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ダイカッパーは流れない  作者: 須方三城
第一部 パラダイム・フラッド
1/65

01,河童姫は結婚したくない。

 田舎とも都会とも言い難い小さな町、奥武守おうもり町。


 この奥武守町の名物の一つは、町を一刀両断する様に流れる冗談みたいに太くて長い大河川、燃乃望塊川もののけがわだ。


 燃乃望塊川に寄り添う河川敷は、夕暮れ時になると不自然な程に人の気配が少なくなる。

 理由としては、「古くから、奥武守町の住人達は燃乃望塊川は神聖だなんだと自然信仰的殊勝なスピリットで奉っていた」と言うのが大きいだろう。

 その信仰心故に、奥武守町の住人は治水施工以外でこの川の周辺に人の手を加える事を嫌ったのだ。おかげで河川の周囲には目立った施設や住宅が一切無い。帰宅目的の通行人もいなくなる時間帯に人の気が失せるのは極めて道理。


 そして、トワイライトに染まる土手や煌く川の水面は、何故だかこう……不思議な雰囲気を醸し出す。

 人気の無い良い雰囲気の場所……即ち、黄昏たりするにはかなり絶好の場所である。ベストプレイス。


 そんな河川敷で独り静かに佇む学ラン姿の少年。

 彼の名は美川ちゅらかわ皿助べいすけ

 顔立ちは良く整い、体格も非常に恵まれとても大柄。筋肉豊か。現役のプロレスラーにだって引けを取りはしない。つまりスタイル抜群。


 何を隠そう、皿助は男子高校生だ。それも一年生である。

 季節は冬の始まり一〇月の末。四月の末に高校生になった皿助も、もう高校生歴半年。フレッシュさは抜け、学ランの着こなしは立派そのもの。

 体格と筋肉量の都合により少々厳つさが目立つ事を除けば、どこからどう見ても完全に普通の高校生だ。パーフェクト。本当、立派なものである。立派。


 そんな立派高校生が黄昏の河川敷で独り佇む姿は、画になる。

 もしも審美眼に優れた画家が通りかかったならば、この瞬間を決して見逃すまい。傑作が生まれるだろう。


「…………………………」


 寡黙。


 皿助はただ静かに川の煌きを目で撫ぜる。


 暇だから、では無い。

 何せ皿助は男子高校生だ。やる事もやりたい事もやりたくない事も山程ある。

 暇を持て余す暇など、瞬きをする間に通り過ぎてしまう様な高校生的青春たった三年の中にあるはずも無い。


 今、皿助は物思いに耽っている……そう、すごく悩んでいるのだ。


「……『奥歯』が、痛い」


 事の始まりは数時間前。

 放課後を迎え、皿助が学校の自販機にてさんぴん茶を買い、一口含んだ瞬間、その衝撃は皿助の脳を貫いた。


 奥歯に、非常に染みたのである。それも非情な程に。駄洒落では無い。断じて。信じて。


 それから、ずっと痛い。すごい痛い。一向に痛みが引かない。非常にしつこい。非情な程に。

 まるで奥歯に穴が空き、その穴から剥き出しの神経が「早く治療するのだ」と訴えている様だ。悲痛な叫び。


「虫歯、か」


 まぁ、それしかないだろう。

 歯磨きを怠ったつもりはないのだが……悔しい話だ。


「……予約を取らなくては、なるまい」


 歯医者はとても嫌いな皿助だが、仕方無い。


 歯医者は一瞬の痛み、虫歯は一生の痛みとも言う。


 観念の溜息を吐き、皿助はポケットへと手を伸ばす。

 ポケットの中にしまったスマートホンを取り出し、最寄りの歯医者の電話番号を調べ、予約を取るために。


 そして、皿助の指が、ポケットの中でスマホに触れた、丁度その時だった。


 川の水面に、異変。

 大きくひずんだ。


「ぬ!?」


 諦観の中、俯いてポケットを凝視していた皿助に取っては完全な死角で発生した異変だったのだが…皿助は生まれ持った不思議直感でそれを察知。

 超直感。良い男の必須スキル。


 それはさておき。


 皿助が即座に顔を跳ね上げ、「何事か」と異変の正体を見極めるべく身構えた直後。

 歪んでいた水面が、大きく弾けた。


「きゃぁぁぁぁああああああああぁぁぁああああああああああああッ!?」


 甲高い悲鳴。女性のモノだ。それも幼気がある。少女。

 少女の悲鳴を伴って、すごく大きい大型犬並のサイズを誇る中々に大きな影が水面からすごい勢いで飛び出し、


「な、何ぶぅお!?」


 皿助の顔面に直撃した。

 逞しい部類にある皿助の肉体を以てしても、謎の物体によるスピーディな顔面強襲には耐えられず。

 皿助は少しばかり吹っ飛んでブッ倒れた。


 衝撃。鈍痛。皿助の視界が茜色の空で埋まる。


「が、か、はぁ……」


 痛い。すごく痛い。どれくらいかと言うと痛い以外の言葉では言い表せない痛い。


 鼻腔に鉄臭さが充満し、鼻水とは少し違う感触の液体で満たされていく。鼻血だ。

