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1 白い孤毒のメロンパン事件

「奇妙よね」


お昼休みの事だ。


彼女、月埜つきの 美椰みやの言葉に僕は顔を上げた。


僕、田仲たなか 伊織いおりの前にいる少女は好奇心の色に染まった瞳を大きく開けて一方を見つめている。


その視線の先には少女の関心を買うような何かがあるらしい。


僕は興味を覚えて視線を泳がせるが彼女の見つめる先に別段、特異なものがあるようには思えなかった。


僕は尋ねた。


「何かあるのかい?」


「わからないの?あれよ。あれ」


彼女はそう言って、さっきまで見ていた方を指さす。


もう一度よく見る。


はて、あれとは何だろうか。


僕は目を凝らしたがやっぱり分からない。


しかし、彼女が何の理由もなく適当に指して、僕をからかっている訳ではないだろうから、確かな理由はあるはずなのだ。


情報を整理してみよう。


まず、彼女が指さす方向はどこだ?


教室だ。


普通の教室。


床は木で、木造の校舎となれば、確かに今時珍しいかも知れないが、そこに日常的に通う僕らにとって今更に疑問や不思議を催す要素だとは言えない。


壁に見慣れない落書きなんかもない。


そこに同じく木でできた勉強机があって椅子がある。


ごく一般的な規範から外れる事なき、実に普通の教室だ。


普通すぎてカビが生えるくらいのね。


それから人。人間。


教室内の生徒はそれこそ乱雑に複数のグループに分かれている。


その様子は、どのグループにも属さない僕のような人間から見れば、混沌としている。


が、それはさておいて、彼女が指さす先には一つの女子のグループがいる。


女の子が4人。それだけ。


少女たちは楽しげに談笑していて、特に何かしている訳でも、何をしている訳でもない。


うん、やはり、普通の日常ではないだろうか。


「分からないよ」


「本気?ほら!あのグループ。ザ・レディースズと雪姫の組み合わせなんて到底、あり得ないでしょう!」


そうなのだろうか?


というか、その愛称はひどい。


特にザ・レディースズ。


そのネーミングセンスに漂う微妙な昭和臭に僕は苦笑した。


僕ら平成生まれなのになぁ…。


「誰だっけ、あの子」


残念ながら良く知らない女子たちだ。


だから、あのグループの構成が普通でない理由とは、何なのか、僕には未だに分からない。


「学園一の深窓の令嬢と称される雪姫こと朱鷺栂ときつが 柚希ゆきとダサい不良女学生の筆頭とも言うべきザ・レディースズがつるんでるのよ。変でしょ」


学園一の深窓の令嬢って・・・。


確かに言うだけあって、彼女は相当な美人だ。まるで日本人形みたいな美少女。


彼女はそんな台詞を言葉にして、おかしいとは思わないのだろうか?


まさか、この学園には競いあうほどに深窓の令嬢とやらがいるのだろうか?


まぁ、いるとして、そんな深窓の令嬢さま方が、もし学園一の座を争って、何かを競いあっているなら、その光景は想像するに、うん、滑稽過ぎるなぁ。


仮に事実、彼女がその一位だとして、何げに不名誉な二位は誰なのだろう。


まぁ、そんなことはどうでもいいか。


僕は雑感はひとまず置いておき、彼女に尋ねた。


「つまり、優等生とヤンキーが、つるんでるのはおかしいと?」


彼女は笑い、


「極度の人間嫌いで通ってる雪姫が、よりにもよってあれと一緒に居るのよ?」


事件よね。そういって彼女は目を細めた。


どうかなぁ。


今日も学園は平和そのものだ。


僕としてはこの幼なじみの少女が必要のない波乱を起こすことだけは避けたい次第だが…。


「これは秘密探偵クラブの出番ね」


彼女の宣言に僕は内心で思わず「うげぇっ」とした。


如何にも幼稚なネーミングの「秘密探偵クラブ」とは僕らの非公認部活動だ。


彼女の鶴の一声で始まった謎クラブ。会員は僅か二名。


終身名誉会長(なんじゃそりゃ)の月埜美椰と部長の僕、田仲伊織のからなる。


ちなみに僕が部長なのは面倒ごとは全部僕に押し付けるためだ。


お互いに似たもの同士の面倒屋なので、ここは純粋に両者の力関係から帰納した結果である。


会員メンバーその3が現れた暁には、僕は謹んで部長職をお譲りしたいと思っている。


そんな奇特な方が現れることを、日々、切に願う次第だ。




◇◇◇◇◇





事件は起こった。


それも大した事件だ。何者かが公園のゴミ箱に火を放ったのだ。


放火は重罪だ。目を白黒させている僕の横では彼女が携帯を使ってどこかに通報している。


警察か、消防。最初はやはり消防か?


