15,強敵邂逅。未来と運命を狂わすネタバレ女ッ!!《前編》
すっかり夜の帳が降りきり、良い子も悪い子もどんどん眠りに就く頃合。
奥武守町南部、却里依の森……そのほぼ中心部に、皿助は足を運んでいた。
夜遊び、夜のピクニックと洒落込む不良的嗜み……ではない。皿助はそんな子ではない。皿助は未だ多少未熟者ではあるが、悪い子ではない。言いがかりはよしてもらおう。
皿助がシンデレラタイムを激しくオーバーしてもなお自宅から遠く離れた森の中にいるのには、とても止むを得ない理由があるのだ。
「この辺りか……晴華ちゃんの波動が途絶えたのは……」
草を踏み分け、皿助は【晴華の波動が途絶えたポイント】へと辿り着いた。
「良いねぇ、この森はよォ~……ゴミが一つぽっちも落ちちゃあいねぇ。落ち葉は良い腐葉土になりそうな匂いがプンプンしてやがる。こんな場所で眠れたら最高にハイな夢が見れそうじゃあねぇかよォォ~」
皿助の後に続いて森に分け入るジャージ姿の坊主頭中年。杷木蕗だ。
非開発指定区域である却里依の森にゴミなど落ちているはずもなく。こんな綺麗プレイス、綺麗好きな杷木蕗としてはゴキゲン最高潮だ。
もう言葉と笑顔だけでは表現が追いつかないのか、杷木蕗は愉快なリズムで塵取り挟みをカチカチと鳴らしている。
「ところでェ~…晴華ってのは確かぁ、あの河童の娘だよなァ~? 誰を追ってたんだ? 灯雀の辛味ジャンキー野郎か? 摩初のドMビッチか? それとも鳴寧のションベンたれか?」
「最後に受けた晴華ちゃんからの連絡によれば、【鳴寧と名乗るブルマ姿の少女】だそうだ」
ちなみに、灯雀は皿助が説得されて既に妖界郷へ帰っている。
摩初とはそもそも人間界に来る前に捕縛された一体の事だ。話に寄ると、捕縛用の高圧妖怪電流網を見せたら自分から「ハピネースッ!!」と叫んで飛び込んで来たらしい。
「ハッ、あのションベンたれか。あいつが機装纏鎧を持ってる妖怪相手にまともに立ち回れるたぁ思えねぇなぁ……」
「だが、晴華ちゃんの波動は消えた」
「どぉにもキナ臭ェ」
「……全くだ」
晴華の波動が消えた。
それも、ただ消えたのでは無い。
妙な消え方をした。
ここから皿助が感知できない程に遠くへワープしてしまった……と言うのは有り得ない。例え地球の裏側や別の世界にいたって、皿助は大切な存在の気配や波動は感知できる。
あまり考えたくはない事だが、死んでしまった……としても、だ。
半年前の皿助ならともかく、美川流総合武術の奥義を実戦レベルで駆使できる程に波動的波道を修め成長した今の皿助ならば、死体が放つ微弱な【残照的波動】を感知できるはずだ。
現状、皿助はそれすら感じていない。とても不思議。
更に丹小又を介して妖怪保安局の局長の【千里眼】の力を試みようとしたら、「【何らかのノイズ】が混ざってよく見えなかった」……と言う結果に終わった。
妙だ。非常に……だが、皿助には心当たりが全く無い訳でも無い。
皿助は過去に、自身の直感が全く通じない相手と対峙した事がある。
それは【幽霊】の幽子だ。
幽霊を完全に感知するには【霊感】などの特殊知覚が必須。
残念ながら、皿助は肉体的に少々逞しい以外は割と凡庸な一般的高校生。特殊知覚の類は持ち合わせていない。主人公だのに。世知辛い。
故に【完全に感知するには特殊知覚が必要になる存在】や【並の知覚ではまともに感知できない高次元的の存在】が関わる【事象】の前に、皿助の直感は無力同然。
つまり、晴華はそう言った【存在】の手で【何か】されてしまっている可能性が高い。
そう考えれば、千里眼でも察知できない理由は推測できる。妖怪保安局の局長よりも、次元が上の【何か】が関わっていると言う事だ。
皿助に推理できるのはここまで。
現状、これ以上はいくら思考を重ねても無駄。
なので、状況を進展させる要素を求め、晴華の波動が途絶えたこの場所に直接やって来たのだ。
「……!」
「……おやおやァ~……」
そして、皿助と杷木蕗はある物を発見した。
門だ。立派な木製の門。ただし、門扉の片側は強引にもぎ取られた様な形で大破し、地面に転がっていた。
「……自然尽くしの森の中に、突如現れた明らかな人工物……それも、立地的に【門】として本来の意味合いは皆無に近い挙句、破壊されている。晴華ちゃんの波動が途切れたのもドンピシャこの辺り……確実に門が関連していると見て間違いないな」
