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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第二部 禁忌超越
20/65

19,老練無敵。攻略せよ、経験豊富な不犯老師ッ!!

 爽やかであるはずだった快晴の朝。


 美川邸の広大な庭にて、爽やかな日常劇では有り得ない擬音が連続する。


 ガギャンッ!! ギギィンッ!! バシィィッ!! ドギョォンッ!!


「んがァァーーーッ!! クソッタレがァァァッーーーーー!!」


 雑魚チンピラ臭が濃厚な雄叫びを上げるジャージ姿の坊主頭中年、杷木蕗が塵取り挟みを振り上げ、そして振り下ろした。


 バギョスァッ!! と言う怪音を伴って、塵取り挟みは【ターゲット】に衝突。


「ふぇふぇふぇ……意気だけは褒めてやろう……意気だけ、はのう……」


 杷木蕗のターゲット……体躯自体は小柄だが、非常にムキムキしい良い筋肉装備を誇る紅蓮フンドシ一丁の白髭老人。

 堕撫尤タブー、ディーティー・サーティ。


 杷木蕗の塵取り挟みによる攻撃は、ディーティーの額に直撃したはずだが……ディーティーはまるで気にしていない。


「塵取り挟みの刃ではない部分で叩き【打撃】に切り替えた所で無駄じゃ……ワシの身体は、既に全身【打撃】も味わい、【覚えておる】」


 ディーティーの【超越権】は【既覚攻略マスター・リメンド】。

 一度体験した攻撃は、全て例外無く無効化できる権利。無効化の際には何故かランダムに変な効果音が鳴るオマケ付き。


 約三〇〇年前に堕撫尤タブーと人・妖・魔連合軍が衝突した時、当然ディーティーもその戦いに参加していた。

 そこで全身いたる所に様々な攻撃を受けたのだろう。

 少なくとも、【斬撃】と【打撃】は飽きる程に浴び喰らった様だ。


「ッのぉ、くたばれってんだよォォォーーーッ!!!!」


 杷木蕗はディーティーから距離を取り、塵取り挟みを投擲した。その投擲で狙うは、当然ディーティー。

 成獣の象さんの鼻を片手で掴んでブンブンできる程の腕力を、杷木蕗の腕は内包している。

 彼の腕力でブン投げれば、【ちょっと研磨して刃が付いてるだけの塵取り挟み】も【亜音速で駆け抜ける鉄槍】と変わらない。


「【投撃】も【槍撃】も【覚えておる】」


 ディーティーは避けようと言う気配すら見せず、仁王立ち。

 投げ放たれた塵取り挟みはディーティーの右肩に直撃したものの、刺さる事はなく。ベビョスッ!! と言う怪音を響かせて、真上に弾き飛ばされてしまった。

 当然の如く、ディーティーの肩は無傷。


 サクッ…と寂しさすら覚える静かな音を立て、塵取り挟みが芝の庭に刺さる。


「ちなみに、【拳撃】も【蹴撃】も【握撃】も【指撃】も【爪撃】も【噛撃】も【覚えておる】ぞ。ああ、ついでに【頭突き】や【極め技】、果ては【ヒップドロップ】もな」

「ッ……!!」


 塵取り挟みと身一つ。そんな杷木蕗に許される攻撃は、全て無力化できる。

 ディーティーの語気から漂う余裕からして、ハッタリではないだろう。


「ふぇふぇふぇ……刺激が足りんのう……【初めて】のドキドキを味わいたいのじゃが……やれやれ。ワシは歳を取り過ぎたか。……ま、それもそうじゃなァ……この歳になってなお【初めて】を求める方が強欲至極か……悲しいのう」

「……ぐッ……るっせぇぞ、クソジジィがッ!! そんなに刺激が欲しけりゃあくれてやるってんだよォォォ~~~!!」


 吶喊とっかんッ!! 杷木蕗、吶喊ッ!!

 ディーティーに向かって真っ直ぐに突っ込んだッ!!


