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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第一部 パラダイム・フラッド
3/65

03,餓者髑髏は潰したくてしょうがない。《前編》

 私立綾士歌(あやしか)高校。


 県内でも有数、この奥武守おうもり町内に限れば間違いなくトップランクのスゴイ進学校……いわゆる『指折り進学校』の一つ。

 その狂った様に高い偏差値と、自由と言う言葉が踊り狂う現代社会に適応した『堅苦しい空気の一切が排除された自由過ぎる校風』が特徴的である。


 例を挙げれば、まず身嗜みに関する校則。一切無い。

 制服の着用義務はおろか、まずそもそも着衣義務が無い。極論、登校途中で捕まりさえしなければ、全裸で登校しても許される。

 髪型や染髪も当然自由。おかげで、全校朝礼で整列した生徒達を壇上から見下ろせば、その景色はまるで一面の花畑か、駄菓子屋の飴玉売り場みたいな様相を呈している。


 一例だけでも自由感が止めどない。

 全ての自由要素を片っ端から枚挙しようとすれば、世界的数学者が半生を懸けて書いた様な証明論文並の文量になってしまう。


 ここはそんな自由がゲシュタルト崩壊するレベルの自由の坩堝。綾士歌高校。


「ヒャハァアアアアア! ここのチェ●オは俺達チームのモンだァァァアアア!」


 きっちり襟のホックまで留めた学ランモヒカンが一〇~二〇程の集団を形成し、お得な自販機を不当占拠する。

 そんな光景も綾士歌高校では日常茶飯事。


「く、くそう! Aランク生徒チーム『強欲不良集団グリードマンズ』め! 再起した途端にチェ●オを! 僕達のワンコイン桃源郷をォォォォオオオオ!」

「そんなぁ! チェ●オのコスパを知ったら一三〇~一六〇円のクソ高い五〇〇ミリペットボトル飲料なんて買ってらんねぇよォォォオオ!」

「ヒャハハハハハハ! 喚け叫べ、無力な優等生共ォォオ!」


 理不尽不条理、本来ならば許されるはずのない外道行為。


 しかし、ここは生徒の自由を尊重し過ぎる綾士歌高校。

 朝っぱらからいとも容易く行われるえげつない行為に、教師陣は一切不介入。見て見ぬふり、何も見えぬと言わんばかり。


 しかし勘違いしてはいけない。

 教員達は不良生徒に怯えている訳ではない。

 むしろ逆。

 自販機前の騒動を眺める教員達の顔に表情は余裕そのもの。さながら子猫同士のじゃれ合いを見守る獅子の如く。


 それもそうだ。

 社会人たる教師陣が本気を出せば、所詮未熟高校生などハリケーンの前の蛾程度。たかたが一〇から二〇人の不良集団を制圧・処刑するなど一瞬、いや刹那に完了する。労力で言えばテストの採点の万分の一以下の労働である。容易い事。実に容易い。


 だが、綾士歌高校の教員の職務は基本的に『授業を行う事』と『生徒の進路相談に応じる事』のみ。不良の処理は職務外。

 むしろ不良相手とは言え、下手に生徒に手を出せば、教育委員会の査問会に出頭を命じられ、最悪解雇処分すら有り得る。


 生徒が起こした問題は、生徒達で処理するのが基本大原則。

 何故なら問題を起こすのも生徒の自由であり、その問題を放置するか解決するかも生徒達の自由だからだ。

 その自由を教員が侵す事は許されない。

 それが綾士歌高校にある非常に数少ない校則の一つである。


「ヒャッヒャッヒャ! オラオラァ! いつまでピーピー騒いでんだ優等生共! 散れ散れェ! もぉテメェらにチェ●オ的救済は訪れないんだよォ! 大人しく別の自販機に回るか、渇きに喘ぎながらHRに出席しろォ!」

