50,ギフトバック・フルクリーニング
遡る事、一週間と少し前。
「あァ~? 何処だよ……じゃなくて、何処ですかだよ、ここァ……」
当時、まだやぼったい安物ジャージに身を包んでいた杷木蕗は、奇妙な部屋に放り込まれていた。
壁も床も天井も真っ白な、何も無い広い部屋。部屋のどこをどれだけ見つめても、ホコリひとつ、凹みひとつ見つかりはしない、完璧なのっぺり感。
「この部屋は【処刑……間違えた、【訓練場】だ」
杷木蕗の疑問に応えたのは、聞いただけで「ああ、多分物騒な人だ」と言う印象を覚える鋭い女性の声。
その声は鋭いだけでなく、異様不可思議な程の威圧感も内包している。声だけで野獣を撤退させてしまいそうな程。
しかし実は、この声の主はそんなに好戦的な性格をしていない。むしろ逆に、【無駄な蹂躙行為の手間を省く】ための【警告としての威嚇】として常日頃からある程度、その武威を垂れ流す様にしているのだ。
印象の荒々しさとは対象的に、無駄な暴力を嫌う面倒臭…平和的性格故に辿り着いた【声】であると言えるだろう。
そんな声の主の名は美川皿楼。
ウェーブする黒紫紺の長髪。眼光に質量を錯覚させる程の強烈な三白眼。彼女が愛用するワインレッドのレディースビジネススーツは「もしかして普通のスーツが獲物の返り血でその色になったんですか?」疑惑が囁かれる。
ネイビーブルーのロングコートを羽織っているが、着替えている途中で面倒くさくなったのか袖は通しておらず、肩から掛けるマントの様な形になっている。
ちなみに、我らが皿助の姉にして、杷木蕗をここへ連行した張本人だ。
「この部屋は壁床天井あます所なく、妖界最堅の異名を欲しいままにする超金属【ヒヒイロカネ】と魔界最堅と謳われ続けて今日数億年目の超金属【ニッケルハルコン】を裏科学最高峰の錬金技術で加工した特殊資材を使っている。この部屋ひとつ作るだけで、超国連の年間総運営予算を補えるほどの金がかかっているぞ」
「成程なァ~です……あんたみたいな化物が本気で暴れても壊れない部屋って事かです」
「どうしても慣れないなら下手な敬語はやめろ。あと、舐めるな。私はこの【訓練場】での運動を禁止されている」
つまり、禁止される程度には破壊の前科がある、と。
流石は美川式訓練過程を修了した超人的肉体に裏科学の粋を結集して武装を組み込んだ半サイボーグ様だ。
「怪物さんめ……って、おーいおいおい……待てよ、じゃあ誰が一体、【俺を強くしてくれる】って言うんだァ~?」
杷木蕗は、皿楼に強くしてもらうため……つまりは修行を付けてもらうためにここまで来たのだ。
「別に、私が直接相手をできなくとも、やり様はいくらでもある。野球のバッティング・コーチは皆が自身でピッチングした球を教え子に打たせる訳ではない」
「特別メニューでひたすら身体を虐める訓練、って事か? 教えを乞う立場で口返答は好みじゃあねェが……俺にゃああんまり効果無いと思うぜ、そう言うのはよ~」
杷木蕗はよくできではいるが、結局の所、機械兵器だ。
その体細胞や筋肉繊維は生物のそれとは性質が異なる。回復機能は当然備わっているが、通常生物の様に回復箇所が以前より強化される事は無い。
戦闘行為を重ねて戦術を学習し強くなる事はできるのだが、【身体を鍛える】と言う概念が無いのだ。
肉体強度や出力を調整するならば、天狗族のラボで妖怪科学による【改造】を受ける必要がある。
「舐めるなと言ったはずだ。貴様ら禁機忌子については、既に妖怪保安局を通して天狗族から資料を提供してもらった。その程度は知っている」
「い、いつの間に……」
「いいか、貴様ら禁機忌子は確かに身体的成長をしない。それは【不必要な機能】だと判断されているからだ。合理的な判断だな。貴様らの性能表を見る限り、身体機能に関しては並以上の水準に設定されているのだから。【示祈歪己を使えない陰陽師やエクソシストを相手と想定した兵器】としては充分オーバースペックだ」
「……だが、それじゃあ足らねェ」
