~第5章 異界からの使者~
「柊流剣術…壱ノ段『村雲!』」
ギルフォードに向けられた至近距離からの素早い剣技は確実に決まるはずだった。ギルフォードの目の前に白い煙が現れ、祐のそね剣技を防いだ。
「(これは…霧!?)」
「聖霧守壁…これはデュランダルの能力だ」
ギルフォードの前に現れた霧は祐の攻撃を完全に防いでいたのだ。仕方なく後ろに距離を取った祐は何が起こったか未だ混乱していた。
「これがデュランダルの力…」
「聖遺物はそれぞれ属性を持っている。デュランダルは「霧」。防御に特化した武器だがこんなこともできる」
そう言った瞬間、今度は右手に握っていたデュランダルを完全に霧化させた。その霧は徐々に祐のまわりに集まり始めた。
「(!?…なんかやばい!距離を取らないと!)」
そう思っていたがその霧はそうはさせなかった。
「っぐはっ!!?」
その霧は祐の身体全体を切り刻んだ。祐の身体は切り傷だらけになりその傷口からは血が流れた。あまりの痛みに祐は疼くまってしまった。
「デュランダルの霧は無数の刃にもなる…聖遺物はただの武器ではない。他の武器とは違い強い意思、属性、特殊能力を持つ…俺はデュランダルの能力を10年という長い年月をかけて物にしたのだ」
「せ、先輩!!」
「愛菜、来るな!」
祐のもとに寄り添おうとした愛菜を祐は制した。祐は刀を地面に刺してそれを杖がわりにして立ち上がった。
「俺が…あんたに勝ったら…この世界のために俺と一緒に世界を救ってくれ…」
祐の突拍子もない言葉にまわりにいた者達は唖然とした。
「立ち上がって『降参』って言うのかと思ったらなんだ?…勝負を吹き掛けるのか?笑えるな?」
ギルフォードはその言葉に笑うしかなかった。今の状態の祐にギルフォードに勝てる可能性は僅かしかなかった。
「…小僧…今ならまだ撤回できるぞ…?」
今度は強張った顔をしたギルフォードがそう言った。その顔には殺意ともいえる感情がこもっていた。
「…あんたを仲間にしてアロンダイトをどうにかしないと世界が崩壊する…そんなのは絶対嫌だ……」
祐は地面に刺していた刀を地面から抜き、ゆっくりとギルフォードに向けた。
「…元の世界に戻っても…世界が崩壊して…帰る家も…会いたい人もいなかったら…生きている意味がないんだよ!!」
祐の脳裏には元の世界にいる人達のことがどんどん浮かんできた。隣には愛菜が、家には明美と潤と梓が待っている風景、矢野、菊池、大介が学校の正門で待っている風景が思い浮かんできた。祐の目には少しの涙が見えた。
「じゃあな!!」
右手を祐に差し向けて霧と化したデュランダルを再び祐に向けた。それを見つめる祐に声が聞こえた。
「我が主よ…そなたの意思…最後までしかと見届けよう…今こそ我の力の一部を解放しよう…」
「(…終わったな…あとは城を頂くだけだ…)」
勝利を確信したギルフォードの口はにやりと笑みを浮かべた。
だが、祐に向かっていったデュランダルの霧は突然の雷によって打ち消された。
「デュランダル!」
雷によって散乱した霧は再びギルフォードの右手に戻り剣の姿になった。
「…気をつけて、ギルフォード…」
「…こいつは…驚いたな…」
ギルフォードの視線の先には雷を身に纏った祐の姿があった。
「(あれがエクスカリバーの力か…)」
雷を纏った祐の姿に周りの人達は唖然としていた。
「だがそれしきのことで怯むことはない…そんなことで俺に勝てると思ってい…」
そのギルフォードの言葉を遮るように祐がギルフォードの前にありえない速度で移動し刀を振りかざそうとしていた。
「何…」
振りかざされた刀を間一髪で防いだ。
「(は、速い…なんだこのスピードは…!?)」
祐の刀とギルフォードの大剣がぶつかり合う。
