第38話 かくして、俺と私は旅行を終える
死に近い経験をすることをイニシエーション、通過儀礼と言う。
いっぺん死ぬような思いをして再びこの世に生きることで生まれ変わるとか大人になるとかそーゆーことらしい。
バンジージャンプなどもその一種と扱うこともあるとか。
簡単に言うと大人になるための儀式だと言うことだ。
しかしここで気を付けなければならないのが、このイニシエーションは『死に近い』であり、文字通りの死を迎えてそこから不死鳥のごとく甦る訳ではないと言うことだ。
大人になるために一々死を迎えるなど洒落にならん。しかもそこから甦ると言うのだから、恐らく半数も大人になれないだろう。
つまり何が言いたいのか。
言いたいことはただひとつ、『臨死体験』はイニシエーションに入らないのだ。
だってこれも一辺死んでいることになるのだから。
ここから再び生を受けるには大変な奇跡が必要とされる。
恐らく臨死体験から甦った人は実は遠い昔の祖先さんがとんでもない妖怪だとかそんな人だろう。
それ以外は残りの人生の幸せを全て失ったとか。
結論:臨死体験から得るものはない。むしろこれからを失う。
「そう考えると俺は来世分の幸せをも失った気がするよ・・・」
部屋の隅で俺は一人、そう呟いた。
奏が我が家に来てから一ヶ月もしないうちに俺は恐らく世界で一番あの世に詳しい人間になっただろう。
しかしそんな俺でもさすがに今回はヤバかった。なんせ血だるまだったからな。
下手すりゃバイオテロの映画に出れるレベルだ。
血だるま人間になったあと、俺はなんとか一命をとりとめた。
と言うか一瞬死んでそこからなんとか戻ってきたのだ。
いや、あれはマジで大変だった。
なんせ気がつくと地獄で閻魔大王に会っていたんだから驚いたよ。
そして有無も言わさず強制送還。
大王いわく『残念ながらお前のような変態はここでも扱えないから生きてくれない?』だそうで・・・
こうして俺は晴れて?この青い地球に戻ってきたのだった。
そして俺は、復活してすぐさま我が義妹こと奏はこの件に関してどう思っているのかを聞いた。
なんせ今回はマジでやばかったのだ。これを機に手を緩めてはくれないだろうか。
そんな思いを抱いていたのだがーー
ーー全く気にしてはいなかった。
『むしろ貴方を消すことが私がいきる意味だと思うのよ』とか何かもう生まれた意味を探すRPGの主人公になれるくらいの発言をしてきた。
この事を知って俺は再び死んだ。精神的に。
そして気がつくと悪魔王サタンが目の前にいた。
断っておくが某100円あったら是非行こう!で有名なチェーン店で働いている魔王さまではない。断じて違う。
それはさておき此方の御方も閻魔のおじさんと同じ様なことを言いはなって、有無も言わさず強制送還。
俺はフェニックス並みのしぶとさでこの世に帰ってきたのだ。
この事から俺が得るべき教訓は、『変態はどこにいっても厄介者扱いされる』と言うことだ。
知りたくもないことをまたひとつ知ってしまった・・・。
閑話休題。
気がつけばもう0:00。
明日は帰る日なのでもう寝なくてはいけない時間だ。
そんなわけで寝床につくことに。
「じゃあ貴方の枕と布団は廊下に敷いておいたから。お休みなさい」
ガチャ☆←(扉の鍵を閉める音)
今世紀最大の笑顔で見捨てられました。
「へーい!my little sister!アケーテクーダサーイ!!ワターシハ貴方の兄であるアイサキワタルデスヨー!」
ドンドンと扉を叩く。
「どちら様でしょうか?私は神無月奏です。天涯孤独です。貴方ような世紀末級ド変態セクハラ帝王など知りません」
「称号なげぇよ!そして無駄に俺を貶すな!!」
「しつこいですね、モテませんよ?」
「ほっとけ!俺は妹にモテていればそれでいい!!つか敬語やめれ!!」
「もしもし救急車ですかですか?ここにいもしない妹を愛するとかほざく悲しいひとがいるのですが」
「やめて!その対応は警察よりもつらいから!!」
「大丈夫です。解ってやってますから」
「なお悪いわ!!」
・・・どーやらまだ温泉の件を引きずってるらしい。あれはキラリと光る油の本で有名な変態のせいだと言ったのに、信じてないのか。
一瞬リアルにあいつの死体でも持ってこようかと考えたが、んなことをしたら俺が奏に再び会えるのは3年くらいかかりそうだから止めた。
しゃーない、ここは持久戦だな。奏が扉を開けてくれるまで耐えるしかない。
「・・・・・・・・・」
暫く沈黙が続く。
俺も奏もなにも話さない。
耐えろ、耐えるんだ。奏だって(多分)人の子だ。罪悪感は存在する(ハズ)だ。
ならばその時まで待つしかない・・・!!