「ああ。しかし、もう既に貴様にはその不足を補うモノがある。ひと手間省けたな」
「……?」
「貴様にあるのは、製作者から与えられた身体能力……だけではないだろう? 貴様には、【伸ばせる部分】がある。誰でも無い貴様自身が獲得した【能力】だ」
「……! 【憑物加魅】か……!」
杷木蕗が腰に装備した塵取り挟み、そこには、【宿っている】。
杷木蕗が長年愛用する事で蓄積された不思議エネルギー【玉響】が起こす奇跡により誕生した存在【憑物加魅】が。
その名も【光斡戦浄・箒神】。堕撫尤ディーティーとの戦いの中で目覚めてくれた、杷木蕗の相棒。
「そいつは貴様の分身であり、貴様の武器……そして憑物加魅は通常生命体同様、【成長する性質】も持っている」
ちなみに、一緒に連れてこられた水立子は、別室にて憑物加魅の代用になる【能力】を獲得するための訓練に臨んでいる。
「つまり、俺が強くなる明確で単純な方法は……」
「そう、【憑物加魅の強化】だ。そしてその方法も単純明快、【使い込む】。私が幼少期に熱中したRPG風に言うならば、経験値稼ぎだな」
すると、皿楼は「入れ」と言って指を鳴らした。
それを合図に入室したのは、黒い着流し姿の……男性? だろうか。
黒い頭巾を深く被り、口元から鼻先までこれまた黒い布を巻いているので、顔がほとんど見えない。ただ、体格がまるで二足歩行の象さんだし、ガチムチだ。よほどの特例で無い限り、男性と見るべきだろう。
「紹介しよう。私の教え子の一人、【遠呂智】の八山巻だ」
「お、オロチィ!?」
遠呂智と言えば、【鬼】や【天狗】、【鵺】と言った妖界を代表すると言っても良い【武闘派妖怪】種族の一角だ。
「紹介に与った、八山巻来振と申す。今日は『日がな一日、もっさりとしたジャージ野郎に暴行を加えるだけの簡単なお仕事で金一封獲得のチャンス』と聞いて参った。臨時収入うましハピネス」
「呼びかけ方ァ!?」
「ちなみにこの臨時収入にて、公星空に…当方飼育中のハムスターに新しい滑車と寝敷物を買って与える所存」
「聞いてねェよッ!!」
「ちなみにまだまだ呼んでいるぞ。後から来る。喜べ、当然の様に【鬼】や【鵺】もラインナップした面子だぞ」
「………………嫌ァ~な予感がするんだがよォ……」
「おそらくその予感は正解だ。これから……そうだな、まずは二日間だ。二日間、この部屋で私が用意した連中全員を相手取って、生き延びろ。ああ、無論反撃しても構わんぞ。むしろ憑物加魅は積極的に使え。それが本命だ。安心しろ、今の貴様の攻撃では傷一つつかん様な素敵たまの肌をした連中ばかりを呼んでいるからな。遠慮なくブッ放していけ」
「生き延びろって……」
その言い方から察するに……おそらく、八山巻含め、これから呼ばれる連中には……
「うむ。当然だが、連中には『貴様を殺しても構わない。死ぬ方が悪い。是非も無い』と伝えてある。より実戦に近くなければ、良質な経験にはなるまい」
「……地獄に連れてこられる覚悟はしちゃあいたが……」
マジであの世へ直通の崖っぷちに立たされる事になる様だ。
「ああ、それと一つだけ、禁止事項を伝えておく。訓練中、貴様は反撃するも回避するも防御するも自由だが、【後退】する事だけは許さん」
「……はァ!?」
「当たり前だ。後退なんてのは【臆病者】か【策士】のやる事だ。貴様にはどちらも向いていない。【戦士】ならば退くな。特に、【何かを守るために戦う戦士】が、前線を押し下げられるなどあってはならない」
「り、理屈としちゃあわからなくもねェが……ぁ、頭おかしいぜ……!!」
無数の猛者を相手に、回避方向を一つ制限される。
それがどれだけ致命的な話か、わからない皿楼では無いだろう。
「貴様を連れてくる時に、私は言ったはずだ。今の倍以上に強くしてやる。倍だぞ? 貴様が生きて来た数百年で培ったものを、倍にしてやろうと言うんだ。頭の良い極めて常識的なお利口さん方式でやっていたら、流石の私にも寿命が来る。そこまで面倒をみろと? 冗談」
正味、波動を極めれば天命など無視余裕ではあるが、美川家はそれを美徳としていない。【定命】こそ人間性であると考えるからだ。