すると、後ろに距離を取ったのはギルフォードの方だった。
「(あの刀…刀身にも雷が纏っているのか…おそらく切れ味が前とはレベルが違うだろうな…)」
「…おもしろい…おもしろいぞ…若者よ!!」
再びギルフォードの前に素早く移動し刀を降り下ろしたが今度は完璧に防がれた。
「そんな簡単にやらせるかよ!」
ギルフォードは祐のスピードについていった。だが次の瞬間、祐が消えた。
「!?どこだ!?」
「こっちだ!」
ギルフォードの目の前にいた祐は一瞬でギルフォードの背後に移動し、刀を降り下ろした。
「甘い!」
ギルフォードは体を前に向けたまま剣だけを後ろにまわし祐の攻撃を防いだ。
「まだまだ!」
祐はギルフォードに四方八方移動し、高速の攻撃を繰り出した。
「…なんだあの速さは…」
「ギルフォード様が押されている…!?」
「…まるで…閃光のごとく鳴り響く雷だ…」
敵、味方関係なくその光景に釘付けになっていた。
「ビキッ…ビキビキッ…」
どこからか何か変な音が鳴ったがその場にいた誰もが気づかなかった。
「しつこい!」
ギルフォードは大剣を横向きにし、その場で回転をしながら斬りつけた。
「…っく!」
仕方なく距離を取った祐へギルフォードが向かっていき、祐に剣が降り下ろされた。祐は受け身の体制をとった。
だが、その刀と大剣がぶつかることがなく二人の動きが止まった。
「何だこれは…!?」
「体が動かない…!」
「先輩!どうしたんですか!?」
まるで時が止まったかのように二人は動かない。祐に纏っていた雷が消えた。
「両者、共に戦闘を中止せよ…これ以上戦闘を続けるならば然るべき処置を取らねばならない…」
二人が戦いを繰り広げていた場所の上に真っ白なマントを羽織り、その背中には白い翼が2つ見えるものが浮かんでいた。
「まさか…天使…ということはこれは捕縛魔法…まったく動けん…」
ギルフォードは状況を理解した。
「…あれが天使…」
初めて見る天使に見とれてる祐だった。祐だけではなくその場にいた他の者全てが見とれていた。
「…あんた達のおかげでアビスゲートとヴァルハラが繋がっちゃったんだけど?」
その天使は先程とは変わって今度は砕けた感じの言葉遣いで話しかけてきた。
「アビスゲートと?なぜそれが俺達のせいなんだ?…そもそもお前は天使みたいだが自分の名を名乗ったらどうだ?」
ギルフォードが天使に問いかけた。
「…それもそうね…私はアビスにいるイデア神に遣える天使7人の一人…第七位天使「ロゼリア・クロアーヌ」…」
そう言いながら地上におりマントから顔を出した。その天使の目は綺麗な青い目をしていた。
「…!?…なんで…なんでお前がここに…」
祐はその天使の顔に見覚えがあった。
「…唯…!?」
それは元の世界で毎日のように目にしていた「菊池唯」だった。
「…祐には後で事情を話すね…でも今は私に協力して?」
祐には唯が天使ということに唖然とするしかなかった。
「とりあえず、まず上空を見なさい」
その言葉を聞いてギルフォードと祐は動きがとれないまま視線を空に向けた。
そこにはまるで空にひびが入っているような亀裂が入っていてそこからは黒い影のようなものが漏れだしていた。
「あれはアビスゲートから流れている闇の障気。元々神の強力な力を宿している聖遺物がぶつかり合うと空間はその衝撃を受ける。しかも、両者ともに第一能力解放以上の力を出していたのだから当然ひびも入る」
「第一能力解放?」
祐は唯に問いかけた。
「…私も今の戦いを空から見させてもらったけど、大剣のあなたが剣を霧にさせたことや祐が全身に雷を纏わせた能力のこと」
祐が納得したような表情をした。
「…まぁひびが入るだけなら大丈夫なんだけど…でも…」