「おーいおいおいおい……皿助、それだけじゃあねぇぞ…よく見ろ、あの門……どこか【別次元】に繋がってやがる」
「!」
確かに、破壊された門扉が閉ざしていただろう場所から覗く向こう側は、暗黒。
どう考えても、門の向こう側に本来広がっているべき森とは違う場所に通じている。不思議。
「それに薄らと残っているこの【匂い】は……【封印術式】の残り香だ……しかも、一種類じゃあねぇ……ひーち、たーち、みぃー……大雑把四種だ。もしかするとそれ以上かもなァ~……とにかく、最低でも四種類以上の封印術式が施されてた痕跡的匂いがすんぜェ~……こんなのは当然タダゴトじゃあねぇ。マジにキナ臭ぇぜ……」
「……人間の俺にはイマイチこうピィンと来ていないが……とにかくすごく胡散臭い門だと言う事はわか…、ッ!!」
皿助が門をじっくり観察していると、その門の目の前に【見慣れた物品】を発見した。
それは、二枚の皿。一枚は小さな醤油皿で、もう一枚は緑色の平皿。
「これは、晴華ちゃんの頭の醤油皿と、ダイカッパーの媒介となる平皿だッ!!」
どちらも晴華の痕跡ッ。
皿助は急いで駆け寄り、二枚の皿を拾い上げる。
「間違い無い……この平皿の感触はよく知っている……そして、どちらにも薄らこびり付いた汗と垢の匂い……完全に晴華ちゃんのそれだ……!!」
「つぅ事は……」
門の目の前に、晴華の皿が落ちている……と言う事は、晴華は間違い無くここに来て、ここで皿を落とす様な事態に見舞われた。確定だ。
「残る有力な手がかりは、この【門】だけ……外側にはこれ以上の不審点は見当たらない。……調べるべきは……」
「……【中】、か。……かァ~ッ……マジかよォ~? あんな得体の知れない所に突っ込むなんて、正気の沙汰じゃあないぜぇ……」
「だとしても、だ」
「お友達のためならえんやこーらってかァ~? ……まぁ、そりゃあそうか……んじゃま、ここまで来たらとことん付き合うぜェ~、皿助。どうせ妖界郷に送り還されるまで暇だからよォ~」
「……ありがとう。未知の領域に向かう時、独りじゃあないのは実に頼もしい。感謝する、杷木蕗…いや、杷木蕗さん」
「創路で良いっつぅの。ほれ、行こうぜェ~」
◆
門の内部に広がる異次元空間は、とてつもなく広かった。
天井と壁の気配を全く感じない。
試しに、皿助は外で拾っておいた小石を横合いに軽く投げてみた。音が聞こえたのは二〇秒ほど経ってから。それも床に落ちた音だった。
上へ投げても、何かにぶつかった音は無く、これまた二〇秒ほど経過して手元に戻ってきた。
とても広いと言う事だけは理解した。機装纏鎧で立ち回っても問題無さそうなくらい広い模様。
その広さだけでも不思議充分だのに、不思議なのはそれだけではない。飽き足らない不思議。
門の内部は暗黒に包まれているはずだのに、皿助も杷木蕗も、お互いの姿をしっかり視認できているのだ。
確かに、皿助と杷木蕗は二人共その瞳に暗視機能は完備しているが……それでも平常時に比べて、視界は多少色褪せるモノだ。
しかし、皿助が今見ている杷木蕗のジャージの色は、まるで白昼晴天の元にいる様にしっかりとした紺色で見えている。
杷木蕗も、皿助の黒い学ランと周囲の闇の境目をしっかりと把握できている。
この空間に満ちているのはただの【闇】ではないらしい。実に不思議空間。
「どうやら……ここは別次元じゃあなくて【作為的亜空間】だなぁ……人か妖怪かはたまた悪魔か……とにかく、【何者かが何らかの目的のために作為的に作り出した空間】だぜ」
「こんな広大な空間を……作ったのか……!!」
「一応言っとくがよォ~皿助ェ、この規模の作為的亜空間は妖怪の目線から見ても異常だぜェ~……こんなもん拵えるのは並大抵じゃあない。いよいよキナ臭過ぎて鼻がイカレちまいそうだよこいつはァ~~……!!」
「………………!!」
こんな広大な不思議空間すらも、現実の物として生み出せる……陰陽師や妖怪のアレコレに触れてある程度の耐性を得た皿助だったが、まだまだこの世界には舌を巻く余地がある様だ。
「……にしても、べらぼうな広さだ。もうかれこれ一〇分は進んでいるぞ」
「まー、当時の連中はミー達をバッチシ封印するためにすごくハッスルしてこの空間をクリエイツしたみたいデスしネ」
「おォ~いおいおい、その当時の連中ってのが誰か知らねぇが、ちょいとこりゃあハッスルし過ぎ…」
ッ!!