「これは面白くなってきたわね」


笑う少女に僕は苦笑を返した。ことは文化祭のキャンプファイヤーじゃない。


面白がってばかりもいられないはずだ。


僕は呆然と燃えるゴミ箱を見つめた…。




◇◇◇◇◇




事件の起こりを話そう。


最後の授業が終わった後、彼女が僕に言った。


「ねぇ。追跡してみましょう」


『何を』とは言わない。目下、彼女が執心している話題は一つだ。


彼女の視線の先には例の4人組。


「犯罪じゃないかい?」


事はプライバシーの侵害じゃないのかな?


「何、言ってるの我ら探偵よ」


探偵は免罪符じゃない。


大体、探偵業は依頼主がいるから成り立つわけで。


何も分かっていないうちから、直感で動くだけならば、それはただの傍迷惑なストーカーに過ぎないだろうし…。


と、言えない僕の立場の弱さ。


「心配しなくても只の杞憂なら引くわよ。それを確めるんじゃない」


「左様で御座いますか…」


なら文句は言うまい。ここは確めたほうが話が早いからだ。


こうして僕らは少女たちの追跡を始めた。


追跡を始めてしばらくは特に何も起きなかった。


少女たちは普通に談笑しているだけだ。


「可笑しいわね…」


ここでも彼女と言うと混在するので月埜さんと呼ぼう。


月埜さんはそう呟いた。


おかしいのは君の方じゃないか?僕の目には普通の女子グループにしか写らない。


「普通じゃない」


月埜さんの不満げな呟きに僕は苦笑した。


まぁ、月埜さんが普通じゃ無い方を期待しているのは明らかだった。


若干飽きてきたのか呟く声に色がなくなっている。殆ど、ぼやき声だ。


「おや、おや」


と思ったら、急に色を帯び始めた。


少女たちが分かれた。ザ・オールドレディースズと雪姫にだ。


家路がここで分かれるらしい。


ここまでは普通だ。


問題は、


「あの子、レディースズをつけるみたいね」


朱鷺栂 柚希が少女たちと離れたあと、家には帰らず少女たちを追い始めたのだ。


図らずもダブルストーカーになってしまった。


なんだ。この構図は。


思わぬ状況に僕は絶句した。


「ふふ、面白くなってきたわね」


面倒なことになってきた。


対照的なもので、僕は気を落とし、月埜さんは大いに勢い込んでいった。


さて、ここで問題がひとつ。


朱鷺栂が少女たちを追うものだから、僕らはその朱鷺栂を後ろから追う形になってしまう。


「困ったわ。これじゃ、あの少女たちが何をやっているかまでは分からないわね」


そうだね。


どうせならここでスパッと解決編まで雪崩れこんで欲しい。


月埜さんの好奇心が速やかに満たされるならば、解決の善し悪しまでは問うまい。


早く納まって欲しいものだ。


「あれ?なに!?」


月埜さんが急に驚いた顔で声を上げる。


僕も正面を見た。


顔を青くさせた朱鷺栂さんが慌てた様子でどこかに走り去る。


え?何が起こった?


「いくわよ!いおりん!」


どっちの?とは問えず、駆け出した月埜さんの後を追う。


さっきまでレディースズがいたと思われる方向だ。


こういうときの月埜さんの直感はいつだって正しい。


「火が出てる!」


僕の脳裏にあのレディース崩れたちの顔が浮かんだ。彼女たちがまさか…??


思わぬ大事件に僕はそら恐ろしくなった。




◇◇◇◇◇




僕たちが警察に調べられたのは当然の事だった。


僕らの町、東檜原市を管轄する東檜原警察署の刑事さんが僕らに質問した。


人生初の任意同行をされて来たのは警察署。


場所は応接室。取調べ室じゃなくて良かった。


「どうして、あんな場所に居たんだ」


「…あんな場所って公園ですよね?私と伊織は普通にデートしてただけですけど…」


…デートって。そんな事してないじゃん。僕らがやっていたのは、ええっと…。


……。


まぁ、文句は言わず適当に合わせようかな。


「そうなのか」


「…はぁ、恐縮です」


刑事さんは何が気に入らないのかむすっとした顔で言った。


「まぁ、良い。お前たちはタバコを吸ったりしないのか」


「無いですよ。私たちの肺はそれは綺麗なものです。なんでしたらレントゲンでも撮りますか?」


堂々と答える月埜さん。刑事さんの方は目を細める。


まぁ、刑事さんも月埜さんが相手じゃ大変だな。うん。


「お前はどうだ?」


「僕もタバコはちょっと…。どうして、タバコなんですか?」


質問が偏っているなぁ。


つまり、不審火の原因はタバコの消し忘れ。


そういう事なのだろうか?


