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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第二部 禁忌超越
22/65

21,外道絶許。ぶっ飛ばせ、リンゴを配る男ッ!!《後編》


「……ははッ!! 順調ッ順調ッ!!」


 綾士歌高校、二年一組の教室。

 机や椅子が散乱したその空間の中心で、その青年は独り、荒々しい調子で笑った。


 天を衝く様な銀色の怒髪。その銀髪とは対照的なチョコレート色の肌。燃え盛る剛火を圧縮した様な紅蓮の瞳。笑い声を上げる口からは、鋭い犬歯の整列が覗く。

 服装は黒い襟シャツに白スーツ。夜の街でレディをもてなしてそうなホストスタイルである。

 青年は赤いボール…いや、赤いリンゴを軽く頭上に放っては、キャッチする作業を繰り返している。暇なのか。


「【タイラ・ツクネ】の件以外は全て順調だァ……さァ。雑兵に削られろォ……【チュラカワ・ベースケ】」


 この青年こそが、綾士歌・オブ・ザ・デッド状態を引き起こした張本人。


 堕撫尤タブー、エデンリン・ゴアッポー。


 振りかざす超越権は【甘酸投獄ラクエン・ハニー】。

 それは【不思議なリンゴをいっぱい製造する事ができる権利】。

 何が不思議かと言うと、その【リンゴ】を【一欠片でも口に含んでしまった者】は【権利行使者エデンリンの意のままに操られるマリオネット】と化してしまうのである。


 つまり、彼がその手から生み出す【リンゴ】を食べた者は、全員一切の例外無く彼の言いなりマリオネット……【リンゴゾンビ】へと変わってしまうのだ。


「テメェが疲れ切った所で、俺の【リンゴ】を喰わせてやんよォ……」


 堕撫尤タブーは受肉体に入っていても普通に念話テレパシー念動サイコキネシスと言った超能力が使える。

 そして、念動サイコキネシスでリンゴを爆裂四散させ、リンゴの破片を相手の口に含ませるのがエデンリンの常套手段。しかし、それはあくまで【成功率が高い手段】であって【必ず成功する手段】ではない。


 エデンリンはその荒い性格が災いしてか、念動サイコキネシスの操作も実に荒い。

 平たく言うと、彼が放つリンゴ散弾はあんまり狙った場所に飛ばない。下手くそである。


 それでも散弾であるため、自然と数打って当てる事ができる。例え全ての破片が狙い通りに飛ばずとも、【素人相手】なら一発で充分術中に堕とせる訳だ。


 ……だがしかし、それはつまり裏を返すと……【相手によってはリンゴ散弾を全て避け切られてしまう】事も有り得なくはない。


 そして、バレネッタから聞いた話だと、皿助はとても凄い奴。

 健全な状態で正面からリンゴを爆散させても、おそらく全ての破片を回避するだろう。

 なので、まずは皿助の体力を削り切る。


 そのための綾士歌・オブ・ザ・デッド。

 雑にはあしらえないであろう級友や先輩後輩達をけしかけて、皿助を疲弊させる……と言う……何かこう、地道と言うかケチ臭いと言うかセコいやな作戦である。


 だが、何と言われようとエデンリンは一向に構わない。

 最後まで、自分が誰かを嗤い続ける事ができる【優位】に立っていられるなら、過程や方法になど拘りはしないのだ。


 相手を踏みつける所作に、美学など要らない。ただただ嗤いながら蹂躙する(ストンピング)


 ある意味、それが彼の美学とも言えるだろう。


「【タイラ・ツクネ】も【リンゴ散弾を躱し切る程の実力者】だったのは、ちと予想外だったが……あの女が手中に無かろうと、【最高効率的】でなくなっただけ……特別視する問題は無ぇ……くははははは……はァーッははははははッ!!」