最初に気付いたのは皿助、一瞬遅れて杷木蕗。
皆さんはお気付きだろうか。
今、皿助の物でも杷木蕗の物でも無い、カタコト調の少女の声がすごく自然な感じで会話に参加していた事にッ!!
声の主はいつの間にか……本当にいつの間にかッ。
皿助と杷木蕗の間を取り持つ様に立っていたッ!!
「ッ……!?」
「ぅおいおいおいッ!!」
急いで、皿助と杷木蕗はそれぞれ横合いに跳ね退く。
「何者だ、お前は……!?」
「んん~? マイ・ネーム、デスかぁ~?」
皿助の質問を受け、カタコト調少女声の主は自分の頬を指でプニる。
少女の顔付きや体格から推測できる年齢はおよそ一〇代後半。皿助と同年代から少し上くらいか。
一目で染髪ではないとわかるナチュラルで美麗な色合いの金色ツインテールヘア。蒼い枠の中に翡翠の宝石を沈めた様な瞳の色。薄ら残るそばかすはむしろチャームポイントと言える。
服装は素肌に大きなユニオンジャックが刻まれたパーカーのみを羽織っており、そのジッパーをへその辺りまで下ろしているのでその豊満な谷間が非常に眩しい。スカート丈もスーパーベリーミニで神風を期待してしまう。
「ミーはバレネッタ。バレネッタ・リクリア、デース。よろしこー。貴方の名前は?」
バレネッタと名乗った金髪少女は既に自己紹介した。
皿助達はまだ色々と聞きたい事があるが、ここはひとまず自己紹介を返すのが礼儀。絶対。
「……美川皿助、【美】しい【川】に、【皿】の様な目をした【助】平と書く……!!」
「お、俺ぁ杷木蕗創路だぜ……」
「ォオーイエー。ベースケにソージ。非常によろしこー……ま、わざわざヒアリンしなくても知ってマシタけどデスが」
「何……!?」
バレネッタはクスッと静かに笑うと、
「次にベースケは『それはどう言う意味だ…? いや、それよりも聞きたい事があるぞ』…と言うデス」
「それはどう言う意味だ…? いや、それよりも聞きたい事が…ハッ…!?」
「次にソージは『べ、皿助? お前、今の……』と言うデス」
「べ、皿助? お前、い…ハッ…!?」
クスクス、とバレネッタの笑みが濃くなる。
「くっ……何が可笑しいッ!!」
「ハァ~イ……そのセリフも、【知ってた】デス。アイノウ。笑った理由……だって、すごくシュールで可笑しいデスよ、ベースケとソージの驚いたフェイス。そりゃあミーのスマイルも爆散しますデスよ~」
「おォ~いおいおい、随分と舐めた態度を取ってくれるなァァ~バレネッタさんよォ~……人間でも妖怪でも悪魔でもないみたいだが……まぁ今はひとまずどうでも良いぜェ~!!」
杷木蕗が「まずは綺麗にしてから話を聞いてやるよォォ~!!」と塵取り挟みを振り上げようとした、刹那。
「ノーセンキュー。ミーは既に綺麗だと自負してますデース」
杷木蕗が、吹っ飛んだ。
バレネッタの鋭い足刀が彼の顔面を強襲したせいだッ!!
あまりに突然の不意打ちッ!!