「ふぇふぇふぇ……はてさて、何をする気か……いや、期待はするまい。もうお前さんは充分に努力してくれた。ワシはその気持ちだけで満足じゃぞ」

「勝手に俺を見限ってんじゃあないぞォーーーッ!!」


 ディーティーと接触距離クロスレンジに達し、杷木蕗はその手を全力で突き出した。

 狙うは……


「チェストォォォァァァーーーッ!!」


 杷木蕗が狙ったのは、ディーティーの【眼球】ッ!!

 右手人差し指と中指を並べて立て、その二本をディーティーの右目へとねじ込んだッ!!


 が、


「ッ……!!」


 ガギャスッ、と、無情にも響いた怪音。

 ディーティーの超越権により攻撃が無効化された時の音。


「ふぇふぇふぇふぇ……残念至極そうじゃのう。……【指での目潰し】も、【覚えておる】」

「……ッソだろォ~……」

「万策は尽きた様じゃな。では、頑張ってくれた褒美じゃ。お前さんは殺さんよ」


 杷木蕗は、自分が何をされたのか認識する事もできなかった。

 不可視の飛礫が首筋に直撃した……なんて思いながら、失神したかも知れない。


 実際は、ディーティーが残像が残る程の速力で裏拳を振るい、杷木蕗の首を打ち抜いただけだ。


「……ぎ、ぁ……」


 フワッ……と静かに、そして軽く吹っ飛んで、杷木蕗は芝に伏した。完全に白目を剥いている。勝負ありだ。


「ふむ……どうしたものかのう。……まぁ、手負いとは言えもう一体いる様じゃし、そっちに相手をしてもらうかの…」

「……ァ、ザッ、…けん、な……ゴルァ……!!」

「!!」


 勝負は決した、とディーティーが杷木蕗から目をそらしたのは一瞬程度だったはずだ。正確には一瞬と言う程に短くはないが……それでも、一瞬だったと言いたくなるくらい僅かな時間だった。


 その間に、杷木蕗は立ち上がっていたのだ。

 杷木蕗の目に、黒目はない。黒目迷子。杷木蕗は白目を剥いたまま、立ち上がったのだ。何こいつ恐ッ。


「……ほう……これはこれは……何の冗談でもなく【意気だけで立ち上がった】と言うのか……! ……こんな現象は【初めて】見たのう……」


 初の驚き。ディーティーは【初めての経験】を無効化する事はできない。この驚きも無効化不可能。すごく驚いている。すごくドキドキしている。


「お、ぉお……俺は……恩を……返す……仲間も……ま、守る……ッ!! ぅ、おおおァァァァァァッッッ!!」


 白目杷木蕗の雄叫びに応える様に、地面に突き刺さっていた塵取り挟みがぼんやりと無数の白い光球を帯び始めた。


「ぬぅ……!? まさかこれは、【玉響オーブ】かッ……!?」


 オーブ……【玉響たまゆら】とも呼ばれるそれは、端的に言うと「長い時間をかけて蓄積された感情や思念がエネルギー化した高エネルギー物質」。スピリチュアルマター。

 妖怪や悪魔を始め、高次元生命体の間ではよく知られているが実際にはあんまり見ない、パンダ的な存在である。


「まさか、あの塵取り挟みにオーブが宿っていたのか……!?」


 オーブは主に、強い感情や強い思念が累積した代物や場所に出現し、多くの場合はふよふよと宙を漂って、やがては拡散して消滅する。

 つまり、多くの場合はただ綺麗なだけの不思議物質。感覚的には虹に近いかも知れない。


 だが、それはあくまで【多くの場合】は。……【希に】、オーブはただ漂う以外の現象を巻き起こす事がある。


 それは、【生誕】。

 オーブが魂となり、魂無き物がオーブ的魂を得て、生命体になる。

 俗に言う【憑物加魅つくもがみ】と言う奴である。


 憑物加魅つくもがみと化した物体…いや、生命体は、意思を持って【主】を選び、その不思議な力を貸す。

 どう言う基準で【主】を選定するかは憑物加魅つくもがみの性格にもよるが……大抵の場合は、自身の魂のルーツである【オーブの生みの親】を【主】とする。


 即ち……杷木蕗と三〇〇年来の付き合いがあり、皿助的手刀にチョンパされても杷木蕗の手によって頑張って補修され、杷木蕗に愛用され続けてきた……そんな塵取り挟みが憑物加魅つくもがみ化して【主】に選ぶのは必然……


「ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 白目杷木蕗の絶叫が強くなったのを合図に、塵取り挟みに纏わり付く様に漂っていたオーブが連なり、一本の光の縄へと変貌。そして光の縄は塵取り挟みの柄から一直線に白目杷木蕗の元へ。

 オーブの縄は白目杷木蕗の手首に巻き付くと、めちゃんこすごい勢いで収縮。巻尺を巻き取る様に、白目杷木蕗の手元に塵取り挟みが舞い戻る。ついでに、白目杷木蕗の白目に黒目も戻った。おかえり。


「ッはァ……!? な、なんじゃあこりゃあ……ッ!? なんか塵取り挟みが光ってんぞ……!?」


 黒目が戻り意識が安定した杷木蕗は、自身が握るキラキラ☆塵取り挟みにとても驚愕。

 だが、負の感情は欠片も抱かなかった。瞬時にその光が【味方】であると理解できたからである。


「なんと……オーブが従っておる……!? 【憑物加魅つくもがみ】か……!? 馬鹿な……!! 確かに【大事にされてきた物体】は、その【大事にしてきた持ち主生命体】の【生気】に当てられてオーブを纏い、【憑物加魅】となり持ち主に尽くすと聞いた事も【見た事】もある……じゃが、それは【まともな生命体】……それも【周囲に影響を与えられる程に生気に満ち充ちた生命体】に限るはずじゃッ!! お前さんは【まともな生命体】どころか、【造り物】じゃあないか!!」

「…………まぁ、何の話だか知らねぇがよォ~……生まれ方が少しばかり特殊だからって、生命が軽んじられる理由にはならねぇらしいぜェッ!!」


 杷木蕗が叫んだそれは、皿助が杷木蕗に堂々言い放った理論の受け売りだ。

 だが、ただの受け売りではない。杷木蕗が「一生こいつには勝てねぇ、勝ちたくねぇ、一生舎弟になっても構わねぇ」と心に決めるキッカケになった言葉だ。


「このキラキラしたモンも、正味、何が何だかよくわかんねぇが……こいつに触れた瞬間、力が漲りやがった…吹っ飛んだ意識も一瞬で戻って来た……どうにも凄そうじゃあねぇか……そんなんが力を貸してくれるってんなら、遠慮はしないとするぜェ~!!」


 杷木蕗が塵取り挟みを構えると同時、またしても、オーブの光は形を変えた。

 今度は、塵取り挟みを中心に、大きな光の武器を形成する。その形は……


「ッ!! ははッ……はァ~ッ!! こいつァ良い……俺にゃあお似合いの武器だぜェェェ~~~ッ!!!!」


 オーブが象ったのは、【箒】。

 塵取り挟みを中心に、眩い白銀の巨大な箒が形成されている。

 オーブが杷木蕗に応え、杷木蕗に最も適切な武器の形を導き出したのだ。


 杷木蕗が愛する【掃除】の象徴、【箒】ッ!!


「名付けるぜッ!! こいつァ【光斡戦浄こうあつせんじょう箒神ははきがみ】ッ!! 俺の相棒の…新たな力だァーーーッ!!」


 杷木蕗は全力を込めて、巨大な光の箒……箒神を、テニスのフォアハンドの要領で横方向へ振りかぶる。

 テニスは未経験だが、中々様になっている。天性のテニスセンスがある様だ。逸材。


堕撫尤タブーディーティィィィィッ!! こいつで、綺麗な光になァァァれェェェーーーッッッ!!!!」


 ボァァッ!! と、箒神が吠えるッ!! 杷木蕗のテンションに応える様にッ!!