「捜査情報だ。お前たちには教えられん」


「そういえば、煙草で思い出しそうなことがあります」


月埜さんが言った。


「なんだ」


刑事さんの目の色が変わった。


彼女は微笑んだ。


「せめて煙草の銘柄が分かったら思い出せそうなんですけど…」


刑事さんは困ったよう顔をした後、袋に入った煙草を見せた。


うわ、見せてくれるんだ。


銘柄は…。


「マロボルのウルトラメンソールですね」


彼女は言った。


「?分かるのか?」


「私の父と同じ煙草なので。ああ、そういえば、あの時、公園に煙草を吸って入っていく、えっと、3人組の、高校生を、見かけました」


噓だ。


しかし、なぜか、妙にたどたどしい彼女の言葉に刑事は熱心に耳を傾けた。


「悪いが少し協力してもらうぞ?いいな?」


「何をです?」


そう言って何かの検査キットを僕たちに示した。


「指紋と口内細胞を取らせてもらう。それと持ち物検査にも応じて貰う」


見れば、女性警察官まで応接室に入ってきている。


「良いですよ」


彼女は笑った。満面の笑みだ。




◇◇◇◇◇




警察から解放されて、帰り道。


彼女は笑って言った。


「状況を整理してみましょう。いおりん、よろしく」


「え、僕が言うの?」


戸惑った僕に彼女は笑った。


「昔から分析は貴方の得意分野でしょ。良いから言って」


はぁ、めんどくさいな…。


「それじゃ、まず、君が警察から得た情報ね。放火は煙草で行われた。しかも、えて実際に吸った煙草だ」


「どうして、放火と断定できるの?それと何故、実際に咥えた煙草と分かるの?」


分かってるくせに。と僕は思ったが続けた。


「DNA鑑定だよ。参考人に過ぎない僕らから、あれを取ったという事は、煙草からDNA型が検出されていると見て良い。あと只の単発の不審火なら警察は捜査をしない。警察がDNAを既に押さえているなら、もう連続放火犯がいることを把握しているとも判断できるはずだ」


あと当然、指紋も取れているはずだ。


「他に分かったことは?」


彼女の言葉に僕は続けた。


「君の意地の悪い質問によれば、刑事さんが反応したセンテンスは3つ、高校生、3人組、煙草の銘柄はマロボルのウルトラメンソール」


この三つは重要な情報と見えた。


「其処がすこし謎なのよね。警察はDNA型をおそらくは3人分見つけたけど、犯人には結びついていない。彼らのデータベースには登録されていないわけよね」


「うん、そうだね」


彼女は首を傾げた。


「なんで高校生と思ったのかしら?」


「それはおそらくそういう110番か、119番が入ったからだよ」


「どういうこと?」


未だにピンとはこないらしく彼女は首を傾げた。


「『今、高校生が煙草でゴミ箱に火をつけていた』という110番が入ったってことだよ。それも、おそらく僕らの通報より後に、ね」


だから、警察は最初から僕たちを犯人と疑った。


あれは『そういう態度』だった。


「ああ、朱鷺栂さんか。なんでそんな、私たちを嵌める様な真似を…」


そういうわけではない。僕は苦笑した。


「僕らが後をつけていたなんて予想外だろ。僕たちは火を見てすぐに通報したけど、彼女はおそらく公衆電話を探しに駆け出した」


「なるほど、続けて」


「ここから分かることは、朱鷺栂さんは自分の携帯では電話したくなかった、彼女は犯人の犯行を直接見ている、彼女は犯人とは協力関係に無い。という事かな」


もっと言えば、犯行を知っていて復讐を考えている可能性がある。


あくまで可能性だが。


「そりゃ、ねぇ、朱鷺栂さんの父親はどっかの省の幹部らしいし…」


知らんがな。って、どっかの省の幹部?


…まぁ、良いか。


「僕が分析したのは以上だけど、落としはある?これで良い?」


「良いけど、一つだけ減点ね」


何が?