しかし、最初に不意打ちをしようとしたのは杷木蕗。それを読んでの行動ならば、バレネッタを外道と呼ぶのは憚られるかも知れない。
何にせよ、今、ただ言える事は一つ。
バレネッタがパンチラを欠片も厭わぬハイキックで、杷木蕗の顔面を蹴り飛ばしたッ!!
「へぐぁぁぁーーーーッッッ!?!?」
顔面を襲った痛みに悲鳴を上げながら、杷木蕗は暗闇の中を真っ直ぐに吹っ飛んで行く。
数十メートルほど吹っ飛んだ所で、杷木蕗の身体は重力に引かれて自然に着陸。その後も数メートルばかり転がって、止まった。
「ッ……そ、ソウジ!! 大丈夫か!?」
「ぎ、ぎぎ、ごぁ……かぁ、ぁ……!?」
杷木蕗は意識は残っている様だが、もぞもぞとイモ虫の様に身をよじるだけで起き上がれそうな気配は無い。
どうやら、バレネッタの足刀は的確に杷木蕗の顎を捉えていたらしい。杷木蕗は今、重度の脳震盪を起こしているのだ。
自律稼働式の機装纏鎧な杷木蕗だが、人体に非常に似せて造られた事が仇になった形だ。
「そしてベースケは『いきなり一体何を!?』と言うデス」
「いきなり一体何を!? ……ッ……」
「ミーは【知ってました】デス。ソージはミーの話をロクに聞かずにミーに襲い掛かるソーローさんだって。だから先に処理しまシタ。でも安心してデスよ、ベースケ。ユーはこちらから攻撃動作を見せなければバーバリアン的な事はしない子だって、ミーはよぉぉ~く【知ってる】デスから」
「な、何なんだ、お前は、一体……!? まるで、何もかも……【未来の事】を【予め知っていた】かの様な言動ばかり……!!」
「むふふー……既に答えをセルフで言ってるじゃあないですか、ベースケ。イグザクトリィ。ミーは予め、【知っていた】。さて、もっと詳細に自己紹介しますデース」
バレネッタが両手を広げ、さながらバレリーナの様にその場でくるくると回り出す。
詳しく自己紹介する。その言葉通りに、まずは自身の全容をしっかりと見せつけているのだろう。
スーパーベリーミニのスカートが風に乗って舞い踊り、思春期真っ只中な皿助としては「そう言う場合ではない」と思いつつもちょっと目で追ってしまう。
「ミーはバレネッタ・リクリア……【堕撫尤】デス」
「タブー……だと……?」
「イエス。すごく昔、何センチュリー前でしたデスかねー? まぁ、とにかくベリーベリー昔デス。その頃に、【高次元世界】の一つ、【天界星雲】から舞い堕りた…本来ならばユー達では撫で触れる事さえ出来ない尤なる存在……それが【堕撫尤】デス。ま、今は【受肉】して生物的次元を堕としてるので、ユー達でもタッチできますけどネー」
「??????」
「ま、この説明ではピンと来ないってのも知ってたデス。要約すると、ミー達は天界って言うベリーハイクオリティなワールドから堕りて来た高次元生命体デス。【天属】とか【エンゼル】と言えばピンと来ますデスよネ?」
「エンゼル……【天使】か!? 妖怪悪魔に飽き足らず、天使までいるのか……」
一体この世界はどこまで俺に舌を巻かせるつもりだ、と皿助は戦慄する。
「ん? 待て、堕りて来ただと? 何故……」
「ミー達は【天界王】…ユー達にわかりやすく言うと、【神様】の命令で人間界にカミンしましたデス」
皿助の「何故わざわざ堕りて来たんだ?」と言う質問も【知っていた】のだろう。バレネッタは先回りして回答。
「その命令の内容は……【生命の選別】」
「何……!?」