人間をやめると決めた者のみが、波動を用いて高次元生命体へと昇華する。それが美川の掟。
美川家当代長男・皿太郎は将来的に人間卒業も視野に入れている様だが、皿楼は最期まで人間で在るつもりだ。人間として、傍で見守り続けたい弟がいるから。
「大体、頭クレイジー結構じゃあないか。頭のネジの本数をせこくチマチマ数えていて、本当に強くなれるとでも思っているのか? 愉快な思い違いだな、それは」
杷木蕗の目的は、【皿助に恩を返せるくらい強くなる】……つまり【皿助のピンチを救えるだけの力を付ける】事だ。
皿助がピンチに陥る様な強敵を相手に戦い、そして勝つ……それはおそらく、オリンピックでメダルを取るよりもほんの少しばかしハードな所業になるはずだ。
オリンピックで表彰台に立つには、常人ならその様を傍観するだけでも筋肉痛を錯覚する様な練習メニューをこなす必要がある。
杷木蕗が目指す所は、そこよりもちょっぴり先の次元。
常識の範疇で足掻いていてどうこうなるはずが無い。
「ッ……!! ……ああ、そうかい、そうですかい……」
杷木蕗だって、甘い覚悟で皿楼について来た訳ではない。
劇的に強くなってやる、そんな現実離れした願望を叶えるつもりでここに来たのだ。
ならば、現実離れした無理難題を乗り越えざるを得ないのは当然。
皿楼は杷木蕗の要望に沿ったシチュエーションを用意してくれたのだ。
「……上等上等上等上等ォッ!! どうせ強くなろうってんなら、頭おかしいくらい強くなるのも悪かねェ!! やァってやろォじゃあねェか!!」
◆
と言う訳で回想終了。
皿助と杷木蕗、夕暮れ染まりつつある河川敷での再会シーンに戻る。
「創路……!? ま、まさかお前が……いや、ダメじゃあないのかそれ!?」
「あァん? いきなりダメってなんだよ、ダメたァよォ~」
「だってお前……妖界のお偉いさんから出された条件で、そう気軽には人間界には来れないはずじゃあ……」
杷木蕗達、禁機忌子は、妖怪と陰陽師のやべぇくらいギスギスしたシャレにならない戦争に置いて開発された兵器だ。
妖界側と陰陽師連盟が平和協定を結んだ際に、本来ならば破棄されていなければならない存在。
そう言う事情から、妖界のお偉いさん方は杷木蕗達に妖怪としての権利は認めつつも、人間界への気軽な渡航は容認し難いと言うスタンスだったはずだ。
「あァ。その辺はテメェのお姉様が解決してくれたぜェ~。俺が今着ているこの制服、テメェは知らねェか?」
「……? その黒い軍服調の制服は一体……」
「こいつァ、人間界・妖界郷・魔界穴がそれぞれ戦力を出し合って結成した界際共同連合部隊【邪消無境至強連合師団】の制服だ。俺はテメェのお姉様の紹介で特例入隊試験を受けて、無事合格したんだよ」
邪消無境至強連合師団は、三界全ての生命を守る剣であり盾となる事を誓った者達の集いだ。
入隊審査はその守護者としての意識を徹底的に測られる。
生半可な覚悟では、訓練生にすら選ばれる事は無い。
――【禁機】に纏わる機体が現存しているのは憤慨ものであるが、【彼】は邪消無境至強連合師団の審査に合格し、しかも【特務軍曹】と言う特別上官職を与えて入隊させるべきと判断されるほどの際立って優良な守護者適正を証明した。
その上で「この適正を見越して未来の平和のために保管していた」と主張されては、無粋な事は言えない。
結果論ではあるが、素晴らしい結果が出た事は事実。
妖界側……特に天狗族には真摯な説明と対応を追々求めていくとして、【彼】にはせいぜい、世の利益のために尽力してもらおう。
それが、陰陽師連盟とエクソシスト協会の合同理事会が下した結論。
天狗族の現当主は一族を代表して誠意ある反省文(42字×34行の書式で80ページ以上130ページ以内)の提出を余儀なくされたそうだが、それ以上の事は無かった。
「陰陽師連盟も根っこは守護を目的とする組織だ。俺がただの兵器だったら黙っちゃいなかっただろうが……この制服を着る事を許され、守護者になった事で、状況が変わったつゥ訳よ」