 口の中にも血の味が広まっている。口内を切ったか。にしては異様に血が出ている気がしないでも無いが、それだけ派手に切ったか。


 なんたる災難だろう。ただでさえ虫歯の痛みに苛まれて……


「……む?」


 ふと覚えた不思議違和感。

 ……『無い』。さっきまで有ったはずのモノが。


 それは、奥歯の痛みッ。


 痛くないのだ。歯が。不思議。

 何やら歯茎に鈍いじんじんとした謎の痛みを感じるが、大した事は無し。先程までのズギャン感は完全に消えていた。


 一体何が……そうつぶやきかけた時、皿助は口に異物感を覚える。


「んぺっ! ……! こ、『これ』は……」


 上体を起こし、皿助が自らの掌上に吐き出したそれは……『歯』だ。その平たく厚い四角に近い形状からして、奥歯。真っ黒な空洞を孕んだ奥歯が一本、口内から溢れ出した。

 どう見ても、虫歯。虫歯が抜けた。おそらく、先程の衝撃で。


「ッッッ!!!」


 鼻血が滝の如く垂れ落ちている事も忘れ、皿助は声にならない歓喜の雄叫びを上げる。


 これは解放だ。絶望からの解放。

 例えるならば奴隷の足枷に匹敵する代物が今砕け散った。

 皿助はもう、嫌いな歯医者に行かなくても良い。


 ……まぁ、結局痛い思いはしたが。


「うきゅぅぅぅ……痛たたですぅ……なんか硬いのにお尻ぶつけましたぁ……」

「……む?」


 皿助が喜びに打ち震えていると、不意に横合いから少々幼さの残る少女らしい声が。


 声の方へ視線を向けると、そこにいたのは声の印象に違わぬ少女だった。

 緑地の布に黄色い花模様をあしらった鮮やかな着物を着用しており、髪は見ただけで触り心地の良さが伝わってくる様なさらりと流れる黒い長髪。

 幼さは残りつつもその顔立ちは美事の一言に尽きる。これ以上は無い大和美人、いや、大和美少女である。


 ……しかし、何と言う事だろう。


 少女が和装の内に収めた肉体の豊満さには、和のお淑やかさや少女らしい幼気など皆無。わかりやすく言えば、至極ムチムチだ。

 非常に良いモノである。適切な場所に適切より少し多めの柔い肉が配置されている。

 おお、見よ。着物の襟元から覗くあの素敵な谷を。抜群、いやグンバツと言って良い領域の女性的恵体。

 男の性を持つ者ならば、誰しもが真剣な眼差しをその体へと向けるだろう。


 皿助とて例外では無い……のだが。

 ただ一つ、皿助にはどうしても『気になる事』が。


「……『醤油皿』、か?」

「ほぇ?」


 皿助の声に反応し、顔を上げた大和美少女。

 その頭頂部、丁度つむじの辺りにちょこんと、白地に青い紋様が入った醤油皿が乗っかっている。


 何故、この少女は頭に醤油皿を乗っけているのだろう。不思議。


 余りにも当然の疑問が、皿助の脳裏をせわしなく過ぎりまくる。

 おかげで少女の豊満さを象徴する谷間や太腿よりも、醤油皿に視線が釘付けである。


「って、きゃぁああ!? ぁ、あなた! めちゃんこ血が出てますよ!」

「ぬ、あぁ、そう言えば……」


 醤油皿少女の指摘通り、皿助は鼻血だっくだくだ。


「も、もしかして私のお尻が当たったのって……ご、ごごごごめんなさい! 安産型でごめんなさい! まさか人間界こちらへ通じる道があんな凄まじい流れに満ちていて、こんなにも勢いよく飛び出すなんて……思いもしなくて……!」

「い、いや。安産型なのは非常に良い事なので、謝らなくて良いと思うが……」


 そう言えば、川から飛び出し、皿助の鼻柱を強襲した謎の物体がどこにも無い。

 そしてこの豊満和装少女の発言からして……


「もしかして、今、川から飛び出して来たのは、君か?」

「は、はい! 紛れもなく私です! わ、私……人様の御顔を尻で踏みつけた挙句、怪我をさせてしまうなんて……本当にごめんなさい!」


 川から飛来した少女は青い顔を必死に何度も上げては下げる。しかも徐々に速度が増していく。あと二分も放置すれば残像が見える速度に達しそうだ。頭が上下する度に躍動する豊満さは最早美事。

 だがしかし残念な事に、皿助の視線は未だに醤油皿に釘付けだ。思春期の少年として皿助は今、確実に人生を損している。でも気になるモノは仕方無い。何が悪いかと言えば、不思議な醤油皿が全て悪い。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 本当、もう、ごめんなさい! ごめんなさい以外言えなくてごめんなさい! 語彙貧弱でごめんなさい! 死なない程度にお腹切ります!」

「あ、ああ……次からは気を付けてくれれば良いから、そんなに謝らないでくれ」

「ほ、本当ですか!? ミイラにしたりしませんか!?」

「君は俺をなんだと思っているんだ……?」


 いくら尻で顔を強打されるなんて目に遭わされたとは言え、初対面の少女をミイラ化させる様な事はしない。多分だが、ミイラの殿堂と言える古代エジプトでもそこまではしないはずだ。