「王は嘆いてたデス。ソウクライ。自分が作ったこの人間界・妖界郷・魔界穴で、いつまでも人間・妖怪・悪魔がギスギスいがみ合っている事に。想像してみてくださいデス。イマジン。ユーが頑張って作ったアクアリウム水槽の中で、オタマジャクシと金魚とグッピーがいがみ合い殺し合っていたら悲しくなりませんかー?」
「それはすごく悲しい……!!」
「でしょう? だから、王はミー達を【堕撫尤】として選出し、【使命】を帯させ、【目的】も与えたデス」
その目的とは……
「【愚かな生命の廃棄】。そして【優しき生命の保護】」
「なッ……」
「争い合う愚かしい生命を全て排除し、争いを望まない優しい生命だけを残すデス。争いを望まない優しい生命同士の子孫生命は、きっと親同様に争いを望まない生命になるデス。まぁ、簡単に言うと【品種改良】の様な物デスネ」
「そ、そんな事……いくら神と言えど……」
「許されますデスよ。だって、ユー達は所詮、王が箱庭に放った小虫でしかないんデスから」
バレネッタの瞳も声も、特に変化は無い。
特に心情の変化を見せずに、今のセリフを口にした。つまり、常々、そう認識していると言う現れ。
この世界の現状は、例えるなら、ジオラマ職人が森林のジオラマで気まぐれに虫を飼育しているだけ。ジオラマの雰囲気を損なう虫は、排除されて当然。
バレネッタは、そう言う次元の話をしているのだ。
「デスが、まぁ当然と言えば当然……当時の低次元生命体……人間・妖怪・悪魔は黙って【選別】を受け入れてはくれず、ミー達と全面ファイト。結果、ミー達はこの空間に封印されていたデス」
「そうか……ソウジの言っていた封印術式とやらは、お前達を封じるための……」
「イエス。ま、ラッキーな事にこうして封印は解けてくれた訳デスが……さて。ミー達が封印されている間に、多少は人・妖・魔の関係が改善されているのは当然【知ってる】デスが…正味まだまだデスね。ミー達は引き続き、この時代でも【選別】作業に従事するデス」
「……ッ、そんな不条理、到底、看過できはしないぞ」
皿助は一介の男子高校生だ。全生命の救世主ではない。
堕撫尤に【選別】され、【廃棄】されるだろう者達を救う義理も道理も無い。大体、それは男子高校生の職務領域を遥かに逸脱している事だ。
だが、皿助は堕撫尤達の行為を決して看過しないだろう。
高校生は自由だ。時には己の身の程を忘れ、青い正義感に身を任せる事もその自由の一環に含まれるはずだ。
多少相手を選ぶとは言え、一方的な生命の蹂躙を看過できる程、皿助は冷徹ではない。
今の話を聞く限りでは、堕撫尤の【選別】を容認する事は不可能。
皿助は視線に明確な敵意を込め、改めてバレネッタの谷間…もとい、バレネッタを睨み付ける。
「そうデスか……ま、その反応も【知ってました】デスが」
「……………………」
皿助が静かに臨戦態勢を取る。
バレネッタは口角を更に上げて、笑った。
一介の凡庸な人間…それも高校生風情が何を大口小生意気。と皿助の事を嘲笑するつもりだろうか。
「チュラカワ・ベースケ。ユーは…………ベリーベリーすごいデス!! ワーオッ!!」
どこから取り出したのか、突然、バレネッタはクラッカーをパパパァンと鳴らした。
「…………は?」
予想外過ぎるクラッカーの紙吹雪を浴び、流石の皿助も呆然。
「大したもんデスヨ!! 何せ、今、この現代に置いて唯一【堕撫尤を全て倒せる人間】なのデスから!!」
「…………!?」
今、バレネッタは何と言った……!?