その空にできた亀裂はますます広がっていく。
「…もしかするとかなりやばい状況…?」
祐が唯に申し訳なさそうに問いかけると
「…かなりやばいね…」
唯はそう深刻そうに言った。次の瞬間、空が鏡を落とした時のように割れた。その割れた空からは黒い障気が流れ込んできた。
「おい割れたぞ!?」
ギルフォードもさすがに焦っている。
「…まだ何か奥から出てきそうね…」
割れた空の中は黒い空間になっていて、その奥から二本の大きな腕が出てきた。やがてその手は割れた空に手をかけ、力づくで開いていく。
「…なんだよ…あれ…」
そこで祐が目にしたのは巨大な悪魔とも呼べる存在だった。
「あれは悪魔…それもギガント級悪魔・ガルガンテ…あいつは結構厄介だよ」
完全にアビスゲートから体をヴァルハラの方に出してきた。その悪魔は全身が黒く、大きな角が二本、背中には黒い翼が生えて周りには無数の小さな悪魔がいた。
「…こいつは厄介だな…」
ギルフォードも初めて見るその光景に唖然としていた。
その時、一人の少女が動いた。
「…まったく…これが片付いたら今度はあんた達の番だからね?」
そう言って少女は一人で現れた悪魔の方へ飛んでいった。
「唯!…くそ!!」
「先輩!?」
「ケルミナさん!俺を背中に乗せてください!あいつらを片付けます!」
祐は地上で羽を休めていたケルミナに頼んだ。ケルミナは首を縦に振り、祐を乗せた。
「待ってください!私も!」
その後に続いて愛菜もケルミナの背中に乗った。それを確認したケルミナは翼を広げて飛んだ。
「おい!待てよ!まだ決着が…」
ギルフォードは声をかけたがそれを無視して3人は行ってしまった。
「っち…こうなったら俺もやるしかないか…」
ギルフォードはそう言ってデュランダルを霧にした。その霧を自ら口に吸い込んだ。
「…散霧咆哮!」
ギルフォードの口から出された霧は上空いるガルガンテに向けて放たれた。その攻撃はガルガンテの左肩を貫いた後に、左肩周辺に霧が散らばりその周りにいた悪魔を切り刻んでいく。
それを見ていた祐達はギルフォードのその戦いぶりに驚いた。
「あいつ…本当に人間かよ…」
「感心してる場合じゃないですよ!来ます!」
祐達に向かって悪魔達が押し寄せる。
「…数が多い…!これじゃ…」
「任せてください!…はぁっ!!」
愛菜は右手に握っていた槍を悪魔達に向け、その槍からは風が発生し、竜巻のような形をした風が悪魔達をなぎ倒して行く。
「…愛菜…お前…」
「先輩には負けられませんね」
驚いている祐に愛菜は笑いながら言った。
「…こいつは負けてられないな…行くぞ!」
祐は雷を刀だけに纏わせてそれを上空の雲に向かって、刀を振り雷を飛ばした。その雷は雲に向かっていき、やがて雲の中に入り消えた。その瞬間、飛ばした先の雲が黒くなり黄色いものが見えた。
「…落ちろ!」
雲に向けて振りかざした刀を今度はガルガンテに振ると黒い雲から雷がガルガンテに向けて落ちた。
「グォォォ!!」
荒々しい声が鳴り響いた。どうやら祐の攻撃はガルガンテに効いているらしい。
「…祐も愛菜ちゃんもあのおっさんもやるわね…さすがは選ばれし者と言ったところ…私も負けてられないわね!」
上空を飛んでいた唯は途端に飛ぶことをやめその場に止まった。すると呪文のようなものを唱え始めた。
「…我、神に遣えし聖天使…我名に於いて暁の彼方から出でよ…汝の永遠の焔で悪を焼き払え!召喚!不死鳥!!」
唯の後ろから大きな黒い渦が発生し、その渦からは全身に炎を纏った巨大な鳥が出てきた。その竜の存在に祐達が気づいた。
「唯か!?…なんだあれは!?」
「…第七位天使の名において……悪を滅ぼす!!」
天使という種族の存在の力を目にした瞬間だった。
次章へ続く