32,ゴートゥー・ネクストタウン
河川敷にガッツリと刻まれた巨大クレーター。
隕石でも落ちたのかと思える様相のその中心点で、白銀の光が弾けた。
光の中から現れたのは、白目を剥いてノビてる顔に何の特徴も無い青年。臼朽だ。
「よし、勝ったぞ。クーたん、ガッさん」
逞しき肉体を学ランでラッピングした男子高校生、皿助が、爽やかな笑顔で勝利を申告。
申告相手は熊耳が特徴的な悪魔ッ子クマリエスと、その従馬ガミジン。
簡単に前回までの事をまとめると……
皿助はこのクマリエスとガミジンに理不尽な暴力を振りかざそうとした臼朽を、すごい高い所から投げ落として倒したのだ。
「すごいクマ、べーキチ。人間風情でDAIカッパーを完璧に使いこなしてたクマ。ミスターDAIカッパークマ」
「まぁ、似た様なモノ……【機装纏鎧】を使って戦った経験がそれなりに豊富だからな」
「ガミ? 機装纏鎧と言うと、妖怪のアレガミか? 貴様、妖怪と友達だったガミか」
「む? そう言えば、ハッキリとは言ってなかったか。実はそうなんだ」
妖怪の兵器である機装纏鎧と、悪魔の兵器である魔機鞍は類似点が多い。
おかげで、機装纏鎧慣れしている皿助は魔機鞍を充分に操れた。
「さて……とりあえず、だ。まずはあの男を拘束しよう。何故、彼をバイトとして雇用している組織が【理不尽に悪魔を虐げんとするのか】、情報を聞き出して事情を確認し、可能な限り速やかにやめさせなければ」
クマリエス達が理不尽に虐げられるのを見過ごせないのはモチロンの事。
皿助は知っている。人間と妖怪と悪魔が仲良く暮らせる未来を作ろうと、陰で必死に努力してくれた五名の【天使】達を。詳しくは第二部参照。
その努力を打ち壊そうとはどう言う了見か。確かめ、対処しなければだろう。
「そうクマね。クーとしても人間界に遊びに来れないのは困るクマ。あんな安物のガムの味並に薄い顔をしててもアレは【悪魔を人間界から追い出そうとする黒幕】に繋がる貴重な情報源クマ。徹底的に絞るクマ。ガミジン、何か縛るモノとか持ってないクマ?」
「ぬ…申し訳ありませんクマリエス様…!! 未熟このガミジン……縛るモノを持ち合わせておりませんガミ……!!」
「尻尾とか伸びないクマ? ほら、この尻尾クマ。何か強く引っ張たらイケそうな雰囲気クマよ?」
「おお、言われてみるとそんな感じがしなくもないな」
確か、そんな玩具があった気がする。
尻尾を引っ張るとすごく伸び、その尻尾が巻き戻るまで狂った様に振動し続ける馬の玩具。すごくハッピーなセットのオマケだったか。
ガミジンの尻尾はそれに近い雰囲気を感じれなくもない。……イケるかもだ。
「べーキチもそう思うクマ? じゃあこれはもうトライしかないクマ」
「うむ、挑戦者の前に扉は開く」
「え、いや、ちょ…ワシの尻尾にそんな機能は……ひゃぁん!? ぁ、あーっ!! クマリエス様!! クマリエス様困りますガミ!! あーっ!! そんなに強く尻尾を引っ張られては困りますガミ!! クマリエス様!! あーっ!! ワシ結構尻尾が敏感だから本当に…アッ―――」
「むぅ、駄目クマ。ガミジンが壊れた玩具みたいにビクンビクンするだけで全然伸びないクマ。不毛誰得クマ」
「ああ、確かに…これは無理そうだな……仕方無い。その辺の草を俺の【波動】で加工して縄を作ろう」
「そうクマね。それが良さそうクマ。ガミジンありがとクマ」
「は、はぁ…はぁ……つ、作れるなら、最初からそうして欲しかったガミ……」
何か無駄に穢された気分ガミ……とガミジンはぐったりしているが、どこか満足気である。
「さて……では、早速縄を作…ぬッ!?」
と、ここで皿助は【奇妙な気配】に気が付いた!!