 …………愉快そうに高笑いするエデンリンは、知らない。予想すらしていない。

 そのちょっとした予想外が、とんでもない事態を招く事になるなどとは。



   ◆



「あうあうあー」

「うぇいうぇいうー」

「えぇいッ!! キリが無いッ!! まさかこれは、全校生徒が操られているパターンかッ!?」


 綾士歌高校、図書室前の廊下。

 次々に襲い来るマリオネット状態の生徒を手刀で処理しながら、皿助が叫ぶ。


 皿助の頬を汗が伝っている事から察せる通り、今はちょっとシビアな状況だ。


 皿助がマリオネット生徒軍団の無力化に用いている【感覚錯綜の(パルコンフィクト・)波動疾走オーバードライブ】は極めて繊細な波動操作が求められる波動疾走だ。

 皿助は今、小さめ針の穴に糸を通す作業を延々繰り返しながら戦っているに等しい。はっきり言って、普通に戦う数倍の体力や精神力を消耗してしまう。すごく疲れるのは当然至極。【感覚錯綜の(パルコンフィクト・)波動疾走オーバードライブ】を使いながらの長期戦は、相当熟練された技術を持つ波動戦士じゃなきゃあマジ無理なのである。

 つまり、まだ波動戦士として未熟な皿助にはマジ無理なのだ。


「この状況……【示祈歪己シキガミ】を使って打開すべきか……!?」


 陰陽師的超能力、示祈歪己シキガミ

 皿助の示祈歪己シキガミ真化巫至極マカフシギ】は【皿助自身をすごくストロングな皿助へと造り変える】と言うとてもストロングな示祈歪己シキガミだ。

 だが、制限時間がある。

 真化巫至極マカフシギの変身効果が持続するのは僅か三〇秒。


 僅か三〇秒の間に、最低でも目の前のマリオネット生徒軍団を処理した後、どこにいるかもわからない堕撫尤タブーを探し出して仕留める……のは、流石に難しい気がする。

 今回の堕撫尤タブーがバレネッタより強くないと言う保証が無い以上、真化巫至極マカフシギ及びシン・ダイカッパーは温存して対峙したいのが皿助の正味心持ちなのだが……


「だが……ここでバテては元も子も無いッ!!」


 迷っても仕方が無い。今は、目の前の事に最善を尽くす。


 覚悟を決め、皿助はパァンッ!! と景気良く手を叩き合わせた。合掌お祈りポーズ。

 これぞ第一部にてシスター地縛霊・幽子ユーコから見様見真似で会得した【示祈歪己シキガミ発動のポーズ】である。


示祈歪己シキガミ発動ッ!! 真化巫至極マカフシギッ!!」


 皿助の胸の前で固く結ばれた合掌の隙間から、眩い緑光が弾ける。

 緑光は一瞬にして皿助の全身を包み込み、そして皿助の肉体に変化をもたらした。


 それはダイカッパーがシン・ダイカッパーへ変貌する時と同じ現象。【圧縮】。

 皿助の男性的な意味で抜群ナイスバデーを構築する圧倒的筋肉が、圧縮高密度化されていく。

 合わせて、学ランも変容。サイズが皿助の圧縮バデーに対応して縮小されるだけでなく、緑光に染色されて薄く光るラメ入りっぽい緑色に。

 皿助の頭髪も学ランと同系統の色合いに染まり、そして逆立った。


 要約すると、皿助は変身し、緑色のオーラに包まれたツンツン緑髪の三等身デフォルメ皿助になった。

 その容姿はさながら【スーパー美川人】と呼称したくなる所だが、権利関係が恐いのでやめておこう。


 今の皿助は、真化巫至極マカフシギによって新しく生まれ変わった皿助……即ち【シン・皿助】であるッ!!


 三等身のゆるキャラ感に騙される事なかれ。

 当然、今までの皿助をとても超越した皿助だ。半端無い。


「生身で示祈歪己シキガミを発動したのは何気に初めてだが……当然快調ッ!! 今の俺にやってやれない事はないッ!! 今ならば……まだ俺では実戦行使は控えるべきと言われている【あの技】だって使えると言うすごい確信があるッ!!」


 シン・皿助はゆるキャラフェイスでキリッとキメ顔を作り、そして叫ぶッ!! 


