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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第二部 禁忌超越
15/65

14,不穏胎動。新たな敵の目覚めッ!!

 このご時勢、地球温暖化を憂う人類は少なくない。

 故に、【超国際連合】はその問題を牛歩程度の速度だとしても改善に向かわせるためにあれこれ頑張っている。

 そのあれこれにまとめられた取り組みの一つが、世界各地に【非開発指定区域】を設定する事。


 この区域に指定された場所は、今後、超国際連合常任理事一〇傑国の各国代表者総勢一〇〇名の総承認を得なくては人の手で切り拓く事を許されない。

 どんな由々しき理由があろうとも例外は絶許。これにより自然を守り、温室効果ガスである二酸化炭素を酸素に変換してくれる光合成の申し子的グリーンを保護・及び増加させようと言う訳だ。


 ……しかし、ご存知だろうか。


 実はこの【非開発指定区域の設定と言う政策】……【地球温暖化の改善】以外の目的もある事を。

 それは、【指定区域から人を遠ざける事】。


 只人を近寄らせてはいけない、だがその理由を説明する訳にもいかない。

 そんな場所が、【非開発指定区域】の認定を受けているのである。


 世の中には、無数に存在するのだ。


 人智など軽い吐息で吹き飛ばしてしまう様な、圧倒的な現実リアルが―――



   ◆



 奥武守町南部。非開発指定区域指定地の一つ、【却里依かくりよの森】。

 燃乃望塊川もののけがわ同様、奥武守町町民特有の強い自然信仰スピリットにより、非開発指定区域認定前からとても大事にされてきた森林地帯。


 森林規模は小さくも大きくもなく、と言った所か。

 丸ごと切り開けば、充分と言うに申し分ない高等教育機関の舎を設置できる程度の面積はある。

 全く人の手が加わってないため、木々の枝葉は非常に伸び伸びと伸び放題。森の中は、夕暮れ時になるともうさながら夜の様な薄暗さに包まれる。


 そんな薄暗い森の中を、息を切らしながら駆けていく二つの影。


「あひぃッ!! あひぃぃッ!! 助けてでしゅ!! 捕まりたくないでしゅ!! 私は捕まりたくないでしゅぅぅぅ!!」


 二つの影の先頭を走るのは、華奢で小柄な少女。外見から察せる年代はズバリ小学校低学年くらい。服装は妙にクラシカル……汗をよく吸収しそうな生地の白シャツに、絶滅種【ブルマータイプのユニフォームパンツ】を履いており、頭に巻いた赤いハチマキが、妙に昭和な匂いをプンプンと漂わせている。

 総評、妙にクラシカルな体操服姿の小動物系少女。


 少女の名は鳴寧なきむし水立子みたこ

 何を隠そう、彼女は【禁機忌子キンキ・キッズ】である。


「まひゅ、は、ま、待ってくださいって、ば……わ、私達は、酷い事しないって、言ってるじゃ、ない、れす、か……あ、ひぃ……!!」


 水立子の後を追うのは、最早完全にグロッキーな豊満バディの和装少女。

 頭に乗せた小さな醤油皿……間違いない、我らがヒロインの一人、河童姫こと晴華パカである。


 禁機忌子キンキ・キッズを狩り、妖界郷へ連れ帰る任務を帯びた子。

 ……だが、今の所、捕縛すべき禁機忌子キンキ・キッズ三体中二体は協力者サポーターであるはずの皿助が単独で掴まえてしまった。まぁ、正確には捕まえたと言うより【説得して投降させた】、だが。

 とにかく、晴華がその発育の猛威とも言える胸に秘めたささやかなプライド的にも、最後の一体である水立子は自分の手で捕縛・もしくは説得したい所。なので追う。


 ……しかし、残念な事に、河童的筋力には恵まれている晴華だが、スタミナは正味そこまで。

 なので、水立子が誇る禁機忌子キンキ・キッズ…無機生物らしい無尽蔵のスタミナで長時間の逃走劇を演じられると……ご覧のとおりグロッキー不可避。

 それでも豊満にも程がある汗まみれ乳房を千切れんばかりに揺らしながら、必死に水立子に追いすがる。


「あ、あのですねぇ……! べーちゃんが、ぅ、私の、御父様と交渉して、ひぃ、あれこれ取り計らってくれたから、あひぃ、私達に捕まったって酷い事なんて、ふひぃぃ~……」