髪に絡まった紙吹雪を処理しながら、皿助は驚愕を顕にする。
「ベースケ。ユーはミー達、現在人間界にいる五体の堕撫尤を全員倒し【選別】を失敗に終わらせる事ができる唯一のキーパーソン的存在なんデス」
「俺が……お前達を、倒す……?」
「何故そんな事を知っているかって? 決まっているデス。それが、ミーの【超越権】なんデスから」
「超越、権……? 待て……本当マジに待て……お前はさっきから一体何を……」
「【超越権】は、ミー達が持つ【王に与えられた権利】デス。まぁ、人間界で活動するための【受肉体】に入っている間はかなり制限されてますデスが……それでもユー達の常識を遥かに超えていく能力デス」
「……ッ!! まさか……お前のその【超越権】とやらは……」
「イグザクトリィ。【未来認知】。それがミーの【超越権】。簡単に言うと【未来のネタバレを知る事ができる権利】デス」
つまり、バレネッタは【未来のネタバレを知る】事で、【知っていた】のだ。
今日、皿助がここに来る事。
そして、皿助がいずれは自分達堕撫尤の使命【選別】に置ける【最大の障害】になる事を。
「……まさか、ここで俺と戦うために、待っていたと言う事か……!!」
「イエース!! またまたイグザクトリィ」
だったらば、不味い。
皿助はそう考える。
バレネッタの超越権とやらは疑い様がない。そんな能力が無ければ、先程見せた【皿助や杷木蕗の発する言葉を一言一句違わず先読みする】と言う芸当に説明が行かない。
そして、バレネッタが【未来を全て知った上でここで皿助を待っていた】のならば……【本来なら堕撫尤を全員倒せるはずの皿助を、今ここでならバレネッタ単独で撃破できる未来】があると【知っている】からの事だろう。
今ここでバレネッタの望み通りに展開させるのは、非常に不味い。
ここは一旦……
「あ、ちなみに一旦退いて態勢を立て直すのはノンノンデスよ? それは困るデス。なので、そうさせないための【交渉材料】がこちらデス」
「……何?」
そう言って、バレネッタはおもむろに自らの股座からスカート内部へと手を突っ込み、ゴソゴソと何かを漁り始めた。
「えぇーと、どの辺に挿入れたデスかね……んー、ん、ぁ…、……ふぅ……ありましたデス」
ででんでんででん♪ と言うセルフ効果音と共にバレネッタがスカート内部から取り出したのは、匣だった。
まるで掌サイズのガラスケースに虹を押し込んだ様な、七色に着色された匣。そして何やら不自然に湿っている。
「……色々と、物申したい事はあるが……とりあえず、何だ、その【匣】は」
「ユーが探していた【モノ】デスよ。それだけ言えばわかるデスよネ? 【知ってる】デス」
「……ッ……まさか…晴華ちゃんか……!? 晴華ちゃんが【それの中に入っている】とでも言うつもりか!?」
「オォーイエース!! ありえないと思うデスか? まぁ確かに、このサイズの【普通の匣】なら、あの豊満なバディの河童レディを押し込むなんて到底無理デスねぇ……でもでもデス。これは、ミー達のボス、パン・ドーラー様の【超越権】で生み出された【特別な匣】なのデス」
「……!!」
出た、超越権。
もう既に「ああ、超越権ならそれくらいできるよね。しょうがないね」的な雰囲気が築かれつつある不思議パワーワード。
これから先も超越権の一言で色々と理不尽な現象を叩きつけられそうな予感が止めどない。
「件の河童レディは、パン・ドーラー様に【優しき生命】と認定され、こうして【匣】に【保護】されていますデス」
「【選別】、と言う奴か……」
「飲み込みグッド、デスね。イエス。【優しき生命】はその素晴らしき優しさ故に【愚かな生命】を庇う可能性がありますデスから。こうして【匣】に【保護】して、【廃棄】が済むまで大人しくしていてもらう寸法デス。そしてそれはともかくとして、はいデス」
「は……?」
突然、バレネッタは軽い調子で匣を放った。
小さなお山さん的な軌道を描き、匣は皿助の胸元へ。皿助はそれに多少戸惑いつつもしっかりキャッチ。
「んふー。その匣、もとい河童レディを人質に、ユーにミーと戦う事を強要するとでも思いましたデスか? 思ってたデスね。【知ってる】デス。でもでも、ミーは腐ってもエンゼルなのデスよ? そんな性格の悪い事はしないデス」
「……………………」
「ただ…………【知りたい】と思わないデスか? 【その匣を開ける方法】」
「……ッ!! ……成程な……それを知りたければ、今ここでお前と戦え、と……!!」
「イエース。物分りすごくファスト。流石はベースケ。ナイスガイ! それも【知ってた】デスけど。と言う訳で、ミーと今ここで戦ってくれたらその結果のどうこうを問わず、【最後】に開け方を教えてあげるデス」
仮にも天使だから、晴華を人質にして言う事を聞かせるなんて性格の悪い事はしない。
でも、言う事を聞いてくれなきゃあ匣の開け方は教えてあげない。
……確かに、実に良い性格をしている天使様だ。
「さぁ、ユーファイトミー…デスよ、ベースケ…【本来ならば堕撫尤による選別計画を潰す未来を齎した者】。共に、ミーがネタバレで知った未来をブチ壊してしまいましょうデス。きゃはッ☆ デス」
堕撫尤。
本来ならば、まさしく生きる次元が違う…高次元の超越者。
そんな未曾有の存在が、今、皿助に牙を剥く。