と疑問に思うと同時に僕の向う脛に蹴りが跳んだ。


いった!


「誰の意地が悪いのよ。いおりん?」


彼女は楽しげに笑いながら、


「でも、まだ大きな謎が残っているわね。彼女の行動の動機よ」


と言った。僕は脛をさすりながら言った。


「…っう。た、確かに」


でも事は既に犯罪だ。警察に任せておけば良い。僕はそう思う。


「もう止めないか?」


僕の言葉に彼女は首を振った。


「駄目よ。さて、それじゃ今日の反省を踏まえて二手に分かれましょう。私はあの3人組を追うから次からいおりんが朱鷺栂さんの担当ね」


誰が誰の担当だって?僕が正直げんなりしたのは言うまでも無い。




◇◇◇◇◇




朱鷺栂さんが放火犯と目されるレディースズと歓談するのはメインとして昼休みらしい。


なぜか、朱鷺栂さんは率先して3人の食事を買いにいくようだ。


パシリじゃん。本当、どういうことだろう。


ただ、三人組の方もどこか急に懐いてきた彼女の事を扱いかねるのか、困った様子も見受けられた。


僕は朱鷺栂さんを追う。校内販売のパンである。


彼女は白いホイップクリームのサンドされたメロンパンを見ている。


なぜか、じっと。


それを一つ買うと残りは焼きそばパンを3つ買った。


その後、彼女たちは談笑しながら、パンを食べた。


変わるところは無い。


ただ、


(なんか引っかかるな…)


あのパンを見つめる少女。何を考えていたのだろうか?


数日後、何度目か目撃した後で月埜さんが話しかけてきた。


「何か分かった?」


月埜さんが僕に尋ねた。


「特には」


いくつか分からないことが分かった。


つまり謎が増えた。それだけだ。


「ふ~ん。そういえば、朱鷺栂さん、一時期マスク姿で登校してたよね?」


そうだっけ?


僕の記憶には残っていないけど。


「案外、そこ等辺が関係あるんじゃないの?」


「どうだろう」


重要な情報として留めておこう。


何がどう繋がるか分かったものじゃないからね。


「そういえば、あの子は昼には必ずパンを買いに行くのよね」


そうだけど、其処から何か分かったのかな?


彼女がにんまりと笑う。


「じゃ、ついでにゴールデンチョコレートパンを買ってきてね」


…。


つまり、僕もパシリだった。




◇◇◇◇◇




ある日の放課後。


事件から数日たったが、まだレディースズは捕まっていない。


(点と点を線で繋ぐのは大変だろうしなぁ…)


善良な市民ならば、もうすこし協力するべきなのかも知れないが、既に任意同行を受けたペケ印持ちとしては微妙に協力しづらいのも事実だ。


それに事は『憶測』の域を超えていないのだ。


僕らは確たる証拠を掴んでいる訳ではない。


自信満々に自慢の推理を披露するぐらいわけないが、で、どうなるわけでもないのだ。


まぁ、警察はあの3人のDNAを既に所持しているだろうから証拠が無い訳でもないだろうけど…。


僕としては罪を憎む正義漢でもないので、勝手に捕まるのを待ちたいのだが…。


さて僕が追跡する(もはやストーカーと思われても仕方あるまい)朱鷺栂さんが彼女たちと別れた後、コンビニに寄った。


何を買うのかと思えば、500mlの牛乳パックだ。


今飲むには少し大きい過ぎるよね。


彼女はそれを持って、河川敷の方に歩いていった。


我が町を流れる檜原川ひのはらがわは一級河川だ。


僕にはそうは見えないけど、時々、手が付けられないくらい荒れるし、何より国土交通省のお偉いさま方がそう決めたのだから、きっとそうなのだろう。


さて、どうするのかと思うと彼女は川辺の方に降りていく。


とある大きなの橋の下まで歩いていくとそれをお供えした。


(え、)


見るからに手製と分かる小さなお墓に牛乳を供えたのだ。


僕は目を細めた。


(大体分かって来た、気がする)


彼女はしばらく祈った後、その場を去った。


僕は追わないで彼女の姿が消えると墓に近づいた。


いくら神様なんて信じない不敬な僕でも、さすがにお墓を掘り返したりは出来ない。


僕はそっと土に触れてみた。


多少、固まっているがそう古くも無いだろう。ここ、最近に出来た墓だと考えて見て良い。


僕は墓の周りを見渡す。


牛乳に、パン。


どっちも新しい。


牛乳の方は彼女として、パンはどうだ?