「嘘でしゅ!! だって現に今、河童のお姉ちゃんはすごく恐い顔で追いかけてきてるでしゅ!! 涎まで振り散らしてッ!! その顔はどう見ても、水立子達を捕まえたあと【エロ同人】みたいに滅茶苦茶にしようと考えてる輩の顔でしゅッ!!」

「こ、これは、必死なだけで、ひぃぃ……ほ、ほんと、待って、本気マジにもう、体力、ぁゃ、ヤバいんですようぅぅ……」

「信じないでしゅ! 薄汚い性欲塗れの有機生命体の連中の言葉なんて信じないでしゅ!! うあぁぁぁん!! 助けて創路そーじ兄ちゃぁぁんッ!!」

「……た、助けてマラソンの神様……」


 ただでさえ晴華はスタミナの限界だと言うのに、現在二人が追いかけっこを繰り広げているのは非開発指定区域。

 数年単位で人が出入りせず、人里に程近いの森林地帯と言う立地のせいか中・大型の野生動物もいない。つまり、ロクな獣道すら存在しない、行くには足場コンディション最低条件の場所。

 追いつける気がしない。


「こ、こうなったら……最後の手段ですッ!!」


 晴華は僅かに残っている体力を振り絞り、脚に全霊全力を込めた。


「河童族族長家系一子相伝の秘技、勇輝河童大砲カッパーブレイブキャノンッ!! うりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」


 説明しよう、勇輝河童大砲カッパーブレイブキャノンとはッ!!

 河童的脚力にモノを言わせて全力で目標に飛びかかる凄まじい肉弾戦法タックルである。野蛮。良い子河童はあまり真似してはいけない。皿助は無意識に発動したこれで死にかけた。


「ひぃぃぇッ!? おっぱいがすごい速度で飛んでき…ぁぼぇッ」


 直撃ッ!!

 晴華の豊満な肉弾が、幼く小さな水立子にクリーンヒットッ!!


「あ」


 衝撃の余り、水立子の華奢な身体がくの字にへし折れて吹っ飛んでいく。

 さながらカンフー映画のそれ。水立子は吐血を撒き散らしながらノーバウンドで数十メートルの距離を疾風の如き速度で吹っ飛んでった。


「……や、やり過ぎ、ましたかね?」



   ◆



「でしゅぶるぁッ」


 背中から堅い何かに衝突し、水立子は小学生くらいの少女が上げるにはエグ過ぎる悲鳴を上げた。


「へ、へげぁ……ぜ、絶対に背骨が逝ったで、しゅ……これもう一〇〇%死ぬでしゅ……」


 ぐへぇ、と地面に倒れながら、水立子は自らの吐血を指に絡める。

 血文字でダイイングメッセージを残してやるつもりだ。文面はもう決めている。「おっぱいに殺される。おっぱい憎い」。


「うぅ……絶対に化けて出てあのおっぱいをガオンと削り取……んしゅ?」


 不意に、パサッ、と何かが水立子の顔に覆いかぶさってきた。


「……紙? でしゅ? それも、これって……」


 長方形の紙だ。かなり古い物らしく、全体的に茶ばみや虫食い穴が酷い。


 その形状と、僅かに紙全体に纏わり付いている思念に、水立子は覚えがあった。


「これ…【陰陽師】の【術符じゅふ】でしゅ……!?」


 おっぱいを憎んでる場合じゃねぇ、と水立子は急いで跳ね起きる。


「ッ……!!」


 水立子が背中を強打して止まった【堅い何か】……その正体は……


「門でしゅか……!?」


 それは、木製の巨大な門。成人男性だろうと仰ぎ見る程の高さと、両手を力いっぱい広げても抱きしめられないだろう幅がある。

 門扉にはそこら中に茶ばみ切った術苻が貼り付けられていた。術苻の形や大小は様々。


「……ッ……どう言う事でしゅ……!? あの苻は【祓魔師エクソシスト】式……あの苻は【妖怪】式……あの苻に至っては【悪魔】の【魔法的科学技術】…【魔術】が使われてるでしゅ……!?」