「うぉぉぉおおッ!! 駆け抜けろ波動バーストッ!! 痺れる程の衝撃インパクトッ!!」


 そして、その小さくなったデフォルメハンドで、床に向かって全力の張り手を叩き込んだ。


「行けッ!! 【超波動伝播拡散術式エクステッド・バーストレイド】ッ!!」


 それは、美川流総合武術に置ける【最終奥義】の領域に片足を突っ込んだ【全ての奥義に応用できるオプション的万能奥義】。

 掌や足裏など、人体の末端に【特定の波動】を集中させ、そこから壁や地面に波動疾走を伝播・拡散……広域に【波動の恩恵】を齎すド派手な一撃。


 今、シン・皿助が伝播・拡散させたのは当然【感覚錯綜の(パルコンフィクト・)波動疾走オーバードライブ】。

 効果範囲は図書室前の廊下全域。その効果範囲にいる全ての生物から、四肢の感覚を奪うッ!!


 つまりッ!! シン・皿助を囲う形で群れを成しているマリオネット生徒軍団を、全員一斉に無力化する事が可能ッ!!

 まさしく一網打尽の計ッ!!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」


 シン・皿助が地面に放った張り手……それを起点に、山吹色の雷電の様な物を纏った緑色のオーラが床や壁へ広がり、無数の蛇の如く疾走。

 山吹雷光を帯びた緑光の蛇達は次々にマリオネット生徒達に絡み付き、バチィッと炸裂スパークッ!!

 マリオネット生徒団は片っ端から「ぁうッ」と力無い悲鳴を上げて、バッタバッタと倒れていった。


 当然、生徒団は一時的に四肢の感覚を奪われただけで、身体にはカスリ傷一つ足りとも負ってはいない。

 これ以上は無い完璧な無力化である。


「……よしッ!! これで通れるッ!!」


 真化巫至極マカフシギ発動時間は残り二八秒程。

 綾士歌高校のそこそこ広い敷地内からたった二八秒で、波動も気配も感じ取れない堕撫尤タブーを見つけ出す……中々に本気シビアだが……


「今の俺に、不可能は無い気がするッ!!」


 久々の真化巫至極マカフシギ発動で、シン・皿助はややハイになっている。

 しかし何事も気持ちから。気持ち大事。つまりシン・皿助は今すごく大事な要素をきっちり押さえている。だからきっと探し出せる。


「よし、行…」

「あ、皿助……? 何か可愛くなってるけど、あんた皿助よね!?」

「!!」


 背後から聞こえたその声は、すごく耳馴染みのある声だった。

 それは当然だ。だって幼馴染の声だもの。


「月匈音か!? あぁ、俺だ、皿す…」


 ソニックブームを纏う程の速度で振り返り、シン・皿助は……すごく目を剥いた。


 そこにいたのは、確かに月匈音だった。

 倒れた生徒団の向こうから、月匈音がこちらに向かって歩いてきていた。


 月匈音の目は正気だ。どうやらマリオネット状態ではないらしい。


 ……だが…… 


「……つ、月匈音……?」

「あー……見つかって良かった……ってか、何であんた、ゆるキャラみたいになってんの? あ、もしかして、あれ? 示祈歪己シキガミとか言うのを生身で使うとそうなる的な……」

「……あ、あぁ。それは、そうなんだが……月匈音、そ、その、【額の傷】は……?」


 そう、シン・皿助がすごく目をひん剥いている理由。

 それは、月匈音の額の異常に至極驚愕しているから。


 月匈音の額には薄い一文字の切り傷の様な物があり、そこから一筋、血の筋が顎先まで垂れていたのだ。


「いや、今はこんなカスリ傷はどうでも良いのよ……聞きなさい、あんたがコピーを取りに行った後、教室にね、【堕撫尤タブーエデンリン】って名乗るヤンキーホストみたいな変な奴が現れたの……! 堕撫尤タブーって、あんたが探してる奴…」

「……その傷は、そいつが?」

「え? ああ、うん。何か、そいつがいきなりリンゴを爆発させて攻撃してきて……これはその破片をちょっと避けそこなった結果……って言うか、あんた、さっきからヤケにこの傷に拘るわね……こんなカスリ傷、別にどうって事……」


