが含有しているエネルギー量は、減少する所か増加の一途。そんな状態で小さくなって行くと言う事は、『エネルギー密度が半端ない事になる』と言う事である。


 コピー用紙は畳むと若干破りにくくなる。

 密度は防御力に直結する。


 ぴらぴらの紙を叩き付けられるより、くしゃくしゃに丸めた紙玉を投げつけられる方がちょっと痛い。

 密度は攻撃力にも直結する。


 つまり、密度=防御力であり、密度=攻撃力でもある。最早、密度=強さと言っても良いだろう。


『改めて、名乗ろうッッッ!!』


 最終的に行き着いたそのサイズ、なんと一メートル級。五歳児の全国平均身長より少し小さい程だ。元々のダイカッパーと比較して、実に二〇分の一スケール。つまり、元ダイカッパーの二〇倍密度。

 スタイルはズバリ三等身。外観としては、元ダイカッパーをSD化(スーパーデフォルメ)し、さながらゆるキャラ、又はちびキャラっぽく仕上げた様な感じだ。故にぬいぐるみ感が非常に強く、一プレイ二〇〇円くらいのクレーンゲームで大型景品といて置いてそうな印象を受ける。


 しかしながら、そのぬいぐるみ染みた愛らしさに騙されてはいけない。

 その小さな身を巡るエネルギー総量は、元ダイカッパーの軽く三倍以上もあるのだ。

 外見だけでわかる事などタカが知れていると言う事。


 二〇倍の密度に、三倍のエネルギー……すなわち単純計算、元ダイカッパーの六〇倍近いエネルギー密度を誇る。

 それに加えて、ゆるキャラっぽいどこか可愛い感じまで手に入れた。


 そんなすごく強くそして可愛らしく作り変えられたダイカッパー……その名も、


機装纏鎧きそうてんがい真化巫至極マカフシギ……シン・ダイ、カッ、パァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』


 皿助のシャウトに呼応して、シン・ダイカッパーの全身に緑色の謎オーラが弾ける。


「ッ……機装纏鎧と示祈歪己の、合わせ技だと言うの……!?」


 ビッグ幽子から、幽霊らしからぬ元気が消え失せていく。


 それもそうだろう。


 ビッグ幽子はただの示祈歪己。

 対する相手は、機装纏鎧×示祈歪己のシン・ダイカッパー。


 どちらに分があるかなど明白。


「なんで……なんで、あんたみたいなガキが、示祈歪己を使えるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおッ!! そんなッ! そんな不思議な事ぉぉッ! あってたまるもんですかぁぁぁあああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 ビッグ幽子は矢を強く握り締め、シン・ダイカッパーへと突進する。