「なんて無慈悲ッ……」

「おお神よ仏よぉぉ……もうこの際なら悪魔でも妖怪でも良い……誰か救いをぉぉぉ……」

「ヒャヒャヒャッハッハッハハ! ほれほれェ! 早く決めないとHRに遅刻しちまうぜェェ~!?」

「ひぇっ、遅刻……!? 遅刻は嫌だぁ……でも、くそう! 一〇〇円でジュースを買いたい!」

「ヒーヒャッヒャヒャハハハハァァァァアアアアアッッ!!」

「……全く、また貴方達か」

「ヒャッ!? その声はァァ!?」


 いつの間にか。

 不良集団の背後。自販機の上に、一人の高校生が立っていた。


 大柄で無骨な学ラン少年。我らが皿助べいすけだ。


 主人公らしくトラブルの匂いを感じて推参した……訳ではなく。教室に着いた途端、幼馴染の月匈音つくねが何やら喉が渇いた風だったのを察し、安価で飲み物を調達しに来た所である。

 そしたら偶然こんな理不尽不条理な状況だったと言う訳だ。


「あ、あれはッ!! 一年の美川ちゅらかわだァッ!!」

「い、一年のチュラキャワ!? 知っているのか!?」

「あ、ああッ! 始まりは半年前の今年度入学式の日ッ!! 今日と同じ様に飽きもせずチェ●オ自販機を不当占拠していた強欲不良集団グリードマンズを颯爽と撃破し、更には当時その上位組織として綾士歌の征服支配をもくろんでいた『紅竜愚連隊ハイアーソロモン』を三日で壊滅にまで追い込んだッ!! その他にも今日こんにちまでで彼に滅ぼされた不良系生徒チームの数は、数えるのも難儀ッ! 彗星の如く現れながら、その輝きは未だ一瞬たりとも途切れずッ!! そしてつい先月、彼がこの半年未満で積み上げた無数の功績への賞賛と畏怖から『最高生徒会』による最高決議を以て『異例中の異例、構成員一名のチーム』として『SSランク生徒チーム』認定されたッ!! 俺は彼を何の迷いもなくこう呼ぼう、『伝説の新入生』とッ!! それが美川皿助ッ!! 通称『単影の大艦隊フリーク・ワン・フリート』ッッッ!!」


 ちなみに綾士歌高校五〇年の校史に置いて、SSランクの認定を受けた生徒チームは、皿助を含め七チームだけである。

 一年生にして、それもたった独りでその史上少ない頂点いただきに立つ男。そんな男を目の前にすれば、そりゃあ解説するために生まれて来た様なモブ学生のテンションはハチ切れて当然。


 自販機前に、先程までの絶望とディストピア的空気は皆無。

 皿助が…いや単影の大艦隊フリーク・ワン・フリートが、きっとユートピアを取り戻してくれるだろうと言う、そんな期待に満ちた希望の歓声が湧き起こる。


「で、出たな一年の筋肉お化け! 『またテメェか』はこっちのセリフだぜヒャッハァ!」

「俺のセリフは『また貴方達か』です。相変わらず耳の調子が良くない様ですね、盤辛ばんから先輩。こんなくだらない事をしていないで、保険証を持って速やかに最寄りの耳鼻科へ行ってください。心配だ。特に貴方は今年、受験生でしょう? 体調には細心の注意を払うべきだ!」