 実際、正確にはそれは吠えではなく。ただの膨張音。箒神の先端が爆裂する様に巨大化。狙った獲物諸共、色々と巻き込んで広域綺麗綺麗するつもりなのだッ!!

 杷木蕗(持ち主)に似て、箒神も綺麗にする事への執念がすごいのだッ!!


「喰らえッ!! 【土俵清メ薙祓(ドスコイ・スィィィパ)】ァァァァァァァッッッ!!」


 やかましい程に煌く白銀の巨大箒が、全てを根こそぎ刈り取る様に、横薙ぎに振るわれる。

 土ごと芝や石畳を抉り返しながら、真っ直ぐに、ディーティーへッ!! 直撃コースッ!!


「ぬぅぅうッ!! これは不味い………………などと、言うと思ったかのう?」

「ッ……!?」


 ガギョスンッ!!


 それは、【怪音】。


 ディーティーの【超越権】により、【攻撃が無力化された時に響く不思議怪音】。


「……は……? お、い……!?」

「主人公ばりの唐突劇的覚醒劇でテンション上がってた所……水を差してしまって悪いのう」


 杷木蕗の手は、微動もしない。ただ、その頬を、大粒の汗が伝い落ちた。


「さっきのワシの発言、覚えとらんのか? ワシは、憑物加魅について、聞いた事も、【見た事もある】……確かにそう言ったはずじゃぞ? 一体、ワシがどう言う状況でそれを【見た】か、少しは考えんかったのか?」