 と、そこまで言って、月匈音はすごくハッとした。

 八年前のあの日以降、皿助の守護ガードのおかげで事故的要因以外の理由から傷を負う機会が無かったものだから、すっかり忘れていたのだ。


 月匈音が【誰かから害意を以て傷付けられた時】、皿助が一体、何をどう思うか。


「……そうか……教室だな……」


 カチンッ、と言う謎の音と共に、シン・皿助の瞳の色が変わった。

 合わせて、シン・皿助が纏っていたオーラの色も、変化していく。極光にも似た美しい緑色が、徐々に徐々に、黒ずんでいく。


「…………………………」

「皿助? ちょっと、落ち着きなさいよ? いい? ここ学校なのよ? いくら綾士歌が自由な校風と言っても、学校の備品とか設備とかを故意に破壊すると流石に生徒指導部が黙ってないから、暴れ方は冷静に思案した上で……聞いてる? おーい? あ、駄目だこれ」

「…………………………」


 直後。

 シン・皿助は音速の壁を越えて移動開始。黒いオーラの尾を引いて駆け抜ける様は、さながら黒い流星。


 黒い流星は音速の壁諸共校舎の壁をブチ抜き、そのままひたすら真っ直ぐに……二年一組の教室へと、最短直線ルートで駆け抜けていった。



   ◆



 二年一組の教室。

 その中心で、銀髪褐色青年ヤンキーホスト仕立てなエデンリンが【異変】を察知した。


「あァ~ん? ……何だァ……? ベースケを捕捉していたリンゴゾンビ共が、一気に動かせなくなりやがったぞ……?」


 エデンリンがその手に握ったコントローラー的リンゴから詳しい情報を得ようとした刹那。

 彼の前方、雑多に転がっていた机や椅子や教壇が、一切合切まとめて横薙ぎに吹き飛んだ。


「んなァァァァにィィィィィッ!?」


 エデンリンは思わず驚きの声を上げ、リンゴを落としながらひっくり返ってしまう。


「なんだなんだ!? 一体なんだってんだァいきなりよォ!? 砲撃かァ!? どこのどいつが……、ッ……!?」


 ガバッと跳ね起きたエデンリンが目にしたモノ、それは……


「……………………」

「て、テメェは……」


 更地と化した教室の前半分部分に立っていたのは、禍々しい黒いオーラを纏った三等身のゆるキャラ。


「どう考えても只人じゃあねぇ雰囲気……テメェが……【チュラカワ・ベースケ】か……!!」


 実にその通り。

 エデンリンが待機していた教室に音速の数倍の速度で突っ込み、その半分を見事に更地へと変えた黒い流星の正体……それは紛れもなく皿助……だったもの。


 今、皿助はただの皿助ではない。


 真化巫至極マカフシギを起動し、シン・皿助と化した状態で【殺意の波動】に目覚めた……即ち【漆黒殺意の(キリングフォア・)波動疾走オーバードライブ】を纏った皿助。


 言うなれば【シン・皿助・狂静怒クルセイド】。


 月匈音を傷付けた者への激しい憤怒と強い殺意。そして、月匈音を守る事ができなかった事への深い悲愴と、無力な己への奈落めいた憎悪。負の感情の大合唱アンサンブルで気が狂いかけ、精神が焼き切れた(オーバーヒート)。全ての感情が機能停止してしまった状態。


 シン・皿助・クルセイドは、ただ無感情に、敵を排除する事だけを目的として行動する。つまり無慈悲な破壊と殺戮の化身である。


「は、ははッ……中々キマってるみてぇじゃあねぇかよ……面白ェ……」


 エデンリンは右手でコントローラー的リンゴを拾い直して立ち上がと、軽く左手を振るった。

 エデンリンの左手が撫でた軌道に沿って、虚空に真っ赤なリンゴが無数に出現する。出現したリンゴ達は、そのままエデンリンの念動サイコキネシスに支えられて滞空。


「作戦変更だ!! ゴリ押しは俺の柄じゃあねぇが、数打ちまくってとにかく喰わせてやるぜ!! 喰らいな、半径二〇メートル、エデンリン・スプラッシュを…って、あ?」


 刹那。エデンリンのリンゴが、全て弾け飛んだ。コントローラー的リンゴも含めて、全部。

 エデンリンが炸裂スプラッシュさせた訳ではない。一瞬でエデンリンの足元まで接近したシン・皿助・クルセイドが、エデンリンの動体視力ですら捉えられない拳速でラッシュを放ち、不思議リンゴを全て殴り散らしたのだ。