 やれやれ、と呆れながら、皿助は未だ醤油皿を凝視しつつ、携帯していたポケットティッシュを鼻に詰めて応急処置を始める。適切。


「いや、だって、人間さんは私達『河童かっぱ』のミイラを高値で売り買いするとか……」

「…………『河童』?」


 不意に飛び出した単語に、鼻ティッシュ作業が止まる。


「ほぇ? あ、申し遅れました。私は川道宮せんどうのみや晴華ぱか。『河童』です。お晴華とお呼びください」


 ……………………。


「…………『河童』?」

「はい。『河童』の晴華です」


 ……………………。


「…………『河童』?」

「そう言ってるじゃないですかー。もー。ちょっとしつこいですよ?」


 ……………………。


「…………そうか。『河童』か。うん。そうか」


 自慢ではないが、皿助はそこそこ勘は鋭い方である。

 晴華と名乗るこの少女から、嘘を吐いている気配は皆無。歯医者とは違う。


 河童。

 皿助の記憶が確かなら、『妖怪』…伝承・空想上の生き物のはずだが……


「成程、河童だから、醤油皿を頭に乗っけているのか」

「はい! トレードマークです! 人間と大差無い我々に残された河童感最後の砦!」


 合点が行った。

 こうして、最初に抱いた最大の疑問、「何故醤油皿?」が解消された。

 ついでに、何故川から飛び出して来たのか、と言う疑問も「河童だから」でOKだろう。河童は川から出てくる存在モノだ。


 この少女は河童である。

 その事実一つ受け入れるだけで、現状の疑問はほぼ全て解決する。不思議が不思議で無くなる。スッキリする。なら受け入れた方が手っ取り早い。


 皿助は頑なだ。が、自身がまだ一六年程度しか生きていない若輩者であると、キッチリ身の程を理解している。

 世の中、未熟な己の常識では推し量れないモノの方が多くて当然。常識外れだからと理解を拒むのは愚の骨頂。

 故に「あれはこうでこれはこうだ」と断言する自信の持てない『よくわからんモノ』は、とりあえず「そう言うモノだ」と受け入れ、そこそこ理解してから精査するのが最も利口であると考える。合理。


「ところで、あなたの御名前を伺ってもよろしいですか?」

「ん? ああ。俺は美川皿助。『美』しい『川』に、『皿』の様な目をした『助』平と書く」

「ベースケ様ですか。私に負けず劣らず良い御名前ですね!」

「うむ。我ながら立派な名前をもらったと誇っている」

「奇遇ですね! 私もです!」


 わーい、と意気投合し、皿助と晴華は微笑み頷き合う。平和。


「ふむ。河童と会うのは初めてだったが……中々どうして。君とは仲良くなれそうな気がする。親しみを込めて『晴華ちゃん』と呼ばせてもらおう」

「お! またまた奇遇ですね! 私も人間さんと会ったの初めてなんですけど、同じ感想です! と言う訳で、こちらも親しみを込めて『ベーちゃん』と呼ばせていただきます!」

「ああ、そうそう。ところで晴華ちゃん。俺は君に一つ、心の底から礼を言う必要性を感じている」

「ほぇ? お礼ですか? 唐突ですね……でも私、今の所べーちゃんにお尻で攻撃しかしてないですよ? ……もしかして、そう言うお趣味ですか?」

「その手の癖は…まぁ、否定しないが、今はそうじゃない」


 皿助だって男児。女性の尻等と触れ合う事に関しては、多少は…いや、並々ならぬ興味がある。

 なので「ひでぶっ」となるくらい激しい接触速度だったとしても、豊満な美少女の尻を顔に押し付けてもらえたと言う事に関しては、ちょっと有り難みを感じていたりも無きにしもあらずと言った感じだ。


 だが、今、皿助が最も感謝しているのは、その件では無い。


「これの事だ」


 皿助が手に握っていたモノを見せようとした、その時。


「クカカカカカッ! 見つけたぜぇい!」

「!?」


 頭上高くから、低い獣の唸りの様な声が降ってきた。

 獣の中でも大柄なモノをイメージさせる、重い声圧だ。

 その皿助の感覚に狂いは無く。上空に佇んでいたその声の主は、まるで熊の様な巨体で皿助達に斜めった影を落としていた。


「何っ……!?」


 しかも、ただ巨大なだけでは無い。

 褐色の肌をした顔いっぱいに笑顔を浮かべる大柄な男……顔毛の少なさと肌の張りやシュッと感から察するに年代は『青年』か。その大柄青年男性、背から一対の巨大な黒い翼を生やしているのだ。服装は黒袴の着物一式。手には黒鋼くろがねの錫杖。そして、やたらに歯の長い一本歯の下駄を着用していた。


 明らかに、常人では無い。不思議だ。


「なっ…まさか、もう『追手』が……!?」

「そうだぜい! 河童の姫君様よぉう! 俺っちァ天狗山てんぐのやま特殊部隊『天狗の鼻は(テング・オブ・)すごく長いんだぜロング・ロング・ノーズ』、通称TOLL(トル)ノーズ所属ゥ! 『烏天狗からすてんぐ』の冠黒武かんくろうでぇい!」