ガバッ!! と奇妙な気配がした方向、臼朽が転がっているクレーターの方へと視線を向ける!!
「……おや。これはすごい。私の気配に気付くとは」
するとビックリ!!
つい数秒前まで臼朽が転がっているだけだった場所に、見知らぬ一人の女性が立っていたのだ!!
その女性はフレームの太い黒縁眼鏡をかけており、顔立ちから大体推測できる年齢は二〇代半ば程。
長い黒髪を後頭部高めの所で束にしたポニーテールヘアで、医者か科学者の様な長い白衣に身を包んでいる。
理系のクールビューティー系の大人!!
「昔から、抜き足差し足隠密行動には多少の自信があったのですが……勘の良い少年ですね」
「ぬぅ!? 貴様、何者ガミ!?」
ガミジンに問われ、女性は何やら一考。
「……まぁ、良いでしょう。名乗る事で特に不都合は発生しないと判断します。私は有裏存アム。もう少しだけパーソナルな情報を差し上げるのであれば、表向きの職業は【裏科学研究員】兼【恵朱大学助教】、裏向きな職業は【殺尽実現者達】の構成員。好きな食べ物はミルクセーキです」
「俺は美川皿助、こっちはクマリエス、こっちはガミジンだ!! 有裏存アム…裏科学研究員…そして、ザ・キルブリンガーズと言う組織名!! さては臼朽翔由の仲間か!!」
「臼朽くんとの関係性を正確に言うならば、【上司】に該当します」
「では訂正する!! 臼朽翔由の上司かッ!!」
「はい」
まぁ、なんにせよ、【ザ・キルブリンガーズと言う、人間界から悪魔を排除しようとしている組織の人間】である事には違いあるまい。
「貴女もクー達を襲いにきたクマか?」
「いいえ。それは否定させていただきます。一応【七殺衆】の主任を任されてはいますが、私は基本、裏方派なので」
ま、別に表に立つのが苦手と言う訳ではありませんがね。
なんて軽くつぶやきながら、アムはしゃがんだ。
アムは完全気絶中の臼朽の後ろ襟を掴み上げ、一気に持ち上げる。
成人男性一人を片手で軽々と持ち上げた……【理系女子】と言うワードから連想容易い細身だのに、すごくパワフルだ。細マッスルか。脱いだらすごい系の予感。腹筋板チョコ系女子!!
「私はボックサッツ…と、ついでに臼朽くんを回収しに来ただけです。できれば気付かれずに回収して帰りたかったのですが……全く、君の様に勘の良い子供は少し嫌いかもですよ」
「ぬ…美人のお姉さんに嫌われたくない……いや、それよりも【交戦の意思は無し】か。ならば丁度良い!! 平和的に聞きたい事がある!!」
「えー……答えたくありません」
「なんと……ッ! でも、そこをなんとか!!」
「うーん……まぁ、ちょっとだけですよ。私を美人と形容した素直さへのご褒美タイムです」
「ありがとう!! いや、ありがとうございます!!」
話のわかる理系である。美人の上に優しい。
「まず大前提を聞かせてください! 何故、【ハイド博士】とやらは【殺尽機】なんてものを使ってまで、人間界から悪魔を駆逐しようとしているですか!?」
さっき、臼朽は言っていた。
殺尽機とは悪魔に対抗するため、【ザ・キルブリンガーズの創設者】である【ハイド博士】なる人物が開発した、と。
つまり、そのハイド博士こそが、諸問題の根源的存在!!