 陰陽師、祓魔師、妖怪、悪魔……人間界で活動する主要四大勢力、各々の苻が貼られた大きな門。

 どう考えても、只事では無い。


 門扉の後ろには門前同様にただ森が広がっているだけ。

 つまり、この門は別空間に繋がっていると考えるのが妥当。

 そして、貼られた苻の数々は……どれも古びていて、苻面から詳しく情報を読み取る事はできないが……おそらくは【封印】用の苻。


 陰陽師・祓魔師・妖怪・悪魔の四勢力が、協力して何かを封印している……とでも言うのか。


 馬鹿な。


 苻の古びた感から考えて、この門扉と苻が設置されたのは数百年前のはず。

 現代ならともかく、その時勢の頃に妖怪や悪魔が人間勢力と結託・協力するとは思えない。


 それでももし、協力する理由を考えるならば……


「……全ての勢力が力を合わせなければ封印できない程に【強大】な、【共通の敵】だったって事でしゅか……!?」


 だとしたら、不味い。

 先程の水立子の衝突で、苻が何枚か破れたり落ちたりしてしまった。

 非常に不味い。今の所は異変は無さそうだが、これ以上に苻を剥がしてしまったら何が起こるか……


 などと水立子がフラグ以外の何物でもない思考を働かせた直後。


禁機忌子キンキ・キッズの方ーッ!! 大丈夫ですかぁー!?」


 ここで水立子の無事を祈りながらも最悪の事態を想定し非常に焦りに焦った晴華が飛び出して来た。それもすごい勢いで。


「あ、河童の……」

「あぁ!! 無事っぽいですね良かった!! そして、ごめんなさ…」


 二本足でしっかりと立つ水立子を発見し、晴華は安堵。すぐに謝罪をしようとしたのだが……


「あっ」

「え?」


 太い木の根に足を引っ掛け、晴華はステーンッ!! と転倒。

 更に、ここまですごい勢いで走ってきた事が禍した。晴華の身体はそのまま、ボウリングの玉の様にごろんごろんと転がり……


 最早見事。

 晴華は謎の門にオーバーヘッドヒップアタックを叩き込む形で衝突。

 その大きな尻撃の衝撃で、門扉に貼られていた苻が、一枚残らず吹っ飛んでしまった。


「ほ、ほぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

「ふぇぅ……お尻すごく痛い……って、何でそんな世界の終わりみたいな悲鳴を……?」


 青ざめ、半泣きで悲鳴を上げる水立子。一方、晴華は呑気な動作でお尻をさすりながら起き上がる。


「んに? って言うかなんですか、この門。ご立派さんですねー……ん? この辺りに散ってるのって御札ですか? 何で?」

「お、おま、この河童、おま……」

「?」


 晴華が実に不思議と小首を傾げる中、ぎぎぎ…と周囲に重い音が響き始めた。


 門だ。苻が剥がれ切った門の門扉が、ゆっくりと、非常にゆっくりと開き始めている。


「あば、あばばばばばばばばばばばばばば……」

「え、何ですかこの音……何か恐いんですが……」

「後ろでしゅよぉぉぉ!! お姉ちゃんが苻を全部剥がしちゃったせいで、その門扉の向こうに封じられていた【何か】の【封印】が【解けちゃった】んでしゅよぉぉぉぉぉぉ!!」

「えぇ!? そんな訳…あ、本当だ!! 何か門が開き始めてるッ!! すごく恐い!!」

「でしゅよね!? 恐いでしゅよね!? もうヤダ!!」


 と、二人の少女が慌てふためき騒ぐ中。

 門扉の隙間から、白くて細長い物がニュッと這い出して来た。


 指だ。

 白くて細長い……スラリと美しい女性的な指が、門扉の内から滑る様に出てきて、門扉を掴んだ。


 ほぎゃあッ。

 晴華と水立子は同時に声にならない悲鳴を上げ、反射的に救いを求めて互いに抱き合ってしまう。


「……………………」

「……………………」

「………………あれ?」


 しかし、そこから数秒、指に動きは無し。

 ぎぎぎ…と言う重苦しい音も止んだ。


「……と、止まった……?」

「………………この門、堅いわぁぁ………………」


 門の向こうから響いたのは、何と言うか色艶に満ちた甘い吐息の混ざった大人女性的声。端的に言うとグラマラス美声。

 大人の遊びを提供するお店にいるお姉さんっぽい、ねっとりと耳に絡み付く声だ。


「んんん……本当に堅ぁい……これ、ちょ、マジ? 洒落になってないんだけど」

「もー、ボスゥ、何やってんですかー? バックにつっかえてんで早く出てくださいヨ。ミーは早く外の空気吸いたいデス! HEY!! 急いで急いで(ハァーリーゥアッ)!!」