 せっかくの飛び道具を持ちながら、彼女が選択したのは接近戦。

 まぁ、一メートル級にまで縮んだシン・ダイカッパーを狙い撃つのは簡単では無い。弓矢に自信が無いのなら、妥当な選択。


 ただ、妥当ではある、が、適切ではない。

 何故なら、接近戦はシン・ダイカッパーの超得意分野だから。


『俺には示祈歪己の資質があったッ! 不思議など無く、ただそれだけの話だッ!!』


 シン・ダイカッパーも、合わせる様に地を蹴った。大地にクレーターを刻みつけ、ビッグ幽子目掛けてロケットの如く、跳ぶ。


 まさしく正面衝突。

 一メートル級のシン・ダイカッパーと、二〇メートル近いビッグ幽子、その額同士が激しく接触した。


「ぎゃぼぁッ」


 衝撃に負けて大きく反り返ったのは、ビッグ幽子の方。

 反り返っただけに留まらず、木々をへし折りながらノーバウンドで何十メートルも吹っ飛んで行く。


 当然道理。

 シン・ダイカッパーの一撃に乗っているパワーは、単純計算で元ダイカッパーの六〇倍。

 元ダイカッパーを多少圧倒できていた程度のビッグ幽子では、シン・ダイカッパーの相手にはならない。


『余裕綽々ッ!! そして追撃好機ッ! 今機必倒ッ!』


 真化巫至極の効果はあくまで一時的。時間にして、実に三〇秒程度。それを過ぎればシン・ダイカッパーはまた元のボロカス・ダイカッパーに戻ってしまう。

 時間の余裕は無し。ならばビッグ幽子が無様に吹っ飛んで隙だらけな今を逃さず、このまま一気に決めるのが筋。


 皿助はシン・ダイカッパーを全力で走らせる。緑色の尾を引いて周囲にソニックブームを撒き散らしながら、吹っ飛び中のビッグ幽子の巨体を追いかける。


『覇皿ッ、コネクトッ!!』


 疾走の最中、両肩のシン覇皿を両掌に装着。

 皿助が選んだのは、確実必殺の一撃。


『潜行ッ!!』


 未だ滑空中のビッグ幽子の下へ、小さな体躯を活かして潜り込む。

 そしてその腰の中心目掛けて、その両掌をかち上げた。


『喰らえッ!! 力士百人力鋼掌破ドスコイ・デストロイヤー蝶々の手型(マークバタフライ)ッッッ!!! ドドスコォイッ!!』


 掌底と掌底同士を合わせて、両手で一気に叩き込む。さながらそれは、影絵で蝶々を表現する時に用いる型に近い。


 ダイカッパーの張り手一発の単純計算六〇倍威力であるシン・ダイカッパーの張り手。それを二発同時。つまりその威力は更に倍。

 即ち、ダイカッパー状態で放つ力士百人力鋼掌破ドスコイ・デストロイヤーの単純計算一二〇倍の威力を誇る一撃。


 そんなモノを下から腰に叩き込まれたら、そらもうたまったモンじゃあない。


「あるづぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!??」


 バッキョスッ。と言う聞いた事の無い怪音。

 ビッグ幽子は腰を起点に完璧にへし折れ、真っ直ぐ上へと打ち上げられた。

 にしても、綺麗にへし折れたモノだ。後頭部と足がピッチリくっついてしまっている。今ではもうめっきり見なくなった折り畳み式携帯電話を彷彿とさせる飛翔姿勢である。


『っしッ!!』


 決まった。これでビッグ幽子は昼空の星になるだろう。

 今までのパターンから、そうなれば皿助の勝ち。


 しかし、ここで予想外の事象が発生する。


 なんと、上空五〇メートル程の地点で、ビッグ幽子の巨体がビタァッと停止したのだ。


『ッ!? 何ッ!?』


 空で何かにぶつかった、と言うより、地面から何かに強く引っ張られた様な止まり方だった。不思議。

 しかも更に不思議な事に、ビッグ幽子はそこから微動だにせず、空中で完全停止してしまったのである。


 最早意味不明。

 だが困った。このままでは皿助の勝ちにならない。


「ぎ、ぎはぁッ!! わ私を吹っ飛ばそうってのかぁぁぁあああああああッッ!! ナめんなビチグソがぁぁあああああああああああああああああッッ!!」


 折り畳み携帯状態で滞空しながら、ビッグ幽子が叫ぶ。


「私は『地縛霊』ッ!! この土地に『見えない鎖の様なモノ』でしっかりガッチリ繋がれてんのよぉぉぉぉおおッ!! この『鎖』は、何があろうと千切れはしないッ!! 私はよぉく知っているッ!! あんたがどんだけパワフルだろうとぉ!! 私を吹っ飛ばせるもんかぁぁあああああああッ!! ザマァミロォ!!」

『地縛霊……!? ッ、そう言う事か……!!』


 現在、ビッグ幽子が一切微動だにせず滞空しているのは、先程の一撃による衝撃と彼女が言う『見えない鎖の様なモノ』の引く力が拮抗しているためだろう。

 上に行く力と彼女を地に固定する力が釣り合っているため、彼女の巨体は停止状態を維持しているのだ。


『だったらばッ!!』


 やる事は、一つ。


『お前を地に縛るその鎖、解いてやるまでだッ!!』

「あぁぁああん!? やれるもんならやってみろぉぉぉおおおおおおおおおおッ!!」

『承知したッ!!』


 真化巫至極解除まで残り時間は一五秒弱と言った所か。


 余裕だな。と皿助は内心笑った。

 今のシン・ダイカッパーに、不可能は無いッ。


『とうッ!!』


 皿助はシン・ダイカッパーをただ真っ直ぐ、垂直に跳ばせた。


 一瞬で、シン・ダイカッパーの小さな体がビッグ幽子の巨体との接触距離に入る。


『別れる前に伝えておく事があるッ!! お前は、「淋しい」と言っていたな!!』

「だぁったら何さぁぁぁ!?」

『地縛霊として俺達に害意を振りかざした「お前」に慈悲は無いッ!! だが、エクソシスト…陰陽師として生きていただろう「貴女」に、俺は同情するッ!!』

「!!」


 皿助は、幽霊への造詣に深くはない。だが、夏の特番なんかでよく聞く程度の情報なら有している。

 専門家が語るには……幽霊の多くは『精神的に不安定』なのだと言う。

 まぁ、自身が死んでしまったと言うショックは計り知れない。精神面に異常をきたすのは、ある意味、道理だろう。


 そして、幽子の「淋しい」や「仲間になれ」から考えて、幽子が孤独を嫌うタイプである事は間違いない。しかも地縛霊と来た。地縛霊とは、思い入れの深い場所を彷徨う霊の事。幽子の発言からして、本人の意思に関わらず、その場所から離れる事はできないのだろう。