「ハイド博士…? ああ、ヒデおに…じゃなくて。【燥軋教授】のあだ名ですか」
「燥軋……?」
「燥軋秀照。名前のローマ字読みから親類や馴れ馴れしい学生からは【HIDE】及び【ハイド博士】と呼ばれているのを聞いた事があります」
「そうだったのか……と、割とその情報はどうでもいい!! 質問に答えてもらいたい!!」
「簡単ですよ。人間界に、悪魔はいない方が良いからです」
1+1は? と問われたから2と答えました。
そんな感じ、ある種の【当然感】のある雰囲気で、アムはそう答えた。
「大体、人間界と魔界穴……しっかり隔てられた世界にそれぞれ暮らしているのですから、無意味に交わる必要性がどこにあるのです? そんなの、ただ【悲劇の起こる可能性】を高めるだけに過ぎない」
「悲劇……だと……?」
アムの言葉は、妙に【当然感】が強過ぎる。
この感じは、適当や推測でものを言っている感じではない。
何かを【知った】上での、当事者的発言。
「……貴女は何か、悪魔にまつわる【悲劇】を味わったと……?」
「いえ。私は特には。……ただ【あの人】はもう……」
「【あの人】?」
「……まぁ、アレです。これ以上は私からは何も。ノーコメントとさせていただきます」
「どうしてもですか!?」
「どうしてもです」
「ぬぅ……!!」
取り付く島は無さそう。残念。
「ならばアレだ!! ハイド博士…燥軋教授と直接話をさせてくれませんか!?」
「それも難しいですね。燥軋教授は本日、講義が無いので前々から神秘的ロマンを感じていた【エジプト展】を終日限界まで堪能してくると言っていました。貴方達に付き合っている時間は無いでしょう」
「む……では、明日以降になるか……いや、しかし……」
今日、この後、ザ・キルブリンガーズのメンバーがクマリエス達にちょっかいを出して来ない保証は無い。
「…………燥軋教授とやらには悪いが……ここは、無理にでも会いに行くしかない!! なんとしても、こんな間違った事はやめさせなければ!!」
「……そうですか。好きにしてください」
意外にも、アムは皿助の行動を制止しようとはしなかった。
「ただし、無事、会いに行けるのなら……ですがね」
「!」
「そこの熊耳悪魔は、【ザ・キルブリンガーズ活動計画】…その記念すべきファースト・ターゲットです。臼朽くんは七殺衆最弱。彼がしくじったのなら、【次】が出る。道理でしょう」
「ッ……ザ・キルブリンガーズの幹部集団が次々にクーたん目掛けて襲ってくると言う事か!?」
「えぇー…迷惑千万クマ。マジ勘弁クマ」
「そうガミ!! クマリエス様に次々と襲いかかってくるつもりなど許せんガミ!!」
「次々ですか……そうですね。もし、【次】を退ける事ができたのであれば、そうなるでしょう」
アムは会話に一区切りを付けると、白衣のポケットから何かを取り出した。
それは、指先にも乗せれそうな程に小さな白い玉。
「……まぁ、せいぜい【期待】していますよ。美川くん。……私ではもう、【手遅れ】ですから」
「……? 何……!?」
意味深な言葉を吐いて、アムは取り出した白い小玉を地面に軽く投げ付けた。
地面に衝突した白小玉は、なんとすごい量の白煙を一瞬で周囲へ爆散させた!!