「るっせぇ! 入院すんのはテメェの方ヒャッハァ!」

「入院しろとまでは言っていない! やはり貴方は耳鼻科に行くべきだッ!」


 本気で心配する皿助だが……人の想いと言うモノは、そう簡単には誰かに通じない。


「うるせヒャッハァ! テメェが入学するまで無敵だった俺らチームの栄光ヒャッハァ! 取り戻す時は今ヒャッハァ! やんぞテメェらヒャッハァァァ!」

「「「ヒャッハァァァァァアアアアアア!!!!」」」

「対テメェ専用の悪魔的戦略陣形フォォォウメイション! 『速さを活かし(ハイスピィド)数でも攻める感じ(ハント・クラスタ)』ァァを味わえェェェ!!」

「やれやれ……荒事は余り好みではないが、苦手でもないッ! 先輩方、ここはいつも通り、白目を剥くまでシバきます!」


 とうっ! と皿助が跳躍。自販機の上から、不良共の波の中へと飛び込んだ。



   ◆



 綾士歌高校、三階フロア、一年のA組教室。

 時刻はHR開始直前ギリギリ。


「月匈音。喉が渇いているだろう。これをやる」

「あら、見ないと思ったら。ありがとう。でも、飲み物を買いに行っていただけにしては、不思議と時間を食ったわね」


 皿助から日ノ本サイダーを受け取りながら、月匈音がなんとなく聞いた。


「いつぞやの盤辛先輩達がまたしても自販機を占拠していてな。受験生らしく知恵を付けたか……今回は全員がローラーシューズを装備、その機動力を活かしたヒット&アウェイ戦法を取られ、制圧するのに少々手間取ってしまった」

「ああ、まーたあのちょい悪先輩共……これで今月だけであんたに三回ボコられてるのに、懲りないわね……」

「だが、あの根性と再起の早さ、そして何より結束力は素晴らしい。方向性さえ正せれば……」


 と、その時だった。


「む……? 今、何か……」

「? どうしたの?」

「むむむ……やはりだ! 何かを感じるぞ!」


 ピィンッ! と皿助は何かを直感する。


「この感じは……晴華ぱかちゃんの身に、何かが起きている!?」

「!」


 説明しよう。

 皿助は非常に都合の良い事に、特別な能力を有している。

 彼は幼少期より、家族や友人と言った大切な人にピンチが迫ると、どれだけ遠く離れていようとそれをなんとなく感知できるのだ。

 実際、過去に月匈音が野生オオマングースの群れと交戦し、窮地に陥っていた所を、華麗かつ颯爽と救出した実績がある。

 軽くエスパー。自由が過ぎる現代っ子の中でも、こんな超能力染みた能力を持っている者はそこそこ希少だろう。


「しかも中々に差し迫った状況と察する! すまん月匈音! 先生には一身上の都合により欠席すると伝えてくれ! とぉうぅ!」

「え、ちょっと、皿す…」


 月匈音の言葉を待たずに皿助は床を蹴り、窓ガラスを突き破って外へと飛び出した。


「……皿助、今日の体育、あんたの好きな組体操だのに……」


 まぁ、それを伝えた所で、心の友のピンチかも知れない状況で皿助が止まったとは思えないが。



   ◆



 皿助が直感に導かれたのは、昨日の夕方に晴華と出会ったあの不思議良い雰囲気河川敷だった。

 朝方でも、通勤通学路から逸れているおかげで人気はほぼ皆無、土手を吹き抜ける爽快な風は草葉の匂いを纏い、川の水面は朝日の眩い光を受けて白銀に近い色合いで煌く。

 総評、夕方とはまた違った不思議良い雰囲気。


 そんな河川敷、川のほとりに、皿助は見つけた。


「晴華ちゃん! ッ!」

「べ、べーちゃん!? 何でここに!?」


 そこにいる……と言うか転がっているのは、間違いなく皿助の心友、豊満ナイスバディ河童姫の晴華だ。

 なんと如何わしい事か、晴華の肢体は荒縄によって縛り上げられていた。縄が食い込む事でその豊満肉の豊満さが強調されている挙句、各所の裾や襟が縄に巻き込まれてめくれ上がってしまっている。

 非常にインモラル。皿助は自身の胸や視線が熱を帯びるのを自覚した。


「晴華ちゃん! 何故にそんな不思議で素敵…否ッ! 不思議で最高…じゃなくて! 不思議な状態になっているんだ!?」


 叫びながら、皿助は土手を駆け下りる。


「がしゃしゃっ! 見てわからないのかい? アタシがやったのさね!」

「!」


 晴華に視線を釘付けにされていて全く気付かなかったが、縛り倒されている晴華の隣りには人影が一つあった。


 体型は非常にスマートでロング。服装は時代錯誤な長白ランの特攻服を前全開で羽織り、ヘソから下はぶかぶかの白ボンタン。非常にわかりやすくアイコン化されたヤンキースタイル。