消費期限は一日過ぎている。あとで近くのコンビニでこの商品の消費期限を確認してみよう。


意外なことが分かるかもしれない。


あとは花。これは良いだろう。


お供え物の数は楚々としていて正直、物足りないか。


(ここで人が死んだとは考えにくいかな)


この墓は極少数の人間に悼まれているようだ。


死んだのは動物、犬か、猫と考えるのが妥当な様な気がする


僕は試しに回りに何か無いか探してみた。


「ビンゴ」


幸先が良すぎて思わず口笛でも吹きたくなった。


土手の上にあるゴミを入れる鉄製のコンテナの中にそれはあった。


少し焦げたダンボール箱と毛布、消費期限の大分過ぎた空の牛乳パックにそして、パン。


さらに興味深いものが見つかった。


「ふむ、これは、つまり…」


さて、色々分かったところでどうしようかな…。


調べてみるしかないか。


僕は足早にその場を歩き去った。




◇◇◇◇◇




次の日から僕の朱鷺栂への放課後の追跡は無しになった。


彼女は真っ白。


犯人ではないし、行動も大体読めてきた。


故に見張る必要はもう無いのだ。


「何か分かったのね」


月埜さんはちゃっかり僕をパシらせて手に入れた菓子パンを頬張ている。


月埜さんはモデルみたいな小顔だし、大きなパンを食べている様子はリスみたいで可愛いのだが…。


(喋ると凶悪なんだよな…)


「うん。君の方は?」


「わたしの方もね。いろいろ掴んだわよ。ただ、こっちにはもう謎なんて残っていないからねぇ~」


役割を分けたのは月埜さん自身だ。


まぁ、おそらく月埜さんは僕が解くことを期待しているのだろうけど…。


「分かっていることを話す?」


僕の提案に月埜さんは首を振った。


「ううん。答え合わせは全て分かったときで良いわ」


そうですか。でも、もう大体分かっているんだけど…。


ふと、月埜さんは思い出したように呟いた。


「ねぇ、人の脂って良く燃えるのね」


僕はその呟きに「ぎょっ」とした。彼女はクスクス笑っている。良くないことを考えていないと良いが。


一方で僕らは彼女たちの会話に耳を傾けていた。


何故か、朱鷺栂は毎日同じメロンパンでしかも他の三人にそれをお勧めしているのだ。


「あれ、甘すぎ。私嫌いだわ」


月埜さんの呟きに僕は頷いた。


「僕もそう思う」


あの3人は辛党らしい。今まで菓子パンの類を食べたことが無い。


それと毎回、必ず同じものを食べる。


しかし、「じゃ、明日は食べてみようかな」リーダー格の少女が言った。


僕は目を細めた。


「どうやら明日みたいだね」


「なにが?」


別に。僕は笑って言った。


こっちの謎は明日には解決することになる。そういう予定だ。




◇◇◇◇◇




次の日。


昼休みに僕は先回りして、とあるパンを4つ買った。


しばし、待つ。


あの少女たちから注文を聞いて来た朱鷺栂さんが白いホイップメロンパンを4つ買った。


そそくさと歩いてどこかに向かう。


僕はそれを追う。


彼女は周囲を確認しながらこの時間には利用者の誰もいない土足用のグラウンドに設置されたトイレに駆け込んでいく。


僕はそれを確認すると入り口で待った。


しばらくして彼女はトイレから出てくると僕と顔が合い、さっとその手に持ったパンの袋を隠した。


「『これ』、忘れて行ったよ」


そう言って僕は自分の持ったパンの袋を彼女に差し出した。


「なにがですか?」


「だから『君のパン』だよ。そっちのそれを使うのはやめたほうが良い」


僕が朱鷺栂さんが隠したパンを示すと、少女は目を見開いて戸惑った顔をした。


「どうして…」


「これは僕の想像だけど、君はあの3人組に復讐を考えていた。僕の想像だと君の復讐アイテムは白い粉末状の下剤だ。それを隠すのに黒い惣菜パンはよろしくない」


つ、と彼女は顔を強張らせる。


僕は続けた。


「しかも、そのホイップ入りのメロンパンは味が濃くて、下剤の味を誤魔化してくれるだろう?しかも、あの3人は甘いものが得意じゃないから、そのパンを食べたことはないので細かい味の違いにも気がつかない…」