皿助のおかげで妖界に認められ、皿楼の手引きによって人間界にも認められた。
杷木蕗はもう、ケチの付けようの無い、ただの妖怪なのだ。
「……さて、世間話はこんくらいにしとこうぜェ~……確認するまでもねェ状況だが、一応聞いとく。今、ピンチだな?」
「ああ、ものっそいな!! 状況を端的に説明するッ!! 俺は今、悪魔を人間界から追い出そうと目論む意味不明な組織と揉めている! あそこに立っている白衣のお兄さんはその組織の刺客であり、その隣の大きなカエルは兵器だ」
「で、ズズイズズイと俺らを囲みながら迫ってくるこの檻は……」
「あのカエルが放った【超毒の檻】……破片……いや、微塵に触れただけでも致命傷たりえる毒だッ!!」
「はァ~ん……毒、毒ねェ~。そいつァ面白ェ。神様ってのは愉快過ぎんぜ。【お誂え向き】ってのァ、こォ言う事だよなァ~~~~?」
「そこでだ、創路……」
皿助が「檻の隙間からあのカエルを倒し、毒の檻を解除する事はできないだろうか?」と杷木蕗に問いかけようとした、その前に、杷木蕗は既に動き始めていた。
「起きろ、箒神。【掃除】の時間だァァ~~~ッ!!」
杷木蕗が振り上げた塵取り挟みが、白い輝きを帯びるッ!!
その輝きは玉響!! 生命の残滓が集積し、力を持ったスピリチュアル・マター!!
数百年も愛用された事で、杷木蕗の生命力が生み出した玉響が塵取り挟みを媒介として形を成した生命体……憑物加魅の箒神!!
塵取り挟みを包み込んだ白い光は竹箒の様なシルエットを形成、杷木蕗はそれを何の躊躇いもなく、大きく振りかぶった!!
「待て創路!! 俺の話を聞いて……」
皿助の制止など聞く耳持たず。
杷木蕗は高笑いしながら、白輝の箒、箒神をフルスイング。
白い光は白銀の軌跡を引いて、真っ直ぐに紫のポイズン檻と衝突。
まるでトンカチでクッキーを叩く様に、刹那の間も無く檻は砕け散った。
「なッ……」
「や、やりやがったガミ!?」
杷木蕗の一撃で檻が砕け散った瞬間、連鎖する様に、檻全体が崩壊を始めた。
おそらく、元々そう言う意地の悪い設計だったのだろう。
まんべんなく粉々に砕け散り、紫の霧と化した超毒が、皿助達に襲いかかる……はずだった。
「埃一つ、塵一つ……俺と箒神の【掃除】から逃げる事は許されねェって言うんだよォ~~~!!」
杷木蕗が、箒神を天へと突き立てる。
すると、その先端、竹箒的な部分が一瞬で変形。その形状は……
「【掃除機】!?」
「箒神・吸引力不変唯一掃除機!!」
スヒュンッ……と言う、静かな音が、一度。
ただそれだけだった。
その音の後、皿助達に降りかかろうとしていた紫色の超毒粉の霧は、綺麗さっぱり消え去っていた。
「ッ……!?」
余りの出来事に「ゲロ豚が新しいゲロ豚呼んでなんかやってーら」と興味なさ気に惰性で観察していた酉歌舞も吃驚仰天。ギャグ漫画の様に目玉が飛び出しかける程の驚きに襲われる。おそらく酉歌舞が前髪で目にフィルターを作っていなかったら眼球ポロリも有り得た。
「……あれ? 毒の檻が、消えちゃったクマ」
「い、一体何が……一体何が起きたガミ!?」
「……創路、まさか、その光の掃除機で……!?」
「おうおうおうお~う! 大正解だぜェ~!!」
そう……従来の掃除機には成し得ない静音性と吸引力を以て、箒神は超毒粉の霧を吸収してしまったのだ。
「なッ……ば、馬鹿なァァァ!?」
声を張り上げたのは、かろうじて眼球ポロリを逃れた酉歌舞。
眼球こそ保てたものの、平静さは完全に吹き飛んでしまっている。
「理解不能ッ理解不能ッ!! 有ァァり得ない事だ、そのはずだ!! 仮にッ、仮にその光の掃除機に一瞬で任意対象物を吸引できる能力があったとしよう!! それでもおかしいじゃあないか!? 何故、何故その掃除機は無事なんだァァァーーー!?」
そう、酉歌舞のドククラエーヤが放つ超毒は、魔機鞍すらも蝕む毒。より生体に近い憑物加魅がその超毒を吸引して、無事であるはずがないッ!!