 何をするつもりのリンゴかは知らない。だが、何かさせてもらえると思うな、クソ野郎が。


 それが今、シン・皿助・クルセイドの拳に込められた意図である。


「……え? ぁ、…おごォッ!?」


 次の刹那。

 エデンリンが派手に吹っ飛び、教室の後方、掲示板に大の字でめり込んだ。


「きゃ、は、ァ……!?」


 掲示板に磔になったエデンリンの腹には、巨大な陥没跡が。

 とても丈夫にできているはずの受肉体だが……完全に骨を粉砕され肉を裂かれてしまっている。


「ぎ、ぃ、今……な、ぐ……殴られ、ひゃ、の、か……!? げぶぁッ……!!」


 掠れる様な声と共に、エデンリンの口から大量の血痰が溢れた。


 彼の推測通り。

 今、エデンリンはシン・皿助・クルセイドに【腹パン】され、吹っ飛んだのだ。


 そして、その一撃で受肉体の体内器官のほぼ全てを完膚無きまでにシェイクされ、破壊し尽くされた。

 腹の陥没を中心に、エデンリンの全身に亀裂が広がっていく。受肉体に設定されたダメージ上限を越え、崩壊が始まったのだ。


「ぎぎァ……く、クソが……こんな馬鹿な事が……こんな、一方的に、この俺が負けるってのかァ……!? そんなの有り得な……」


 エデンリンは、最後まで言えなかった。

 その顔面に、黒いオーラを纏った小さな拳が突き刺さったからだ。


「ぁ、っぷァーッ!?」


 エデンリンの身体は掲示板ごと壁を突き破り、二年二組の教室へ。

 瓦礫の雨と共に、エデンリンは教壇に落下。勢いと体重で教壇を砕き潰してしまった。


「が、ァ……ば、ぱ、ァ、ァァア……?」


 追い打ちだ。シン・皿助・クルセイドによる、非情なる追い打ち。

 既にエデンリンの受肉体は崩壊が始まっている…即ち、シン・皿助・クルセイドの勝利は決まっているのにッ!!


 ……まぁ、それも当然だ。

 今、シン・皿助・クルセイドが求めているのは【勝利】などではない。

 今、シン・皿助・クルセイドが求めているのは【破壊】なのだから。


 破壊対象エデンリンが目の前に存在する限り、例え破壊対象が崩壊の途中であろうと、破壊し続ける。


「ぐ、ぎぎ……ぁ、ひぃ……!?」


 風通しが良くなった壁の向こう。

 シン・皿助・クルセイドがゆらりと一歩、接近してきたのを見て、エデンリンは恐怖のニュアンスが混ざった声を上げた。


「お、ぉいッ……ま、待て、待てよ……もう、俺の、負けだァ……し、仕方無ぇ……不本意だが、素直に認めてやるよ……見ろ、さっきの顔面パンチで鼻の骨や前歯は砕けちまってるし、左の目玉だってちょぴっと飛び出してやがるんだぜ……!? つぅか、最初の腹パンの時点で、俺の受肉体は既に活動限界を迎えるくらいダメージを受けてやがるんだ……!! 口からこんなに血が出てるし、身体中に亀裂が入ってる……見えてんだろ……!? 受肉体の崩壊が始まった以上、俺にできる事は無ぇ……もうテメェの勝ち……勝ち確定……!! だ、だのにだッ……何で……何でそんな悪鬼羅刹みてぇな面しながら、拳を握り固めて近付いてくんだよ……!? ま、まさか……まだ俺の事を……痛め付けるつもりだってのか……あぁァ……!?」