彼女は僕を揺れる瞳で見つめていた。


なんか泣きそうだな。う~ん。彼女を責めるのは気が引ける。


「どうして止めるのですか?」


「あの3人組がどうやら相当悪いって言うのは良く分かっている。だから、君のためだよ」


「あ、あの三人を少し懲らしめるぐらい良いじゃないですか」


如何にも見逃して欲しそうだ。


だけど、そうは行かない。


「花丸マルパンさ。僕は結構好きなんだよね」


「え?」


僕は手に持ったパンを示した。


「下剤じゃ食中毒が疑われる。真相が分かれば業務妨害だし、パン業者が怨まれているとしたら学校業者は已む無く、別の業者に委託するなりの対応を取るかもしれない」


花丸マルパンは学校近くの個人経営店だ。


「それは…」


「罪の無い人を巻き込むのは良くないよ。それに君自身も犯罪を犯すことになる」


さて、どうなるかな。


僕の予想だと彼女は相当に情深い。


月埜さんは『彼女』を『人間嫌い』と称したがそんなわけがない。


これで引いてくれる可能性は大いに高い。


「でも、わたしは…」


彼女がどれだけ思いつめているのか今の僕には良く分かる。


その無念も。だけど…。


「君の無念は分かるよ。でも『あの子猫を飼ってあがられなかった』のは君のせいじゃない。君が悪いわけじゃないんだ」


僕のこの言葉を聞いて彼女は「はっ」とした顔をした。


そして、泣いて言った。


「分かりました。貴方の言うとおりにします」


こうして彼女の復讐は終わった。




◇◇◇◇◇




事の経緯を聞いた月埜さんは感心した様子で言った。


「いおりんにしては良くやったわね。やっぱり、美人のためなら頑張るのかぁ」


心外な。と思ったが、確かに可愛い少女だよな。


僕自身、それで張り切った部分があったかどうか、分からない。


故に否定のしようがないな。


うん。美人に弱いの男の常だしね。しようがない。


「じゃ、放課後に答え合わせしましょう。彼女には聞きたくない話もあるだろうけど誘うわね」


「へ、彼女って?」


僕は首を傾げた。


「朱鷺栂さんかぁ…。中々、良い子じゃない」


彼女の笑顔にまた何か考えているなと僕は頭を掻いた。




◇◇◇◇◇




放課後。


彼女は宣言した。


「貴方を秘密探偵クラブ会員003に任命します」


「は?」


戸惑う朱鷺栂さんが可哀想になる。


月埜さんはいつもこの調子だからなぁ…、初対面じゃ戸惑うのは当然と思える。


「あの、伊織さん。貴方たち、何をしているんですか?」


彼女は困った顔で僕に聞いてくる、伊織さんって、朱鷺栂さんは僕の名前知っていたんだ…。


それだけでも嬉しいような気がする。


「え…と、探偵ごっこ」


だよね?しかし、即座に月埜さんは否定した。


「ごっこではないわ。真性の探偵よ。私たちは今回見事に貴方にまつわる事件を解決したわけ」


して無いじゃん。確かに僕は彼女の復讐を止めはしたけど。


「…話を聞かせてください」


「良いわよ。まず、事の起こりね」


そう言って、月埜さんは朱鷺栂さんに最初から順を追って説明しだした。


そのくだりが僕のストーカー容疑に差し掛かって朱鷺栂さんは僕に聞いた。


「私のこと、つけたんですか?」


「え、あ、まぁ、家までは…」


「最低…」


だそうです。


いきなり美少女の好感度、最低ですが何か?


うう、僕泣きたい。


「じゃ、私から情けない顔のいおりんに質問、彼女の復讐の経緯を教えて頂戴」


「それは…」


僕は困った顔で朱鷺栂さんを見た。


彼女は少し困ったような顔で言った。


「私にも教えてください。例のくだりをどうやって知ったんですか?」


むむ。良いのかな。多少引けるのだが。


「どこまで話して良いの?」


僕の再度の確認に彼女は首を傾げた。


「むしろ、どこまで知っているのですか?教えてください」


どこか挑むような感じ。


彼女が僕の推理を試しているのかな?