「煙幕ガミか!?」
白小玉から溢れた白煙はあっと言う間にクレーター内を満たしてアムの姿を覆い隠しただけに留まらず、皿助達がいるクレーターの淵、河川敷にまでその帳を広げていく。
「ッ……あの小玉からこの規模の煙幕……!! しかもこれは、ただの煙幕弾じゃあない……!!」
煙幕に包まれた瞬間。
皿助は視覚だけでなく聴覚や嗅覚、果ては波動知覚に至るまで、全ての知覚が鈍るのを感じた。
かろうじて隣りにいるクマリエスやガミジンの存在は認識できるが、それ以上は無理。
即ち……皿助は今、完全にアムの気配をロストした。
「逃走に特化した【裏科学アイテム】か!!」
美川家の波動知覚にまで対応しているとは、相当すごい。
「くそ……待て!! 最後の発言は、どう言う意味だ!?」
それだけは確認したい。
ホワイトアウトした視界の先、さっきまで見ていた視覚記憶を頼りに、皿助はアムがいた辺りまで跳躍した。
そして濃煙の中であると言うのに見事、皿助は正確にクレーターの中心点、【アムと臼朽がいたポイントへ着地】。だが……
「ッ……いない……全然いない!!」
波動の残り香すら、この煙幕の中では追えない。
「逃げられた!!」
◆
「美川皿助……まぁ、高校生にしては中々のやり手の様ですね。……それに【美川】…聞き違いや単なる同姓でないとすれば、早めに対処した方が良さそうです」
皿助達を完全に煙に巻き、河川敷から遠く離れた住宅街を行くアム。
未だに気絶中の臼朽をぞんざいに引き摺りながら、空いている手でスマホを取り出した。
そして、緑色のアイコンが特徴的なインスタントメッセンジャーアプリを起動。
グループ一覧から、【†せぶんすきる†】と言うグループトークを開く。
慣れた手つきで、テンキーをタップ。軽やかに文字を打ち込んでいく。
●発信者:あむたん
『臼朽くんがやられました』
●発信者:俺・ザ・音楽
『んん♪ 臼朽がやられた様だぜ』
●発信者:酉歌舞
『フフフ…奴は我々の中でも最弱…』
●発信者:百永坂
『やられるとは情けないぞ!? もっと熱くなれなかったのか!?』
●発信者:ナルコ
『ってか、ウッチー大丈夫なん?』
●発信者:あむたん
『生命に別状はありませんニンニク注射でも打てば平気でしょう。用意はあります。すぐに復帰させます』
●発信者:百永坂
『レモンのハチミツ漬けも熱くなれるぞ!!』
●発信者:あむたん
『私にぬかりはありません』
●発信者:おとめ@タイムラインみてね
『ってゅぅか、じゃぁどぅする系?(´・_・`) ぅち、これから逆ナン行く予定なんですけど。急バイト困りまするん(´Д`)』
●発信者:酉歌舞
『処女がなんか言ってる(爆)』
おとめ@タイムラインみてねさんが退室しました。
●発信者:百永坂
『俺も試合がある!! 熱くなるぞ!!』
●発信者:酉歌舞
『こちらもまだ講義がある』
●発信者:俺・ザ・音楽
『俺はフリーだぜ♪』
●発信者:ナルコ
『アタシも行けっよー?』
●発信者:あむたん
『では、ひとまずは義田くんにお願いしましょう。すぐに、詳細を送ります』
最後にグループを抜けてしまったメンバーに再招待と「大丈夫です。みんな最初は処女ですよ」と励ましの個人メッセを送信して、アムはスマホを消灯。
「……………………」
臼朽を引き摺って歩きながら、アムは静かに一考する。
「『間違っている事は、やめさせなければ』……ですか」
それは、先程聞いた皿助の発言。
「……私が、【あの人】の【代わり】になれていればヒデお兄ちゃん……燥軋教授はきっと、狂わず、間違わずにいられたのでしょうね」
そのつぶやきには、どうしようもない【悔しさ】の様なものが、滲んでいた。
◆
場所は戻って河川敷。
アムが張った煙幕は晴れ、爽やかな朝の光景がカムバック。
