怒り
もし、貴女がこの世界に一緒に来ていたら僕はどんな方法を使ってでも貴女と一緒に逃げ出しただろう。
どんな事があっても奴隷の首輪を取り、一緒に逃げていただろう。たとえそれで自分が死んだとしても僕は君と一緒に居ただろう。
ねぇ、どうして君は――。
「ここで、お別れ?」
リアは間抜けそうな、けれどどこか予測していなかった声音でそう言った。
「うん、そうだよ」
ってか何でそう言ったんだこの子は、そんなの当たり前じゃないか。魔人だからとかお願いされていないからとかじゃない。もっと根本的な理由だ。
「な、た……頼む、着いて行って良いか?」
「駄目」
「この通りだ、頼む!!」
「駄目」
「何でだよ!! もしかして身体が望みか!? なら……分かったよ、好きにしろ」
「断る」
「まさかの否定!? お前男じゃねぇのか!?」
「ていうか、リア……君子どもでしょ? なのになんでそんな事を知ってるんだよ」
「親父が言っていた、男はこう言われると喜ぶって」
「意味理解しないで言ってたの!? てか親父さん女の子に、しかも自分の娘になんて事を教えてんだよ!!」
リアの常識がヤバイ、僕以外の人間だったら襲っていたかもしれないだろう。男も女も含めて。
「……はぁ、何で一緒に行かないのかの理由、だったね。その理由は君が女の子、僕男だからだよ」
「……それだけ?」
「それだけだよ、子ども、それも女の子と一緒に旅なんて僕には出来ない。少なくとも、守りきる自信が無いからね」
「はっ!? ちょっと待て、俺は確かに子どもだけど同じ世代の奴等の中じゃぁ頂点に――」
リアは最後まで言う事無く口を開けて呆けた。そして顔をギギギとゆっくりと動かし、後ろを見やった。
後ろにあった岩には炎で出来た槍が突き刺さっていた、実体のあるその槍は岩を貫通してその向こう側にある地面にも突き刺さっており、炎が消えると完全に向こう側が見えるようになっていた。
「……今の見えた?」
「……………」
「無言は見えなかったって事になるからね」
僕はそう言って生肉のチキンに火をつける。
「はっきり言うよ。弱い子どもと一緒に行動するのは百歩譲って良しとしよう、でも僕には君を守りきる自信が無い。この世界の事は知らないけど、君は人間じゃない。それはつまり迫害、いや、それ以上に酷い事になるかもしれない」
そうなってしまったら僕は君を守れない、そう言った。
「で、でも……」
「それ以前に僕は君のような女の子と長い間一緒に居るのは嫌なんだよ」
「そっちが本音かよ!?」
驚いた表情でリアはそう言った。はは、可笑しい顔。
「君と居ると、僕は思いだしてしまうからね……」
あの子の事を、『宮元郷理』を……。
「だから――ッ!?」
リアの後ろの森の奥から何かが放たれた。それは先端が黒く尖っている、明らかに殺意を持って放たれたであろう矢だった。矢の先端はちょっとだけ光っているから恐らく毒が塗られてあると言う事は明白だ。
「危ない!!」
リアを右に突き飛ばす、いきなりの、それも唐突だったから 何の反応も取る事が出来ずそのまま倒れた。そしてその毒矢は僕に襲い掛かる。
最も、僕も喰らうつもりなんかはない。
僕は手を地面に当てて――
「炎壁!!」
――炎の壁を作って毒矢を防いだ。実態のある炎は光速で飛来した毒矢を防ぎ燃やした。毒の焼ける臭いが鼻を刺激するけど僕は不死鳥だ。
この程度の異臭、どうってことない。とは言え、不死鳥だからどうってことないだけで普通の人間にとっては間違いなく体調を崩すだろうけど。
「……ててて……な、何があったんだ?」
リアは状況を把握できていないらしく周りを見渡しながらそう言った。そして何が起こったのか理解すると僕の方に駆け寄ってくる。
ただ、駆け寄ってきた瞬間に異臭に気付き鼻を押えたけど……。
「お、おい貴様!! 大丈夫か!? それにこれは何の臭いだ……!」
「大丈夫大丈夫、けどこの臭いはあんまりかいじゃ駄目だよ。毒だから」
そう言った瞬間、顔を青ざめて異臭がしない所まで下がった。魔人も毒は駄目らしいな。
いや、僕も本当は駄目だけど命を殺すための毒だったみたいだしこれくらいなら平気だよ。最も、神経毒や眠り薬とかだったら話は別だけど。
でも今はそれよりも別の問題がある。何であの毒矢をリアに放ったかだ。
「おい、出て来い」
僕はそう言って、片手をピストルのようにして向ける。すると木々の間からボウガンを携えた男が立っていた。
男の容姿は……正直言って分からない。髭だらけでもじゃもじゃしてるし、本当に見えない。人間と言うよりはイエティなどの類じゃないのか?
「……なんで邪魔をしたんだ?」
そう思っていたら、男が喋った。と、言うより疑問をぶつけるって言った感じに近かったけど。
「何でって? そりゃぁ可愛い女の子の頭が柘榴になる姿はあんまり見たく無いからね」
「っていうかお前の表現恐ろしすぎるぞおい!!」
リアが何か叫んだけど気にしない。
「もしかして可愛い女の子を殺した後×××して○○○するつもりなんだろ?」
「はぁ? 可愛い女の子ぉ?」
男はそう言った後、笑い出した。とても下卑た笑い声だ、つい止めたくなってしまう。
「確かに外見だけは可愛いっちゃぁ可愛いけどなぁ、魔王の娘なんかに手なんか出すわけねぇだろうが」
「魔王の娘?」
僕がそう言うと男は力強く頷く。
「ああ、そうだぜ! そいつの父親は俺達人間を恐怖のどん底に陥れた怪物なんだ!!」
「違う!!」
リアが大声で叫んだ。
「親父は何度も人間に歩み寄ろうとしていたじゃねぇか!! なのに人間があんな非道なことをして……!!」
そう言ったリアの目には涙がたまっていた。ただ、それを聞いた男はバカにした様子で――
「はぁ? 何言ってんだお前は、人間以外の種族なんて全員家畜以下の存在だろうが」
――そう言った。
……ちょっと、今のは。
「おい、その言葉はどう言う意味だ」
「そのままだ、魔人とかエルフとか……そんなのは全部、ずぇーんぶいらねぇ存在なんだよ。この世で最も優れている人間様だけがこの世界に居て良いんだよ!!」
酷い、あまりにも酷すぎる。
『ねぇ――、玉露』
『本当に、この世界は人のためだけだよね』
『助けてよ、玉露――』
「ふざけんじゃねぇよ……」
「はっ?」
「ふざけるな!! 人以外が住んでいけない世界なんてあるわけないだろ!!」
僕はそう言って、背中から炎出す。
「お前のような奴が居るから……郷理は死んだんだ! その言葉を今すぐ訂正しろ!!」
怒りに身を任せて炎の槍を何本も作る。
「……お前も化物か……ふざけてんじゃねぇぞ怪物がぁあああああああああ!!」
男は持っているボウガンを捨てて剣を取り出す。
そして、戦いは始まった。