「烏天狗……?」


 言われてみれば、冠黒武と名乗ったあの浮遊青年、少々鼻が高い様な気がする。欧州辺りの雰囲気を感じるくらいには高い。


「トルノーズって……確か、天狗山最強の部隊って週刊アヤカシノンノに載ってたあの!?」

「そぉともよ! ちなみに俺っちは第四小隊の副隊長補佐でい! 中途半端感は否めないけどすごい事はすごいポジションだぜい!」

「な、なんて事でしょう……! いきなり一種族最強部隊、その小隊副隊長補佐クラスが出てくるなんて……!」

「ふふふふぅん! さぁ、観念して俺っちと一緒に来てもらうぜい、河童の姫君」

「ちょっとタイムだ。すまん、晴華ちゃん、それとそこのあんた。色々と話が進んでるみたいだが、一旦説明をお願いしていいか?」

「あぁん? 何だテメェはこの野郎おぉう! 人間か!? 巻き込まれたパターンか!? なら仕方無ぇ! 説明してやるぜぇい!」


 やたら察しの良い烏天狗である。

 多分、そんなに悪い奴では無い。


「そこにいるのは河童湖かっぱのうみの首領…つまり河童一族の長の娘、更につまり河童族のお姫様、川道宮せんどうのみや晴華ぱかだぜぇい!」

「はい、私はそんな感じなんです実は!」

「へぇ、お姫様」


 納得の見目麗しさではある。


「そんでそのお姫様は、近々天狗山の首領…つまり天狗一族の長の娘、更につまり天狗族のお姫様と結婚する予定なんだぜぇい!」

「だーかーらー! 私はしないって言ってるじゃないですか!」

「へぇ、天狗のお姫様と……って、ん? あれ? ちょっとおかしくないか?」

天狗ウチの姫様は『ソッチ系』だぜぇい!」

「そうなんです! でも私は別にそうでもないんです! だのにテンちゃんってばある日を境に毎日毎日、サカったワンコさんみたいにもう! この前なんて私のキュウリに薬を盛ろうとしましたからねあの子! このままだとマジヤバいと思って逃げて来て現在に至ります!」

「でもよう。あんたの親父さん…河童一族の長はウチの姫様に『結婚するもしないも好きにすれば? 青春じゃん』って言ったらしいぜい? んでもってウチの大親父殿も乗り気だ。こりゃあ親同士が決めたいわゆる許嫁って奴じゃんだぜい?」

「お父様は私にも『結婚しないもするも好きにすれば? それもまた青春じゃん』って言いました! なので遠慮なく逃げてます!」

「ああ、成程。大体わかった」


 晴華は河童のお姫様で、天狗のお姫様にその大きなお尻を狙われているも、晴華にそっちの気は無し。

 しかし晴華の父はその辺について完全に放任。晴華の貞操を天狗姫から守る者は不在。

 止める者がいないので天狗姫の求愛行動は日に日にエスカレートし、晴華は自衛のため逃走。

 それを天狗姫サイドの追手として追って来たのが冠黒武、と言う図式か。


「つぅか河童の姫様よぉ。イマドキ同性婚の一回や二回でグダグダ騒ぐなんざ、現代妖怪としてどうなんだって話だぜい? ノーモア・マイノリティ差別」

「別に、同性異性云々はまぁ愛があればカバーできるとは思いますよ、私だって! 問題なのはその愛が無い事です! だってただの友達同士って言うか、私的にはむしろテンちゃんは鬱陶しくて少し苦手な部類に入りますよ!?」


 嫌い、とはっきり言わないのは晴華なりの優しさか。


「それにテンちゃんだってあれ、完全に私の体目的ですよね!? 私テンちゃんと目と目が合った記憶が無いですもん! いっつも私のおっぱいかお尻見てるあの子!」

「情愛も愛だぜい?」

「私はもっとプラトニックな愛の上で色々と築いていきたいんですよう!」

「んー……まぁ、その辺の気持ちもわからなくは無いんだぜい。俺っちも純愛派だからよう。……でも生憎、俺っちは天狗サイド、それも軍人なんでね。お姫様の命令には逆えん訳だぜい」

「あなたの都合なんて知りません!」

「それもごもっとも。ド正論この上ないぜい。……でも、だ。俺っちとしちゃあ、それじゃあ困るんだぜい。つぅ訳で、ちょおいと趣向が悪くてやれやれな話だが……」


 気は進まない。

 そんな感じのテンションで、冠黒武は黒鋼の錫杖を天へと振り上げた。


「無理矢理、連れて行くとするぜい」


 黒い錫杖が、薄らと漆黒の光を放ち始める。


「―――機装纏鎧きそうてんがい、『漆飛羅天喰ウルトラテング』」


 その言葉を合図に、漆黒の光は同様の可視色を持った風へと変貌。

 錫杖から弾ける様に吹き出した漆黒の風が、空を覆い尽くした。


「うおっ」


 漆黒の風が弾けた余波が、地上の皿助達にも容赦無く打ち付ける。

 とてつもない圧だ。まるで大型の流れるプールの水流を作る水出し口を眼前にしたかの様な感覚。

 余波の圧に耐え切れず、皿助の鼻ティッシュが吹き飛ばされてしまった。


「こ、今度は一体なんだ!? 不思議にも程がある! あの烏天狗のお兄さんは何をする気なんだ!?」

「あれは『機装纏鎧きそうてんがい』……! 最先端の妖怪科学兵器です!」

「よ、妖怪科学……!?」

「すごい科学です!」


 その最先端兵器……つまり、すごい兵器を起動したと言う事か。


 吹き荒れる漆黒の風達は大きな球形にまとまっていく。まるで黒い繭だ。繭はしばらく空中で逆巻き、やがて木っ端微塵に弾け飛んだ。


「ッ!」


 黒い繭の中から姿を現したのは、巨大な黒鋼の塊。

 ベースは人型。全体的にスレンダーだ。目測で大体全高一〇メートル以上はあるだろうか。背面には、一枚でその全高を軽く越えてしまいそうな機械質な巨翼が片側二枚ずつの計四枚。