酉歌舞は半狂乱だが、その疑問は極めて的確である!!
「簡単な話だろ~? ……箒神に【毒は効かない】」
「ぁ……!?」
――杷木蕗は皿楼が課した頭クレイジーな特訓の中で、箒神がただの物理的な武器では無い事を知ったのだ。
それは特訓のインターバル中の事。
杷木蕗は己のジャージに着いてしまった自分の血の染みを落としたくて仕方なかった。
その時、箒神が「ワイに任してみ?」と言わんばかりに輝いている事に気付いたのだ。試しに、箒神を染みに押し当ててみると……なんと、血の染みは跡形も無く落ち去った。まるで、【そもそも血の染みなんて存在していませんでした】と言わんばかりに、綺麗過ぎるほどにサッパリと。
「こいつは塵取り挟みっつゥ【掃除道具】に、俺の【綺麗への執念】が宿って顕現した憑物加魅だ。こいつには……【特性】がある。それは【清掃浄化】。万物を【綺麗な状態】に戻す至高の掃除屋だ!!」
その後、色々と試してみた結果。
箒神は遠呂智が放つ毒液攻撃や、屁こき狐の放屁攻撃、シンクに溜まった油汚れも、全て浄化可能だった。
遠呂智の毒液を浴びて杷木蕗の腕が腐り落ちかけても、一瞬で毒が作用する前の健全な状態にしてくれた。
屁こき狐の屁を吸引して杷木蕗の呼吸器系が腐食しても、即座に元の正常な状態に戻してくれた。
シンクに溜まった油汚れも、全て消滅させて新品同様の状態を再現してくれた。
そして、自らが内に吸い込んだ超毒によって侵されようと、それが外観に現れる前に毒を無効化して万全の状態を回復する。
汚す系や蝕む系の状態異常は全て浄化し無効化してしまう。
あらゆるものを健全万端の状態にクリーニングしてしまう。
言わばキュアクリーナー。それが箒神の真の力。
デバフ技にあぐらをかくトリッキータイプを一瞬にして地獄へと叩き落とす、万能僧侶の如き存在である。
「光斡戦浄・箒神……こいつに綺麗にできねェモンは、この世に存在しねェんだよォォォ~~~~!!」
「な、な……なんだってェェーーッ!? ぐッ、そ、そんな……そんな事がァァ……!!」
酉歌舞からしてみれば、これ以上に最悪な相手はいない。
何せ、ドククラエーヤは戦略兵器……戦う術として設計されていない。
だのに、超毒による制圧行為は無効化されるときた。
「ぎ、ぎ……こ、このッ!! ふざけるなゲロ豚の吐瀉物がッ!! ポッと出の分際で、理不尽なメタ能力を振りかざしてんじゃあねェェェーーーッ!!」
「はッ!! そうやって【母親に無断で部屋を掃除された思春期小僧】みてェにギャンギャン吠えてろや。すぐに綺麗にしてやるからよォ~!!」
箒神の形状が、元の竹箒型に戻る。
すると、杷木蕗はそれをまた天へと掲げた。
「箒神がただのヒール要員だと思ったら大間違いだって事を、教えてやるぜェ~!! やるぞォ、万浄の輝き!!」
杷木蕗の意気に応える様に、箒神が纏っていた白いオーブの光が、爆ぜる。
周囲に散った細かなオーブは、何かにたぐり寄せられる様に上空へと飛翔。
次々にオーブが弾けては、続々と茜色の空へと登っていく。
「しつこい汚れもこれ一発ッ!! いィィィくゥゥゥぜェェェ~~~~~~!!」
「いッ……!? おのれゲロ豚の吐瀉物に混じった寄生虫のウンコがッ!! 次は何をするつもりなんだァァァ!?」
「言っただろうがおバカさんがよォォォ~~~!! 綺麗にする!! 俺はいつだってそれだけだァ~!!」