 仁王立ちで悠長に語るディーティー。

 そう、仁王立ちで。


 箒神は、ディーティーに直撃してはいるが……そこから、ディーティーを一ミリミリミクロンたりとも動かせていない。


 何故なら、


「【憑物加魅による薙ぎ払い攻撃】……既にこの身体は【覚えておる】。……【攻略済み】じゃよ」


 ディーティーが軽く振るった裏拳で、箒神が粉々の光粒子へと砕け散る。


「……ッ……!!」


 一瞬見えた希望は、ただの幻影でしかなかった。

 美川邸庭園に降りそそぐ光粒子の雨が、杷木蕗にそんな非情極まる現実を叩き付ける。


 杷木蕗の手に握られた塵取り挟みは、未だに光を帯びている。箒神は未だ健在。

 今のは、例えるなら放たれた銃弾を叩き落された様なもの。銃本体である箒神の媒介、塵取り挟みは当然無傷。


 ……だが、杷木蕗は本格的に万策尽きた。


「さて……少しはドキドキさしてもらえたぞ、若いの。期待を越えてくれて嬉しいわい。……じゃが、ここまでじゃのう」


 ザリッ、と一歩。ディーティーが踏み出した。


「……クソッタレが……理不尽の権化かよ、テメェはよォ~……!!」


 思わず一歩後退しそうになる足を必死に地面に吸い付かせ、杷木蕗は箒神を構え直す。虚仮でも良い、と戦意を振り絞る。


 そんな懸命な杷木蕗の様を哀れんでか、ディーティーは静かに笑った。


「ふぇふぇふぇ……お前さんらからすれば、【理不尽】な【権】利を振りかざす【化】物……それがワシらじゃ。まさしくその通り、と言う事だの」


 さぁ、次は確実に意識を刈り取ろう。

 ディーティーが一瞬で杷木蕗に接近して、その顎・鳩尾・股間に三連発ビンゴパンチを叩き込もうと足に力を込めたその時。


 パァンッ!! と、一発。渇いた銃声が響き渡った。


「「!!」」


 杷木蕗とディーティーは揃って驚愕。二人とも同時に銃声の方……美川家の大門扉の方へ振り返る。


 そこに立っていたのは……アロマ煙草シガレットを咥えた、一人の麗人。

 ウェーブがかかった黒紫紺のパッツンヘアーと、太眉、そして鋭い三白眼がかなり印象的。

 身長は大体一八〇センチ程。出る所は出て引き締まるべき所は見事にシェイプアップされたナイスバデー。

 ワインレッドカラーと言うド派手なビジネススーツを完璧に着こなし、ネイビーブルーのロングコートを袖を通さず肩に引っ掛ける形で羽織っている。


 その麗人が掲げている右手には、なんかめっちゃゴツいリボルバー式の拳銃が一丁。超デカい。麗人の顔とほぼ同じ大きさだ。

 銃口からユラユラと天に登る硝煙から考えて、今の発砲音はあの拳銃で間違いないだろう。


「どこの誰と誰だか知らんが、【私の実家】で何をしている?」


 麗人の名は、美川ちゅらかわ皿楼べる

 何を隠そう、美川家八人兄弟姉妹序列一位タイの長女様である。


「……全く……皿助の無事を確認し、久々にあのプリティフェイスを拝めて夢心地良い気分トゥディなんだぞ、私は。今、厄介事は御免極まるんだが……」


 やれやれ、と皿楼はアロマ香る溜息。


 ……遡る事、前々回。

 末弟・皿助と連絡が取れないわ波動が感じられないわで急いで帰国した皿楼だったが……

 帰国してみればどうだろう。皿助の波動は普通に感じるし、実際確認してみたら普通に高校へ登校していた。

 少々何かに悩んでいる様子かわいいだったので相も変わらず抱きしめたかったが……生憎学校には衆目があった。「美川の姉ちゃん、弟大好きだってよ」なんてSNSに投稿されては不味い。

 まぁ、皿助の無事は確認できたし、眼福も得られた。ひたすらに口惜しいが皿助が帰宅したら抱きしめれば良いか……と言う事で、皿楼は現在、こうして実家へと足を運んだ訳だ。


「ところで、二人共…いや、二【人】、か? まぁとにかく……両方共、気配が妙だが……特に、そっちのセクハラすれすれの風体をした御老人。ずばり貴様ら何者だ?」

「ッ……その異様に堂々とした雰囲気……まさか、皿助の姉貴かッ!?」


 杷木蕗が叫ぶ様に問いかけた瞬間、皿楼はその手の拳銃を振り下ろし、銃口と照準を一瞬で杷木蕗の眉間へセット。

 何の迷いもなく引き金を引いた。


「あんぎゃあッ!?」


 弾丸は見事に杷木蕗の眉間にどストライク。

 まぁ、杷木蕗は一応妖怪科学技術の粋を集めた兵器なので、銃弾一発でどうこうなる程ヤワじゃあないが……それでも涙目になる程のダメージ。

 皿楼が今振りかざしている拳銃は、美川家傘下の家系が経営する工場で製造された特別製だ。いくら杷木蕗と言えど、皮膚が擦り剥ける程度のダメージは入る。


「な、なななな何しやぎゃるぅ!?」

「質問しているのは私なんだが? 貴様がどこでどう言う教育を受けてきたかは存じないが、【質問には質問で返せ】【疑問文には疑問文で答えろ】と誰かに習ったのか? あァ?」

「え、嘘だろあんた!? そんな理由で撃ったのか今!? 俺が思ったより頑丈じゃあなかったらどうする気だったんだァ~ッ!?」

「ふん。笑わせるな。この私が加減を見誤るとでも思うか? もう貴様からで良いからさっさと名乗れ。次は耳殻なり指なりどこかしら吹き飛ばすぞ」

「……ふぇふぇふぇ……」


 と、ここでディーティーの静かな笑い声。


「今、お嬢さんは【私の実家】と言った……チュラカワ・ベースケの身内である事は疑い様あるまいて」

「……どちらも人の話を聞かないな。制限時間は残り五秒でいいか?」

「五秒も必要ないわァ!! キィェエエエエエッ!!」


 ディーティーの奇声ッ!!