 頭部の形状は非常に縦長で、両眼は深緑色に発光。頭頂には烏の跳ね毛を思わせる控えめな鶏冠とさかの装飾。口元の太い尖りからは嘴の意匠を感じる。

 全身黒鋼の鳥巨人、と言った所か。


『さぁて、河童の姫君。俺っちの機装纏鎧を見て、心変わりとかしてくれっちゃったりしねぇかい?』


 拡声器を通した様な冠黒武の声が、鳥巨人…ウルトラテングから響く。


「うぅ……な、舐めないでください! こっちにだって、護身用の機装纏鎧はあるんですよ!」


 そう言って晴華が懐の谷間、その素敵空間の奥から取り出したのは、緑色の平皿。そこまで大きくは無い。せいぜい良いとこの店で刺身盛を二人前程盛れる程度か。

 表面にはキュウリのイラストと、それに添える形で「でぃす・いず・ふぇいばりっと」と達筆で記されている。


「しかもこの『大威禍破安ダイカッパー』はそんじゃそこらの機装纏鎧とは訳が違います! めちゃんこ強いですよ!」

『ほう。確かにそれは恐ぇ。お姫様の護身具として採用される程の機装纏鎧……確実に上等な逸品だろうなぁ。おそらくは「特機」……対して、俺っちの機装纏鎧ウルトラテングは汎用配備の量産品。まともにかち合えば、まぁ俺っちに勝目は皆無だろうなぁと思うぜい』

「そうそう、その通りですよ!」

『だぁが、機装纏鎧を起動するには相当の「気合」がいるぜい? のほほんと少女漫画とキュウリに囲まれて暮らしてた河童の姫様じゃあ……満足に扱う所か、まず起動できるかどうかすら怪しいモンだ』

「ふぎゅっ……そ、それはどぅ、どうでしかねぇ~?」


 刹那にして晴華の全身に吹き出した汗の量は、まるで滝。どう見ても図星だ。

 にしても、汗に塗れた谷間とは良いモノである。


「……う、うぎゅぅぅぅ……ど、どうしましょうべーちゃん! 流石に生身じゃ機装纏鎧には当然敵いませんし、逃げるのも本気シビアです! ……このままだと、成す術無しですよう!」

「……なぁ、一つ聞きたい。その機装纏鎧とは、人間でも起動できたりするのか?」

『おぉん? まぁ、妖怪が使うよりも気合が必要になるだろうが……気合さえありゃあどうにかなるはずだぜい?』

「そんな事を聞いてどうする気ですか?」

「それを貸してもらえるか?」

「? はい」


 皿助に言われ、晴華は軽々と護身具であるはずの平皿、機装纏鎧を手渡してくれた。


「確か……」


 皿助は、冠黒武の動作と、先程晴華が言っていたこの機装纏鎧の名前を記憶の中で反芻。


「よし」


 そして、平皿を天高く掲げた。


「へ? まさか…」

『まさかテメ…』

「―――機装纏鎧、ダイ…カッパァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」


 皿助のシャウトに呼応する様に、天高く掲げた平皿がやかましい程の緑光を放ち始める。

 最初は、ぴっかー、くらいの光だったのが、数秒でビャギャアアァアアアアアンッッ! くらいの豪快な輝きへと変貌。

 どう言う理屈か、輝きの中から次々に新鮮なキュウリがぽぽぽぽんッ! と飛び出し、皿助の周囲で旋回飛行。キュウリは爆発的に数を増し、すぐに皿助の姿を覆い隠した。


『に、人間が機装纏鎧をこんなあっさりと……つぅか、不味くないかだぜい?』


 先にも冠黒武が言った通り、晴華の機装纏鎧ダイカッパーは当然ながら特機クラスのめちゃんこ強い奴だろう。

 一方、冠黒武の機装纏鎧ウルトラテングは低コストの乱造品。弱くはないが、決して強くもない。

 さて、どちらに分があるか。実際戦うまでもなく、少し考えればすぐにわかる事だ。


『ッ……!』


 冠黒武が戦慄する中。

 無数のキュウリが軽快かつ爽快な破裂音を伴い、緑色の軌跡を残して四方八方へと飛散した。


 キュウリの壁を失い、露わになったのは、緑色にぬらぬら輝く鋼の巨人。そのぬらぬら感から察するに、装甲表面が湿気で覆われているのだろう。

 体躯の大きさはおおよそ、冠黒武の機装纏鎧の倍以上。推定全高二〇メートル強。見るからに強靭そうな太ましい肢体。少々無骨が過ぎる程だ。最早、人型と言うよりゴリラ型と言っても過言では無い。

 頭に笠の様な巨大な皿を被っているせいで若干見辛いが、額には三日月と見間違う程に見事な弧を描く雄々しいキュウリ的な物が一本、引っ付いている。

 亀の甲羅を思わせる分厚く巨大な皿を背負っており、両肩には同様のデザインの小型の皿が左右一枚ずつ。


 全身に緑色の装甲と、皿型の武装を纏った巨大ゴリラ寄り人型ロボット。


 これこそが、河童一族最強の機装纏鎧。


 大威を以てあらゆるわざわいを打ち破り、安寧をもたらす者。


 天下泰平・大威禍破安ダイカッパア、否、ダイカッパーである。


『うお……何やら不思議変な感触……』

「その声、べーちゃん!」

『あ、うむ! 見ろ晴華ちゃん! 色々と不思議感が拭えないが上手くいったぞ!』


 皿助は、ロボットの内部に取り込まれてコックピット的な所に乗せられるのをイメージしていたのだが、実際は違った。


 ダイカッパーの目が見た物を、皿助も見ている。

 ダイカッパーが踏みしめる河川敷の感触を、皿助も感じている。


 皿助そのものが、ダイカッパーへと変身したのだ。


 すなわち、皿助はダイカッパーである。


『ッ……な、何だこの感覚……「力」だ! 「力」が漲るぞ……それもただの「力」じゃあない。綺麗で素晴らしいエネルギーが身体の底から湧いてくる様な感触……いや、これは最早「実感」ッ!! あの烏天狗のお兄さんにも、勝てそうな気がするぞッ!!』