「いやぁん、急かさないでよぉ。これすごく堅ぁい……そして熱ぅい」

「熱い訳ねぇだろうが。キャラ立てるためにわざとエロい風にしてんじゃねぇぞ、エセビッチが。リンゴぶつけんぞ」

「え、エセって何よ!? せめてセクシー路線がんばりお姉さんと言ってくれないかしら!? ワタクシだって精一杯ボス的な威厳をどうにか確保しようと頑張ってるのよ!? このドスケベお姉さん的なキャラはその苦心の証なのよ!? エセなんて一言で片付けないでッ!!」

「良いから早う出てくれんかのう……年寄りにこの暗狭い空間は応えるわい……」

「…………貴様らは……ギャースカ喚かんと扉一つも……開けられないのか…………」


 門扉の内から聞こえた声は五種類。

 最初に聞こえたグラマラス系なお姉さんの声。

 カタコト調な元気の良い少女の声。

 ややぶっきらぼうな若い男性の声。

 少々元気が足りなくて心配になる初老男性の声。

 そして最後にクールそうな男性の低音声。


 どうやら、五体の【何か】が閉じ込められているらしい。


「……何だか、中で揉めてるみたいですね……?」

「で、でしゅね……」

「! 外に誰かいるのねぇん!」

「ねぇん、とかネットリ喋ってねぇでさっさと開けろってのォ!!」

「あ痛ァ!? ちょっとぉッ!! リンゴ投げないでよ!! 一応ワタクシは貴方の上司よ!? わかってんの!?」

「威張りてぇんならその扉開けてからにしろやッ!! 扉の一つも開けれねぇ分際で、なぁにが『上司よ!?』だッ!! テメェなんぞよりも、棚の後ろに落ちた矢もろくに拾えねぇ某フランス人の方がまだいくらか上等だっつぅんだよッ!!」

「あだッ、痛いってばァ!! だからリンゴ投げないでってぁぃだッ……もォォォ!!」

「良いからさっさと開けろォ…さもねぇと……よいしょ」

「そーデスヨ。そろそろミーも我慢の限界デス……よいしょ」

「やれやれじゃのう……よいしょ」

「…………………………よいしょ」

「ひぇッ……わ、わかったわよ!! 今はキャラ捨てて真面目にやるわよ!! ちょっと、そこに誰かいるの!? ねぇ!? いるならちょっと手を貸してよ!! そっちからは見えないでしょうけど、今、部下達が着々とバイオレンスの準備を進めてるのッ!! このままだと上司にあるまじき悲鳴を上げる事になる予感がするのワタクシ!! ひぎぃってなる!! このままだとひぎぃってなる絶対!! しかも一〇ひぎぃは堅いこれ!!」


 門扉の隙間からはみ出ている白い指が、すごく必死にウネウネしている。


「この門は内側からだとすごく開け辛いし、ワタクシ達の能力では破壊もできない様にできているのよ!! お願いだから!! ワタクシを助けると思って!! ね!? 開けてくれたらサービスする!! サービスするから!! フリッフリのメイド服でもエグい切れ込みの入った水着でも何でも着るから!! その上で軽く引くくらい媚びるようなポーズも決めるから!! 極めつけに語尾に『ニャンポロリン☆』とか付けるからァァァ!! お願いッ!!」


 すごく必死だ。もう最初の甘い吐息が混ざったグラマラス感は皆無である。必死お姉さん声。ここまで形振り構わないお姉さん声はそうそう聞ける物ではない。

 相当、部下達のバイオレンスが恐いご様子。


「えーと……その門をこっちから引っ張れば良いんですね?」

「うんイエス!! お願い早く助けて!! リンゴが!! もうリンゴの圧力がッ!! すごい圧力がッ!!」

「でしゅ!? ちょ、開けるつもりでしゅか!? 絶対やめた方が良いでしゅ!!」

「いや、でもこんなに必死に懇願されて開けないのはいくら何でも可哀想と言うか……」

「頭の中お花畑なんでしゅか!? 苻が全部剥がれても中々開けられない様に作られてるって事は、それだけ厳重に封印されてるって事でしゅ!! 絶対に出しちゃ駄目な奴らに決まってるでしゅよ!!」

「ひぎぃッ!! はいほら一ひぎぃ入ったッ!! もうマジで助けてお願いッ!! 本当に!!」

「あ、今助けます!」

「ちょ、本当に馬鹿なんでしゅか!?」

「でも、可哀想じゃないですか! この声の方、本気で泣きそうですよ!? 助けてって叫んでるのに助けてもらえないのはすごく辛い事です!! 私は誰かにそんな思いをさせたくはありません!!」

「そ、それはそうでしゅけど……」

「それに、きっと大丈夫ですよ。こんな哀愁漂う咽び泣きを聞かせる様な方が、そんなに危険な存在だとも思えませんし!!」

「……うーん……まぁ、それもそうでしゅね」

「では、そう言う事で!!」


 晴華はそれだけ言うと、半開きの門扉に手をかけた。


「そいやッ!!」


 流石は河童腕力ッ!!