 胸に巻かれたサラシと、その大きめの膨らみから察するに、女性だろう。


 何故、皿助がその白ランの性別を顔ではなく胸で判断したかと言うと、理由は二つ。

 一つ、晴華程ではないにしろ、その胸が大きかったので最初に目が行ったから。

 二つ、その白ランは、髑髏どくろを模したヘルメットを被り、上唇から上を隠しているから。


「お前は……誰だ!? いつの間にそこに!?」

「……最初ハナっからいたけど?」


 本当、晴華に釘付けでマジで欠片たりとも気付かなかった。不思議。


「ったく……アタシは芽志亞ガシア。『餓者髑髏ガシャドクロ』っつぅ妖怪さね」

「! 妖怪か!」


 これまた、実に人間感の強い御姿である。

 正味、時代遅れのヤンキーが髑髏の仮面を被っているだけではないか。ハロウィン企画物コスプレAV出演者の方が妖怪染みていると思えるレベルだ。


 まぁ、妖怪達の妖怪感欠乏ぶりは今に始まった事ではないので、皿助はその辺をスルー。


「晴華ちゃんを縛り上げる妖怪…と言う事は……ズバリ、天狗の刺客か!?」

「その通りさね。アタシの今回の仕事はこのお姫様の拉致だよ」

「ッ……ん? だが、ちょっと待て、ガシャドクロ?」


 今、芽志亞は自らを「ガシャドクロと言う妖怪である」と言った。

 何故、天狗族の刺客が別の種族の妖怪なんだ?


「逃げてくださいべーちゃん! この妖怪は『とにかく(メッチャ・)多彩さ重視だぜバラエティック・フォース』……通称MBFと言う、天狗山の『傭兵部隊』の兵士です!」

「『傭兵』、だと?」

「ああ。まぁ妖怪社会に無知な人間野郎にもわかりやすい様に言うと、MBFは色んな種族の『はみ出しモノ』で形成された『荒くれ者の集団』さね」

「はみ出し……ぬっ!?」


 ここで突然、芽志亞が皿助に何か平べったいモノを投げつけて来た。

 皿助は反射的にそれをキャッチ。


「これは……ダイカッパーの皿か……?」


 表面に浮世絵風のキュウリが描かれた平皿、間違い無い。ダイカッパーの媒介となる皿である。

 昨日、晴華が懐に……素敵な谷間の奥に収納していた物品だ。


「あんただろぉ? その機装纏鎧きそうてんがいで、トルノーズの小隊副隊長補佐官を打ち破った不思議人間ってのは。話ァ聞いてるよ」

「!」


 芽志亞の口角が耳元にまで届きそうな程に裂け上がる。


 それが『スイッチ』だった。


「ァアタシはね!? 正味ねぇ!? どうでもいい!! どうでもいいのさ!! 天狗の姫とか! 河童の姫とか! どおぉぉぉでもいいィィィィィイッ!!! でもでもでもでも仕事だから一応河童姫の拉致はちゃぁぁああんとやるよぉ!? やるさねぇぁ!! だってお金は必要だものぉ! 生きるために仕方無ぁぁくやる事だから仕事って言うのさ!! わかってるぅ! わかってるでもぉまたしてもでもでもでもぉぉぉ!!!!!! 仕事ってさ!? 仕事ってさあぁぁあああ!? どうせならァァアァ殺り甲斐あった方が良くない!? 良いよね良いよな良いじゃん良いってぇおおぉぉおいッ!」

