非道の国
「ハム、ムグッ……」
僕は今、魔獣、もとい怪鳥の肉を食べていた。残り少ない貴重な食料の内最後の物だった。この怪鳥の味は美味しいけど辛いと言った感じで水が欲しくなるような物だった。
本当、何でこんなに辛いんだろう。いや、スパイスが効いてて美味しいんだけどさ。
「お~い、ギョクロ~……」
後ろから間の抜けた少女の声がした。後ろを振り向くとフードを被り茶色い布を身に纏わせるように着ている少年のようないでたちの少女が剣を杖のようにして歩いていた。
フードの中から銀髪と疲れきっていると言った感じの表情で僕を見ていた。
流石に疲れているのだろう、かれこれ八時間近く休憩無しで歩いているんだから疲れていないわけがないだろうな。僕だって疲れてるんだし。
「……流石に少し休むか……」
僕がそう言った瞬間、リアの表情が笑顔に変わった。
「と、言うのは嘘♪」
そして絶望に変わった。ああ、本当……見てるだけで面白い。
「嘘だよ、流石に休む……って言うか今日はここで野宿だよ」
僕はそう言ってちょっと離れた場所に居る草を食んでいる鹿の頭部に左手の標準をあわせる。
「火縄銃」
そう言った直後、左手の指の先端から炎の弾丸が発射され遠くに居た鹿の頭に直撃した。
鹿は倒れ、ピクピクと痙攣して、生命活動を停止した。
そして僕らはその鹿に駆け寄る。
「……相変わらず何時見ても便利だよなぁ……お前のその技。いや、魔法か」
「まぁ、便利ってわけじゃないんだけどね。栄養やカロリーの消費も多いし、何より燃料切れも早いし……」
不死鳥は絶対の存在じゃない、って言うか絶対の存在なんていない。少なくとも僕はそう思う。
不死鳥の炎は基本的に魔力と栄養やカロリー、後は燃料で火を点けることが出来る。でもその代償が結構大きい。
「……そんな事よりもとっとと食べようか」
僕は自身の身体に手を突っ込み、刀を取り出して鹿を切り刻む。なるたけ血がかからないようにして。
「……切れ味良いな、その剣」
「うん。これはね、とある神様に貰ったんだ」
「へぇ、異世界には神様も居るんだな」
「勿論、嘘」
「なっ!?」
嘘といった瞬間、リアの表情が驚愕の物にへと変わりすぐに真赤に染まる。
アハハハハ、面白い。
「う、嘘をつくなよ!!」
「アハハハハ、可愛いねぇ。本当、ちょろすぎて可愛いなぁおい」
「うぁ! あ、頭を撫でるなぁ!!」
本当、妹が出来たようだ。もしこの子が望むなら元の世界に戻る時に連れて帰ろうかな?
まぁ、望まなきゃいけないけどね。
「よしよ~し」
「だから、子ども扱いすんじゃねぇええええええ!!」
リアはそう叫んで僕の手を払いのけた。ああ、もうちょっと触っていたかったなぁ。
「あぅう……いいから速く作れぇ!!」
「ハイハイっと」
そう言って僕は自身の炎で肉の塊になった鹿を焼く、あっと言う間に美味しそうな匂いが満ちる。
リアはその匂いをかいで涎が口から溢れ出ている。どうやらかなりお腹が減っているようだ。もう少しだけ待っていて欲しい。まだちゃんと中まで火通ってないから。
って、そうだった。
「……ねぇ、リア」
「な、なんだよ……」
「この世界の地図ってある?」
ずっと聞きたかった。もし、地図があるのであるならば有利になる。
リアが持っていなくても手に入れれば良いしね。
「ああ、今持ってるぜ」
どうやら持っていたらしい。リアは手を懐に突っ込み、ごそごそ探して丸めた紙を僕に手渡した。
「多分それだぞ」
「うん、ありがとね」
そう言って紙を広げる。
紙には赤い点と海らしき青い絵と大陸が描かれていた。この赤い点は点滅しており自分達の今居る場所のようになっているのだろう。
異世界、恐るべし。
「へぇ……ふむふむ……」
「どう? 分かった?」
「いや、全然」
そう言った瞬間、リアが頭から地面に飛び込み滑った。ズザザザザザと痛そうな音が鳴った後「分からないのかよ!!」と叫んだ。
オーバーリアクションだなぁ、それに痛そうだ。って言うかよく顔削れなかったな、僕なら削れて炎が出てたよ?