 突然の奇声と共に、ディーティーの周囲の地面が抉れ返るッ!!

 声の圧力で、地面が抉れたのだッ!!


「今すぐ名乗ろう!! ワシはディーティー・サーティッ!! 堕撫尤タブーと呼ばれる【高次元生命体】ッ!! そしてこれは、挨拶代わりの一撃じゃあぁぁッ!!」


 一瞬。

 一瞬にして、ディーティーは皿楼の接触距離クロスレンジへ。


「なッ……おい、危ねェッ!!」


 先程までとは明らかに様相が異なるディーティーの圧倒的攻勢。杷木蕗は思わず、皿楼を心配する叫びを上げた。


「ぱぁおッ!!」


 しかし、杷木蕗の叫びは間に合わず。

 ディーティーの正拳突きは、皿楼の鳩尾へ直撃ッ!!

 その胸を貫き、背中から貫通……


「疾いな……成程、高次元生命体だったか」


 ッ!?

 どう言う訳か……本当にどう言う訳かッ!!

 皿楼は既に、ディーティーの背後に立っていたッ!! それも既に、その手に握った大口径リボルバー拳銃の銃口を、ディーティーの後頭部に突き付けているッ!!

 そして彼女の豊満な胸部は無傷……不思議。先程、確かにディーティーの正拳がそこを貫いたのを、我々は目にしたはずだのにッ!!


「ッ!? な、なんと……馬鹿な……確かに今、質量のある物体を殴った手応えがあったはずじゃが……」

「【虚構質量の(ホローウェイト・)波動疾走オーバードライブ】。まぁ簡単に言えば【質量を持った残像を残す波動】だ」

「……ほうほう……【波動】は【知っておる】が……それは【初めて】見る妙技……して、高次元生命体を知っている口ぶりだったのう……」

「私は世界を股にかけて平和を守る警察官だ。当然知っている。タブーとやらに聞き覚えは無いがな。……だが、貴様が【何】にしても【低次元こっちの世界にいる高次元生命体】と言う事は、とりあえず【受肉体】に収まっているんだろう?」


 高次元生命体は受肉しなければこちらではロクに活動できない。

 超国際連合や超インターポールなど、【超】が付く国際機関の上層部に所属・関係する者なら常識的に知っている知識だ。


「まぁ、理由は知らんし興味も無いが……【私に喧嘩を売る】と言う事は……受肉体を粉々に磨り潰される覚悟は出来ていると判断して良いな? 良いよな」


 敵対者の事情など、いちいち構っていては一日が数百時間あっても足りない。

 それが美川家の次期当主候補筆頭である皿楼の日常とも言える。

 ディーティーが自分を攻撃する理由は知らないが、攻撃してくるなら迎え撃つのみ。


 皿楼はその手の拳銃、そしてリボルバーに装填されている弾丸に波動を帯びさせる。

 種類は【豪鋼破断の(アイアンガイスト・)波動疾走オーバードライブ】。美川流総合武術に置いて流派開設初期から存在するポピュラーかつとてもストロングな波動。これを帯びた物体による破壊は、通常の数倍から数十倍…数百数千倍の破壊規模になる事もある。