そんな河川敷で、皿助とクマリエスとガミジンは円陣を組んで話し合いの真っ最中だった。
「すまない、逃がした……未熟恥ずかしい」
「あの無個性顔面男も持ってかれちゃったクマね」
「ぬぅ……せめてあの指輪だけでも破壊できていれば、少しは不安要素を削れたガミが……」
ガミジンの言う通りだ。このままでは、最悪また臼朽がリターンしてくる。
あんなシンプル地味な奴との再戦なんて盛り上がるとは思えない。色んな意味で避けたい所。
「とにかくガミ。過ぎた事より、これからの事を考えるガミ。まぁ、最善はクマリエス様が…」
「このまま逃げ帰るのは無しクマよ? クー、もう人間界に来れなくなるなんて嫌クマ。熊の手スープ美味しいクマ」
「……言うと思ったガミ」
「俺もクーたんの意見に賛成だ。理不尽から逃げても何の解決にもならないどころか、理不尽を蔓延らせ事態の悪化を招きかねない」
道理無き行為は断固レジストし、そして打ち砕くべきだ。
まぁ、一見道理無き行為でも皿助の知らない何かがあるかも知れないので、まずはハイド博士に色々と確認すべきだろう。
「しかし、現実問題ガミよ……七殺衆…名称から察するに、あの個性と言う概念が滅んだ世界に生まれ落ちた様な顔面の男並の戦力が残り最低六……いや、【最弱】と言われていたからあの薄男以上の輩があと最低六。そう仮定すると相当の戦力ガミ」
「パパン達に助っ人を送ってもらうとかは駄目クマ?」
「……確かに、クマリエス様の権限なら魔界の特務専門大規模武装艦隊【魔王特選艦隊】にそれを打倒できる戦力を求める事もできますガミ。……しかし、まずそれ以前の問題として、【崇高たる悪魔貴族令嬢であるクマリエス様】が魔界にこの件を持ち帰れば……」
「あ…クマ」
「それは魔界情勢に造詣が深い訳ではない俺でも想像が付く……魔界からすれば、今回の件は【自国の国宝級人材が他国への訪問中に暗殺されかけた】も同義……まぁ、人間に取っても悪魔に取っても望ましい展開にはならないだろう」
「ガミ。しかも共生派主流の現代じゃあ勢いを潜めちゃいるガミが……【反共生派】の悪魔は少なからずいるガミ」
悪魔の貴族令嬢が、理不尽な理由で人間に殺されかけた。
物騒な事を望んでいる連中へのプレゼントとしては充分上等だろう。
連中は、人間と悪魔の間に必要以上の溝を掘り進めようとすると簡単に予想できる。
悪魔の軍隊が殺気立って大挙して押し寄せれば、事情がどうであろうと人間界の防衛戦力も呼応して動く事になるはずだ。
その先には……【最悪の展開】が有り得る。結果として、クマリエスの望む【悪魔でも人間界を楽しめる情勢】が崩壊してしまう可能性がすごく高い。
「この件を【最大限穏便に解決】するには、事は余り大きくできないガミ。理想はワシだけで連中を打倒する事ガミ……しかし……クマリエス様の安全を守る身としてこう言いたくは無いガミが…………ワシの力でそれはほぼ不可能に近いガミ。今回は皿助が協力してくれたからどうにかなったに過ぎないガミ。今後はそうもいかないガミ」
「それは確かにクマ」
「……? 何故だ?」
「え、いや、そりゃあ、貴様は本来、ワシらのために危険を冒して戦う理由など……」
「ある。俺はクーたんとガッさんの友達だろう?」
友が理不尽に晒され、その理不尽に対抗する術が無いと困っている。
皿助は普通の男子高校生。ここで帰れる様な神経は持ち合わせていない。
「べーキチ……本当に良いクマ? 多分けっこー危ないクマよ?」
「当然だ。危険性も承知している。重々にな。だが今はそんな事より、俺達が【考える】べきは他にある」
「そんな事って……いや、まぁ、貴様がそう言ってくれるのであれば有り難い限りガミが……」
皿助のペースに慣れていないガミジンはやや困惑気味。
一方で、誰のペースを前にしてもマイペースを貫き続けるクマリエスは「じゃあよろクマ」とあっさり皿助の協力を受け入れた。