 バッゴァンッ!! と言う破壊音を伴って、門扉はあっと言う間に大破。


「よし、オッケイです!!」


 もぎ取った門扉をぷいっと投げ捨て、晴華はやったぜと言わんばかりのピースサイン。


「さぁ、もう大丈夫ですよ! 出て来てください!!」


 晴華が「へい、うぇるかむ!!」と両手を広げる中、門の向こう側から、一つの影がゆっくりと歩み出て来た。


「ありがとう、本当にありがとう……」


 鼻水を啜る音とアンサンブルする感謝の言葉。


 現れたのは、緩く波を打つ白い長衣ローブに身を包んだ妙齢の麗人。

 北欧の雰囲気を感じる雪の如く白い肌や白い衣服とは対照的に、地面に擦れてしまいそうな程に伸びた長髪は高価な漆器にも似た美しい黒色。瞳の色やピンセット代わりに使えそうな程に伸びた両手の爪も黒色だ。口元のホクロが色っぽい。

 袖で涙を拭いながらグスグス言ってるせいで、大分残念な感じは出てしまっているが……文句無しの美女的お姉さんである。


「ワタクシはワタクシなりに……ひぐ、頑張って……ぁぐ……るのに、皆、いつもいつもワタクシの事を何かちょっとこう舐めてかかってるって言うか……うぎゅ、本当にもう、辛い……」


 何かブツブツとつぶやいて、美女的お姉さんはその場にしゃがみ込んでしまった。


「えぇと……あの、大丈夫ですか……? あ、私は河童の晴華と言います」

「うぅ……優しい河童さん……ありがとぉ……ワタクシはパン・ドーラー……【堕撫尤タブー】の首魁リーダーよ……」

「たぶー?」

「ええ……」


 静かに、美女的お姉さんが立ち上がった。どうやらひとまず涙と鼻水が止まったらしい。


「ワタクシ達は【堕撫尤タブー】……本来なら、劣等的存在あなたたちでは撫で触れる事すら許されない、天より舞い堕りたゆうなる者」


 パン・ドーラーと名乗ったその女性は、泣き腫らした目を少しだけ細めて笑った。

 なんとも幸薄そうな笑顔である。


「本当にありがとう、優しい河童さん。お礼に、貴方には素敵な【プレゼント】を贈るわ」

「いえいえ、そんな気を使わず……」

「ううん。受け取ってもらわなきゃあ困るの。ワタクシ…いえ、ワタクシ達【堕撫尤タブー】は、貴方の様な素晴らしい生命を死なせたくはないのだから」

「……へ?」


 何気ない会話の一部の様に、さり気なくパン・ドーラーの口から放たれた言葉。

 その言葉の意味を晴華が整理し切る前に、パン・ドーラーが動いた。


「恐る事は無いわ。ワタクシの【ハコ】は、貴方を優しく包み込む。残酷な未来から、貴方の様な生命を隔離し、その先へと送り届ける……言わば【匣舟ハコブネ】」


 パン・ドーラーが、晴華へ向けて手を差し伸べ、掌をゆっくりと広げた。

 すると何の音もなくただ静かに、その掌上に小さな立方体キューブが出現。

 それは七色に光り輝き、まるで虹をそのまま立方体型に固めてしまった様な、とても見目美しい……【匣】だ。


「【超越権ちょうえつけん】、執行」



   ◆



「……ぬ?」


 夕暮れの河川敷、陰陽師の末裔的JK、葉雨ようを羽交い絞めする皿助が、不意に空を見上げた。


「んぉ? どぉしたんだよォ~、皿助ェ」

「いや……そんな事が……有り得ない……」

「?」


 杷木蕗の質問に対し、皿助の回答は余りに要領を得ない。

 皿助の顔に浮かぶ表情は、呆然。信じられない、と言いた気な顔だ。


「おい、マジでどうしたんだよ?」

「……えた……」

「あァん?」



「晴華ちゃんの波動が……消えた……!?」


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