 ああ、そうだ。


 そう肯定する様に、シン・皿助・クルセイドは更に一歩、エデンリンへ接近。


「ひ、ひぇッ……お、鬼野郎が……ッ!! ……な、ならせめて……わかったから、せめてだッ……!! あと一発……一発、いっそ【右のストレート】で思いっきりブチのめして終わらせてくれよ……ッ!!」


 それは嫌だ。


 そう拒絶する意思を込める様に、シン・皿助・クルセイドは更に更に一歩、エデンリンへ接近。


「ふぇぁ、あば、あ、そうか……! もしかしてテメェ、【左利き】か……!? なら【左のストレート】で一発ッ……!! 一発ッ……!! それで終わらせてくれッ……!!」


 それも嫌だ。


 そう拒絶する意思を込める様に、シン・皿助・クルセイドは更に更に更に一歩、エデンリンへ接近。


「……ッ!? ……ぅ、嘘だろ……まさかテメェ……こ、この期に及んで……こんなにボロクソになっちまった俺に……【両拳でラッシュ】を喰らわせようってのかァァァーーーーッ!?」



「ああ、そうだ」



 色で例えるなら、ただただ漆黒。不純物の無い、純粋な黒。

 そんなシン・皿助・クルセイドの声が、エデンリンの眼前で響いた。



   ◆



「……あーあーあー……二年一組から四組まで教室が合体してるし……」


 月匈音が教室まで戻ってきた頃には、全てが終わっていた


 二年一組・二年二組・二年三組・二年四組の三教室は見るも無惨。

 三つの教室を仕切っていた壁はほぼ粉砕され切っており、机や椅子、教壇や黒板と言った備品もパーフェクトスクラップ。

 四組と五組を仕切っている壁にも、大きなクレーターが刻まれていた。

 そして、そのクレーターの前には……


「……皿助」

「……月匈音か……」


 示祈歪己シキガミ漆黒殺意の(キリングフォア・)波動疾走オーバードライブも解除し、すっかり普段の様相に戻った皿助が立っていた。


「やり過ぎ。あんたこれ、確実に指導小屋行きよ?」

「そんな事より」


 そんな事って……と月匈音が呆れ溜息を零そうとしたまさにその刹那。


「ごめん」


 皿助が、すごく綺麗な謝罪的お辞儀を披露した。

 当然、謝罪の相手は月匈音。


「俺が未熟だったばっかりに、また不要な怪我を負わせてしまった」

「あー……はいはい。許す許す」

「……俺は、何をすれば良い?」


 八年前のあの日、約束した贖罪の儀式ルーチン


【月匈音を傷付けた奴をぶっ飛ばす事】。

【月匈音に誠意を込めて一回だけ、泣かずに謝罪する事】。


 そして、【月匈音の要望を何でも一つ叶える事】。


「……あんたって、本当、律儀よね」


 まぁ、そこが良いんだけど。と月匈音は結局、呆れ溜息を零した。


「……じゃあ、【要望】を言う前に、一つ。ズバリ言わせてもらうけどね」

「? 何だ?」

「今朝みたいに、あんたがウジウジしてると……私の人生が五割くらいつまらなくなるのよ。冗談じゃあないわ」

「うッ……それは……すまない……」

「ま、晴華パッチー…心友が大変で、仕方無い所もあるってのはわかるけどさ」

「……………………」

「だから、堕撫尤タブーのボス……パン・ドーラー、だっけ? さっさとそいつ倒して、パッチーを助けて来なさい」

「!!」

「それが、私からの【要望】よ。当然、叶えてくれるわよね? 約束だもの」


 さっさと堕撫尤タブー云々を解決して、今までの様に私の青春に貢献しなさい。

 あんたなら、それくらい出来るでしょ。


 信頼の視線と意地悪な口元で、月匈音は笑った。


「……ああ。勿論だッ」


 当然、皿助は渾身の微笑み返し。

 そして力強く頷いた。


「…………だが……その前に……」


 そう、皿助には、その前にやっておかなければならない事がある。


「教室の件で、生徒指導室に自首してくるッ!!」



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