 孤独を嫌う者が、人気の無い森の中に縛り付けられ、独りでいたら、どうなる? 例え健全な精神状態でも、普通で居続けるのは厳しいだろう。

 加えて、幽子は幽霊。夏の特番で得た情報通りならば、健全な精神状態ではなかったはずだ。

 発狂してしまうのも無理は無い。


『故に、これから俺は、同時に執行するッ!! 許し難い「お前」への「報復」とッ!! そしてぇ……』


 皿助や晴華と初めて会った時の幽子の喜び方は、見ていて微笑ましかった。

 あんな風に喜びを笑顔で表現できる人が、悪い人だったとは思えない。

 おそらく、幽子は生前、快活で素晴らしい女性だったに違いない。

 それが、こんなにも酷く歪んでしまった。


 地縛霊になりさえしなければ、孤独になりさえしなければ、きっと幽子は歪まなかった。


 だから、皿助は同情する。


『同情に値する「貴女」への、せめてもの「救済」をッッ!!』

「ッ!!!!」

『その上で、伝えようッ!!』


 贈る。生前の幽子へ向けて、手向けの言葉を。


『「貴女」の来世に、前途を祈るッ!! 切に(amen)ッ!!』

「………………あらあら。優しいのね」

『「お前」に言った訳ではない……さぁ、自慢の歯を、喰いしばれッッッ!!! ドスコイドスコイドスコイドスドスドスドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォォォォォオオオオオッッッ!!!!!!』


 それは今朝も披露した最強奥義ッ。

 その名も『力士百人力鋼掌ドスコイ・デストロイヤー怒涛激連破ボルテマウル・オーバー』ッ!!

 簡単に言えば張り手ラッシュ。めっちゃ突っ張り。


 しかし、今朝披露したそれとは全くの別物と言っても良い。

 何故ならば、シン・ダイカッパーはダイカッパーの単純計算六〇倍威力の張り手を放てるからだ。


 しかも、それだけではないッ。

 シン・ダイカッパーは三等身…つまり、全体的に体のパーツが短い。当然、腕も短い。

 腕が短い方が「腕を引く→伸ばす」と言う張り手の一連動作は速くなる。

 つまり、ラッシュの回転数が凄まじい。


 シン・ダイカッパーのラッシュ回転数、ダイカッパーの実に約四倍ッ。


 即ち、六〇倍威力張り手が、四倍の数、飛んでくる。

 つまり、今朝のラッシュに比べて、単純計算二四〇倍威力のラッシュなのであるッ!!


 張り手二発分の一撃で拮抗する程度の不思議鎖引力に、これが耐えられるものか。


「あらあらぁあらぁらあらぁらぁあああああぁああがっでっがばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?!??!?」

『ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!! ……さぁ、幽霊らしく……天へと昇れぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!!』


 最後の一発は、両張り手を同時に突き出す『蝶々の手型(マーク・バタフライ)』ッ!

 当然、ラッシュでボコボコにされた直後であるビッグ幽子に、その一撃へ対処する余裕は無い。

 完璧なクリーンヒット。


「あっらぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ」


 何かが、砕け散る音がした。


 瞬間。皿助の視界が、快晴の青空に満たされる。


 一瞬前まで視界を、空を埋めていたビッグ幽子の巨体が、消えた。

 消えたと思う様な速度で、天へと昇っていったのだろう。


 何にせよ、空へと消えた事に変わりはない。

 皿助の、勝ちだ。


『……頑張ってください。幽子さん』


 あらあら。


 そう、笑う声が聞こえた気がした。





◆DATA◆


引入咎ビッグ幽子ユーコ

□規格:霊体、示祈歪己シキガミ、二〇メートル級

□媒介:示祈歪己『魂乞淋堕拉迩コンゴウリンダラニ

□固有特性:分裂と合体

・属性:示祈歪己

・八体の偽幽子にバラけて相手の攻撃を躱したりできる。

 なお、自身以外にも合体させたり分裂させたりできるらしく、金の弓矢も合体巨大化させていた。

□性能指標

・耐久性★★★★★★★★

・機動性★★★★★★★★★★★★★★★

・破壊性★★★★★★★★★★★★★★★★★

・操作性★★★★★

・特別性 測定不能(示祈歪己は唯一個性オンリーワンのため)

・総評

 陰陽師の唯一兵器で最終兵器なだけあり、かなりのハイスペック。

 多分ダイカッパーが万全状態フルスペックだったとしても圧倒されていたと思われる。

□武装

黄金の鎮魂歌ゴールデン・レクイエム

 金色の鏃の矢と金色の弓。

 この世に一二組しかないと言われる『ちょっと曰付き』の代物で、一二組中九組が陰陽師連盟奥武守町支部に保管されていた。

 奥武守町支部のお引越しの際に忘れ去られた物品の一部。

『貫かれた者に都合の良い覚醒を齎す』などと言われちゃいるが、実際の所は不明。




シン大威禍破安ダイカッパー

□規格:超特機、超高密度戦闘特化極重装型、一メートル級

□媒介:ダイカッパーの媒介同様の皿と示祈歪己『真化巫至極マカフシギ

□固有特性:超膂力×超高密度

・属性:物理/強化/示祈歪己

・すごいパワーをすごい密度で発揮する。

□性能指標

・耐久性 測定不能なくらい堅牢。

・機動性 測定不能なくらい俊敏。

・破壊性 測定不能なくらい猛烈。

・操作性 測定不能なくらい簡易。

・特別性 測定不能なくらい特別。

・総評

 説明不能なくらい壮絶。

□妖術武装

輝勇緑キユウリ大太刀おおだち排除オミットされている以外はダイカッパーと同じ。


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