「で、何を【考える】クマ?」
「ハイド博士…もとい、燥軋教授の居場所を掴む事だ」
「ハイド博士の方がなんとなく呼びやすいクマ」
「ではハイド博士でいこう」
「居場所……確か、あのウィリアムとか言う女が【エジプト】がどうのとか言ってなかったガミか?」
「有裏存アムさんだな。美人だった。縁の太い眼鏡と控えめな胸が月匈音の将来を彷彿とさせる感じですごく良かった……まぁ、彼女の発言から、俺もハイド博士の行方を掴めないかと思ったんだが……」
皿助はスマホを取り出し、ある画面を表示して、クマリエスとガミジンに見せた。
「【エジプト展】……実は今、全国七二箇所で開催されているんだ……!! 近い所では奥武守町と恵朱市の市町村境にある県立美術館……遠い所だと、沖縄県生垣島の生垣市役所併設多目的広場……!!」
「な、七二箇所ガミ……!?」
なんでこんなに開催されているんだ……!? と皿助もビックリした。
もしかしたら空前のエジプトブームが日本に上陸しつつあるのかも知れない。
とにかく、だ。
ハイド博士がどこに住んでいるのか、【ハイド博士の生活圏内】がわからない以上、どの地域のエジプト展に行っているか……見当が付かない。
「最悪、近い所からローラー作戦的に回ると言う手もあるが……正味、時間と費用的に余り推奨されたものではない」
「何より面倒くさいクマもんね」
「ぬぅぅぅ……あの女……何か、何か他にヒントになる様な事は言っていなかったガミか?」
「他にヒント、か……」
他に彼女から齎されたハイド博士に関する情報と言えば、ハイド博士の本名が【燥軋秀照】であると言う事くらい……
「……待てよ……燥軋、だと?」
「クマ? いや、だからハイド博士の方が呼びやすいからそっちが良いクマ」
「違う、そうじゃあない。呼び方はハイド博士でいい……ただ……燥軋……燥軋だと……? その苗字は……」
皿助は思った。
し…知っているぞ、その苗字。
ついさっきも思考の表面に登ってきたばかりではないか。何故すぐに気付けなかったのだ。
「【燥軋家】……美川家傘下で【裏科学研究開発運用機関】の運営を主にしている家系だ!!」
「美川家と言うと……貴様の家ガミか?」
「ああ」
そう、臼朽がボックサッツを起動した時、裏科学についての解説的文章の中に混ざっていただろう。
皿助はそんなに密に関係していないので詳しくは知らないが、燥軋家と言う【恵朱市を活動拠点にしている美川家傘下の家系があるのは知っている】と。
「燥軋秀照……その名、そしてあれ程の兵器を作れる裏科学への精通ぶり……間違い無いはずだ!! ハイド博士個人が今恵朱市に在住かは不確かだが、少なくとも、ハイド博士のルーツは【恵朱市】にある!!」
そう言えば、アムは恵朱大学の助教で、臼朽は恵朱大学の学生だったか。
ハイド博士が【恵朱市で暮らしている】と仮定すれば、これは【偶然の一致】などと言うアヤフヤな理由ではなく、【ハイド博士が身の回りの人間を集めてザ・キルブリンガーズを立ち上げた】と言う具体的な理由で飲み下す事ができる。
「そうだ、燥軋【教授】……恵朱大学の助教である彼女がそう呼ぶと言う事は……」
皿助は急いでスマホを操作。検索。ヒット。恵朱大学のホームページ。
この辺りじゃあトップクラスの良い大学。皿助が通う超絶進学校である綾士歌高校から進学を希望する者も少なくない。
「……見つけた」
プライバシーへの配慮からか、名前のみの記載で写真は載っていなかったが、あった。
恵朱大学工学部機械工学科教授、燥軋秀照。その名前が。
「恵朱市! ハイド博士は恵朱市にいる! それも今日はエジプト展付近と限定されたぞ!!」
「近くで助かったクマね」
「うむ!! そうとわかれば……」
行くぞ!!