「受肉体相手は楽だ。加減が要らない」


 皿楼は余り無益な殺生を好まない。

 例え相手がどんなにクズだろうと、自意識をへし折って従順な駒にしてしまえば使い道はある。即ち、生命体はその個性に関係なく【価値ある資源】である。

 無益な殺生は【資源】を無駄にすると言う事。【愚行】だ。そんな事をすれば、人生の汚点になる。


 故に、皿楼は必要性がある・もしくは不可抗力的な殺生以外は極力避けるため、常に【加減】をする。

 傍からはそう見えていないかも知れないが、戦闘中、彼女は常に繊細な心配りをしているのだ。


 だが、高次元生命体が相手なら話は別だ。


 低次元生命体が高次元生命体を殺すには【高次元的な生命体に干渉できる高次元的波動】を練る必要がある。

 その波動を帯びていない攻撃なら、受肉体を破壊する事はできても高次元生命体の息の根を止める事はできない。

 そして流石の皿楼と言えど、強く意識しないと【高次元的波動】は練れない。


 今、銃弾に纏わせている【豪鋼破断の(アイアンガイスト・)波動疾走オーバードライブ】は特に意識せずに練った通常版だ。

 受肉体ディーティー相手に、調整の必要は無い。


 皿楼の全開波動を帯びた大口径リボルバー拳銃は、最早「二・三発で高層ビルを粉微塵に解体完了できる大砲」と言っても過言ではない。


「死ぬな、ただ痛がれ」


 皿楼は何の躊躇いもなく、引き金を一瞬の内に四回引いた。リボルバーがギャルルルンッ!! とソニックブームを放つ程の速度で回転。大口径の銃口より、四発の小さな砲弾がほぼ一発分の銃声で射出される。

 自宅門扉ごとディーティーの受肉体を八割程度、吹き飛ばす……皿楼はそう算段していた。


 だが、ここでメギャンッ…と言う怪音が響く。

 皿楼の放った砲弾は、周囲の門扉や草木を吹き飛ばす所か、ディーティーの受肉体を穿つ事も無く、四発全てパラパラと地に落ちていった。


「……あァ?」


 流石の皿楼も、不可解だと疑問の声を上げる。


「そう言えば、お嬢さんには説明がまだだったのう……端的に言うと……ワシは【一度受けた事のある攻撃は全て無効化できる】と言う【能力】があるのじゃ…よッ!!」


 振り返り様のディーティー裏拳。

 皿楼はギリギリの距離を見極め、二歩だけ下がってそれを躱す。


「【豪鋼破断の(アイアンガイスト・)波動疾走オーバードライブを帯びた銃撃】……三〇〇年前の戦いで、既に味わい【覚えておる】よ……ワシらが三〇〇年前に対峙した波動戦士のそれより随分強力だった様じゃが……ワシの超越権の前に、威力は関係無い」


 三〇〇年前、堕撫尤タブーとの戦いに置いて。

 美川家は【諸事情】あって参加していなかったが、美川家の傘下家系や美川流総合武術門弟達は何名か参戦していた。

 ディーティーが波動を覚えたのは、そいつらからだ。


「……ふん。そうか。……【一度受けた事のある攻撃は全て無効化】、そして【三〇〇年前に波動戦士と対峙した事がある】……」


 皿楼はディーティーの発言を整理し、最適かつ最高効率的対処法を刹那に思案する。


 戦闘向きの波動はほぼ全て開祖が編み出した物。三〇〇年前には既に存在していた。それらは全て効かないと想定した方が良いだろう。

 皿楼は拳銃を始め、様々な銃火器を衣類や体内に仕込んでいる……が、銃の規格に関わらず【銃撃】として一緒くたにカウントされて無効化される可能性は否定できない。


 波動も銃火器も、全て片っ端から試していくのは面倒だ。

 三〇〇年前には【確実に存在していなかった武器】を使わせてもらうとしよう……と皿楼は結論。


 ペッ、とアロマシガレットを吐き捨てる。


「やれやれ……老人にセクハラするのは趣味じゃあないんだがな」

「ふぇ?」


 皿楼は光を置き去りにしそうな速度で左手を振るい、ディーティーの髭を鷲掴んだ。

 本当は襟とかを掴みたかったが、ディーティーはフンドシ一丁男前スタイルなので仕方無い。


「ふぇふぇ、何をするかと思えば、無駄じゃ。髭を引っこ抜かれるのも経験済…」


 そのうるさい口を、塞いでやる。


 そう言わんばかり。

 なんと、皿楼は髭を引っ張って手繰り寄せたディーティーに、そのままズギュゥゥゥンと【キス】をしたッ!!