「・・・・・・」
「・・・・・・zzzzzzzzz」
「って思いきり寝とるやないかああああああああ!!!!」
嘘!?まさかこの子ホントに人の子じゃないって言うの・・・?
恐ろしい子!!
「ん、んん」
おお!よかった!!起きてくれたよこの子。
てかホントに寝てたんだ・・・
「・・・あら、まだ外にいるの?鍵は開いてるからいい加減入ってきたら?流石にそろそろそのギャグも不快になってきた頃だし」
なんかもうどーでもよくなってきましたーーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そんなこんなでようやく寝ることが出来た。
当たり前だが俺と奏の布団の間にはテーブルと言う名の要塞があり、それを越えようものなら新たな七不思議がこの旅館でつくられるのだ。
間違っても越えてはいけない一線が、そこにはあった。
と言うか先程の温泉と廊下でのひと騒動で完全に毒気を抜かれていたのでそんな気さえ今は起きなかった。
さて、さっさと寝るとしよう・・・
「ねぇ、起きてる?」
暗闇のなか、テーブルの向こうからそんな声が聞こえてきた。
誰の声かなんてのはかんがえるまでもない。奏だ。
「ああ、起きてるよ」
あと少しで寝そうだったのは、秘密だ。ここはこう返すのがエチケットだからな。
『ごめーん!待ったぁ~?』
とか言ってきた彼女に
『5分も待ったよ』
とか言うバカな彼氏はいないだろう。
それと同じ。
「明日、帰るのよね」
また奏がポツリとそう呟いた。その言葉は、どこか儚げで、まるで終わりを惜しむかのような、そんな感じがした。あくまでも感じがしただけだが。
「そうだな、まぁ帰ってすぐ次の日に学校が始まる訳じゃないからそこは安心だ」
「そうね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なぁ、」
「なに?」
「その・・・・・・楽しかったか?」
旅行前に言った、俺が教えてやると。
果たして彼女は楽しめたのだろうか。それが、知りたかった。
暫しの空白のあと、彼女の口から息が漏れる音がした。
「わからなかったわ」
そう、答えた。
「解らないって・・・。あー、つまりアレか?結局旅行に行くメリットが解らなかったと?」
「ええ」
「・・・そうか」
少しは考えていたが、まさかその通りになるなんて思ってもいなかった。
必ず肯定してくると、思っていたから。
あんなにも楽しんでいたから。
だから、なんとも言えなかった。
恥ずかしいし、情けないし、悔しかった。
あれだけ解らせてやると言っておきながら、俺は結局出来なかった。
悔しい。
そんな思いが身体中を駆け巡る。
「まぁ考えてみれば当たり前じゃないかしら?人の考えなんてそう簡単に変わらないもの。寧ろ変えられたら誉めたいくらいだわ」
・・・フォローしているつもりなのだろうか。
「そうかもしんねぇけどさ、けどやっぱりあそこまで大見得切ったんなら、やり遂げたかったよ」
すねた口調でそう返す。
「そうね、あそこまで言っておいて結果がこれだもの。恥ずかしいわよね」
「今はその言葉に何も言い返せない・・・」
いいのか?泣くぞ?
「だから、」
「・・・?」
急になにかを言い淀む奏。
そして、
「何度でも挑戦してみなさい。私を変えられると、そう思いながら」
「あ・・・」
そう言った。
「まさかたった一度で諦めるの?貴方にとっての義妹の私はそんなものなのかしら」
「・・・違う」
「じゃあ何度でも挑戦してみなさい。私に家族でどこかにいく楽しさを教えたいのなら、私を本当の家族にしたいのなら」
「・・・・・・」
そうだ。彼女は、神無月 奏はこう言う人だ。
人には言えない辛い環境で育ち、全てを疑い、自らの意見を絶対正義とする、それが彼女だ。
だから俺は家族になりたいと思うのだ。
世の中はそんな辛いことだけではないと、自分以外にも信じられるものがいると、教えたいのだ。
それが、たった一回の旅行で変わるのなら、彼女はきっとこんな風に生きてこなくてすんだだろう。
俺は何を思い上がっていたのか。
ひとの思いは簡単には変わらない。変えようと思って変わるのはごくわずかだ。
だからこそ挑戦し続け、変えようと、思い続けるのだ。
まさかこんな風に焚き付けられるとはな、思っても見なかったぜ。
「・・・覚悟しとけよ?俺はやるときはやる男だぜ?」
「期待しないで待ってるわ」
そう言って、会話は終わりを迎えた。
かくして、俺と私のはつの旅行は終止符を打ったのだ。
終わりかたが少し雑になってしまいましたが、これにて旅行編は終わりです。
これからはテンポよくぽんぽんといこうと思いますので何卒宜しくお願い致します。
ではまた次回