「普通に書かれてある言語が理解できない……」
「あ、そういやお前異世界人だったな。まぁ良い、俺が教えてやる」
そう言ってリアは持っている地図を覗き込んできた。そして赤い点の近くにある文字が書かれてある場所を指差して――げんなりとした表情になった。
「うげぇ……ここから一番近い国って……『リアデズ』かよ……」
「リアデズ?」
「……親父から聞いた話だけどよ……奴隷、って言うより貧民層の人権がまるで無い国だ。主に貴族とかの実権が強くて逆らえば旅人であろうと殺されるって言う話だぜ」
「………聞くんじゃなかったよ」
何だろう、その国に物凄く行きたくなくなってきた。少なくとも王族貴族とか独裁政治を行っている人たちには会いたくなかったんだけど。
「……で、どうする? この国に行くか?」
「出来れば遠慮したい、けど……そろそろ栄養も考えないといけないしなぁ……」
栄養については本格的にまずい、暫くの間肉しか食っていないから。時たまに木の実も見つけるけどとても小さい物ばかりで量も少ない。
もっとも、お金すら無いような状況なんだけど。
「……しょうがない、こうなったら危険と分かってでもその国に行くべきか……」
「……やっぱりか?」
「うん、正直に言うと服や食料が欲しい。後は船、小船でもOK」
「……取り合えずそうした方が良いよな……」
僕の言葉にリアも頷き、『リアデズ』に行く事が決まった。でも、今はそれよりも――
「って焦げてるじゃねぇかおい!!」
「あ、本当だ……まぁ何とかなるでしょ」
「いや、これは駄目だろおい。お前ならいけるかもしれねぇけどよ」
「いやいやいや、流石に無理だよ。君は僕を何だと思ってるんだよ」
「妄想の獣、幻獣種」
一方、玉露とリアが『リアデズ』に行くと決めた頃、『リアデズ』では……。
絢爛豪華な部屋に、似合わない容姿をした男達が居た。その男達はボロボロの布着れを纏っており身体には生傷が絶えず、そして何より――首には奴隷の証が付いてあった。
そんな男達の先頭に居た男の脇腹を太った少年はおもいっきり蹴り飛ばした。蹴られた男は短く呻き声を上げて床に倒れ伏せ、少年は男に駆け寄り何度も踏みつける。何度も何度も、踏みつける。
途中から罅が入るような音が室内に響き渡り、思わず耳を塞ぎたくなるだろう。
「クソがクソがクソがクソがッ!! てめぇのせいで俺様が汚れただろうがよぉおい!!」
少年はそう喚き散らし男の髪を掴み上げ無理やり自分の顔を見させるようにした。
「てめぇのような奴隷が俺様に逆らうんじゃねぇよおい! お前等はただ俺らに従ってさえいれば良いんだよギャハハハハハハハハハハハ!!」
とても聞いていて気持ちの良いものではない笑い声を上げて男の頭蓋を踏みつけた。男は遠のいていく意識のさなか、でっぷりと太った少年を殺意を込めて睨みつけるが――
「ッ!? ァガァッ!!」
――首に付けられてある奴隷の証が男の首を締め付けた。
男はたまらずに首もとにある奴隷の証に手をやり悶える。
「駄目ではないか、ウルジュよ」
「お父様」
そう言って醜い肉の塊にしか見えない男が少年にそう言った。とてもではないが人間とは思えない、第三者がそれを形容するとしたなら――怪物――と、しか言いようが無いほどに。
「奴隷の罰は、死と決まっておろうに」
男はそう言って付けている指輪に念じ、男をゆっくりと殺していく。
男は片腕を上げて、ゆっくりと腕を下ろした。その身体には一切力が入ってなく、鼓動も止まった。
死んだのだ。
「フォフォフォフォフォフォ……やはり人間の奴隷では駄目よなぁ……」
「やっぱり奴隷は魔人の奴隷とかですよね。あ、女ならエルフとかでも良いんですが……」
少年は先ほどの男とは違い穏やかな様子でそう言った。
「ウルジュよ」
「何ですか? お父様」
男は脂肪で顔と身体の区別すらつかない筈なのに何かを企んでいるような、肉欲に溺れているような声音で言った。
「魔王の第四子がこの国に近づいているらしいぞ」