「「ッ!?」」


 その余りに突飛な行動に、ディーティーだけでなく、半ば傍観状態だった杷木蕗も目をひん剥く。


 マウス・トゥ・マウス。接吻。重なる唇。

 妙齢の女性がマッチョな老人に無理矢理キスをしたッ!!

 しかもフレンチではないッ!!


「ッ、も、ァッ!!」


 ディーティーが抵抗のために振るった裏拳は、皿楼の脇腹に直撃……したかに思えたが、それは質量を持った残像【虚構質量の(ホローウェイト・)波動疾走オーバードライブ】。


 実物の皿楼は既にディーティーの背後に回り込んでおり、新しいアロマシガレットに火を灯している所だった。


「そう嫌がってくれるな、御老人。もしや、キスは【初めて】だったか? ……まさかとは思うが、その御年で不犯を貫いていたりするのか?」


 からかう様な口調と横目で、皿楼はディーティーを煽る。

 余裕そうだ。すごく大人の余裕がある。「キスなんて挨拶だろ」と気軽に言い放つタイプの余裕ッ!!


「ッ……確かにそうじゃが……そこではない……!! お嬢さん……今、ワシに【何を飲ませた】ッ!?」


 そう、皿楼は別に唐突欲情したからディーティーにキスした訳ではないッ!! 彼女は枯れ専でもなんでもない。強いて言うなら皿助専。

 皿楼がディーティーにキスをしたのは、【ある物】をディーティーに飲み込ませるため。


「……私は、所属こそ日本警察だが……世界を股にかけるエリート警察官でね。揉め事は日常茶飯事だ。そこで……まぁ、有り得ない事ではあるが【もしも敵性勢力に敗北し、囚われてしまった時の対策】も一応してある。【奥歯】に、な。仕込んでいたんだよ……【自決用の兵器】を。今、貴様に飲み込ませたのは、それだ」

「自決用……!? ま、まさか……」

「【第四状態物質熱波炸裂プラズマ・ハイブラスター式の特殊弾】、だ。威力としては……そうだな。まぁ、特に遮蔽物が無ければ、炸裂地点から半径数百メートル四方を焼き尽くせる代物だ。敵を道連れにしながら自決するための兵器としては、まさしくなスペックだろう?」


 個体・液体・気体と言う物質の三大形態のどれにも属さない、四つ目の物質形態【プラズマ】。

 プラズマの原理を兵器に転用した所謂【プラズマ兵器】が実用段階に至ったのは、つい【最近の話】である。

 三〇〇年前と言えば、プラズマと似た概念程度ならあったかも知れないが……プラズマ兵器の類があったとは思えない。


「……さて、御老人。一つ質問がある。【体内を第四状態物質熱波炸裂プラズマ・ハイブラスター式の特殊弾で焼き払われた】事はあるか?」


 皿楼の質問に、応える声は無かった。

 代理で返答する様に、ディーティーの穴と言う穴からオーロラにも似た色合いの不思議閃光が煌き、続けてシュゴォァッ!! と言う特殊な炸裂音が響き渡った。


「…………ば、ぱ、は……」

「うむ。丁度計算通りだな」


 受肉体内部を高エネルギープラズマ体で焼き尽くされたディーティー。その皮膚表面に、ビキビキビキィッ!! と亀裂が走る。

 受肉体へのダメージが限界を越え、崩壊が始まったのだ。


「ぉ、ご、ぉぉ……こ、こんな……こんなの……【初めて】……じゃあ……げ、ふッ……」

「ふん。初めてのキスが私とは、無垢な童貞御老体には少々刺激が強過ぎた様だな」

「……ま、まさ、しく……じゃが……悪く、ない……ドキドキ……初体験で、あった……ふぇ、ふぇふぇ、ふぇふぇふぇ……」


 冗談めかした皿楼の言葉を受け、ディーティーは上機嫌そうに笑う、

 そして、粉微塵に砕け散った。


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