「良いよ。それじゃ、まず、君は猫アレルギーだね」


「はぁ?」


月埜さんが眉を寄せた。


想定外の発言に戸惑ったらしい。一方、朱鷺栂さんは目を開いて驚いた。


「…!そうです。でも、どうしてそれを?」


「君が一時期、マスクをしていた事から考えてみて、あの頃、君は猫の世話をしていたんだろ?」


「…はい」


僕は続ける。


「檜原川の川辺で猫が捨てられているのを君は発見した。たぶん子猫だろうね。ダンボール箱の中で、毛布に包まれた小さい子猫を発見した君は保護欲に駆られた。ところが君は猫アレルギーだ。親も当然知っているから絶対に君は猫を飼えなかった」


「…はい」


そこから僕は続けた。


「ある日、猫に病気が見つかった。いや最初君は病気を疑ったわけだ。子猫の肌に赤い発疹のようなものが見られるようになった」


彼女はまたも目を見開いた。まるで見てきたように語る僕に驚いている。


「そうです」


「最初は気に掛けていたけど、いずれは治るだろうと君は思っていた。君は別のペットを飼っているだろう?猫が駄目なら犬かな?獣医の相場も知っているわけだ。保険が利かないペットは高額を請求させる可能性も否定できない。入院となれば特にね。しかし、症状は日に日に酷くなってきていた。流石に、君は決意し、お金を持って子猫を病院に連れて行った」


「…はい、そうです」


「そこで君は知ったわけだ。あの猫の皮膚炎は煙草を押し付けた炎症痕だとね」


思い出すにショックなのだろう。彼女は黙った。


「ちょ、…あのアバズレども、子猫に根性焼きしてたわけ!?」


月埜さんの憤った声に僕は苦笑した。


「そういうことだね。まぁ、子供って残酷だからね」


朱鷺栂さんは落ち込んだ顔で呟いた。


「…どうして分かったんですか?」


「直接治療に当たった獣医さんに聞いたよ。あの河川敷に治療に使ったと見られる軟膏のチューブが落ちていたからね」


僕がマスクをした少女が子猫を連れて来ませんでしたかと聞いて回ると、あの河川敷から一番近くにある獣医が、


「泣きながら子猫を連れてきたマスクの高校生がいた」ことを教えてくれた。


診療し、軟膏を処方すると共に猫が酷い虐待に合っていると説明し、環境を変えるように諭したと言う。


月埜さんは唸った。


「変ね。それならどうして猫は死んだの?」


「言っただろ?彼女は子猫を飼えない。飼ってくれる人を探したけど、親戚は駄目で、彼女は友達が少ない」


当ては見当たらなかった。


「でも、幾らなんでも、ダンバール箱に子猫を戻さないでしょ?え?まさか、戻したの??」


「そ、それは…」


朱鷺栂さんは今にも泣きそうだ。説明は難しいだろう、僕は言った。


「彼女には一人心当たりがあったんだ。猫を飼ってくれそうな子がね。パンの君だろ?」


朱鷺栂さんはまたも目を見開き、僕を見た。


「そ、そうです」


泣きそうなところで目を開いたからその大きな瞳から涙がこぼれた。


僕はポケットからハンカチを差し出す。


「ありがとう」


月埜さんはいまいち理解できないのか首を傾げた。


「誰?それ?」


「僕にも分からない。ただ、彼女が牛乳を用意していたところ、子猫にパンを与えていた別の人間が居たんだ。君はおそらく手紙か何かで子猫に起こっている現状を伝えて飼って欲しいと訴えた」