「わぉ頼もしい!」

『おぉいおい……本気で戦うつもりかよ……どう言うつもりなんだぜい? 人間よぉう! テメェ、何で河童姫に味方するんだぜい!?』

『何故か……だと? 俺は晴華ちゃんに大恩があるからだ!!』

『ぐっ、「恩返し」って事か……! マジかよだぜい……そりゃあ確かな「道理」……!』


 衝突は不可避か、と冠黒武が悟る。


『見るからに半端じゃあないマッスル、気合も充分っぽいぜい……勝目は薄い……だがッ!! 俺っちにもトルノーズの一員として、面子って奴があるぜい!』


 冠黒武、退く訳には行かない。

 ウルトラテング背面の四翼を大きく広げ、翼内部に仕込んだ『妖怪科学技術的武装』……いわゆる『妖術武装』を起動する。


 その装備の名は『天刈乱熱風扇テンガロンホット』。分類は『炎熱属性的妖術武装』。

 翼の内部に大量の空気を取り込み、その空気を地獄の熱風の如くめちゃんこ温めて放出するだけ。

 これ単体では大して役には立たない装備だが……ウルトラテングの誇る『固有特性』と合わせる事で、この装備は真価を発揮する。


 ウルトラテングの特性、それは『風の操作』。


『喰らいな、「凪を燃やす大飛礫ツブテ・ザ・ヴェイリヒート」!』


 冠黒武はウルトラテングの掌中に、熱風を集める。どう言う訳か、不思議な事に熱風は集約の最中に黒く染まっていった。

 そして一秒と待たず。ウルトラテングの掌の上で黒い風の砲弾を形成された。


『うる、ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッシャイッ!』


 機装纏鎧のエネルギーの源である気合、それを存分に高め、込め上げたシャウト。

 冠黒武はそのめちゃんこ熱い黒風の砲弾を、ダイカッパーへ向けて迷い無く発射した。


 黒い砲弾が、蒸気を撒き散らしながら駆ける。

 狙いは正確。弾道は間違いなくダイカッパーへまっしぐら。どんな不思議な事が起ころうと外れそうに無い程に、完璧な真っ直ぐ直撃コースに乗っていた。


「わわわ!? べーちゃん! 攻撃してきましたよ!」

『ぬ……』


 見るからに熱そうな黒風の塊。当たればタダでは済まなそうな感じだ。

 案外、速度的に躱せなくはなさそうだ……が、回避すれば土手に着弾した砲弾の余波で晴華に被害が及ぶかも知れない。


『仕方無しッ!』


 皿助は少々の火傷を覚悟。ダイカッパーの右豪腕を振るい上げ、その掌で黒い砲弾を受け止める。


『!』


 僥倖か。

 黒い砲弾は、皿助が思っていた程、熱くない。

 むしろ、


『存外、温い!』


 そのまま、ダイカッパーは黒い砲弾を握り潰した。

 砲弾がッパァァッン! と景気よく爆ぜ散る。


『んなぁッ!? そんなあっさりィ!?』

「べーちゃん、すごいッ!」


 砲弾を握り潰した掌上には、焦げ一つすら残っていない。砲撃の残照である蒸気が薄らと立ち上る程度。


 ウルトラテングの砲撃がショボかった、訳では決してない。

 ただただシンプルに、ダイカッパー装甲の耐熱性能が規格外だったのだ。一瞬で鉄を溶解させてしまう極熱の塊を掴んでも、「温めたばかりのコンビニおにぎりを素手で鷲掴みにした」程度の感覚で済んでしまう程に。

 非常にただそれだけの事なのである。


『くっそ……やっぱ性能差は本気シビアか……! ならば……えぇとだな……!』


 幸い、ダイカッパーに飛行機構フライトユニットは見当たらない。

 ここはウルトラテングの制空権を活かしてどうにか……などど冠黒武が算段している最中。


『よし、今度はこちらが行くぞ』


 皿助の意思に応じ、ダイカッパーの背中の大皿が離脱。

 そのままフワフワと浮遊しながらダイカッパーの足元へと移動。


『よいしょ』


 ダイカッパーが大皿に乗ると、大皿はとんでも無いスピードで上昇。

 一瞬にして、ダイカッパーをウルトラテングとの接触距離へと運んだ。


『くえぇぇええッ!?』


 制空権はこちらにありとタカをくくっていた矢先。突然の出来事に、冠黒武、ひたすら困惑。困惑の極致と言っても良いだろう。


『さぁ、勝負だ烏天狗のお兄さんッ!』

『ち、ちくしょう!! こうなりゃ、け、「蹴り」だッ!! 蹴りを喰らえッ!! でりゃああぁッ!!』


 困惑のあまり、冠黒武は冷静な判断が不可能。

 とにかくダイカッパーを遠ざけようと、ウルトラテングで蹴りを放った。 


『ぬんッ!』


 皿助は極めて冷静にダイカッパーを操り、対応する。手刀チョップを軽く振るい、冠黒武が必死の思いで放ったウルトラテングの蹴りを、あっさりと叩き落とした。


『ぐぅあッ!? 足が痛いッッッ!!』


 軽い払い落としだったのにも関わらず、ウルトラテングの脚部装甲が見事に弾け飛んだ。

 当然。ウルトラテングは機動力に重きを置いた軽装型の量産機装纏鎧なのだ。それだのにゴツい見た目通りにパワー重視型かつ特機であるダイカッパーを相手にすれば、撫ぜられただけでも大きなダメージになるのは必定。