「……!?」


 豹変。

 あまりにも唐突な芽志亞の変貌ぶりに、流石の皿助も激しい困惑と僅かな戦慄を隠せない。


 異常だ。髑髏の仮面の奥、芽志亞の瞳のギラつき方は、異常異質異端不思議。

 唾液が飛び散る事も憚らず、芽志亞は激しく体を揺らしながら叫び続ける。


「潰したいッ! 潰したいのさ! 叩き潰したい!! 握り潰したい!! 何を!? 強い物を!!! 誰を!? 強い奴を!!! だぁから河童姫を捕まえてふん縛ってまさぐってその皿取り上げてあぁんたを待ってたんだよぉぉぉおおおおうおぉおぁぁああ会いたかったぁぁあああああああッッッ!!!!!! 来てくれなかったらどうしようかと思ってたぁぁあああああああああああありがとぉぉぉおおおおお!!!!!!」

「……成程……はみ出しモノで、荒くれ者、か……」


 先程の芽志亞によるMBFの説明。

 実に合点が行った。


 この女は、少し我が強過ぎる。そして、行動力も過ぎたのだろう。

 故に何かとんでもない事をやらかし、ガシャドクロ一族の集落から逐われ、天狗の元へと流れ着き、傭兵になった……と言った所か。


「戦っちゃあダメですべーちゃん! ご覧の通りですよ!? めちゃんこ危ないこの妖怪さん! しかもMBFは皆、とっても強い機装纏鎧を持ってるってアヤカシノンノに載ってました! 昨日の天狗さんとは訳が違います! いくらべーちゃんとダイカッパーでも、戦ったら絶対に殺されちゃいます!」

「あぁぁあああ!? アタシをなんだと思ってんだよおぉおぉおおお!? 流石に殺せって命令されてない相手を殺したりしないしぃ! 絶対に殺さないしぃぃい!! ただただただただ血の一滴も滴らなくなるまでペチャンコにギュギュギュギュギュウゥゥゥゥゥゥって握り潰すだけだしぃぃぃぃぃ!!!」

「殺す気が無いのは有り難いが……それは下手したら死ぬぞ」

「大丈夫だってぇのこの心配性さんめぇぇ!! 遠出の時に鍵を締め忘れたかもぉぉぉおって慌てふためくタイプか可愛いなぁぁおぉぉいいおいおい!! 歳下の可愛い男はタイプだから圧縮した後でお姉さんが良いコトたくさんしてやんよぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」