あの日、確めたパンの消費期限は僅かに3日だった。


4日前だったら僕は既に彼女を尾行していた。


僕が尾行してから彼女はパンを買ってあの河川敷には行っていない。故に別の誰かが子猫の墓にパンをお供えしたと考えられる。


「それだとレディースズの方が先に子猫に近づいて気がついて破いたりしないかしら?」


「だから警告文も一緒に入れたんじゃないかな。いずれにせよ。彼女は天にも縋るような気持ちで手紙をしたためた」


彼女は涙ながらに頷いた。


「そして、それから数日中に子猫は焼け死んだ」


僕はそう結論つけた。


「燃やしたのはレディースズね」


「ああ、たぶん、意図したとは思えないけど煙草の燃えカスか、手紙を燃やした火とかが引火したんじゃないかな?」


なるほどね。彼女は別の疑問を呟いた。


「ねぇ、どうして、犯人が分かったの?」


いや、それは、僕は分からないな。


「手紙は書いたけど、ほっとけないじゃないですか。私が居るとパンの人が来づらいかも知れないし、こんな酷いことをする犯人を突き止めたかったし…」


猫を見張ったわけか。


「なんだ。君も僕のこと言えないじゃないか」


思わず出てしまった僕の軽口に彼女は「きっ」と僕を睨んだ。


ごめんなさい。


「あいつらがあの子を燃やしたんです。気づいたときには、燃えたあの子をどうにも出来なくて…。私の目の前であの子は死んでいったんです!」


そう言って彼女は猛烈な勢いで泣き出した。


それは惨い。


僕が絶句していると月埜さんは神妙な顔で言った。


「大変だったわね」


そう言って、朱鷺栂さんを抱きしめて頭を撫でた。


あ、それ、僕代わって欲しいかも…。


「何見てんのよ?いおりん?」


「なんでもないです」


女性の泣き顔を見るのはあまり良くない。僕は視線を外した。


しばらくして、月埜さんが言った。


「じゃ、次は私の番かしら?」


月埜さんは写真を取り出した。


あの少女たちが火の付いた煙草を何かに目掛けて落としている。


「これって…」


「別の河川敷ね。連中、上の遊歩道から下に巣を張ってるホームレスの男性目掛けて煙草を投げ捨てたのよ」


げっ。


「死ななかったけど大火傷よ。流石に殺人未遂じゃ捨て置けないでしょ?私ってば、親切にこの写真とパソコンでプリントした3人の名前を書いた密告書を東檜原署長宛てに送って置きました」


と言う訳で。


「この事件は無事解決ってわけね」


彼女は満足げに笑った。




◇◇◇◇◇




しばらくしてあの3人組は捕まった。しかも、内定調査の挙句の現行犯逮捕だ。


連続放火に殺人未遂ではどうにも…。


高校生の遊びにしては性質が悪すぎるわけだ。


その犯行はあまりに杜撰だったのでいずれ捕まっただろうけど、月埜さんの点と点を線でつなぐ魔法の定規が役立ったのは言うまでも無いだろう。


たぶん。まあ、僕らは自己満足以上の報酬を求めていないわけで。


そうそう、会員ナンバー003雪姫こと、朱鷺栂 由紀だが、正式に我が秘密クラブのメンバーに決定した。


彼女は、


「色々興味が湧きました」


と言って、僕をちらりと見たが、はてどういうことだろう?


僕が早速、部長就任を打診したら、彼女はやんわりと「伊織さんが似合ってます」と断った。


似合っても全然嬉しくないのだが…。


後日談を語ろう。


しばらくして、朱鷺栂さんが猫の墓をお参りしていると一人の少女と出逢ったという。


あの日以来、そのささやかなお墓を参るのは彼女だけになっていた。


「河合さん」


「あ、朱鷺栂さん」


二人は呆然と見つめあった。


河合かわい 加奈子かなこはレディースズ3人組の一人だ。


彼女の手にはパンが握られている。


朱鷺栂さんは牛乳を持っていた。


「朱鷺栂さんが牛乳の人だったんですね」


彼女は凄く寂しそうに呟いた。


「御免なさい。あの手紙を書いたのは朱鷺栂さんだったんですね」


「…はい、そうです」


彼女は暗い顔で言った。


「猫を見つけたのは私なんです。うちは団地で飼えなくて、それでこの河川敷で世話をしていたら、奈菜に見つかっちゃって…」


文城ふみしろ 奈菜ななは3人組のリーダー格。一番気合の入ったオールド・レディースだ。


彼女は涙ながらに語った。


「ごめんなさい。あの子が子猫に根性焼きをするのを止められなかった。私、奈菜が怖かった」


「河合さん」


その当時、加奈子はメンバーを離れようと考えていた。それはもう一人の同じらしい。


エスカレートする奈菜に二人は付いていけていなかった。


一方で、奈菜は両親が離婚し、父子家庭でいつも家に一人で居る孤独な人間であった。


彼女はどうしても二人を留めたかった。


喫煙も、放火も、秘密の共有はむしろ二人を繋ぎ止めるただの口実だったのだ。


「御免なさい。私のせいで子猫を死なせてしまいました。鑑別所でも、その事ばかり、後悔で、私…」


涙ながらに語る彼女の頬に朱鷺栂さんはそっとハンカチを当てた。


「一緒に弔ってくれますか」


「はい」


彼女の持ったパンはメロンパンだ。


このいっとう甘い菓子パンがあの猫の一番のお気に入りだったという。


二人は手を合わせ子猫の冥福を祈った。


あの猫が幸せだったとは思えないがきちんと成仏はできたのではないかと想う。


これだけ想われているのであるならば、ね。


その頃には、すっかり仲良しになっていた僕に彼女は、


「今日はパンの君に会えたんです」


と言って嬉しそうに笑ってくれたのだった。






                              白い孤毒のメロンパン事件―――FIN

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