「それの具体的説明を要求しているんだ下劣クソまみれがッ!! アァァアアとにかく何もするんじゃあねェェェーーー!! こっちは毒封じられたら何もできねェんだぞウンコの惑星がァァァ!!」
「けッ、さっきまでクールキャラ気取ってた風だのに台無しだなァお~い。その口汚さは俺の管轄外だ! せいぜい自分で必死にお掃除しやがれ!!」
準備完了。
天に煌くのは、無数の輝き。茜色の空を埋め尽くし白銀の膜と化した荒ぶる光の群れ。
地に降り注ぎ、あらゆるモノを一掃し、綺麗にする万浄の猛威。
特性とか何にも関係無い、ただただ杷木蕗の掃除に懸ける執念とそれに応える箒神が生み出す圧倒的スピリチュアルエネルギーの奔流。
あの戦闘民族、遠呂智や鵺の戦士ですら、「全力で防がなければ綺麗にされていた」と戦慄した掃撃だ。
「箒神・【乱降箒星】ァァ~~~!!」
振り下ろされた箒神に引きずられる様に、降り注ぐ光の雨。
激しく煌きながら空を刻む様はまるで、宇宙を巡る無数の彗星。
「クソ、クソクソクソクソォォォ!! 汚らしいゲロ豚どもがァァァァァァァァァァ!!!!」
『ゲロゲロゲェェェロォォォォォオオオオオオオオオオオ!!!!』
悪足掻きか、ドククラエーヤに自棄っぱちで超毒を吐き散らさせるが、無駄だ。
無尽かと疑わしい程に落ち続ける美しい輝きを前に、一つの口から発射される薄ら濁った紫色の液体では、見た目も物量も及ばない。
「綺麗に、なりやがれェェェ~~~~ッ!!」
「ァァァァァァァァァアァァアアアアアアアアアーーーッ!?!?」
全ての星が落ち切ると、空には茜色が戻り――光が打ち尽くしたその場所には、草葉が根こそぎ掃かれて地面が剥き出しになった川原と、ドククラエーヤの残骸と思われる紫色のゲルに塗れて白目を剥いた酉歌舞が転がっていた。
「……どうやら生きてるなァ~。はッ。箒神が見逃したって事は、あの野郎、口は汚ェがそれなりの信念はあった……信念も無く戦うゴミクズじゃあなかった、って事だろうなァ~」
酉歌舞&ドククラエーヤ、戦闘不能。
杷木蕗及び皿助一行の勝利である。
「創路……お前……ハンパ無く強くなっているんだな……!」
「メタ属性相手だったとは言え、最後のは圧巻だったクマ。褒めてやるクマ」
かつて、皿助と杷木蕗がガチった時は皿助が一方的勝利を収めたが……今やり合えば、どちらが最後まで立っていられるか、怪しい所だろう。
友達妖怪、皆パワーアップし過ぎじゃあないか。
「けッ。そりゃあ強くもなるだろうよ~……【目標】は高く設置し過ぎちまったし、【師匠】はイカれてたしな」
苦しい一週間ちょっとだったが、杷木蕗の胸中に後悔は無い。
爽やかに笑って、皿助の胸を拳で軽く叩く。
「これで恩は返したぜ、皿助。よ~やく、対等なダチ公だ」
「? 元々俺達は対等な友人だろう?」
「はッ! テメェはそうでも俺は違ったんだよブァ~カ。……だが、もうその齟齬も無ェ」
目標を一つ果たし、傍から見れば些細なわだかまりも綺麗サッパリ払拭完了。
ただのひと呼吸ですら空気を美味に感じてしまう、そんな清々しい気分が、杷木蕗を包み込む。
「頑張れよ、ダチ公。妖怪を救って禁機忌子も救って、天使連中まで救ったテメェだ。ここまで来たら悪魔くらい救えなきゃあ嘘だろ?」
「ああ、モチロンだ! 協力ありがとう、創路ッ!!」
これで、ザ・キルブリンガーズ七殺衆、六人撃破。
残るは、自身を戦闘要員で無いと言い切っていたアム独り。
仮に彼女が決死の覚悟で挑んできたとしても、あと一息だ。
「必ずハイド博士に会い……悪魔の駆逐を諦めさせてみせる!!」