「良いコトだと……!? いや、そんな事よりも……!」


 皿助の脳裏に、今朝の丹小又との会話が過ぎる。


 ―――妖怪との…特に天狗族との関わり方は、充分に熟慮してくださいですニャン―――


 芽志亞は種族は違えど天狗族側の妖怪で間違い無い。


 晴華は既に拘束され、芽志亞の傍ら。彼女の手中。連れ逃げるのは難しいだろう。


 晴華を助けるには、芽志亞と戦うしかない。

 先程、芽志亞より渡されたこのダイカッパーの平皿を用いて。


 しかし、だ。

 そうすると、当然ながら皿助は戦わなければならない。傭兵……言わば、戦闘のプロフェッショナルと。

 しかも所持している機装纏鎧もめちゃんこ強いらしく、晴華の見立てでは皿助&ダイカッパーでも勝てない。


 負ければ……芽志亞のあの少々クレイジーサイコが過ぎるテンション……殺す気は無いと言ってはいるが……


 ―――妖怪側は貴方の命を奪うつもりはなくとも、貴方は死んでしまう事が充分に有り得ますですニャン―――


「ッ……!」


 若輩故に死について多くを知らない皿助と言えど、それが自ら望むべきモノではなく、極力忌避すべきモノであると言う事は充分承知している。


 どうすれば良い。

 どうすれば、自身の無事を確保しつつ、晴華を救出できるのか。


「……『一つ』しか、あるまい……!」


 覚悟を決め、皿助が平皿を天高くへと振り上げる。


「なっ、べーちゃん!? ダメですってば!」


 その動作から、皿助が機装纏鎧を起動し、芽志亞と戦おうとしている事を察したのだろう。

 晴華が必死に声を張り上げた。


「その気持ちは嬉しいです! だから気持ちだけで良いんです! ありがとうございます! なのでお願いです! 無茶しないで、ここは逃げてください!」

「晴華ちゃん。『受験戦争』と言うモノを知っているか?」

「て、へ、ぇ? じゅ、ジュケン戦争?」

「やはり、妖怪は知らないか。妖怪には学校も試験も無いと古くから言うしな」

「んんんん!? で、そのジュケン戦争がなんだってのよぉぉおおおお!?」

「簡単に言えば、受験戦争とは戦いだ。己の実力に見合った志望校(戦場)を選び、戦う。望んだ未来を勝ち取るために」


 だが、皿助の受験戦争は少しだけ違った。


「受験戦争……俺は、月匈音と同じ場所へ向かうため、自らの実力より遥か上の……周囲の多くが『無理だ』『不可能だ』と言う戦場を選んだ」


 綾士歌高校は指折り進学校。

 生来勉学は苦手でも得意でもなかった皿助に取っては、到底手の届かない学校だった。

 皿助が綾士歌を受験すると宣言した時、彼の親族と月匈音以外の誰もが、彼の身を案じた程だ。


 それくらい、無茶苦茶だと思われた挑戦。


「だが、俺はただ我武者羅かつ無茶苦茶に足掻く事で、その戦場を乗り越え、合格(勝利)を掴んだッ!」

「!!!!」


 一夜漬けなんて生ぬるい物ではない。一年漬けで勉学に励み、試験前日には一日かけて御百度参りを一〇〇セット。ポケットや鞄がはち切れる程に御守りも装備し、択一式問題に供え鉛筆サイコロも改良に改良を重ねた。

 おかげで今となっては、皿助も立派優等高校生。


「辿り着きたい場所があるのならば! 望む世界があるのならば! 欲しい未来があるのならば! 無茶苦茶の一つや二つ! 努力と根性と気合で押し通してこそッ!」


 皿助は頑なだ。一度でも自分が出来ると思った事を、諦めたりはしない。

 無茶がなんだ。不可能がなんだ。皿助は既にそう言う状況をひっくり返した『実績』と『自信』がある。


「晴華ちゃんを助け、守り、俺も死なない方法。それは、どうにかして『勝つ』事! ただそれだけだ!」

「む、無茶苦茶ですよう!」

「その無茶苦茶を、今から押し通すと言ったッ!!」


 晴華を救うには、芽志亞と戦うしかない。

 ならば仕方無い。戦おう。

 全力で戦おう。

 戦ってやろう。


 芽志亞と戦い、負ければ、皿助は死んでしまうかも知れない。

 ならば負けない。勝とう。

 勝つべく全霊を尽くそう。

 そして勝とう。


「俺は決めたぞ!」


 戦意と覚悟を込めた目で芽志亞を捉え、皿助は宣言する。


「俺は、お前にどうにかして勝つッ!」

「べ、べーちゃん……!」

「がっしゃしゃしゃしゃしゃぁぁあああああ!!! 良い目! 良い顔! 良い感じィィィイ!!!!! 潰したい!! 潰してやりたぁいッ!!!」

「お前に俺は潰せない! 何故ならば! 俺が勝つからだッ!!」


 掲げた皿を掴む指に、改めて力を、決意を込める。

 そして、叫んだ。


「機装纏鎧ッ!」


 皿助の叫びに呼応し、掲げられた平皿が激しい緑光を放つ。

 すぐに光の中から大量の新鮮キュウリが溢れ出し、皿助の周囲に巨大キュウリ竜巻を形成。


 少しの間を置いて、キュウリ竜巻が軽快な音と共に飛散。

 竜巻の跡地から、緑色の装甲と、そのぬらぬらとした輝きが朝日の元に晒される。


『ダイ、カッ、パァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』


 体の各所に皿型武装を装備した、ゴリラみたいな無骨体型の二〇メートル級人型ロボット…ダイカッパー、見参である。


『さぁ、晴華ちゃんを…俺の心友を、絶対に返してもらうぞ! ガシャドクロ!』



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