 つまり、ウルトラテングでダイカッパーと肉弾戦に臨むのは圧倒的無謀。

 接触距離クロスレンジに迫られた時点で最早、冠黒武に勝機は皆無。


『ぐ、ぐぇぇッ!! こ、こんな、こんなぁぁぁぁぁあああああッ!!』


 痛みに喘ぎ、尚も収まらない動揺に激しく狼狽する冠黒武に構わず、皿助はダイカッパーに右平手を振りかぶらせる。

 瞬間、右肩の皿型武装が外れ、振りかぶった右掌にドッキング。


 ダイカッパーが各所に装備している皿は『覇皿バサラ』と言う名の妖術兵装。

 肩の覇皿は衝撃を増幅する事で打撃の威力を底上げする代物である。


『喰らえ、必殺……!』


 ここで突然だが、河童と言えば、こんな話を聞いた事は無いだろうか。


 河童は、相撲がとてもとても強い。


 その伝承は本当ガチ。

 河童は怪力豪力の妖怪。子河童ですら、人間の重量級力士を片手で投げ飛ばす事が出来る。


 ダイカッパーの最大の武器は、その河童の特徴を実によく再現した物。


 すなわち、腕力。


力士百人力鋼掌破ドスコイ・デストロイヤァァアアアアアアアアッッッ!!!!!』


 皿を装備する事で強化された最強の河童(ダイカッパー)の張り手が、鳥巨人の顔面に突き刺さる。


『へぶぁっ!?』

『ッシァ!』


 皿助はクリーンヒットの反動を悟った刹那、全力全霊を前へ傾けた。

 一撃の張り手に、必殺の心意気、気合をめちゃんこ込め、叫ぶ。

 深く、深く、その一撃を、相手の顔面へとねじ込む。


『ドゥゥォッ、スッ、クォォォォイィィィィイイァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!』

『ぅ、ぼぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?』


 間抜けな悲鳴と、黒い残像。

 それだけを残し、冠黒武とその機装纏鎧ウルトラテングは、夕焼け空の星となった。



   ◆



「ふぅー……世の中、とんでもない物が存在するな……」


 機装纏鎧、恐るべき技術だ。

 夕焼けの河川敷でキュウリが描かれた平皿を眺めながら、皿助は妖怪科学の凄まじさに今更舌を巻く。


「すごいです! べーちゃん! 人間だのに、完全にダイカッパーを使いこなしていましたね! よっ! ミスターダイカッパー!」

「使いこなしていた……と言うか、ただ我武者羅に動かした、と言う感じだったが……」

「本当の本当にすご…って、あ、お礼が遅れました! 偶然居合わせただけだのに、追手と戦い、そして撃退までしてくれるなんて……本当にありがとうございます! しかしこの大恩、どう返せば良いのやら……」

「ん? ああ、その辺は気にしなくて良い。俺が君を助けたのは先程の『礼』だ。それをまた返されては、ループになってしまう」

「お礼……? あ、そう言えば、さっきも恩がどうのとそんな感じの事を言ってましたね。……正味、身に覚えが無いのですが……」

「すっかり言いそびれてしまったが、これの礼だ」


 皿助が晴華に見せたのは……


「これ、歯ですか? それも穴が空いてますね……虫歯ひぇぇっ。痛そうです……恐い」

「俺の虫歯だった物だ。過去の俺とも言える。さぁ、もっとよく見てくれ。穴が空く程に凝視してくれて構わない」


 別に、皿助は自分の歯だった物を美少女にまじまじと観察される事に倒錯的快楽を感じている訳では無い。

 既に穴が空いているから遠慮する必要は無いと言う意味だ。


「見れば見る程、痛そうですね……本当恐い」

「うむ。恐ろしい程に酷い虫歯だろう。ご覧の有様な物で、とても痛んでいたんだが……君の尻のおかげで抜けてくれた。俺は君に救われた。絶望から引き上げてもらった。その礼として、俺は君を救わせてもらったつもりだ」

「そうだったんですね……私のお尻が役に立った様で何よりです!」

「ああ。君の尻は良い尻だ。素晴らしい尻。本当にありがとう。感謝してもしたりない」

「それほどでもないですよー」


 尻を褒められて嬉しかったのか、晴華は照れ笑いを浮かべながら、何故か頭の醤油皿を庇う様な仕草を見せた。

 推測するに、河童が「皿を手で隠す」と言う仕草は、人間で言う「頭をかく」と言う照れ表現なのだろう。独特。


「ところで……ひとまずこの場はどうにかなったが、君はこれからどうするつもりなんだ?」

「とりあえず、めちゃんこ逃げるつもりです! テンちゃんは一時の性欲で血迷ってるだけだと信じたいので、逃げて逃げて逃げまくれば、その内に諦めてくんないかな、と」

「成程、実に理に適っているな……だが、大丈夫なのか?」


 また、冠黒武の様な追手が差し向けられるのでは無いだろうか。


 話を聞いた感じと現状から察するに。

 河童一族は長を筆頭に、晴華を天狗姫の性的な魔の手から守るつもりは無いのだろう。

 少々放任が過ぎる気がしないでも無いが……晴華がその辺を愚痴らない所を見るに、そのくらいの放任さが河童族の間では一般的らしい。

 強かな方針である。精神的にタフな成長を遂げそうだ。


「頑張って逃げ切ります! ひたすら!」

「そうか。……ならば、前途を祈る」

「ありがとうございます!」

「それと、これだけ言っておこう。これから先、もし、何か困ったら、いつでも俺の所に来てくれて構わないぞ」

「え……いや、でも流石にそれは……」

「先程、君とは仲の良い友達になれそうだと思った。その気持ちに嘘偽りは一切無い。つまりもう俺達はもう友達と言っても過言ではないと思わないか?」

「確かにそうですけど……だからと言ってご迷惑は……」

「それは違う。間違っているぞ」

「へ?」

「河童と人間で価値観に少々差があるかも知れんが……人間に取って『友に頼られる』のは『迷惑』ではない。最高の『誉れ』だ」


 親しい者へ向ける微笑みを浮かべ、皿助はダイカッパーの平皿を晴華へと差し出す。


「残念ながら、俺は未熟だ。出来る事は多くない。だが、君の代わりにダイカッパーを起動する事は出来た。もし、ダイカッパーの力が必要になったら、またこの皿を貸してくれ。友のために、俺はダイカッパーとして戦おう」

「………………べーちゃん!」

「む?」


 突然、晴華が跳んだ。


「私、とっても嬉しいです!」


 感無量ッ。その気持ちを体で表現しようと、晴華は皿助に飛び付こうと、地を蹴った。

 皿助も瞬時にそれを察し、「豊満美少女に抱きつかれるとは何たる役得」と、その飛び込みを真正面から受け入れる態勢を取る。


 ここで突然だが、河童と言えば、こんな話を聞いた事は無いだろうか。


 河童は、相撲がとてもとても強い。


 その伝承は実際ガチ。

 河童は怪力豪力の妖怪。子河童ですら、人間の重量級力士を片手で投げ飛ばす事が出来る。


 河童にはそれだけの膂力がある。

 晴華も例外ではない。


 だって河童だもん。


「ぶげるぁッ」


 体験は無いので断言は出来ないが、おそらくダンプカーに跳ねられるってこれくらいの衝撃なんだろうな。


 夕暮れの空へと舞い上がりながら、皿助はそんな感想を抱いたのだった。






◆DATA◆



漆飛羅天喰ウルトラテング

□規格:量産機、機動戦重視軽装型、一〇メートル級

□媒介:安物の黒鋼で作られた錫杖

□固有特性:『風流改竄ウィンドハッカー(黒)』

・属性:吹風/念動

・黒い風を操る事が出来る。

□性能指標

・耐久性★☆☆☆☆

・機動性★★★★☆

・破壊性★★☆☆☆

・操作性★★★★★

・特別性☆☆☆☆☆

・総評

 標準的量産機。空が飛べるのは良いと思う。

□妖術武装

天刈乱熱風扇テンガロンホット

 属性:炎熱

 四枚の翼内部に収納された装置。翼の内部に取り込んだ空気をめちゃんこ熱くして放出できる。

 この放出した熱風を黒い風に込める事で結構エグめの攻撃が可能に。



大威禍破安ダイカッパー

□規格:特機、超絶破壊力重視極重装型、二〇メートル級

□媒介:稀代の河童芸術家カパティスト歌叭呵かぱしか干臭ほくさいが手がけた平皿

□固有特性:『超膂力』

・属性:物理/強化

・とにかくパないパワーが出る。

□性能指標

・耐久性★★★★★★★★★★★★★

・機動性★★★★★★★★★★

・破壊性★★★★★★★★★★★★★★★

・操作性★★★★☆

・特別性★★★★★★★★★★★★★★★

・総評

 つよい(確信)。

□妖術武装

覇皿バサラ(頭部)

 属性:物理/念動

 頭に乗っけた笠の様な皿。

 巨大化するのでドーム状のシールドとして活用できる。

 防御用に作られており、非常に堅牢なので、鈍器としても優秀。

 故に他の覇皿同様、飛ばしてシンプルに相手をド突くも良し。

覇皿バサラ(背面)

 属性:物理/念動

 機体を乗せて飛ぶのを目的に作られており、他の覇皿よりスラスター出力が頭五つくらい抜けてる。

 これ単体だとすごい速力で飛ばせるので、乗らずにこれを相手にぶつけて楽しむのも良し。

覇皿バサラ(両肩)

 属性:物理/念動

 衝撃を増幅する特殊鉱物が練りこまれた皿。

 掌や脛などに装着して打撃の威力をめちゃんこ強化する。

 普通に堅いし、投擲でぶつけた衝撃も増幅するので、離れた岩陰からこれを投げてチマチマ嫌がらせするも良し。

輝勇緑キユウリ大太刀おおだち

 属性:物理/光輝

 頭部の立派なキュウリっぽい装飾……とは全く関係無く、胸部装甲がカパッ(河童だけに)と開いて飛び出して来る剣型武装。

 もちろん刀身も鍔も柄も緑色。

 さしずめ横綱のために用意された大太刀。

 ちなみに、あの横綱の大太刀、竹光らしい。

 その辺を考慮してか、刃が付いておらず、ただの剣型棍棒と化している。

 正直、覇皿張り手の方が使いやすいし強い。

 これ要らない。不要。

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